「もういーかい」
「……………」
「よし、隠れたか」
休日のある日、俺と飼い実装のボルチモアは家の中で隠れんぼをして遊ぶ事にした。 今は俺が鬼で、ボルチモアが隠れる番である。
俺は、しーんと静まる家の中を目を凝らし、その場にゆっくりと身を屈める。 耳をフローリングへとつける。ひんやりとした感触が心地いい。 目を閉じ、五感を耳へと集中させる。
「……東の部屋か」
俺はその体勢のまま、四足でゆっくりと物音を立てずに廊下へと出る。
「む……!」
廊下に出ると目にしたのは、床一面にばら撒かれた実装フードであった。 これでは歩くたびに音がしてしまうではないか。 目的は東の部屋だが、台所を通った迂回経路を選択することにする。
「……!」
見れば台所の収納庫の扉の間から、白い布が見え隠れしている。 あれはボルチモアの前掛けだ。馬鹿な奴。所詮は実装石。 そう思い、俺は収納庫の扉に手を掛けようとした瞬間、思いとどまる。
「これは……」
見れば扉の取っ手に緑色の物質が付着していた。 糞だ。ボルチモアの糞だ。 危ない、危ない。危うく奴のトラップに引っかかるところだった。 俺は額に浮く珠の汗を拭いながら、息を潜めて台所経由で東の部屋へと向った。
「……………」
手鏡を使って部屋の中身を確認する。 部屋のレイアウト的には変わっていない。 しかし奴が隠れる場所であれば、それは限られてくる。 幸い東の部屋は袋小路。ここから隠れ場所を変え、逃げる選択肢はボルチモアにはない。 気配を断ちながらこの部屋まで辿り着いた時点で、俺の勝利は確定していた。
「そこまでだ!」(ダンッ!)
俺は、扉を蹴破り、東の部屋へと踊りこんだ。 箪笥、押入れ、机、鏡台。矢継ぎ早に奴が隠れそうな箇所を次々と暴いて行く。
「……ッ!! 居ないっ? まさかっ!」
俺は、急ぎ東の部屋を後にし、廊下の実装フードを蹴散らしながら、居間へと戻る。
「ふぅ。慌てさせやがって」
鬼が守るべき「実装人形」は、いまだボルチモアの奇襲からは守られていたようだ。
隠れんぼのルールでは、これを奪われては、鬼の負けである。 だから、鬼はそう遠くに長時間、この場所を離れるわけにはいかないのだ。
しかし、やるな。ボルチモア。 俺は、心地よい緊張感の中、呼吸を整えた後、再び奴の探索へと移った。
夕方、ボルチモアは浴槽内で水死体で見つかった。
(完)