『実装石のグルメ』
◇
「新しい遊具デス」
公園の東エリアの一画の老朽化されたブランコが撤去され、市政は新しい遊具の導入を決めた。
数週間、その一画はビニールシートなどで覆われ、絶えず人が出入りしていた。 この公園の古参の実装石である彼女は、変わりゆく公園の風景に、繁みの中から目を白黒させて見入っていた。
そして今日、真新しい塗装も終えた滑り台のお披露目であった。
しかし真新しい遊具とはいえ、公園で遊ぶ子供達も、最近では珍しくなっている。
「デ……」
繁みから辺りを見回し、真新しい滑り台に近づく彼女。
「クンクン… 鉄の匂いデス」
彼女は、新品の滑り台に近づき、興味からか手で触れる。 そして、キョロキョロと周りを見やる。
「ニンゲンは居ないデス」
ドキドキしながら、彼女は不器用な手足で滑り台に登り、頂上から滑り口の砂場に向かって 一直線に滑り降りた。
「デスーーッ!! ………」(ざっ)
砂場に着地し、自らが滑った新品の滑り台を砂場から見上げる。 太陽に光る滑り台には、彼女の下着から漏れた緑色の染みが、一直線についていた。
「………デプ。もう滑り台っていう歳じゃないデス」
彼女は自嘲し、砂場から這い出た。
◇
彼女はこの公園の古参の実装石だ。 既にこの公園で4度の出産も終えている。
死んだ子供たちも数多く居た。賢い仔も居たし、糞蟲ももちろん居た。 中には運良く成体まで育ち、彼女の元から巣立った仔たちも何匹か居る。 その度に、何とも言えない多幸感に包まれる感じが、彼女はとても好きだった。
季節は巡り、そして、今彼女は5度目の出産を迎える季節に来ていた。 彼女はオッドアイの目で、辺りの風景を見やりながら、公園を闊歩する。
闊歩する度に、道端に咲く花々が目に入る。 妊娠期に入った雌の実装石なら、生唾を飲み込み、花々に羞恥する頃だ。 しかし、彼女は自重する。
「もう少し、食料が必要デス」
妊娠には、まだ少し準備不足だ。 身重になると体を動かすにも、平時以上に体力が必要となる。
栄養素の高い団栗や木の実を、塒(ねぐら)である巣に蓄える必要がある。 それは、数多くの経験をしている彼女だからこその知恵である。
彼女は鼻唄を歌いながら、公園の北エリアのイチョウの樹の元へと向う。 団栗や銀杏、日持ちができる木の実を選んで、コンビニ袋へと詰めて行く。
「デスー。一杯拾ったデス」
時間にすれば1時間も経過しただろうか。 彼女が手にしたコンビニ袋には、団栗や銀杏が満載していた。
彼女は近くの花壇の縁石に腰をかけて、懐からハンカチを取り出した。 半年前拾ったピンクのハンカチ。彼女のお気に入りの一つだ。
「汗を掻いたデス」
彼女は頭巾を脱ぎ出し、ハンカチで汗を拭いはじめる。
「デ?」
空を見上げると、1本の飛行機雲が流れている。
「デ…」
彼女は頭巾を外したまま、呆けたように口を開けたまま、飛行機雲を見やった。
「…………デ」
首が痛くなったのか、頭に血が上ったのか、目を瞬かせて、視線を公園へと戻す。
見れば、振り落ちる落ち葉に紛れて、数匹の実装石が彼女と同様に、忙しく団栗などを拾って居た。
「……………」
昔は、この公園にも沢山の実装石が居た。 この季節になると、この一体には、芋を洗うように実装石たちが銀杏を取り合いしていたものだ。 しかし昨年行われた大規模の駆除の末、その同属たちの姿も今は数える程だ。 奇しくもその駆除のお陰で、今年は比較的楽に出産準備を迎えられる。
でも、彼女は思う。
「やっぱり、駆除は駄目デス」
思い出したかのように、バッ!!と空を見上げ、飛行機雲の続きをまた追う。
「デ……」
飛行機雲は既に、青い空に溶けたあとだった。
◇
彼女の塒(ねぐら)は、新装したばかりのダンボールだった。 長年の経験からか、ダンボールの加工技術も秀でた彼女にとって、 この工夫に工夫を重ねたダンボールの塒も、彼女の自慢の一つだった。
まずダンボールの床。 昔手に入れた錆びたカッターナイフを使い、床が自由に取り外せるようになっている。 その床下には、秋口に採取した日持ちする木の実を収容するスペースがある。
地面に深い穴を掘り、その上にダンボールを設置することにより、機密性の高い空間を得る事ができる 彼女なりの知恵である。
「口を硬く結ぶと、空気が入らなくて日持ちするデス」
1匹だけでは広いダンボールの塒の中で、彼女はつい癖で、口に出してそう呟く。
仔が五月蝿いぐらいにまとわりついていた時期には、こうした一つ一つの知恵を彼女は子供たちに 口に出しては、教え込んで来たのだ。
ダンボールの底の地下倉庫には、すでに口を結われたコンビニ袋が4つ置かれていた。 それは、長い冬の間の非常食。今、手をつけてはいけない非常食だ。
「お腹、空いたデス……」
彼女はダンボールハウスから這い出て、大きく伸びをする。
「デスー♪ デスー♪ おまえ達、何食べたいデスー♪」
居るはずもないお腹を撫でながら、彼女は公園の外へと出る。 本日の餌を調達するために生ゴミ場へと向っているのだ。
公園から少し離れたところに、公園に隣接する住宅街のゴミ収拾場があった。 駆除後のこの公園では、餌の競争率も低く、安定した食にありつくことができる。
「今日は何にするデス〜?」
彼女は手を口元に当てて、並ぶポリバケツを見ながら餌を吟味して行く。
「デ! すごいデス。まだ肉がついているデス」
一つ目のポリバケツから大物にぶち当たった。 食べ残しの鳥の足には、根元にまだたっぷりと肉片がついている。
「デス〜♪ デス〜♪ 今日はついているデス〜♪」
その後、乾いたご飯や梅干。リンゴの芯や、卵の殻。 大量の豪華な餌を集めることができた。
◇
「すごい事になったデス」
塒に戻り、先ほど手にした食事を床の上に並べてみた。 ダンボールの床が、食材で見えないほどだ。
「そうデス。お外で食べると、新鮮かもしれないデス」
そう思い、彼女は食材を持ち出し、外へと出る。
彼女のダンボールハウスは、公園の中でも外れの繁みの奥に位置していた。 人間や同属などにも見つかる場所でもない。
彼女は新聞紙を広げて、食材をその上に並べて行く。
「まず、コレから行くデス」
彼女は生唾を飲み込みながら、まず見知った味である乾飯(ほしいい)を掴んだ。
「ングング……」
口の中で硬い米粒が、噛むたびに唾液と混ざり、徐々に解されて行く。
「ング…… この味デス」
唾液と混ざると澱粉(でんぷん)は、甘みを増していく。
「ング… クチャ、クチャ。甘いデス」
ゴクンと嚥下すると、自然と頬が赤らむ。
「………デ。あの仔にも食べさせてあげたかったデス」
それは、先の出産の時、餓死させてしまった末子の事だ。 昨年の冬は出産後、雪の猛威が凄かった。
雪の重さにも耐えれるよう、ダンボールの屋根を山型に加工した彼女の家は、雪の重さにも耐え切った。
しかし、出口を塞がれてしまったため、彼女とその彼女の子供たちは、1ヶ月近く雪の中に 閉ざされることになる。
次々と餓死していく子供たち。 その子供たちを思い出すと、目の前の食事にも手をつけることもできなくなってしまった。
「(ぶるん ぶるん)いけないデス。終わった事デス」
彼女は頭(こうべ)を振り、頭の中の仔たちを振り払う。 今は、その仔の妹たちのため、しっかりと体力をつけねばならぬ時なのだ。
「この赤いの行くデス」
彼女が手にしたのは梅干だ。
「甘そうデス… きっと甘いデス」
デーと口元から涎が垂れる。
「あの仔も甘いのが好きだったデス」
まだ払拭されてないのか無意識なのか、どちらにせよ、彼女はそれを口にした。
甘い。 そう決め付けて口をつけた時に、裏切られた味覚に、彼女は思わずそれを吐き出してしまった。
「デピャァァァ!! デペッ! ペッ! すっぱいデス〜!!」
ブリブリと糞を漏らしながら、梅干を持っていた手で宙を掻く。
「デ〜… デ〜… 酷い目に合ったデス」
そう言いながら、しばし口の中の酸味に顔をしかめながら、吐き出した梅干をデーと見つめる。
体が痺れる程の酸味だった。 到底、あの酸味は受け付けられない。 しかし、吐き出した後に残る口の中の微妙な甘みは何デス?
彼女はデーとしばし考え込み、こう結論づけた。
「こうしたら、どうデス?」
彼女は乾飯の中に、先ほど吐き出した砂だらけの梅干を入れて、それを口の中に放り込んだ。
「ング… ング… 甘みの中に… ング… 花咲く味覚デス… ング…」
赤い奴はとても酸っぱい。でもご飯と一緒に食べると、とても甘くなる。 これは凄い。凄い発見だ。
「ング… おいしいデス… 生まれて来る… 子供たちにも… 教えてやるデス」
そして、卵の殻を掴み、シャリシャリとそれを咀嚼する。
「(シャリ… シャリ…)ング…」
口直しには、あっさりした卵の殻。 ご飯には、やっぱりこれしかない。
鼻息荒く咀嚼を続ける彼女。
「ング… ング… デ…?」
ふと見上げると、空にはまた新しい飛行機雲が描かれていた。
「ング… ング… …………デ」
呆けた口から、噛み砕かれたご飯が、ポロリと落ちた。
『実装石のグルメ 双葉公園生ゴミ収集場の梅干』(終)