『実装石のグルメ3』
◇
「デ… ここにもないデス」
秋が色が少しずつ深まる公園の中、この公園の古参の実装石である彼女は、何かを探していた。
ベンチの裏、繁みの奥、芝生の上。 手頃な石をひっくり返し、その裏を見て、デーと小さく鳴く。
「デ…?」
秋の寒い季節ながらも、散々汗だくになり、それは彼女の目に止まった。 公園から少し離れた自動販売機。
それに隣接するゴミ捨て場の近くに、それはあった。
「デ… これデスゥ」
彼女は震える手でそれを掴み、同時に肩から提げていたコンビニ袋から、ある物を取り出した。
ペットボトル。 500ml用の空のペットボトルだ。
彼女は先ほど拾ったある物を、震える手でペットボトルの口に宛がった。 先ほど拾った物。それはペットボトルの蓋であった。
不器用な手で、カチャカチャとそれを回す。 螺旋状の縫い目が合い、他メーカーのラベルを冠した蓋が、ペットボトルの口に収まった。
「デェ!!」
彼女は目を爛々と輝かせて叫んだ。
「ピ… ピッタリデス!」
ペットボトルをぶんぶんと軽く振ってみる。 しっかりと噛んだ蓋は、無論外れることはない。
「すごいデス!! ピッタリデスゥゥーーッ!!」
広い砂漠のような公園の中で、偶然にも出会えたペットボトルとその蓋の奇跡。
「デデデッ!! デスゥッ!! デスゥッ!!」
緑の両目を白黒させて、その蓋をまた外し、何度もつけたりする。
「デスゥゥゥゥゥッ!! ピッタリデスゥゥーーッ!!」
その度に、ペットボトルに食入るように両目を見開き、彼女は叫んだ。
「すごいデスゥゥゥ!! すごいデスゥゥゥ!!」
大きなお腹を抱えながら、小躍りした。
「見るデス!! おまえ達!!」
彼女はいつまでも、自販機の前で踊り続けた。
「デスゥーー♪ デスゥーー♪」
◇
この公園の水場は、大きく分けて3つある。
1つは、公園中央の噴水。 ここでは、飲料のほか洗濯なども行われる。
次いで、北の公衆便所。 出産に使われる以外は、実装石たちは、便器に溜まった水で喉を潤す事ができる。
そして最後が、公園から百メートル離れた場所に流れる双葉川の河川敷である。
野良実装石たちは、喉の渇きを訴えると、自然にこの水場へと足を運ぶ。 テリトリーが存在する餌場などと違い、水場は自然と公共の場となっている。 不思議と、水場の近くでは争いがない。それは、野生の生物でも同じ事が言える。 生命にとって「水」とは、それほど大切な物との理解が、実装石にもあるからである。
「デェエエエエ!! 毛が浮いてるデス!! こんなの飲めないデスゥ!!!」
「ママー!! お喉渇いちゃったテチィィ!!」 「ジュース飲みたいテチィ!! コーラあるテチィ?」
公園の中央の噴水で、大声で叫ぶ実装石の親子の姿があった。 親実装の実装服は、無残にもボロボロに破かれ、肩から新聞紙を羽織って寒さを凌いでいる。 連れ添う仔実装は2匹。これも、実装服は跡形もなく破かれ、コンビニ袋を上からかぶり、 寒さを凌いでいた。
つい先日、公園の入り口で捨てられた元・飼い実装の親子だった。
朝から晩まで、ひたすら公園を訪れる人間に向かって走り、「ご主人様!」と連呼する日々を送っていた。 捨てられた時に持たされた実装フードも、その日で底をつき、不慮の死を遂げた我が仔の死体で 今日まで食繋いで来た。
その間、周囲の実装石の生活を見よう見まねで、何とか命を繋いで来たと言える。
今も喉の渇きを、家族共々で訴え、周囲の野良実装が水を飲む場所にふらふらと着いて来たのだ。
「デェ〜!! 変なの浮いているデスゥ〜!! お腹壊しちゃうデスゥ!!」
飼い実装が迷い込んだ来た時は、必ず同じ反応をする。 周囲の野良実装たちも、慣れた物なのか、冷ややかな目で彼女ら家族を見ながら、 各自銘々、頭巾を洗ったり、緑の糞がついた下着などを洗っており、その横では、 ゴクリゴクリと、その噴水の水で喉を潤す野良実装石の姿がある。
「デェエエエン!! ご主人様ァ〜!! パトリシア、喉乾いたデッスゥ〜ン!!」
「ママー!! コーラまだテチィ〜?」 「ママッ!! ママッ!! リンダ暖かいのが飲みたいテチィ〜!!」
「デェエエエーーン! デェエエーーン!!」
完全に子育てを放棄している元・飼い実装。 その場で仰向けになり寝転び、手足をバタつかせて泣き続ける。
さすがにその暴れる様が、野良実装たちの逆鱗に触れたのか、速やかなリンチが始まった。
◇
その騒動の外にいる実装石が何匹がいた。 水を飲みに来た実装石なのか、噴水の近くで行われている公開リンチに近づくのを躊躇っている ような感じだった。
その中の1匹。 この公園の古参の実装石である彼女も含まれていた。
「………デ」
彼女は噴水には近づかず、肩にかけたコンビニ袋からペットボトルを取り出す。 不器用な手で、ペットボトルの蓋を外し、それを口に宛がう。
「ング… ング…」
周囲の実装石の「デ…!?」「デデッ?」という声を他所に、ペットボトルの中に水を 嚥下して行く。
「おいしいデス。河の水はまろやかで甘いデス」
飲み終わったのち蓋を閉め、そしてペットボトルを逆さにして、また呟く。
「デププ…!! ピッタリデスゥ〜!」
噴水の周りでのリンチは終わったのか、散々髪の毛を毟り取られた元・飼い実装は 泣きながら、噴水の傍を這うようにして離れた。
「デェック…! デェック…! ご主人サマに… 言いつけて… デェック!」
「ママー!! 公園のお外に自動販売機があったテチィ〜」 「暖かいミルク飲むテチィ!!」
リンチを免れた仔実装2匹が、必死に親実装の後をついて強請る。
「デェ… 自動販売機… たしか光るボタンを押せば、甘いのが出てくるデスゥ…」
そう言って、とぼとぼと親子は公園を後にする。 その後、自動販売機の前で、ボタン目掛けて、我が仔の投擲を何度も繰り返す親実装の姿があった。
◇
彼女は他の実装石とは違い、飲料水にも拘っている。
便所の水はアンモニア臭が酷い。 噴水の水もカルキ臭く、飲めたものではない。
彼女が思案の挙句、探し当てたのは、第3の水場・公園より百メートル離れた双葉河川の水であった。
百メートルという距離は、実装石にとって短い距離ではない。 喉の渇きを訴え、河川まで行き、公園に戻るまで30分はかかってしまう。 そんな理由で、水飲み場として河川を選択する公園の実装石は極めて少ない。
しかし、彼女は1度河川に流れる水の味を知ってしまった。
口に含むと甘い。とろけるような風味がある。 噴水の水のような加工された味でもなく、便所の水のように黄ばんでいるわけでもない。 双葉山系から流れる双葉川の水質は、市政の努力もあって全国でも有数の河川として名高い。 双葉山系の上流では、岩魚や山女などの川魚が生息する渓流なども存在する。
この川の水の味を知ってしまった彼女にとって、公園の噴水や便所の工業用水は、 完全に喉を通らない物となってしまった。
そのような理由で、今日も彼女は河川敷に訪れている。
「ング… ング… おいしいデス」
河川敷の川辺から、四つん這いで直接顔をつけて水を飲む。 顔を上げると、前髪や頭巾、前掛けは川の水でぐっしょりだ。
「デ…」
川面に映った自分の顔が揺れている。
「デプ…」
「変な顔デス」
もう1度、顔を水面に近づけて水を飲む。 顔を上げると、前掛けの滴った水が彼女の実装服を濡らして行く。 その様を見つめながら、彼女はデーと呟いた。
「デ… おしっこ漏らしたみたいデス」
丁度、前掛けの水が、彼女の実装服の股間辺りを塗らしていた。
◇
喉の渇きを訴えるたびに、百メートルという距離を往復する実装石は居ない。 この百メートルという距離を解決したのが、先に述べたペットボトルであった。
水を汲み携帯する。
人間にとっては至極簡単な行動と思えるが、それを実践できる実装石は少ない。 人間を観察し、幾多の経験を経て、試行錯誤の上、行動に実践する。 これは、飼い実装である母実装の教育を受け、4度の出産を経験した古参の彼女だからこその成果と言える。
その上、味に拘る彼女にとって、この芳醇なミネラルを含む甘露のような新鮮な水を汲む事が 毎日の彼女の日課となってしまった。
器用にペットボトルの蓋を取り、川岸から河川の水をペットボトルに汲む。 ボコボコという空気の泡が爆ぜながら、ペットボトルの中に川の水が吸い込まれていく。
「デ…」
気泡を不思議そうな顔で見つめながら、今日も彼女は日課を終えた。
◇
「帰るデス」
肩からさげたコンビニ袋に、水を満載したペットボトルを1本摘め、河川敷を後にしようとした時、 その音は聞こえた。
(ぴちょん)
「デ?」
(ぴちょちょん)
「デデ?」
(ぴちょん)
「デ? デ?」
少し離れた河川敷から水が跳ねる音がする。
「デスゥ〜?」
彼女は草むらを掻き分け、その奇妙な音が何かと探し始めた。
「デ?」
繁みの先の川辺にポツンと銀色のバケツが置かれていた。 近づくと、どうやらそのバケツから、その跳ねる音が聞こえてくる。
(ぴちょん)
「デ?」
バケツを覗き込むと、その奇妙な音の主がわかった。
「デ!お魚デスゥ!」
それは、バケツの中に閉じ込められていた1匹の大きな川魚だった。
◇
「すごいデス。キラキラ光っているデス」
西日の光りを受け、バケツの水が波立つ度に、光りの波紋が魚の銀色の鱗に反射していた。
「デ… ニンゲンいないデスゥ」
キョロキョロと周囲を見回す彼女。
釣り人の持ち帰り忘れた釣果であろう。 置き去りにされた魚は、狭いバケツの中で孤独を訴えるかの如く、絶えず水面を際立たせていた。
(ちょぷん)
「デデ!」
彼女の気配に反応したのか、いや増して水が跳ねた。 バケツの冷たい水が、彼女の頭巾の上から降り注いだ。
「デー」
彼女には、魚という種の知識はあった。 魚という種は、川の中に生息しているという知識は、彼女の中にはあるにがあったが、 魚に対する認識は、生ゴミの中にある魚の骨や身の味としての記憶しかない。
実際、狭いバケツではあるが、尾ひれ背びれを靡かせて、泳いでいる姿を目にするのは 初めてのことであった。
「デ…」
暫し、その泳ぐ姿を呆けた口で見つめる彼女。
「……美味しそうデス」
結論は、やはりそうであった。
◇
口の中に広がる味の記憶。 脂の乗った引き締まった身。しゃぶればコクのある出汁を出し続ける骨。 また動物性蛋白質は、出産前の実装石にとって、必要不可欠な栄養素である。
彼女はバケツの中でたゆたう魚を見つめては、デーと呆けた口から涎を垂らした。
「ング… 美味しそうデス」
再度、周囲にニンゲンがいないかを確認し、バケツの中に手を出そうとした時、彼女の耳に 川面が跳ねるが届いた。
「デ…?」
目を向ければ、西日に光る双葉川の川面に1匹、2匹、小さな魚が跳ねる音が聞こえ来た。
「………」
彼女は暫し西日に光る川面を目を細めて見入っていた。
「デ…」
そして気を取り直し、視線を再びバケツに向け、手をバケツの中に入れようとする。
(ぱしゃん)
「デ!」
再び、小さく双葉川の川面が跳ねた。
「………」
目を瞬かせて川面とバケツを交互に何度も視線を送る。
「デ…」
暫くバケツの中で泳ぐ魚に視線を送り、魚に対して彼女は話しかけた。
「………子供いるデス?」
『…………』
バケツの魚は無言で泳いでいる。
「おまえ。お家に帰りたいデスゥ?」
『…………』
「きっと待っているデス」
『…………』
「デ…」
◇
「デッデロゲ〜♪ デッデロゲ〜♪」
川に放した魚はすぐに身を躍らせて、深い川底へと泳いでいった。
彼女は防波ブロックの上に腰掛け、その姿を暫し見つめながら、知らず知らずのうちに 胎教の唄を唄っていた。
「きっとお家に帰ったデス」
「今頃は、ダンボールハウスで、子供たちとご飯してるデス」
彼女は、西日に光る川面に目を瞬かせながら、ペットボトルを取り出し、水を口に含んだ。
ちゃぷんと川面で魚が跳ねた。
『実装石のグルメ3 双葉川の水と跳ねた魚』(終)