俺の飼っている実装石は多趣味だ。
そうとう頭のいい部類だと思っている。
最近はなんと写真の撮影に凝りだし、毎日街の風景画を撮っている。
「デスデスデスゥ〜」
「へぇ〜。今日の写真は、中々渋いじゃないか」
先日、俺は携帯電話を新機種に切り替えた。
旧機種は捨てようとしたのだ、その携帯電話を実装石の奴が欲しがった。
まぁ、番号は新機種に引き継いでいるので、間違って通話料がかかるわけでもない。
100万画素程度だが、カメラ機能もついている。
「ここを押してごらん」
俺は興味本位で、カメラ機能の操作を彼女に教えてやった。
カシャッ
「おー、取れてるじゃないか。うまいもんだな」
携帯の画面に、俺の少しぼけた顔が映っていた。実装石、文明の力に吃驚。
?な顔で携帯の画面を覗き込んでいるが、2度、3度撮影を繰り返すと
「カメラ」というシステムを理解したらしい。
「デ・・・デデデデデデスススゥゥゥゥゥ!!!!」
撮る。撮る。撮る。家の中のありとあらゆる物を携帯カメラで撮る。
おやつの高級金平糖を撮っては、涎を流して写真を見つめる。
俺の笑っている写真を撮っては、うっとりと頬を赤らめ、腰を振る。
「デスデスデスデスゥ〜!!」
「はははは、そんなに気に入ったか」
その日は、勢い余って、隣のオバサンのスカートの中までパパラッチしてまった。
二人で怒られながら、また頭を下げるが、俺には彼女の喜ぶ様が何よりも嬉しかった。
そんなこんなで、実装石の写真撮影が始まった。
実装石の視線から見た町並みは、俺の知らない風景を醸し出す。
アングル、光の加減、動と静が混じり合う一枚の作品。
公園のベンチの下から、仔を育てる親実装の一枚。
怪我をした仔実装の傷口を舐めてあげているようだ。題して親子愛。
これは、仔実装とマラ実装。仲良く追いかけっこ。兄弟かな?
彼女は、すっかり写真の魅力に魅せられたらしい。
そうなると応援したくなるのが、飼い主である。
ええと。あれどこにあったかなぁ。
俺は大学生の頃は、写真部に所属していた。
あの時代は洒落たデジカメなどは存在せず、銀塩のアナログのカメラの時代。
たしか捨てずに置いていれば、この押入れにあったはず。
「おーい。実装。これをおまえにやる」
それは、俺が昔使っていた古いコダック製のフィルムカメラだった。
カメラが入っていたダンボールには、俺が昔撮った作品も揃っていた。
「ほら、見て見ろ。俺も昔は一端のカメラマンだったんだぞ」
朝露に萌える草木と光のコントラスト。
鶴が飛び出す瞬間を雪の中で凍えながら待った事もある。
そんな俺の青春の作品を一枚一枚思い出しながら、実装に説明してやると
彼女は頬を高潮させながら、銀塩カメラのデジタルにはない画質に魅入っていた。
「デスゥデスゥ〜」(このカメラを使ったら、こんな写真が撮れるんデスか?)
「ああ。プロなら、デジタルじゃなくて。断然、アナログだよ」
 プロ・・・プロ・・・プロ・・・プロ・・・
プル・・・・プルルルッ・・・・
俺は実装の首にかかるように、紐の長さを調整し、カメラを彼女の首にかけてあげた。
「デスゥ〜〜〜〜♪デスゥ〜〜〜〜♪」
嗚呼。喜んでいる。微笑ましい光景だ。
こんなに芸術感覚がある賢い実装石など、全国どこを探してもうちの子しかいまい。
「デスゥ〜〜〜〜♪」
そして、銀塩カメラを使った彼女の本格的な写真撮影が始まった。
街の素顔を撮るために、ひたすらファインダーを覗き続ける彼女。
朝。昼。夜。そして、夜明けまで。
犬に追われる事もあった。理解なき同族からも石を投げられる。
しかし、彼女は負けなかった。今、彼女を動かしているのは、芸術を求める心。
飽くなき探究心である。1枚のフィルムも無駄にはしまい。
震える指がシャッターを切りそうになる。
幾度の逡巡を乗り越え、納得の行く1枚に巡り合う迄、繰り返す葛藤。
そう。24枚の1巻のフィルムを取り終えるまで、なんと一ヶ月近い日付を要したのだ。
24枚フィルムの23枚目を取り終えたときに彼女は言った。
「デスデスデスゥ〜」(最後の一枚。ご主人様を撮りたいのデス)
「え?いいのか」
「デスデスデスゥ〜」(最初の一枚を撮ってから、最後の一枚はそう決めていたデス)
「実装・・おまえ」
「デス」
最後の一枚。俺は笑顔を作ろうと頑張ったが、変な顔になっていたに違いない。
くしゃくしゃの顔をする俺を撮り終え、実装石は一つの大きな仕事を終えたのだった。
「デフ〜」(メモリカードはどこデスか。パカッ)
「・・・・あ」
「デス〜♪」(早速、パソコンでプリントアウトデス〜♪)
「・・・・・」
その夜、パンコン状態で伸びきったカメラのフィルムを体中に巻きつけ
銀塩カメラの蓋を、開けたり閉めたりしながら、ひたすら泣き喚く実装石を傍目に
隣のオバサンに説教を喰らいながら、俺は考える。
やっぱ、うちの子が賢いというのは撤回しよう。
俺の飼っている実装石は多趣味だ。
でも、やっぱ頭のいい部類ではないと思っている。