僕の飼っている実装石は多趣味だ。
そうとう頭のいい部類だと思っている。
最近は貨幣の概念を理解し、簡単な買い物まで出来るようになっている。
「デスゥ?」(これは何デスか?)
実装石は与えられた10円玉を手にとっては、不思議そうな顔をしている。
「それは、10円玉。その10円玉が10個集まって100円玉」
「デスゥ〜?」
「100円になったら、この高級金平糖と交換できるんだ」
「デスゥゥゥ!!」
貨幣の概念を知って実装吃驚。
「デスデスススゥゥ??」(この10円が一杯あれば、もっと金平糖が買えるのデスか?)
「ああ。そうだよ」
「デデデデデススゥゥ!!!」
目の色が¥マークになって漫画みたいだ。
「よし。じゃぁ、この10円玉はお小遣いだ」
 お小遣い・・・お小遣い・・・お小遣い・・・お小遣い
プル・・・・プルルルッ・・・・
「デデデデデススススススゥゥゥゥゥ!!!!!!!」
部屋の中で、両手で10円玉を額の上にかざしながら、大音量で走り回る実装石。
「ははは、まだあるんだぞ」
さらに、小さな青い小銭入れをプレゼントしてやると、実装石のギアは一段高い所に入る。
「デデデデデススススススゥゥゥゥゥ!!!!!!!」
叫びすぎて、えずく実装石を傍らに、また煩いと文句を言いに来た隣のオバサンに頭をさげる俺。
少し加減しろよ、おまえ。
「デスゥ・・」
そう。うちの実装石は、貨幣概念を学びつつある。
実装石は、近所の駄菓子屋で買い物をすることを覚えた。
うまい棒、チロルチョコ、バブルガム、ソース煎餅。
懐かしい駄菓子などは、今でも10円そこそこで売っている。
実装石は、その中から「実装チョコ」をチョイス。
震える手で青い財布から10円玉を取り出しては、駄菓子屋の婆さんに渡す。
「おやまぁ。かわいいお客さんだねぇ」
初めての買い物を終え、手にしたチョコを両手に俺の顔を伺う実装石。
食べていいかの許可を待っているのだろう。
「なんだよ。おまえのお金で買ったモノなんだから、おまえの自由にしていいんだぜ」
「デ・・デスゥ♪」
実装石は、その場でチョコの包みを破いて、俺の顔を見上げ、しばし考えチョコを2つに割る。
不器用な手で割ったチョコは、アンバランスに割れてしまった。
「デフ〜」
実装、左右のチョコを見比べて、少し悩んだ挙句、大きな方を俺に差し出した。
「デス♪」
「実装・・おまえ」
帰り道に一緒に喰ったチョコの味は、少しほろ苦い味がした。
それから、実装石は色々な事を学ぶ。
お金が足りない場合は、それを購入することができない。
欲しい物を手に入れるためには、お金を貯めなければならない。
お小遣いは、よい子にしたらジャンプの発売日に、ご主人様がくれる。
「実装。今週のお小遣いだぞ」
俺は10円玉を3枚実装石に渡す。彼女への小遣いは週30円と決めている。
「デスデスゥ〜♪」
じゃらっ
実装石の財布には、相当の10円玉が溜まっている。
何か欲しいものがあるのだろう。奴はそれを狙うために、小遣いを貯めているらしい。
そう言えば、最近、近所の駄菓子屋で買い物もしていないようだ。
「デフ〜」
じゃらじゃらっ
暇さえあれば、財布の中身から10円玉を積み上げては、中身を数える。
増えるわけはないのだが、繰り返してしまう光景が、微笑ましい。
なんて賢く健気な実装石なのだ、うちの子は!
奴が狙っているのは何だ?駄菓子屋の壁に掛かっている年代モノのゲーラカイト?
はたまたシーモンキーセットか。ま、ここは敢えて詮索はしないでおこう。
そんなある日、実装石が買い物に行きたいと言い出した。
駄菓子屋だったら、自分で行けるんじゃないのか。
聞いて見れば、近くのスーパーに行きたいという。
軽くスキップ調子で、青い財布を両手に持つ鼻歌交じりの実装石。
そうか。とうとう、おまえが狙っているモノを買いに行くんだな。
スーパー到着。
ついでに夕食の買い物を済まそうと、食材を買う俺。
すると実装石が大事そうに、小さなマグカップを抱いていた。
「どうしたんだ?おまえ用のマグカップはあるじゃないか・・・あ」
そういえば、1週間前、俺はお気に入りのマグカップを割ってしまい
今日まで紙コップで代用していたのだ。不精で買いなおす暇もなかったわけだが
彼女は目ざとく、それを見ていたのだ。
「デスデスデス〜」(ご主人様のマグカップ・・・私のお小遣いで買わせて欲しいのデス)
「実装・・おまえ」
「デスゥ〜」
実装石は、そう鳴くと、とことことマグカップを持ってレジへと向かう。
俺が手伝おうかと声をかけようとすると、それを目で制した。
奴が手にしているマグカップを売り場で確認すると、値段は210円(消費税込み)
俺が渡している小遣いで、何とか買える範囲だった。
レジのお姉さんは、珍客に驚くが、飼い主である俺と目が合い軽く頷いてくれる。
実装石は、財布から10円・・また10円と、不器用な手で10円玉を積んでいく。
どれくらいの時間が経っただろうか。レジには、既に何人もの行列が並んでいたが
一人も文句を言う人はいなかった。
「(頑張れ・・)」「(もう少しよ・・・)」
レジに並ぶ皆が、彼女の一挙一動を見ては、心の中で応援をしていたのだ。
そして、とうとう21枚分の10円玉がレジの前に積み上がった。
「デフ〜」
期せずして起こる小さな拍手。
ご主人様から貰ったお小遣い。甘いチョコを我慢して貯めたお小遣い。
お菓子もチョコも一杯食べたかったけど、いいの。ご主人様が笑ってくれるなら。
実装石は、空になった軽い青い財布を両手に紅潮した顔で、レジのお姉さんを見つめた。
レジのお姉さんは、笑顔で言った。
「お客様。申し訳ないのですが、当店では、同一硬貨は21枚以上使用することはできません」


「デジャァァァッァァァッァーーーーーーーーーーーーッッ!!」
俺は、夕食の食材を買い求める気だるい昼下がりの主婦の冷たい視線を受けながら
パンコン状態で、割れたマグカップの柄だけを持って泣き叫ぶ実装石を押さえつけながら
スーパーの中に充満する糞の匂いと店長の怒号に耐えながら俺は考える。
うちの子が賢いというのは撤回しよう。
俺の飼っている実装石は多趣味だ。
でも、頭のいい部類ではないと思っている。