俺の飼っている実装石は多趣味だ。
そうとう頭のいい部類だと思っている。
最近は、なんとパソコンの操作を覚えて、なんと株の取引などをしている。
「デスデス〜」(ここはテクニカルで見て、買い増しデス)
「え?そうなのか」
「デスデスデ〜ス」(昨年のチャートと流れが同じデス)
俺は株の事は良くわからない。
最近、個人の株トレードというのが流行らしく、その入門本を1冊本を購入したのだが、
不精な俺は数ページ読んだだけで、難しくてやめてしまっていた。
その本を、なんと実装が読破した。
奴は、俺に口座を開いてくれと懇願したので、開いてやると
当初投資した1万円を、見る見るうちに数倍に膨れれさせて行った。
「すげぇな。おまえ株の天才か?」
「デスデス〜」
実装は、えっへんと言わんばかりに鼻息を荒くする。
しかし、こいつ1万円って単位わかってんのかなー。
俺は、前回(趣味3)から、実装に小遣いをあげるようになり
うちの子は、10円から100円代の貨幣の概念はわかっている。
俺はノートPCに向っている実装の横に座り、その画面に映っている
ネット証券の口座の残高金額を指差して言う。残高は、10万近く入っている。
当初の投資金額からして、約10倍。すごい実績だ。
「10万円。わかるか?実装」
「デ?デスデ〜ス」(100円のことデスか?)
「ちがうよ。100円の上の上だよ」
俺は、金平糖の数の喩えで、その金額の規模を伝える。
「だから、高級金平糖で言えば、1000個分だよ。1000個分」
 1000個・・・1000個・・・1000個・・・1000個
プル・・・・プルルルッ・・・・
「デデデ! デデデススススゥゥゥ!!!!」
自分が稼いだ金額の大きさを知ってか、実装、マウスを握る腕も震え始めた。
余りの緊張で、「売り」と「買い」を間違えて、翌日パンコンしたりしたが
実装は、持ち前の勘と勝負強さで、みるみるうちに資産を増やしていった。
「しかしさー、実装。そんなに資産を増やしてどうするんだ」
それを聞かれた実装は、モジモジしながら顔を赤らめ、俺に言う。
「デスデース」(実は、ご主人様との家が欲しいのデス)
「デスデスデース」(ご主人様と庭のある家で暮らしたいのデス)
「あ・・!」
俺は思い出した。
つい先日、夢のマイホーム特集のTV番組を二人で見ていた。
その時、俺は「いつかは庭のある家に住みたいなぁ」と独り言を呟いたのだ。
「実装、おまえ…」
「デス!」

実装のデイ・トレードは続く。
一目均衡表を見ては、デスデスと呟きながら、買い注文を入れる。
絶妙のタイミングで押し目を拾っては、スイングを繰り返す。
休むも相場。野生の感覚で何かを感じた時は、総手仕舞いをしてチャートのみを静観する。
俺は株のことは、よくわからなかったので、その時は詳しく知らなかったが
実は、小さなマイホームぐらいは購入できるぐらいの金額を、実装は取引をしていたのだ。
なんと賢い仔だろうか。俺は株の事はあんまりわからないけど。
ある日の事だった。
いつもの通り、実装がPCを立ち上げようとしても、PCはWindows起動の所で止まってしまう。
「デ?」
実装、ぺしんぺしんとノートPCのキーボードを、?な顔で叩いている。
「どうしたんだ?」
俺がPCを見てやると、画面はブルースクリーンで止まってしまっている。
「あー。もう寿命かなぁ。古いもんな、このLet's Note」
俺がノートPCが壊れた事を伝えてやると、実装慌てて「デスデス!」と叫んでいる。
「ま、仕方ないしな。そうだ。お前の稼ぎで新しいPCを買いにいこうぜ」
「・・!デス!デスデス!」(・・!家以外も買えるのデスか!)
「そうさ。おまえがいくら稼いでるか知らないけど、それくらいは買えるだろう」
「デスゥゥゥゥゥ!!!! デスゥゥゥゥゥ!!!」
喜び勇む実装石。
「あ・・」
しかし、PCがないとネット証券から銀行口座に出金できない事に気付く俺。
そのことを実装に伝えてやると、
「デェェェ・・・」
と、鳴いた。
「ま、そう泣くなよ。1週間後、給料日だからさ。それで買いに行こうな、な」
「デスゥ・・」
その日の昼、俺達はソーメンを食べながら昼のニュースを見ていた
「たまには、NHKのニュースでも見るか」
俺は箸を咥えながら、リモコンで番組を変える。
『今、こちら六本木ヒルズです。今、ライ○ドアの家宅捜索が、入りました!』
「ん?なんか大変だなー。なぁ、実装」
「デスァァァァァァ!!」
うわ、吃驚した!どうしたんだ、おまえ。
「デギァァァァァァァ!!デギァァァァァァァ!!デギァァァァァァァ!!」
実装はその場で、パンコン状態になり、ノートPCをまた立ち上げようとする。
起動するたびにノートPCは青画面になり、その都度、叫びながら画面をぺしんぺしんと
絶叫しながら、涙ながらに叩き続ける。
「お、おい。どうしたんだ・・いったい」
「デデェェェ…」
ニュースは続く。
『この捜索を受け、日経平均株価はS安の連続。追証の資金立てを繰り返す売りが
 連続している模様です』
「あははは、何か大変だなぁ」
俺は、株のことはまったくわからず、ソーメンなどをつついたりしていた。
それからPCを購入に行くまでの1週間。
実装は、日に日にやつれいく。
『今日の日経平均株価は、▲500の3営業日の連続下落でした』
「デギァァァァァァァ!!」
ニュースを見ては、叫ぶ日々が続く。
実装は1日中、「信用…3倍建て」とか「追証…」とか呟き、暇さえあれば
壊れたPCをぺしんぺしんと叩いている。
「え?PCを買いに行こうって?いや、だから給料日まで無いんだって金が」
「デスァァァァァァ!!」
涙を両目から流し、震えるように叫ぶ実装。
リリィィィィィン♪
「あ、電話だ。はいは〜い」
電話が鳴るたびに、実装は何かに怯えるかのごとく、部屋のベットの中に潜り込み
尻だけ出して、ひたすら震えている。
そして、その電話は来た。
リリィィィィィン♪
「あ、電話だ。はいは〜い」
実装は電話の音に気がつくと、
「デッ!!」
と、震えながら、ベットの中にもぐり込む。
「え?証券会社?はい。追証?翌営業日まで振込み?はぁ・・」
俺は一旦、電話を置き、ベットの中で震えている実装に声をかける。
「おーい。実装。なんか証券会社から電話なんだけど、明日までに
 なんか振り込まないと、口座が凍結なんだって・・」
「デギャアアアアアアアアアアァァァァァ!!!!!」
実装は、両目から血の涙を流し、パンコン状態で
 ごめんなさいデス ごめんなさいデス ごめんなさいデス
と土下座を繰り返している。
?な顔をしている俺は、まったく株の知識などない。
その悲惨な状況がわかったのは、泣きながらの実装に説明されてからだった。
結局、実装が他に買った新興銘柄が東証全体が下げる中、S高を繰り返し
信用買いでの負債を相殺する形で、払い込みの金額は少量な物で済んだ。
あの事件がおきてから、実装は株の売買をやめた。
ただ・・
リリィィィィィン♪
「デスァァァァァァ!!」
電話が鳴るたびに、糞を漏らし、ベットの中で震える癖が出来てしまった。
ベットの中の実装を取り出し、糞まみれになったシーツを取り替えながら
俺は考える。うちの子が賢いというのは撤回しよう。
俺の飼っている実装石は多趣味だ。
でも、頭のいい部類ではないと思っている。