『実装士4』
フィールドを取り囲む暗闇の客席から、無数の驚きの声が飛び交う。
「実蒼石だぁ!!」 「鋏だぁ!! 鋏を持ってるぞ!!」 「何匹いるんだっ!? 同じだっ!! 実装石たちと同じ数だぁ!!」
「ボクー!! ボクー!!」
両手に禍々しい鋏の柄を握り、威嚇するかのような金切音を立てながら、フィールドにゆっくりと現れる実蒼石たち。 その数、14。
「デッ!! デデェ!!」 「…デッ!?」 「デェスァ!? デスデェースッ!?」
信じられぬ狩人たちの登場で、固まったように小刻みに震えつづける実装石たち。 その数、14。
歯をガタガタと鳴らす者。パンコンで下着を膨らませる者。恐怖で声が詰まる者。様々だ。 実装石を本能的に狩ることを是とする実蒼石に対し、実装石たちが本能で彼女らを恐れるのは当然のことだ。 いくら虚勢を張ろうが、実蒼石を天敵として認知することは、彼女ら実装石のDNAに記された本能である。
「デスァ!? デスァ!?」 「デ!? デデデッ!!」
明らかに出鼻を挫かれた。 そんな形になったことを悟ったミミは、さかだつ鳥肌を抑えながら、必死に体制を整えんとする。
「デェス!! デェスデェェース!!!」
取り乱す仲間達を必死に抑えんとするミミ。
「ボクゥゥゥゥゥーーーー!!」
そのミミを嘲笑うかのように、対峙する実蒼石の一匹が、軽く天に向かい鳴き声を上げた。
「デデデッ!!!!」 「デギャーースッ!! デギャーースッ!!」 「デェェェーン!! デェェェーン!!」
それだけで、実装石たちはその場を四散する。 パンコンを膨らまし、ひたすら地面に伏せて丸くなる者。 地面の砂を掘り、身を隠そうとする者。壁を登らんと試みる者。 ただその場で幼児退行したかのように、デェェェーーン!! デェェェーーン!!と泣き続ける者。 その中で、辛うじてその場に踏みとどまっていたミミだが、周囲の混乱振りにただ目を丸くさせるだけであった。
「はーはっはは!! 見ろよ!! あの糞蟲のザマ!!」 「行けぇぇ!! 実蒼石ぃ!! 俺は3分全滅に賭けてるんだからなぁ!!」
一層、辛辣な言葉が飛び交う客席。 そんな無情なフィールドの中、天井の電光掲示板が「30:00」のカウントダウンを始めた。
『ビィーーーーーーー!!』
無機質な電子音が会場に木霊する。観衆の大歓声と共に電光掲示板のカウントが始まる。 実装コロッセウム。デス・ゲームの開始である。
「ボクゥゥゥゥ!!」 「ボクッ!! ボクゥゥゥゥーー!!」 「ボックッ!! ボックッ!!」
シャキン!! シャキン!!と両手に持った鋏の金属音を頭の上で鳴らせながら、 血に餓えた実蒼石たちがゆっくりと歩を刻み始めた。
「デスァ!! デスデェースッ!!」
ミミは奇声を上げ、必死に周囲を鼓舞しようと試みる。 しかし大半が既に壁際にまで下がり、その他の大半が下着を膨らましてその場で凍えている。
「デブ〜♪ デブ〜♪」
実蒼石たちの鋏の前に姿を晒してるのは、ミミと車の玩具で遊ぶ実装石だけだ。
「デッ!? デッ!?」
ゆっくりと近づく実蒼石と後方で凍える実装石たちを交互に見合う混乱顔のミミ。
もう絶望的だった。 もう何もかも投げ出して逃げ出したかった。 だからミミは目の前の樫の木を手に取った。 そして、実蒼石に向かい、一匹単独で駆け出した。 この場から生き延びるために。生き延びて、ママとご主人様に出会うために。
「デスァァァァァァッ!!」
逃げては駄目だ。 例え逃げたとしても、延命が数分そこら延びるだけだ。 戦いの流れは、初戦の結果が大いに左右する。 それは、このフィールドで生き延びてきたミミが学んだ鉄則であった。
振りかぶる樫の木。 それが例え実装石の天敵である実蒼石であれ。 戦意を表さない限りは、この仕合いは完全に実蒼石たちに主導権を奪われる。
「ボクゥゥゥゥゥゥゥッ!!」
対するは金色の鋏。その顎(あぎと)が大きく開く。
「デデッ!?」
裁断音と共に、ミミは宙を舞った樫の木の先端を見やる。 鋭利な鋏に斜めに裁断された樫の木を、ミミは困惑した表情で見つめるしかない。
「ボクゥゥ〜♪ ボクゥゥ〜♪」
何が楽しいのか小躍りする実蒼石。
「ボクゥゥゥ!!!」
呆然とするミミの斜め後ろから、風切り音がミミを襲った。
「デデッ!! デスァ!! デスァァァ!!」
間一髪。前髪の何本かが宙を舞う。 気を抜いている暇はない。
次は左。 次は右。 前。 前。 後ろ。 前。
逃げても逃げても四方から、鋏たちはミミを裁断しようとする。
「デヒィ!! デヒィ!!」
無謀だった。 たった棒切れ1本で、ただの実装石の身で、そして天敵であるはずの実蒼石、それもたった1匹で、 その数14匹に挑むのだ。
「デヒィ〜!! デヒィ〜!!」
既に血涙。そしてパンコン。 耳元で唸る金属音に、実装石としての本能が嫌悪感を表す。 ガチガチと歯は高らかに鳴り、膝は立っていられない程震えている。 その最悪の状況の中、ミミは四方から攻めリ狂う鋏を、デヒィ!! デヒィ!!と息も荒く懸命に避けるしかない。
「ボクゥゥ〜♪ ボクゥゥ〜♪」 「ボプププッ!! ボプププッ!!」 「ボーキャキャッ!! ボーキャキャッ!!」
ミミを囲む実蒼石たちも手負いの獲物を甚振る動物のように、目を三日月に口元を卑しく上げながら、 鋏でミミの肉を切り刻もうと躍起だった。
「ボクゥープッ!! ボクゥープッ!! 」(シャキンッ!! シャキンッ!!) 「デッ!? デッー!!」
ミミが不恰好な様で間一髪に鋏を交わす。 かわしきれず、鋏はミミの右肩の肉の一部を実装服ごと裁断する。
「デデッ!? デギャァァーーッ!! デギャァァァァーーッ!!」
肩を押さえ、フィールドの砂地の上で転げまわるミミ。 しかし、他の鋏は四方から容赦なくミミを襲う。
「ボクゥゥーーッ!! ボクゥゥゥーーッ!!」(ドスッ!! ドスッ!!) 「デッ!? デデッ!!!」
顔の直そばの砂地を、鋏が抉るように突き刺さる。 ミミは地面を転げるようにし、フィールドに突き刺さる鋏の先端をかわす。 そして、かわしながらも何とか体制を整え中腰に身を起こした。 そのミミの首筋に、ひやりと触れる冷たい金属の温度。 気が付けば、ミミの後方から別の実蒼石の鋏の両刃がミミの首に宛がわれていた。
「デ!? デェーーーーッ!!」(シャキンッ!!)
間一髪。首を亀のように縮めて、その一撃を回避する。 と、同時にどろりと生暖かい物が顔に振ってくる。右耳辺りが仄かに熱い。
「デスァッ!? デスァッ!?」
右耳を抑えた手の平の血糊を見つめながら、何が起こったかわからぬ表情のミミ。
「ボプププッ!! ボプププッ!!」
砂地に落ちるミミの裁断された右耳を踏みつけながら、先ほどの一撃を加えた実蒼石が、 血塗られた鋏の刃を丹念に舌で舐め取り悦に入っている。
「はっはっは!! いいぞー!! 糞蟲ぃーー!!」 「実蒼石ぃ!! 蟲どもを早く駆除しやがれぇ!!」
会場の中は、満身創痍のミミの姿に侮蔑と嘲笑の笑いの渦が巻き起こっている。 そんな殺戮の場をガタガタと血涙を流しながら、瞳孔の開いた目で見つめる他の実装石たち。
「マ… ママが大変デスッ!!」 「た、助けるデスッ!!」 「で、でも体が動かないデスゥ!!」
空を切る金切音と天井からのライトに光る金色の鋏が目に入る度に、実装石の本能が奮い立つ気力すら抑え込んでしまう。
実装石と実蒼石。 自然界における絶対的な連鎖関係を知る本能が、彼女たちを抑えつけているのだ。
「デヒィ〜!! デヒィ〜!!」
そんな恐怖の中、ミミは先端が欠けた樫の木を杖代わりにしながら、必死に逃げようとする。 そんなミミを嘲笑うかのように、鋏が次々とミミを襲う。
「ボクゥゥゥ!!!」(シャキンッ!!) 「デギャァァァーーッ!!」
無防備な背中を真一文字に袈裟懸けに切り刻まれるミミ。 緑の実装服が血を含み、じわりじわりと濃い緑色に変色して行く。
「ボキャーキャッ!!」(シャキンッ!!) 「デヒィ〜!! デヒィ〜!!」
両目から流れる赤緑の涙の珠を飛ばしながら、首の皮一枚を裁断する鋏を避けるミミ。
会場は失笑と嘲笑の坩堝と化していた。 14匹の実蒼石による、1匹の実装石に対する公開リンチ。 観客一同も、弱者に対する優越感に感化し、何時の間にか笑みを浮かべ、手に汗を握り、足踏み鳴らし、声を上げていた。 肩で息をし始めたミミは、とうとう力尽き、後ろに後ずさるように顔を左右にいやいやするしかない。
「ボクゥ♪ ボクゥ♪」 「ボキャァァァァーー♪」 「ボクゥ〜ン♪ ボクゥ〜ン♪」
まるでサバトに興じる狂信者のように、鋏の金属音を鳴らしながら、踊り狂う実蒼石も現れる。 そんな中、獲物を狩る本能を抑えきれぬ1匹の実蒼石が、「ボキョーーッ!!」と声を裏返して、鼻息荒くミミに飛び掛った。
「デズァ〜!! デズァ〜!!」 「ボキョーーーッ!!」
その時、ぺちゃり、と一掴みの糞が投げつけられた。 それは、今ミミに襲い掛からんとした実蒼石の顔に付着した。
「………ボ」
その実蒼石は、興を削がれたように振りかぶった鋏を地面に下ろし、手で顔についた糞を拭い、 まじまじとその手の平の拭った糞を見つめる。 周囲で騒いでいた他の実蒼石たちも、一斉に視線を糞を投げつけられた方向へと目をやる。
「マ、ママを苛めるなデスゥ!!!」
歯をガチガチと鳴らせながら、震える手で投げつけたのは、外野で戦意喪失をしていた他の実装石たちであった。
「……ボクゥ?」
糞を投げつけられた実蒼石が、糞を投げつけた実装石たちの方向をゆっくりと見る。
「………ボ」
実蒼石たちの沈黙が破られるのは、そう長い時間はかからなかった。
「……ボクゥ? ボクゥ……ボキャァァァァッ!!」 「ボク!! ボク!!」 「ボクァ!! ボクァ!!」 「ボクゥゥゥゥゥゥゥゥーーーーッ!!」
彼女らの怒りの矛先は、糞を投げつけた外野の実装石たちに向けられていた。 その目は先ほどミミに向けられていた手負いの獲物を甚振るような目ではない。 その獲物に対し、はっきりとした敵意を湛えた瞳の色をしていた。
「ボクゥゥゥゥーーー!!」 「ボクァ!! ボクァ!!」 「ボク!! ボク!!」
「デッ!? 逃、逃げるデスゥ!!!」
浮き足だった仲間たちが狩られると、本当にミミの生存確率はさらに低くなる。 ミミは自分の身を顧みることもなく、必死に仲間たちへ逃げるよう指示を出した。 そこは腐っても、ミミの薫陶を受けた実装石たちであった。 いや、迫り狂う実蒼石たちの恐怖も手伝ったのかもしれない。 ミミの指示を待つまでもなく、投糞をした実装石共々、彼女らは一目散にフィールドの奥へと脱兎の如く逃げ出した。
「あーはっはっ!! 何だ、あのザマは!?」 「糞蟲ぃー!! 無駄な努力をするんじゃないぞぉー!!」
観客からは失笑と罵倒が飛び交う。
「デヒィ〜!! デヒィ〜!!」 「デスァ!? デスデェース!!」 「デェェェーン!! デェェェーン!!」
無様でもいい。 笑われようとも最後に立っていれば勝ちなのだ。 実装石たちの逃走は、この場で正しい選択肢だった。 しかし、その後のミミの選択が、この状況に変化をもたらした。
「デデデッ!! デス? デスデス?」 「デェック!! デェック!!」 「デププ!! デプププ!!」
3匹。 そう、新人の3匹だ。 脱兎の如く逃げ出した実装石の後に、腰の抜けた状態で、ただ佇む3匹。 ケージの中でミミの指示に従うよう教育を受けていた3匹だ。 ケージの中の訓練でも、最後までミミの指示に耳を貸さなかった3匹は、何が起こっているかわからぬ表情で、 悪鬼のような表情で邁進する実蒼石たちを目の当たりにし、放心状態に近い状況で瞳孔を丸くするだけであった。
先ほどまでミミを取り囲んでいた14匹の実蒼石たちは、外野の実蒼石たちに向かい邁進している。 ミミはいわばフリーに近い状態になった。幸い、腰の抜けている新人たちがうまい囮となり、 脱兎のように逃げ出した実装石たちも実蒼石たちの追跡をかわす格好になっている。 この時間を利用して、ミミは逃げ出した実装石たちと合流すべきだったのだ。 いや実際、ミミは合流するべく震える膝に叱咤を繰り返し、その場を去ろうとしたのだ。
「ご主人様ァ〜〜!! ミランダは此処デスゥ〜〜!!」 「助けてッ!! ママァ!! ママァ!!」 「デプププ!! これは夢デスゥ〜!! 全て夢デスゥ〜!!」
腰の抜けた新人3匹は、ただただ助けを求めるしかなかった。
「ご主人様ァ〜〜!! こんなところは嫌デスゥ〜〜!!」 「ママァ〜〜!! 会いたかったデスゥ〜!! 最後に会いたかったデスゥ〜!!」 「デプププ。おまえらコスプレデスゥ?」
数秒後に訪れる実装生の幕切れに向かい、祈りの時間さえ許されなかった3匹は、 ただただ庇護者に向かい叫ぶしかなかった。
「ご主人様」と。そして、「ママ」と。
「デスァァァ〜〜!!」
「ボ……クゥ?」
まず1匹の実蒼石が、自らの胸から生えている白い木を見つめて不思議そうに呟いた。 その白い木が、先ほど自らが裁断した樫の木であり、それが背中から貫通し自らの胸を突き破っている ことを理解した時には、実蒼石は自らの鋏を落として絶命していた。
「逃げるデスゥ!! おまえ達、逃げるデスゥ!!」
ミミだった。 ミミが手にした樫の木で、苦し紛れに突き出した樫の木で、1匹の実蒼石を突き殺したのだ。 鋏で裁断された樫の木が、斜めに鋭利に裁断されたのも幸いしていた。 しかし、それは後から言えば愚行と言える行為だったとも言える。 先ほどまで単身、実蒼石の鋏の中に身を晒し、耳を切られ、背中を切られ、満身創痍の状況をだったのを 脱したというのに、再びその中に身を晒そうと言うのだ。
「逃げるデスゥ!! さっさと立つデスゥ!!」
ミミの判断を誤らせたのは、庇護者を求める新人彼女らの儚い想いであった。 このフィールドの中の唯一の希望。ミミのその一縷の希望も彼女らの想いと同等であったのだ。 そんな一瞬の気の迷いが、このような事態を引き起こしてしまう。
「デェック!! デェック!! ご主人様の所に帰るデスゥ〜…」 「ママッ!! ママッ!! こいつら、やっつけるデスゥ!!」 「デププ!! おまえもコスプレデスゥ?」
「立つデスゥ!! でないと『ママ』にも『ご主人様』にも会えないデスゥッ!!!」
ミミの命がけの救いにも、状況が理解できない新人たち。 戸惑っているその一瞬が、ミミたちをさらに窮地に追い込んだ。
「ボクゥゥゥゥッッッ!!!」 「ボギャースッ!! ボギャースッ!!」 「ボゲェェェッ!! ボグボグゥゥッ!!!!」
「デッ!? デデデッ!!」
実装石に危害を加えられるはずはない。 そうタカをくくっていた実蒼石たちは、倒れた仲間の死を理解したのか、 先ほど糞を投げつけれた以上に、激情を顕わにして叫び始めたのだ。
ミミは咄嗟に足元に転がる鋏を手に取る。 既に冷たくなった実蒼石の所有物である鋏であった。
「ボクゥゥゥッッ!!!?」 「ボゲェェェーー!? ボゲェェェーー!?」
その行為がより一層、実蒼石たちの逆鱗に触れる形となった。 鋏とは実蒼石であることの象徴である。仲間である実蒼石の命を奪っただけでなく その象徴を奪い、かつ身構え、我らに抗する構えを取ったからである。
「ボクゥゥゥゥッ!! ボクゥゥゥゥ!!」 「ボゲェェェッ!! ボグボグゥゥッ!!!!」 「ボクゥゥゥゥッッッ!!!」 「ボギャースッ!! ボギャースッ!!」
13匹の実蒼石に囲まれたミミと新人3匹。 ミミたちを囲む実蒼石の表情は、獲物を前にした狩人の目であった。
歓声が一層に大きくなる。 観客は待ちに待った殺戮が訪れることを固唾を飲んで待っている。 直径25mの砂地のフィールドを照らす天井の特設ライト。 その人工光にキラリと光る鋏、鋏、そして鋏。
「デッ! デッ! デッ!」
その光が目に入る度に、ミミの本能が四肢の筋肉を萎縮させて行く。 じわりじわりと囲いをせばめて行く実蒼石たち。
そんな中ミミはとんでもない提案を、後ろで震える新人実装石に告げた。
「おまえ、何て名前デス!!」
「デッ!? デデ!?」
「名前、何て言うデスッ!!」
「ミ、ミランダデス!!」
「ミランダッ!! おまえに命令するデス!!」
そして、ミミは言った。
「おまえ、私の目になるデスッ!! 鋏が来る方向、大声で言うデスッ!! わかったデスッ!?」
そう言って、ミミは自らの頭巾を前に深くずらした。 深めにかぶったミミの頭巾は、まるで煌めく鋏から視界を遮断するように、ミミの赤緑の両目を覆っていた。
(続く)