『実装士5』
会場は失笑と嬌声の声に渦巻いていた。 実蒼石たちに囲まれた数匹の実装石が、気でも触れたのか、実蒼石の鋏を取り出し抵抗を始めたからだ。 それも頭巾を前にずらし、目を覆うようにして不恰好に踊るように鋏を振り回しているだけだからだ。 残りの実装石たちも、奥の壁に引っ付くようにして振るえているだけだ。
直径25mの特製円状フィールド。 2階席から5階席まで吹き抜けを有するこの大きな空間。 その5階席のさらに上。その上の6階席には、ガラス張りの個室が並んでいた。 実装コロッセウムに招待されたVIPが観戦できる空間である。 完全冷暖房。そして一流のシェフが運ぶフランス料理に舌鼓を打たせながら、 この実装コロッセウムを観戦できる空間。 そこに招かれるVIPこそ、この実装コロッセウムのスポンサーでもあった。
表向きは企業の代表。 慈善団体の会長。教育者。地域の名士。それぞれの立場も様々だ。 そんな彼らに共通的な嗜好こそが、『実装虐待』であった。 社会的立場としては、人を導く立場にある者が、大っぴらにできない嗜好である。 この実装コロッセウムのオーナー、双葉としあきが彼らに出資を依頼したのは自然の流れであった。
この秘密裏の裏カジノ。それも実装石という虐待をも兼ねたこの嗜好が、彼らスポンサーたちの 食指を満足させるには充分な物であったことは言うまでもない。
その証として見よ。 今まさに、実蒼石たちの鋏に餌食とならんとす実装石たちの無様な姿を見ながら、笑みを浮かべる皺枯れた顔。 漂うはずもないパンコンした糞の匂いを想像しながら、股間を膨らます卑下た顔。 彼らは、今夜起こるであろう実装石たちの酸鼻たる姿に、満足な面持ちで杯を傾けているのである。
そんなVIPが居並ぶ6階のガラス張り個室から離れた場所に、灯りを落とした部屋があった。 その部屋も高く臨む6階の個室から、直径25mのフィールドを満遍なく見下ろす事ができる位置にある。 その部屋の中で、満足そうな笑みを湛えている男がいた。 後ろにはサングラスをかけた長身の男。 フィールド上の実装石が鋏に刻まれる度に、満足そうな笑みを顔に張り付かせる。 この実装コロッセウムのオーナー、双葉としあきであった。
としあきは満足していた。 昨晩、無様な試合を見せたために、スポンサーたちの怒りを買ったのは言うまでもない。 名誉挽回とばかりに仕組んだのが、この連日のデスゲームであり、ハンターとして指名したのが、 実装石の天敵である実蒼石の採用なのだ。
見よ。 無様に下着を膨らませ、血涙を流し、震え上がる実装石たちを。 昨晩、土佐犬に対し、あれほど虚勢を張り続けていた糞蟲たちが、あんなに震えているではないか。 仲間たちが数匹、実蒼石たちに取り囲まれていると言うのに、助けだそうともしない。 はは。所詮、糞蟲は糞蟲だ。糞蟲に仲間という概念などあろうはずもない。 何せ、自分が幸福になるために、自らの子供すらを差し出す習性を持つ生き物なのだから。 糞蟲は糞蟲らしい最後を迎えるのが相応しい。
いいぞ。囲まれた実装石たちをさっさと屠り、残りの糞蟲どもを狩るんだ。 そうだ。鋏を振り上げろ。突け。違う。突くんだ。大きな動きでは相手に読まれるだろ。 ほら。またかわされた。突け。突くんだ。違う。…おい。何で避けれるんだ。 何で実装石が抵抗できるんだ。何で糞蟲が抵抗できるんだ。
「前ッ!! 前デスッ!!」 「こっちッ!! こっちも来てるデスゥッ!!」 「デププッ!! リアルな夢デスゥ!! リアルな夢デスゥ!!」
「一気に喋るなデスゥッ!!!!」
ミミは視界のない頭巾の中、新人実装石ミランダたちの声のみを頼りに、目の前に迫り来る鋏を 自ら持つ鋏で弾き、もう片手で下着の中から取り出した糞を、後方へと投げつける。
「ボクゥッ!? ボクゥッ!?」
ミミに投糞により目を潰された実蒼石は、糞が目に染むのか、顔面を掻き毟りながら地面で転がり廻っている。
「右ィィィッ!! 右に来てるデスゥゥゥ!!?」
「デッ!?」
ミランダの叫ぶ声に的確に反応したミミは、次いで来る鋏に向けて体制を整える。 裁断された右耳。袈裟掛けに切られた背中からの出血は、ほぼ固まっている。 吐く息は荒く、肩で息をする姿も痛々しい。しかし、視界を自ら塞いだミミの動きは明らかに違っていた。 逡巡のあった動作は、流れる水のように軽やかに。繰り出す攻撃には迷いすらない。 相手が実蒼石という枷がない今、ミミの動きはいつもの動きを取り戻していた。
「総員ッ!! 頭巾ッ!!」
右から来る鋏を打ち落とした時点で、ミミが高らかに叫んだ。
「デッ!?」「デデッ!!」
それは遠く、フィールドの奥で震える実装石たちに発した号令であった。
ミミは確信した。 視界を自ら奪うという事で「実蒼石」という枷を外すことが出来る。 ただそれだけの一事で、自らも冷静を取り戻すことが出来たこと。 総合した戦力であれば、この「実蒼石」にも充分に対抗し得ることを。 ミミはそう確信して号令を飛ばした。
「ボクゥ!? ボクゥ!?」
実蒼石たちが、にわかに騒ぎ始める。 おかしい。いつもなら狩られるだけの実装石であるはずなのに。 しかし、もう遅い。それがミミたちの反撃に狼煙だった。
「総員ッ!! 頭巾ッ!!」
ミミたちは、このフィールドで明日、そしてまたその明日。 その1日を生き延びる為に、血が滲むような時間を刻んできたのだ。 来る日も来る日も暗闇のケージの中。すぐ近くにいる仲間の姿さら目視できない暗闇の中。 ミミの号令に従い陣列を組み、号令に従い型を反復させて来た。 来る日も来る日もだ。デスゲームがある日も、ない日も。 食事の時しか光が届かぬ、暗闇のコンクリートの空間で。 ミミたちは、その明日を生き延びるために、愚直なる反復を続けてきたのだ。 視界を奪われた暗闇の中ですら、この実装石たちにとっては、昼の中と変わらぬ動きが成し得れるのだ。
「蛆ちゃんッ!!」
その号令に染み込んだ体が無意識の内に反応する。
「部隊を二つに分けるデスッ!! デデは右翼ッ!! デスンは左翼ッ!!」
デデもデスンも、このフィールドで生き抜き続けた古参の実装石であった。 頭巾を目の前に下ろした暗闇の中、ミミの号令にただ従うまま動く。
「デスンッ!! 3時の方向に展開しながら託児準備ッ!! デデッ!! そのまま直進ッ!! 3秒後に威嚇開始ッ!!」
頭巾を下した実装石たちは、実蒼石の鋏に惑わされる事無く、フィールドの中を縦横無尽に駆け巡る。 号令をかけるミミも頭巾を下した暗闇の中。 まるで目隠し将棋のように、ミミは彼女らに正確無比に命令を下す。
「ミランダッ!!」
息もつかず、ミミは叫ぶ。
「ミランダッ!!」
「……デッ!?」
「敵の動きを報告するデスッ!!」
ミミの叱責に我に帰るミランダ。 ミミはデフーデフーと荒い息をつきながら、周囲の敵に対する対応に戻っている。
「ミランダッ!!」
再び叱責が走る。
「デッ!! 動いてないデスッ!! ぼさっとしてやがるデスッ!! キョロキョロして動いてないデスッ!!」
ミランダの言う通り、ミミたちを囲んでいる実蒼石たちは、後方で震え上がっていた実装石たちの動きに 目を真ん丸とさせて戸惑っていた。 会場の歓声も、明らかにこの違った場の雰囲気に動揺の色を隠せなかった。
「ボクゥ!? ボクゥゥ!??」 「ボッ!? ボボッ!?」
キョロリキョロリと周囲の慌しい状況に、目を赤緑させる実蒼石。 そんな浮き足立った実蒼石たちに対して、頭巾で目隠しをした実装石たちが ミミの号令に従うまま、広いフィールドを縦横無尽に疾走する。
「ボボッ!? ボクゥッ!?」
まずデデの部隊が、実蒼石たちの囲みに向かい突入を始めた。 ミミが命じた丁度3秒後。威嚇と同時に突いたそこは、一番囲みの薄いポイントだった。
「デシャァァァッッ!!」 「デスァッ!! シャァァァァーーッッ!!」 「デギャァーッ!! ギャースッ!! アッアッーー!!」
自らの頭巾で目隠しをした実装石たちが、黄色い犬歯を剥き出しにし、猪の如く突進を慣行する。 今までは自分達の鋏を見るだけで、慄き下着を膨らませていたはずの実装石が、己に向かい突っ込んでくるのだ。 そのいきなりの奇行に、実蒼石たちは怯まざるを得ない。
「ボクゥ!? ボクゥゥ!??」
囲みを突破したデデ隊は、そのまま囲みの中のミミたちを飲み込み、再び囲みの外を破らんとする。 その時、別働隊で弧を描くようにフィールドの側部を滑走していたデスン隊が、混乱の実蒼石たちの側面に 「託児」を慣行した。
座標軸、タイミング、その全てがドンピシャだった。
「ボッ!! ボボッ!?」 「ボクゥ!? ボクゥゥ!??」
何匹からの実蒼石は、頭上から降り注ぐ緑のパンコンを目の当たりにする。 「託児」とは、複数の実装石が1匹の実装石を担ぎ、天高く放り投げる型である。 宙に舞った実装石は、重心を重く膨らませた下着をより重く膨らませ、対地上に対する標的に対し、 その防御力と攻撃力を増す。 その「託児」の犠牲となった実蒼石たちが崩れ落ちた要所を突き、デデ隊はその囲みを突破する。
まさしく一瞬の出来事だった。 ミミたちを取り囲んでいたはずの実蒼石たちが、砂埃舞う中に見て取れる。 その何匹かの実蒼石たちが、腰を抜かし、また呆然と周囲を見渡している。 その中央。5階席からは砂埃で目視しずらいその中央。 13匹の実蒼石たちに取り囲まれていたミミたちの姿は、既にそこにいなかった。
「総員ッ!! 頭巾そのままッ!!」
その囲みから離れた砂地の上。 呆然と混乱の極みにいる実蒼石たちとは対極。 頭巾を深めに被った実装石10匹と、デッ!? デッ!?と首根っこを持たれ引き摺られている実装石が3匹。
「ミランダッ!! 敵位置確認ッ!!」
「デッ!? デデッ!?」
「ミランダッ!!!」
「デッ!! まだ動いてないデスッ!! こいつら固まって動いてないデスッ!!」
「パンコンッ!!」
ミランダの報を受けるや否や、ミミは号令を告げる。 頭巾をした一同は一斉に下着の中身を、実蒼石たちへ投げつける。 その糞の礫に、何匹からの実蒼石が堪らぬとその場所から抜け出した。
「右ッ!! 何匹か右へ逃げたデスッ!!」
「蛆ちゃんッ!!」
ミミの動きは速かった。 実装石たちは、上から見るとまるで「蛆ちゃん」と見紛うような錐行陣形で、その右翼へ逃げた 実蒼石たち目掛けて突進する。
実蒼石と実装石。数では、ほぼ同等。 このような戦いでの戦術の要は、「火力集中」「各個撃破」である。
「鋏ぃ!! 鋏を狙うデスッ!!」
ミミの号令が飛ぶ。 視界を封じたはずの実装石の投糞が、丁度目線の高さへと自然集中する。
「ボッ!? ボボォ!!!」
これは堪らぬと鋏で顔を隠す実蒼石。 それが逆に仇となる。鋏は何度も糞の圧力を受け、その圧力に負けた時には鋏をフィールドの砂地の上へ 弾き飛ばしていた。
「落としたデスゥ!! 鋏ィ!! 落としたデスゥ!!!」
ミランダの悲鳴のような声が轟く。 同時にミミたちは、鋏を取り戻そうとする実蒼石に向かい飛び掛っていた。
「ボクゥ!? ボクゥゥゥゥッ!?」
多勢に無勢であった。 数匹の鋏を落とした実蒼石に幾重にも馬乗りになり、手足を押え、口に糞を突っ込み、気道を塞いだ。 涙目の顔とその鼻頭目掛けて、何度も何度もぺしんぺしんと拳を叩き下す。
「ボゲッ!? ングググググ〜〜ッッ!!」 「ボゲェェェェッ!!! ボゲェェェェッ!!!」
渾身の力を込めて暴れるも、10匹近い実装石たちに同時に襲われては抗う術はない。
「〜〜〜ッ!! 〜〜〜〜ッ!!」
「デスァッ!! デスァッ!!」 「デスデェースッ!! デスデェースッ!!」
2度、3度小さく痙攣を繰り返した後、目口鼻を糞で封じられた実蒼石は動かなくなった。
「デフゥ〜… デフゥ〜…」
幽鬼の如く、既に事切れた実蒼石を見えぬ頭巾越しに見下ろす実装石たち。 その視線が、ミミの号令の元、再び他の実蒼石たちに向けられる。
実蒼石たちは震え上がった。
◇
あとは時間の問題だった。 恐怖に囚われた実蒼石たちは、「多数」対「多数」である集団戦であるにも関わらず、 四方に散々に逃げる様であった。 追い詰められた実蒼石たちは、少数ずつ頭数に任せてミミたちに狩られていった。 それはまるで、当初の「狩人」と「獲物」の立場が逆転したかのような光景だった。
全長25mのフィールドを臨む客席たちからの怒号や落胆の溜息、そして野次が飛ぶ。 中には手の中のグラスをフィールドに投げ込む客までいた。 まさに実装コロッセウムは荒れていた。大荒れに荒れていた。 この様子では、また当選者もなくキャリー・オーバー制で賞金も流れてしまうだろう。 また倍付けされる賞金に不平を垂れる者もいまいが、この在り得ぬ事態に虐待嗜好である客層は 不満を漏らさざるを得まい。
天井の電光掲示板は、まだ10分近く時を残していたが、それまでに最後の逃げ惑う実蒼石が 狩られる方がどう見ても早かった。
その騒然とした観客席のさらに上。 階数にすれば6階のフロアに位置するガラス張りの部屋。 この実装コロッセウムのスポンサーたちが、この部屋からこの失態と言うべき事態を平然と見下ろしていた。 このVIPたちが居並ぶ部屋の数々にも、不平の声、動揺の声、落胆の声が飛び交っていた。
その一室。取り立てて豪華に見えるペルシャ製の絨毯が敷かれた部屋がある。 その一室の中央に位置するマホガニー製の机の上から、眼下に広がるフィールドを見下ろす男が居た。
いや。男という表現は正確ではない。 年の頃は既に70を超えているだろう。 口元には胸元まで届かんとする白い髭を蓄え、そのひょろりとした体を和装に包んでいる。
歳を重ねた皺枯れた手には杖。 その手には似合わぬ宝石を施した指輪の数々や高級外車が一台そのまま買えそうな程の価値の腕時計が光っている。 その老人の眼下。実装フィールドでは、まさにミミたちが最後の実蒼石を狩らんとしている瞬間であった。
「としあきを呼べ」
皺枯れた声で、その老人は近くに佇むSPへと言った。
◇
「としあき様。VIPの方々がお騒ぎになっております」
ここは、この実装コロッセウムのオーナー「双葉としあき」がつめる部屋である。 側近であるサングラスの男が、VIPたちの声をとしあきに届けている。 としあきは、爪を噛むような仕草をして苛立ちを隠せない様子だった。 そのとしあきに追い討ちをかけたのは、オーナーの一人の呼び出しの連絡だった。
「としあき様… 腑王がお呼びです」
腑王という名を聞いただけで、としあきは苦虫を噛み潰したような表情になる。
「腑… 腑王には安心するようにお伝えしろ!!」
「ですが、この事態。どうやって治めるおつもりですか?」
「やれ。久隅」
「は?」
「やるんだよ。久隅」
久隅と呼ばれたのは、としあきの側近であるサングラスの男の本名である。 久隅は最初、としあきの意図を諮りそこなったが、としあきの意図を理解するに、 そのサングラスの奥の表情が一瞬曇ったようになる。
「………いいんですか?」
「いいんだ。やれ! 久隅!!」
としあきは、親指を立て、まるでそれを断頭台のように一気にそれを下へ切って見せた。
今の久隅のオーナーは、この双葉としあきである。 としあきが「やれ」というのであれば、自分はそれをやらざるを得ない。 それがルールから外れ、如何に不道徳であり、如何に不誠実であったとしても、自分はそれをやらざるを得ないのだ。 久隅は、小さく頭(こうべ)を数回横に振るが、としあきに一礼をした後、部屋を後にした。
◇
「隊列ッ!! 隊列を崩すなデスッ!!」
頭巾を解除したミミは、総員にまだ厳戒態勢を崩さず、ゆっくりとフィールド奥へと退くよう号令をかける。
「ボクゥ… ボクゥ…」
まだ息のある実蒼石も数匹フィールド上には居るが、その全てが既に戦闘能力を奪われた者ばかりである。
天井近くの電光掲示板には、まだ5分近くの時間が残されていた。 その5分以内に、このまさしく蟲の息である実蒼石たちが、このフィールドに存在する14匹の実装石を 狩ることは、ほぼ不可能に近い状況であろう。
14匹。 そう14匹だ。
ミミ以下、9匹の実装石。 肩で荒い息を吐くミランダ以下、2匹の新人実装石。 そして、相変わらず車の玩具で黙々とフィールド端で遊びつづけていた実装石が1匹。 合計14匹が、なんと天敵である実蒼石14匹の猛攻をかわし切った瞬間でもあった。
ミミたちはゆっくりとフィールドの奥へと引き下がる。 最後までは安心できない。声を荒げながら注意を喚起し続けるミミ。
「ボ…クゥ… ボ…クゥ…」
そんなミミたちの足元で、小さな声を繰り返す実蒼石がいた。
顔は糞塗れ。幾重にも胴に乗られたのか、股間から糞と腸らしきものがはみでている。 その実蒼石が、命乞いのようなか細い声で、後方へと下がるミミたちへと弱々しい声をかけたのだ。
それに反応したのが、新人であるミランダであった。
「デッ!! こいつ、ミランダを切ろうとした奴デスゥ!!」
「ボ…クゥ」
「死ねデスゥ!! 死んでしまえデスゥ!!」
ミランダが、蟲の息である実蒼石をぺしんぺしんと叩き始めた。 顔を腫らした実蒼石は、ボクゥ〜ボクゥ〜と血涙を流して、ミランダに命乞いを続けている。
「デーピャピャピャッ!! 今更、命乞いをしても無駄デスゥ〜!! 死ねデスッ!! 死んで詫びるデスゥ!!」
一層、手に力を込めるミランダ。 デフ〜デフ〜と息があがったミランダは、周囲に転がる鋏を目聡く見つける。 そしてそれを手に持ち、先ほどの蟲の息の実蒼石に向けて、大きくそれを振りかぶろうとする。
「死ねデスゥ〜〜〜!!!」
「やめるデス!!」
そのミランダの行為を制したのはミミであった。 ミランダの行為は責められるべきの行為ではない。 このフィールドの中で、死ぬか殺すかのやりとりを演じ切った後のことである。 ミランダも、十二分にこのフィールドの中で命の危険に晒されてきたのだ。 危害を与えて来た者に、それ相当の制裁を下す権利は、無論このミランダにもある。 しかし、ミミは敢えてその行動を戒めたのだ。
「やめるデス… こいつも、もう終わりデス」
「ボ…クゥ」
実蒼石とはいえ、このフィールドでこのような無様な醜態を晒したものが、この後生きて外に返される事もあるまい。 この実蒼石も、理由も何も告げられぬまま、このフィールドに連れて来られたに過ぎないのだ。 立場こそ違え、この実蒼石も我々と何も変わらない。いわば犠牲者の一匹なのだ。 ミミはそれが理解できているゆえ、ミランダを制したのだ。 ミランダが手を下さぬとも、この実蒼石にはそれに相応しい過酷な運命が待ち受けているのだから。
「やめるデス… 負傷者を集めるデス。みんな、ケージ近くの壁に下がるデス」
今日も辛い戦いだった。 仲間たちも傷を負っていない者は誰もいない。 ミミ自身も体中に切り傷を受け、満身創痍の様であった。
「……デ」 「………」 「…デー」
皆、口数も少ない。 それほど緊張の局地で戦った戦いだったからだ。 数匹の者は、緊張感からの解放のためか、目を眠たそうに瞬かせ始める。
ミミも同じであった。 体を襲う脱力感。血を流し過ぎたのかもしれない。 この後、壁が開き、ケージに戻ることが出来たら、泥のように眠ろう。 そんな時は、ご主人様の夢を見ることができる。 夢の中なら、ママもご主人様も笑ってくれるはずだ。
ミミはトロンとした瞼を擦りながらも、観客席に目をやった。 どの顔を見ても同じ見える、人間の顔。顔。顔。 もしかしたら今日。もしかしたらこの時。ご主人様が自分を探して叫んでいるかもしれない。 ミミはそんな淡い期待をかけながら、視線を観客席に向かい右へ左へと投げつける。 代わりに観客席からは、罵倒や悪態に近い言葉が、ミミたちに投げつけられる。
「……おかしいデス」
そう呟いたのはアリサだった。 デデ、デスンに次いで、この実装コロッセウムでの古参の一匹である。
「おかしいデス。ケージの壁が開かないデス」
言われてみればそうだ。 今までは戦闘を追えた後、必ずこの実装フィールドに入った壁の入り口が開くはずだ。
「おかしいデスゥ〜」
ぺしんぺしんとアリサが壁を叩く。 ミミを始め、実装石たちが首を傾げる時に、それは聞こえてきた。
(…ーンッ!!)
「……デ?」
(ズゥーーンッ!!)
「……デス?」
(ズゥゥゥーーンッ!!)
「デスデ?」
フィールドに近づく地響き音。 その音に訝しい表情を浮かべる実装石たちの耳に、さらに不快な電子音が鳴り響いた。
同時に場内にアナウンスが入る。 それを聞いた観客達の声が、落胆に近い声から、歓喜の拍手と喝采に変わった。 当の実装石たちは、その周囲の異様な雰囲気に、何が起こったかすらも解らずデッ!!デッ!!と叫ぶしかなかった。
場内の雰囲気と不可解な地響き音。それに戸惑いを隠せないミミたちを他所に、場内に流れるアナウンスは、 高揚した声で高らかにこう告げていた。
『ただ今より、本日の第2試合を開催します!!』
(続く)