『実装士6』
『ただ今より第2試合を始めます!!』
会場はいきなりの盛り上がりを見せた。 先ほどの試合で実蒼石の勝利に賭けていた殆どの客層の落胆が、一気にヒートアップする。 中には、既に席を立ち、帰路につかんとする客まで居たのだから。
「相手は誰だ!!」 「なんだ、この地響きは?」 「今度こそ、俺は糞蟲の全滅に賭けるぞ!!」
客の大半の目は正しかった。 見ればフィールドに残された実装石たち。 緑赤の目を極限にまで真ん丸に見開き、デッ!! デッ!!と周囲の騒ぎに浮き足立っている。 彼女らは、さきほど壮絶な試合を終えたばかりであった。 血で濡れていない実装服を着ていない実装石は1匹もいない。 下着はこれほどかというまでパンコンし、肩で息をするもの、疲労のためか片膝をつくもの、 満身創痍を素で表した姿で彼女達は居た。その場所に。
「デブ〜♪ デブ〜♪」
いや。1匹だけ例外は居た。 車の玩具で遊び続ける彼女は、会場の喧騒は関係ないのか、フィールドの周囲を車の玩具を駆ることに夢中だった。
「デブ〜♪ デブ〜♪ デッ?」
彼女は、天井から注ぐライトの光が、ふと曇ったことに気が付いた。
「デ? ……デー」
ゆっくりと視線を車の玩具から、その光を妨げる影に向ける。 その影は無言で、彼女を見下ろしていた。
「実装さんだっ!! 実装さんだっ!!」 「でかいっ!! 何メートルあるんだっ!!」 「うぉぉぉぉぉぉっ!! 今度こそ、終わりだぁ!! 糞蟲ィィィィ〜〜ッッ!!!」
その影の存在を認めた客席が、手を鳴らし、足を慣らし、喝采を送る。 会場はこの時、最高の盛り上がりを見せた。
「…………デブ〜♪ デブ〜♪」
そんな観客の声援を知ってか知らずか、彼女は感慨もなく、手の中玩具で遊びを再開させる。
『デエスゥゥゥゥゥゥ〜〜〜!!!』
雄叫びのような咆哮。 地面が震えるかのような震動が、フィールドに響く。 ミミたちがいるフィールドの反対側の壁から現れたのは、全長3mは超えるだろう。 デフゥ〜!! デフゥ〜!!と息荒く、血眼をギョロリギョロリと動かす実装さんだった。
(どぉんっ!! どぉんっ!!)
両の足でフィールドを闊歩する度に、砂埃が舞い、フィールドが揺れる。
『デスアアアア〜〜ッ!! デスアアアア〜〜ッ!!』
実装さんは、目を覆わんばかりの眩い天から注ぐ人工光を見上げ、不可解な雄叫びを何度も繰り返す。 次いで、耳につく会場の喧騒が不快なのか、周囲をぐるりぐるりと見回しては、
『デッ! デッ! デズウウッ! デズウウッ!』
と、これまた不可解な表情を繰り返していた。
その視線が、ぴたりと止まった。 それはフィールドの対極。呆然と実装さんを見つめている小さな小さな生き物たちであった。
『………デ ………デズゥ?』
実装さんは、その大きな顔を時計回りに小刻みに傾げる。
「…………デ」 「……デー」 「……………」
ミミたちも固まったように動かない。 いや、動けないのだ。この世に生を受けてから、こんな生物を見たことすらない。 目鼻。口。頭にかぶる頭巾。前掛けのそれ。見た目は自分達と同属のように思えるが その大きさと尺度が、遥かに自分たちと異なっている。
ミミたちは戦慄していた。 こんな生き物と戦えと言うのだろうか。 こんな生き物と戦い、自分たちは生き延びなければならないだろうか。
(ブリッ!! ブリリリッ!!) (ブリョッ… リョリョ……) (ジョォォォォォ〜〜…)
そんな思考が脳裏に駆け巡る中、睨み合いの刹那、間をおいて、ミミたちの下着が一様に膨れる。
『………デプ。デプププ!』
ミミたちの糞の匂いが、実装さんの鼻についたのだろうか。 またミミたちの脱糞の様が、実装さんの目には滑稽に映ったのだろうか。 目を大きく見開き、兎口を放心したように開けたまま、脱糞や失禁を繰り返すミミたちを見て 実装さんは、嘲け笑うように笑みを浮かべる。
『デプププ! デプププ!』
それは友好的な笑みにも見えた。 ミミたちもそれにつられて、友好な笑みを浮かべようとした。 引きつった顔に震える手。そんな状況の中で、一番かわいらしく見えるポーズ。 震える右手を口元に添え、首を右14度に傾ける。そして鳴くのだ。可愛らしい裏声で。
「デスゥ♪」 「デスゥ〜ン♪」 「デッスゥ〜ン♪」
『デププ!! デププ!!』
ミミたちは媚びた。そのミミたちの渾身の媚びに反応してか、実装さんも好感触だ。
「デフゥ〜ン♪ フゥ〜ン♪」 「デキュ〜ン♪ デキュ〜ン♪」 「デプゥ〜ン♪ デップゥ〜ン♪」
『デププ… デプ……』
ミミたちは、さらに追い込みをかけようとする。 より可愛い裏声で。一番可愛く見せる角度を意識して、媚びつづける。
『デププ… デププ…』
いいそ。もう一息だ。
「デッ♪ デッ♪ デッ♪」 「キュフ〜ン♪ キュフ〜ン♪」 「デププ♪ デプププ♪」
『デプ… デ……』
スカートをたくし上げ、チラリチラリと緑の下着をアピール。 小麦色の肩口を見せながら、セクシーアピール。 M字開脚で、自らの秘所を、パックンパックンさせながら…
『デズアアアァァァーーーーッッ!!!』
「デデッ!?」 「デズゥ!? デズゥ!?」 「デスァ!? デスァ!?」
しまった。やりすぎたか。 媚びという習性を持つ実装石ならではの失敗だった。 ミミたちの過ぎた媚びが挑発と映ったのか、実装さんは怒りに身を任せ、ミミたち向かって駆け始めた。
「デズゥ!? デズゥ!?」 「デギャースッ!! デギャースッ!!」
その実装さんの接近に慌て慄くミミたち。
『オッズ確定しました。デス・ゲーム第2試合スタートです』
無機質な電子音と共に、試合開始を告げるアナウンスがフィールド内部に響き渡る。 天井の電光掲示板には、再び「30:00」のカウントダウン表示がクリアされた。 本日、2試合目のデス・ゲームの開始である。
『デズアアアァァァーーーーッッ!!!』(どぉんっ!!)
「デデッ!?」 「デギャーッ!! デギャッー!!」
実装さんがミミたち目掛けて打ち込んだ右ストレートにより、フィールドの砂地が爆ぜた。 直撃は免れたものの、その爆風と衝撃波で、数匹の実装石が軽く宙を舞った。 信じられない威力であった。実装さんの一撃で、フィールドの砂地はクレーターのような陥没を見せている。
「デズゥ!? デズゥ!?」 「デギャースッ!! デギャースッ!!」
『デズアアアァ! デズデェーズッ!』
「みんな、落ち着くデスゥ!! 落ち着くデスゥ!!」
ミミが叫ぼうとも、この一撃の前では説得力も何もない。
(どぉんっ!!)(どぉんっ!!)
「デギャァーーッ!! デギャァァーーッ!!」 「デスァ!? デスァ!?」
フィールドの砂地を掘り起こす度に、響く地響きと爆風。そして、天から舞う砂。 ミミは呆然とこの殺戮者の猛攻に、ただ術もなく涙目でこの状況を見つめるしかなかった。
「(もう駄目デスゥ… もう駄目デスゥ… 終わりデスゥ… 終わりデスゥ…)」
ミミもその爆風で飛ばされ、地面に伏せた状態で、空から舞う土砂を大量に頭巾の上に乗せながら、 下着をブリブリと膨らませるしかなかった。
体長3m。自分の高さと比べると7〜8倍近い身長である。 体重の差などは計り知れない。その長身から繰り広げられる体重を乗せたチョッピングライトを まともに受けては、おそらく骨折どころでは済みはしないだろう。 内臓は破裂し、頭蓋骨は割れ、脳漿は飛び散り即死に到るに違いない。
それほどまでの絶対的な火力の差。 それは、百戦錬磨のミミをもってしても、心胆寒からしめる事態でもあったのだ。
その実装石たちの様を見て、卑屈に笑みを浮かべる男がいた。 スポンサーであるVIPたちの溜飲を下げることに成功したことを確信している男である。 この実装コロッセウムのオーナー、双葉としあきだった。 側近の久隅に命じたのは、この異例とも言うべき「第2試合」の急遽の編成である。 ここで糞蟲たちを見逃してしまうと、VIPたちの悪辣な叱責が待っているのは火を見るより明らかだ。 としあきは、形振り構わず久隅に命じたこの「第2試合」に、自らの勝利を確信していた。 実蒼石に次ぐ第2の刺客。体長差8倍。体重に到っては500倍近い差である。 幼児が大人に向かって挑むに近いこの状況を、実装石たちが乗り越える術などあろうはずはない。 卑下た笑みを浮かべるとしあきは、そう確信しているのであった。
(どぉんっ!!)(どぉんっ!!)
そんなとしあきの思惑を知ってか知らずか、ミミはただ目の前の圧倒的暴力に呆然とするしかなかった。
攻撃の度に、爆発のように爆ぜる砂地。 それに翻弄される仲間達。皆、血涙を流し、下着を膨らませ、爆風に身を任せるように宙を舞っている。 もう既にフィールドの砂地は、いくつもの穴が穿たれ、それはまるで月の表面のクレーター群のようだった。
『デズアアアァァァーーーーッッ!!!』
「デギャァーーッ!! デギャァァーーッ!!」 「デスァ!? デスァ!?」
もう駄目デス!! 今度こそ、もう終わりデス!! ミミは舞い上がる砂を噛みながら、目の前の絶対的な暴力に心を砕かれる。
『ははは、ミミは泣き虫だなぁ』 『泣き虫は駄目デス。笑うデス。ママは笑ったミミが大好きデスゥ』
もう駄目なんデス!! 本当に、今度こそ駄目なんデス!!
『いや、ミミはもっと強い仔だったはずだぞ』 『ミミは頑張り屋さんデスゥ。ママは知ってるデスゥ』
ご主人様もママも勝手デスゥ!! ミミは頑張って来たデスゥ!! 頑張って来たけど、本当にもう駄目デスゥ!!
『大丈夫さ。ミミは何せ……
『デズアアアァァァーーーーッッ!!!』(どぉんっ!!)
実装さんの叫び声、そして地響きと共に、天から土砂が舞う。 ミミは空ろな目をしながら、遥か上を臨む実装さんを見上げ、ぶつぶつと独り言のような物を繰り返していた。
「(もう駄目デスゥ… ご主人様ぁ… ママァ… )」
頭の中のご主人様とママは勝手な言い様だ。 自分たちは安全な所に身を置きながら、勝手な要求を突きつけてくる。 ミミは頑張り屋だ。負けない仔だ。そんな励ましは聞き飽きた。 今、ミミが置かれている状況は、そんな励ましなど通用もしない極限的な状況なのだ。 見ろ。仲間の実装石たちも、どうしようもない絶対的な暴力の前に、成す術もなく逃げ惑うばかりではないか。
「デェック… デェック… ご主人様ぁ… どうしたらいいデスゥ… ミミ、どうしたらいいデスゥ…」
しかし、このような状況でも、ミミが頼れるのは心の片隅に残るご主人様とママの暖かい記憶の断片しかない。
「ご主人様ぁ… ご主人様ぁ…」
頭の中のご主人様とママは勝手な言い様だ。 自分たちは安全な所に身を置きながら、勝手な要求を突きつけてくる。 しかし、ミミは記憶の断片であるご主人様に訴えかけるしかないのだ。 ボロリボロリと大粒の涙を落としながら、ミミは、ご主人様に訴え続けるしかないのだ。 そんな時だった。
「……ボプ」
ミミの後ろ。 丁度、斜め後ろ後方から「ボプ」という笑い声が聞こえた。 それは実装石特有の笑い声ではない。
「ご主人様、ご主人様と煩いボクゥ」
それは地面に仰向けに伏せりながら、ミミを嘲笑っていた。 現実逃避のように「ご主人様」と連呼するミミを見て、頬を吊り上げて、嘲笑っていた。
「おまえ、ご主人様が何かしてくれると思っているボクゥ」
それは実蒼石だった。 この前の試合、時間にすればつい30分ほど前に、ミミの戦略により各個撃破された実蒼石の一匹だった。 試合後、新人実蒼石のミランダが手にかけようされた実蒼石だろう。 顔は数倍に腫れ、股間からも内臓の一部が食み出ている瀕死の状況である。 しかし実装シリーズ。時間が少し経てば、口が利ける程度には回復するらしい。 その実蒼石がミミに対して続ける。
「ニンゲンは身勝手ボクゥ。ニンゲンは自分の都合で私たちを簡単に裏切るボクゥ」
この圧倒的な戦力差の中、「ご主人様」「ご主人様」と現実逃避するミミが歯がゆかったのか。 この実蒼石は、ミミを叱咤するような口調で言い放った。
「違うデス!! ご主人様はミミを絶対助けてくれるデスゥ!!」
心の支えにするご主人様を侮蔑された気持ちになったのだろう。 ミミの目は生気を蘇らしたかのように、実蒼石に対して食ってかかる。
「ミミのご主人様は違うデスゥ!! ミミのご主人様は、絶対ミミを助けてくれるデスゥ!!」
「違うボクゥ。ニンゲンは身勝手ボクゥ」
「違わないデスゥ!! ご主人様はぁ!! ご主人様はミミのお洋服を作ってくれたデスゥ!!」
「……………」
「このワッペンも、この首輪もご主人様から貰ったものデスゥ!!」
「……………」
「絶対ご主人様は、いつかここに来て助けてくれるんデスゥ!!」
大声で喚くミミを他所に、実蒼石は遠い目をして虚空を見上げた。 ご主人様… 懐かしい響きだ。仔実蒼の頃は、自分もよくご主人様の後ばかり付け回していた。 今思えば、それが人生の蜜月だったのかもしれない。 自分がご主人様に捨てられたと気づいたのは、散歩の途中で逸れた後、公園を彷徨って3日目の時だ。
あの時は涙で何もかも見えなくなった。 空の色も、公園の景色も、歩き慣れた町並みも。 あれから、今の身分まで身を窶す(やつす)までは、大した時間はかからなかった。 捨てたご主人様を恨み、ニンゲンを嫌った。
しかし、今でも頭の中の払拭できない事がある。 もしかして、今もご主人様はあの公園で自分を探しているのではないだろうか。 あれは捨てられたのではなく、ただ本当に自分が迷子になっただけなのではないか。 淡い期待を寄せては否定し、思い巡らしては頭(こうべ)を垂れた。
「蒼い奴にはわからないデスゥ!! 蒼い奴にはわからないデスゥ!!」
嗚呼。こいつのように馬鹿であれば、少しは救われたのかもしれない。 こいつのように一途に思い続けていれば、ここでもう少し生き延びられたのかもしれない。 そう思うが、今はフィールドに伏せっているこのザマである。
「ゲホッ!! ゲホッ!! ………もういいボクゥ」
実蒼石は必死になるミミを少し羨ましがるように擦れた目で見つめながら、そしてこう続けた。
「足ボクゥ」
「デ……?」
「おまえら実装石は頭ばっかでかくて、重心が滅茶苦茶ボクゥ…」
「………」
「足を狙えばバランスを崩すボクゥ… 倒れたら先はおまえらの力量次第ボクゥ…」
そう言って、実蒼石は近くに落ちている金色の鋏を目で指した。 ミミは最初、この実蒼石が何を言っているか理解できなかった。
『デズアアアァァァーーーーッッ!!!』(どぉんっ!!)
それが理解できたのは、丁度後方で砂塵が舞い、ミミのスカートが捲れたその時であった。
「デッ!!」
ミミは咄嗟に駆け、実蒼石を横を通り過ぎ、落ちている鋏を手に取った。 そして、後方で暴れる実装さんにその鋏を持って立ち向かいながら、後ろ姿のまま顔だけ振り向き叫んだ。
「ご主人様は、きっと助けてくれるデスゥ!!!!」
「………わかったボクゥ……」
あきれた奴だ。 実蒼石は、そう言い放つミミを他所に、頭にかぶっているシルクハットを少し前にずらし、 そして自嘲気味に溜息をついた。
「(ご主人様っ!! ご主人様っ!! ミミを力を与えてくださいデスッ!!)」
ミミの足はいつしか震えが止まっていた。 血涙が溢れる左右の目には、脈々と生き抜く光りが宿っていた。 ミミは両手で鋏を高々と持ち上げ、凛と通る声で実装石たちに号令を飛ばした。
「総員ッ!! 今から反撃に移るデスゥ!! このでかい奴を血祭りに上げるデスゥ!!」
「デッ!?」 「デデッ!!!」
ただ逃げ惑うばかりの実装石たちは、ミミの号令を耳にするや、喜び勇み、ミミの周囲に集まろうとする。
「ママァ〜!! ママァ〜!!」 「助けてデスゥ〜!! 助けてデスゥ〜!!」
「来るなデスッ!!」
ミミは、自分に下に集まろうとする実装石を一喝する。
「デスン!! デスン!! 助けてデスゥ〜!! 助けてデスゥ〜!!」
砂をかぶった新人実装石のミランダたちが、近くの実装石に近づこうとしている所を、
「そこっ!! 集まるなデスゥ!!!」
そうミミは、叱責する。
「総員ッ!! 2匹以上固まるなデスゥ!! 分散するデスゥ!! 離れるデスゥ!!!」
それは、先ほどの戦いで述べた事と真逆であった。 「多数」対「多数」の戦いにおいて、要は「火力集中」「各個撃破」であると述べた。 戦術において、兵力を分散させることは、愚の愚であるといわれる所以もそれである。 よほどの勝算のある戦術か、それとも兵を伏せることのできる地の利か。 そういった条件が重ならない限り、数での勝負になる場合は、戦力は集中することは原則である。
しかし、この場合は、状況は真逆であると言えた。 戦力を集中するは、圧倒的な火力に晒される範囲を高めるという事につながる。 ミミが戦力を分散させることを選んだ理由も、この一撃を受けた時のダメージを最小限に食い止めることを 目的とした戦略であった。
そして、もう一つは…
『デズアアアァ! デズデェーズッ!』
「止まるなデスゥ!!! 動くデスゥ!! 一箇所に止まっては行けないデスゥ!!!」
実装さんは、クルリクルリとその大きな顔を左右に振りながら、足元で動き回る標的を、 その大きな目で必死に追っていた。
『デズアアアアッ!!』
1匹の実装石に狙いをつける。 そして、その大きな右手を振りかぶり、力任せに地面を打ち抜いた。
(どぉぉぉんっ!!)
「デヒィ〜ッ!! デヒィ〜ッ!!」
その舞い上がった砂埃の中、肩で息をしながら駆ける実装石。 ミミが気づいたのは、その実装さんの攻撃であった。 攻撃の度に、大きく咆哮し、そして右手を振りかぶる。 こう言った予備動作の多い攻撃は、俗にテレフォンパンチと呼ばれるものだ。 攻撃することを予め相手に教えるようなため、「テレフォン」パンチと呼ばれている。
最初は、実装さんの大きさ。迫力。そして、その絶対的な火力に恐れ慄いていた実装石たちであったが、 この単純な攻撃を避けることは、このフィールドで培ってきた生き抜いてきた本能を以ってすれば、わけはなかったのだ。
「動くデスゥ!! 動いていれば、この攻撃は当たらないデスゥ!!!」
『デズアアアアッ!!』(どぉぉぉんっ!!)
ただでさえ小さい標的。 今までは点であった標的が、線へ。それも縦。横。そして斜めへ。 ミミの号令に従い、それは変幻自在へと変化して行く。
『デズアアアァ! デズデェーズッ!』(どぉん!! どぉん!!)
攻撃しても攻撃しても、それは穴を穿つばかりである。 そのうち苛立ちが募る実装さんは、その場で足踏みを繰り返し、地団駄を踏み始める。
『デギャァァァァァッ!!』
そのうち、所構わず狙いも定めず、闇雲な攻撃が始まった。
『デズデェーズッ!』(どぉぉぉんっ!! どぉぉぉんっ!!)
「デギャァーーッ!! デギャァァーーッ!!」 「デスァ!? デスァ!?」
「落ち着くデスゥ!! 負傷者はでかい奴の後ろに廻るデスッ!! 足がまだ動く者は走るデスゥ!! 動くデスゥ!!」
ミミのもう1つの狙いは、実装さんの撹乱であった。 動ける者にはわざと実装さんの視界に入るように配置させ、媚びや下着チラなども慣行させた。 それによって、頭の中に入る情報量が増えた実装さんは標的を定めることが出来ず、精度の低い攻撃を 闇雲に繰り返さざるを得なくなるのである。
『デヒィ〜… デヒィ〜…』
間断なき攻撃がしばし止んだその瞬間。 この瞬間を狙っていたミミは、既に実装さんの足元に居た。 手には黄金の鋏。その顎 (あぎと)は、深々と実装さんの右足に噛み付いていた。
『デギャァァァァァッ!!』
「やったデスゥ!!」 「さすが、ママデスゥ!!」 「決まったデスゥ〜ン!!」
体長3mに不釣合いな巨大な頭。 その実装さんの重心を支えるには、片足では不十分過ぎた。 実装さんは何度かバランスを取ろうと、びっこを引くが、それも耐え切れず後方に尻餅をつくように ゆっくりとバランスを崩し倒れ始めた。
『デエェェェーーッ!!』(どすぅ〜〜んっ!!)
まるで重量爆弾が投下されたのような地響きと、舞い上がるフィールドの砂埃。 それは、まるできのこ雲のようにフィールドの空間高く舞い上がり、客席の5階席からも 曇ったようなもやで視界を封じられるような形となった。
「デフンッ!! デフンッ!!」 「デヒィ〜ッ!! デヒィ〜ッ!!」 「デホンッ!! デフンッ!!」
その砂埃と土煙は、周囲の実装石たちをも巻き込んだ。
「デホンッ!! デホンッ!! 今デスッ!!」 「デフンッ!! デフンッ!! そうデスッ!! 今がチャンスデスゥ!!」 「ママッ!! ママッ!! 号令はまだデスゥ!?」
砂埃が目に染み、気管に入り咳き込む実装石たち。 視界が塞がれている今であっても、これが攻撃のチャンスであることは歴戦練磨の彼女たちは理解していた。 また、そういった機会を逃すことなく、ミミは的確に号令を彼女たちに与えて来たのだった。
「デヒィ〜ッ!? ママッ!! ママは何処デスゥ!!」
実装さんが倒れた一画は、完全に舞う砂埃と土煙で、完全に視界が効かなくなっている。 考えてみればそこは丁度、ミミが鋏を持って振るっていた場所だ。 瞬時に悪い予感が、実装石たちの脳裏を走る。
「ママが潰されたデスゥ!! ママが潰されたデスゥ!!」
気の早い一匹の実装石が、ミミがやられたと思い、悲鳴に近い声を上げた。
「デッ!? 嘘デスゥ!! ママが潰れるわけないデスゥ!!」 「デェェェーーン!! ママが潰れたデスゥ〜!!」 「デェッ!! デェッ!!」 「ママァッ!! ママァッ!!!」
不安が不安を呼び、いつしか実装石たちは動きを止め、その土煙向かって泣き叫び続けていた。
「ママァァァーーーーッ!!!」
その彼女達の悲痛な叫びが届いたのだろうか。 その砂埃と土煙の中、黒い小さな影がゆらりと揺れた。
「デホンッ!! デフンッ!!」
実装服を真っ白にしながら、揺れるその影。それは、まさしくミミであった。 歓声が実装石たちの間から沸き起こる。
「ママァッ!! ママァッ!!」 「よかったデスゥ〜!! 良かったデスゥ〜!!」 「ママァッ!! ママァッ!!!」
実装石の間に安堵の声が漏れる。
「デッ!? 誰か連れてるデスゥ?」
その歓声の中、揺れるミミの影を見て訝しげに呟く実装石がいた。 そう。砂埃と土煙の中、揺れる影は一つだけではなかったのだ。
「デホンッ!! デフンッ!!」 「ボフンッ!! ボフンッ!!」
煙の中からの咳払いは、たしかに2匹分の物が聞こえてきたのだった。
「……どうして助けたボクゥ?」 「ついでデス… ついでに助けただけデス!!」
ミミは肩に抱く実蒼石に向かって、そう言い放った。
先ほどの衝撃に巻き込まれたのだろうか。 潰れた自らの右足を引き摺りながら、ミミは歯を食いしばり、そう言い放った。
(続く)