『実装士8』
都内某所。
実装コロッセウムのオーナー双葉としあきは、オフィスビスのある一室に通されていた。
緊張した面持ち。それはまるで職員室に呼ばれた悪ガキのそれに似ていた。
そのとしあきが立つ先に、大きな円卓が置かれている。
その円卓には、見れば老若男女、合わせて7名の人物が座っていた。
としあきは、その円卓の前で直立不動で彼らの言葉を待ちつづけているのである。
「ふぅ〜ん。実装士ねぇ…」
そう言葉を発したのは声の音は若い。しかし顔には歳を感じさせる皺が浮き上がった中年女であった。
女は報告書にある写真などを目に通し、煙草の煙を噴かしている。
見れば、その写真には赤い首輪をした実装石たちが写し出されていた。
「としあき。どう責任を取るつもりだ?」
そう言ったのは円卓の中央に座る老人と言い切っていい年齢の男であった。
年の頃は既に70を超えているだろう。
口元には胸元まで届かんとする白い髭を蓄え、そのひょろりとした体を和装に包んでいる。
歳を重ねた皺枯れた手には杖。
その手には似合わぬ宝石を施した指輪の数々や高級外車が一台そのまま買えそうな程の価値の腕時計が光っている。
その老人の眼が、まっすぐに円卓の前に立たされているとしあきに向けられていた。
としあきはその視線を避けることもできず、窮しながら弁明するしかなかった。
「………腑王。責任は全てこの私にあります」
としあきは悪戯がばれた少年のような顔をして、項垂れる。
この7人は、としあきの裏事業である「実装コロッセウム」をサポートするスポンサーたちである。
表向きは企業の代表。
慈善団体の会長。教育者。地域の名士。それぞれの立場も様々だ。
そんな彼らに共通的な嗜好こそが、『実装虐待』であった。
そんな彼らによって構成されるのが、「実装コロッセウム」の実装評議会である。
顧客の確保。リピーターの増加のための施策。月毎の収支の評価や新規事業への投資。
表向きは皆、一流の業種で第一線で活躍している者ばかりである。
そんな知識と経験、人脈を通じて、実装評議会は明日の運営に向けて、こうやって都度、
都内の某所で集まり会合を重ねていた。
その中で「腑王」と呼ばれた老人が、その実装評議会のリーダー的な存在でもあった。
年齢や表向きの社会的地位。そういった物もあるが、としあきを含めて「腑王」彼こそが、
実装虐待の裏業界においる実装虐待の重鎮的存在であることは自他共に認める事実であった。
「どう責任を取るというのだ」
その腑王が再び口を開き、としあきを詰問する。
今、としあきが詰問されているは、近日の実装コロッセウムのメインイベント「デス・ゲーム」の興行であった。
実装虐待を目的に客が多く集う中、予想に反して、そのデス・ゲームを生き残る実装石たちの姿が目立ち始めたのである。
客は絶望に満ちた実装石たちの表情や悲鳴。飛び散る血、腸(はらわた)、手足。
虐待というジャンルを白眼視される歪なこの偽善社会において、
心行くまで虐待をオープンに楽しめるこの社交場に、客たちは心の安穏を求めて集まってくるのである。
なのにだ。この近日のこのデスゲームの結果はどうだ。
この7人の実装評議会のメンバーたちが目を通す報告書には、ここ数ヶ月のデスゲームの結果が記載されていた。
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◇デス・ゲーム結果(8月度)     ※()内は参戦した個体数
 Date      対戦相手       結果   所属   Time
 8/1 ○野良猫(10) vs 実装石(24)●   全滅  (ケージB) 12:25
 8/2 ●野良猫(15) vs 実装石(44)○ 17匹死亡(ケージF) 30:00(T/O)
 8/3 ○実装金(15) vs 実装石(42)●  全滅 (ケージA) 20:01
 8/4 ●蛆実装(99) vs 実装石(33)○  1匹死亡(ケージE) 25:12
 8/5 ●野良猫(13) vs 実装石(38)○  5匹死亡(ケージG)  7:32
 8/6 ○実装雛(11) vs 実装石(40)●  全滅 (ケージD) 20:01
 8/7 ○獣装石 (3) vs 実装石(50)●  全滅 (ケージC)  5:33
                ・
                ・
                ・
実装評議会が手に持つ資料には、「デス・ゲーム結果」と書かれている。
これは、実装コロッセウムのメインイベントである「デス・ゲーム」の8月度の戦歴の
結果が記載されているデータである。
対戦結果は、白黒の●○で表記されており、「デス・ゲーム」のルール通り
30分以上生き延びた場合は、実装石側の勝利とし記載されている。
この8月の前半のように、運良く「野良猫」と対戦が当たった実装石たちは
かなりの確率で生き延びることが出来ている。※(T/O)…TimeOverの略
続くの表記の「所属」には、この実装コロッセウムの地下の飼育室で飼われている
ケージの番号が表記されている。この地下の飼育室の銘々のケージには、アルファベットが
冠されており、それはAからGまで、合計7つの飼育ケージがその飼育室の中に存在することになる。
実際「デス・ゲーム」が行われる時は、そのケージごと実装フィールドまで運ばれ、
その中の実装石全てをリリースするという運用となっている。
言わば、そのケージの中の実装石たちは運命共同体的な一群であり、
生と死を最後の最後まで共有すべき運命となっているわけである。
上記の「獣装石」などのレアな強敵に当たったケージは、まさに悲惨その物であり
与えられた30分の間、1秒でも早く時が流れてくれる事を祈りながら、爪に引き裂かれ
実装フィールドの露へと消えてゆく運命となる。
ケージの許容収容数は、MAX50匹である。
この実装コロッセウムでは、オーナー双葉としあきの伝手で、何処からともなく大量の実装石を
入荷するルートが存在し、ケージ内の実装石の頭数が少なくなるとその入荷と共に、
ケージ内の実装石がMAX近くまで補充されることになる。
その入荷される実装石の身元は、まさに秘密裏にされており、明らかに野良実装と見える個体から、
どう見ても飼い実装としか見紛うことができない固体や、いつぞやテレビで出演していた芸能石まで、
その中に紛れていることも多々あると言う。
飼育員は、そんな疑問を敢えて払拭し、入荷された実装石をただ機械的に、
手薄なケージに片っ端から突っ込んでいく作業を繰り返す。
その入荷は、平均的に2週間に1度。まれ間が空き3週間から4週間に延びる事も多々ある。
その場合、悲惨なのはケージ内の運良く生き残った実装石たちである。
前述した通り、この飼育室にはケージがAからGまで、合計7つ存在している。
どのケージ内も実装石で満たされている場合は、少なくとも自分たちの順番は、
1週間に1度しか訪れない。しかし、入荷が遅れた場合、数の少ないケージは、
確実に全滅の憂き目に遭う事は必須となる。また全滅のケージの数が多い場合、
必然的に全滅したケージの順番はスキップされ、生き残った実装石たちは、再び
その傷ついた体を実装フィールドに晒す仕組みとなっているのだ。
そんな人間たちの都合を知ってか知らずか、ケージ内で生き残った実装石たちは
光りもささない暗闇の殺風景なコンクリート張りの飼育室の中で、震え、慄き、泣き叫び続ける
しかないのである。いつ引金が引かれるか分からぬロシアン・ルーレットに対して。
そんな中、実装評議会が目を見張る結果がこの中に表記されている。
ケージGの実装石たちの活躍である。
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 Date      対戦相手       結果   所属   Time
 8/1 ○野良猫(10) vs 実装石(24)●   全滅  (ケージB) 12:25
 8/2 ●野良猫(15) vs 実装石(44)○ 17匹死亡(ケージF) 30:00(T/O)
 8/3 ○実装金(15) vs 実装石(42)●  全滅 (ケージA) 20:01
 8/4 ●蛆実装(99) vs 実装石(33)○  1匹死亡(ケージE) 25:12
 8/5 ●野良猫(13) vs 実装石(38)○  5匹死亡(ケージG)  7:32
 8/6 ○実装雛(11) vs 実装石(40)●  全滅 (ケージD) 22:01
 8/7 ○獣装石 (1) vs 実装石(50)●  全滅 (ケージC)  5:33
 8/8       休 館 日
 8/9 ○野良猫(10) vs 実装石(27)●   全滅  (ケージF) 12:25
 8/10 ●仔実装(99) vs 実装石(32)○  9匹死亡(ケージE) 30:00(T/O)
 8/11 ●実装金(15) vs 実装石(35)○ 15匹死亡(ケージG) 30:00(T/O)
 8/12 ○中実装(50) vs 実装石(23)●   全滅 (ケージE) 29:59
 8/13 ●実装雛(10) vs 実装石(20)○  9匹死亡(ケージG) 30:00(T/O)
 8/14 ○土佐犬 (3) vs 実装石(50)●   全滅  (ケージB) 14:24
 8/15       休 館 日
 8/16 ○獣装石 (1) vs 実装石(50)●  全滅 (ケージA)  7:22
 8/17 ○土佐犬 (3) vs 実装石(50)●  全滅 (ケージD) 21:11
 8/18 ●野良猫(20) vs 実装石(50)○ 22匹死亡(ケージC) 30:00(T/O)
 8/19 ○土佐犬 (3) vs 実装石(50)●   全滅  (ケージF) 12:21
 8/20 ○獣装石 (1) vs 実装石(50)●   全滅 (ケージE)  5:27
 8/21 ●実装金(20) vs 実装石(50)○ 11匹死亡(ケージG) 30:00(T/O)
 8/22       休 館 日
 8/23 ○実装雛(10) vs 実装石(38)●   全滅 (ケージC) 18:33
 8/24 ●土佐犬 (3) vs 実装石(39)○ 25匹死亡(ケージG) 30:00(T/O)
 8/25 ●実蒼石(14) vs 実装石(14)○  0匹死亡(ケージG) 21:32
 8/25 ●実装さん(1) ┓
 8/25 ●実装燈 (20) ┃vs 実装石(14)○  0匹死亡(ケージG) 25:11
 8/25 ●土佐犬  (3) ┛
 8/26 ○獣装石 (1) vs 実装石(50)●  全滅 (ケージB)  3:21
 8/27 ●蛆実装(99) vs 実装石(50)○  3匹死亡(ケージA) 30:00(T/O)
 8/28 ○実装燈(20) vs 実装石(50)●   全滅 (ケージD) 18:01
 8/29       休 館 日
 8/30 ○実装紅(20) vs 実装石(50)●   全滅 (ケージC) 24:59
 8/31 ○獣装石 (1) vs 実装石(50)●   全滅 (ケージF)  2:22
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補充が繰り返されながら、開催されるデスゲームの中、ケージGのみが1度も全滅の憂き目を
見ていない。必ずの瀬戸際で全滅の危機を乗り切りながらケージGの実装石は戦いを続けている。
圧巻は8月24日、25日の週末に開催された連戦である。
イレギュラーな連戦、加えて異例のダブルヘッダー。
狩人の代表格である土佐犬の面目を潰された事に対するとしあきの報復的な処置であったが、
ケージGの実装石たちは、その試練を地獄の淵に足を踏み入れながらも乗り越えたのだ。
そして9月に入った今も、彼女らの戦歴はまだ続いている。
明らかに浮いている。この実装コロッセウムの趣旨に沿わず、彼女らケージGの実装石たちは、
明らかに浮いているのだ。
評議会が問題視しているのは、このケージG。
ここに所属している実装石たちなのである。
「……あの実装石たちは、この実装コロッセウムにそぐわない実装石たちです。
 あの実装石たちは、私が処分致します」
円卓の上に配られた8月の戦歴に目を通す実装評議会の面々に向かい、
としあきがそう言うと、円卓の中の唯一の女性である中年女が口を挟んだ。
「でも最近では客層の多くは、この子たちを『実装士』と呼んでいるらしいわね」
「は…、それは単なる物好きの客層で……」
としあきは汗を拭きながら答える。
「物好きでもお客はお客よ。としあきさん。あなたが言う通り、秘密裏に処分したとしても
 お客は黙ってはいないはずだわ」
女は大衆心理を読み、としあきの言を一蹴した。
「この実装コロッセウムでは、観客が全てよ。人気を集めることができるスターが何よりも上。
 それがあなたが言う糞蟲であってもね。それこそ、そのスターを処分し、観客に全てを伏せた
 としても、それが今後の実装コロッセウムの運営にプラスに働くとは思えないわ」
「ははは、流石は会社経営者ですな。女性ながら、あなたの経営感覚には感服致しますな」
黒髭の男が、その女社長の言を褒め称え、その言に同意した。
「女社長さんの言う通りだ。としあき君。君があの実装石たちをどうしても処分したのであれば、
 観衆の面前で、観衆が納得の行く形で、正々堂々彼女らを処分せねばなるまい」
黒髭の男が、泣きそうな面持ちのとしあきに向かって言う。
「この実装コロッセウムの風紀にそぐわぬ実装石たち。確かにただ処分するだけでは、
 確かに美学に欠けるというものよな」
「私も会長とは同意見だ」
これは円卓の中央。腑王の言。腑王は引き続き言う。
「どうじゃ、としあき。この実装石らを儂に預けてみんか」
腑王が突拍子もない提案をとしあきに告げる。
「あら。あなたの開催する楽園杯などに参加させるおつもり?」
その腑王を女社長がからかった。
「…ほう。その手もあったな。本気で考えてみるかの」
腑王もその女社長の言に満更でもなく答える。
円卓の周りの笑いが木霊する。しかし、その笑いに笑えないのはとしあき只一人だった。
各界の実力者。
それがこの実装コロッセウムのスポンサーたちだ。
彼らの意に沿わない姑息な手管などを使おう物なら、としあきは明日からはこの界隈で
喰って行けなくなるだろう。
としあきは卑屈な笑みを浮かべながら、彼らの決断を待つしか他にない。
「にしてもだ、としあき。この実装石たちを処分することはままならん」
多少機嫌の落ち着いた腑王が、としあきを戒めるように言う。
「だが、風紀は風紀。今後の実装コロッセウムを経営させる以上、実装石にヒーローなどはいらん。
 しかし、観客の中で、奴らを実装士と呼び、奴らに肩入れしている観客がいるのは事実。
 ここは、実装コロッセウムの経営者であるおまえの手腕を見ることにしよう」
「…………は」
「だがな。としあき。おまえの代わりなど掃いて捨てる程おる。その点を夢忘れるなよ」
「………はッ!」
この実装石たちの対応は、実装コロッセウムのオーナー双葉としあきに任される事で、
実装評議会の議題はまとまりを見せた。
しかし、それはとしあきに再び難題を課せられるような決議であった。
苦痛の評議会は終わった。
「失態だ!! 失態だ!! 大失態だ!!」
自分の職場に戻ったとしあきは、始終機嫌が悪かった。
目を瞑れば、実装評議会の面々の厳しい叱責の顔が目に浮かんだ。
誰も彼も、この実装コロッセウムの運営に欠かせぬ大事なスポンサーたち。
その彼らの面目を潰さぬよう、あの実装石たちを速やかに処分せねばならない。
しかし、評議会の中の女社長が言う通り、観客の一部はあの実装士とか呼ばれる
実装石たちを偶拝し始める傾向まである。
そんな中、秘密裏に処分しようものであれば、一定の客層が離れてしまうことは充分にあり得る。
そんな客層も含めて、周知が納得するよう全てをうまくまとめなければならない。
「糞ッ!! 糞ッ!! 糞ッ!!」
としあきは、右手の親指の爪を噛みながら、手の持った鞄を壁に大きく投げつける。
物に当たっても仕方がない。そんな事はわかっているのだが、どうしようもない。
新たな「狩人」を仕入れて、奴らに差し向ける。
もっと過酷な条件を与えて、奴らの殲滅を図る。
いっそのこと、俺がバールを持ちフィールドに立つか。
若い頃は、公園の実装石を数時間で全滅近くまで追い込んだものだ。
としあきは部屋のロッカーにある、自前のバールを手に取り、久しぶりに手の中に鉄の重さを感じては
昔の武勇伝に思いを巡らす。
いや。駄目だ。
ここは実装コロッセウム。
人間が直接手を下すのは、腑王の言う「美学」に反するものだろう。
やはり、新たな「狩人」か。しかし、そうだとすれば何を差し向けるべきか。
としあきの思考は堂々巡りだ。
頭を掻き、悩み、悶えては、また頭を掻く。
どうすればいい。
どうすれば奴らに勝てる。
そんな苦悶を重ねるうちに、時は静かに経っていった。
既に時は丑三つ時と呼ばれる時間に近くなっている。
としあきは、まだ家にも戻らず、職場の事務所の中で頭を捻っていた。
机の上には、この数ヶ月の実装コロッセウムの戦歴表。
机の上のモニターには、ここ数ヶ月のケージGの実装石たちの試合の模様が何回も何回もリプレイされている。
巻き戻しては、頭を捻り、戦歴表を睨みつけては、苦悶する。
机の上の殴り書きのノートには、荒れた筆跡で「実装紅」「薔薇水晶」「獣装石」という文字に
○印がつけられている。
「糞ッ!! 違う… 何かが足りない。何か見落としているはずだ!!」
大した根拠はない。
そう自分に言い聞かせて、体力尽きるまで、納得いく回答を捻り出すしかないのだ。
しかし長年の虐待派であるとしあきには、そう理屈で考える以上に、確かにひっかかる物があるのは事実であった。
小骨が喉の奥に刺さったような感覚。痛みはないのだが、喉の奥に何かある異物のような物。
意識をせねば感じ得ないほどの微妙な感覚。
それに似た何かが、今モニターで写し出されているビデオや机の上に広げた戦歴表から感じ取れるのだ。
頭を抱えて悶絶する。
その時、としあきの手が机の上の珈琲マグカップに触れる。
音を立ててマグカップが倒れ、もう既に冷めてしまった珈琲の琥珀色の液体が机の上に零れていった。
「…ッ糞!!」
少し気を落ち着かせた方がいいのかもしれない。
としあきは、零れた珈琲の始末をする気力もわかないのか、呆然と琥珀色に染まっていく戦歴表を眺めているだけだった。
「……………」
「……………」
「………おい」
「………おい? これはどういうことだ!?」
その染みて行く戦歴表を眺めながら、としあきはふとある事に気が付いた。
それは喉の奥に刺さっている小骨のような物に違いなかった。
「………これ…か」
としあきは珈琲に濡れた戦歴表を意も介さずに、濡れた戦歴表を両手で持ち上げ、
まじまじと目の前にして食い入るように見つめた。
 8/24 ●土佐犬 (3) vs 実装石(39)○ 25匹死亡(ケージG) 30:00(T/O)
 8/25 ●実蒼石(14) vs 実装石(14)○  0匹死亡(ケージG) 21:32
8月24日、25日。実装石の生存数「14」
 8/25 ●実装さん(1) ┓
 8/25 ●実装燈 (20) ┃vs 実装石(14)○  0匹死亡(ケージG) 25:11
 8/25 ●土佐犬  (3) ┛
続いて、第2試合。実装石の生存数「14」
 9/7  ●獣装石 (1) vs 実装石(45)○  31匹死亡(ケージG) 30:00(T/O)
実装石補充後の9月7日。実装石の生存数「14」
 9/21 ●実装紅(20) vs 実装石(34)○  20匹死亡(ケージG) 18:21
その次の補充後の9月21日。実装石の生存数……やはり「14」
14。
どうもひっかかる。
これが2度であれば、としあきも偶然と割り切るだろう。
しかし、3度、4度も続けば、それは必然として疑わざるを得ない。
としあきは、急ぎ机の上のPCの電源を入れ、過去の戦歴のDBを調べ始めた。
この実装コロッセウムのメインホストには、実装コロッセウムが始まって以来の全ての戦歴が保管されている。
この実装コロッセウムに連れて来られた実装石には、基本的に個別識別子が付与される。
昔はICタグなどを埋め込んだ首輪などで、識別されていたが、最近は偽石から発せられる
微弱な声紋のような音波により、簡単に個別認識ができるようになっている。
このDBにアクセスすれば、どの日にどの実装石が戦い、死に、そして生き残ったか。
それが全て検索できるようになっている。
としあきは不器用な慣れないマウス操作で、必死に検索条件を入れて行く。
Date「8月24日」
生存した実装石のコード番号一覧:
(J-0093, J-0120, J-0253, J-0666, J-0703, J-1002, J-1394, J-1502, J-1765, J-2165
 J-2394, J-2702, J-2963, J-3066)
8月24日「土佐犬 (3) vs 実装石(39)」の結果、生き残った実装石たちの識別コードが順に出力される。
別ウィンドウを開き、続いて、Date「9月7日」「9月21日」のコードを入れて行く。
「…………!」
としあきは確信した。
偶然じゃない。
こいつらだ。この14匹だ。
Date「9月7日」
生存した実装石のコード番号一覧:
(J-0093, J-0120, J-0253, J-0666, J-0703, J-1002, J-1394, J-1502, J-1765, J-2165
 J-2394, J-2702, J-2963, J-3066)
Date「9月21日」
生存した実装石のコード番号一覧:
(J-0093, J-0120, J-0253, J-0666, J-0703, J-1002, J-1394, J-1502, J-1765, J-2165
 J-2394, J-2702, J-2963, J-3066)
偶然の一致か。
はたまた必然の結果か。
いや考えるまでもない。
何かある。この14匹に絶対何かあるに違いない。
としあきは、このコード番号をキーに、これらの実装石がいつ実装コロッセウムに「入荷」し、
どのような過去があるのかを調べる。「入荷」の際に、どのような経路でこの実装コロッセウムに経たのか。
DBに存在するありとあらゆる情報を全て目を通し、としあきは再び机の上のモニターに没頭した。
そのとしあきの顔は嬉々としていた。
その顔はまるで虐待道に手を染めた少年期のような顔をしていた。
もう既に明け方近くになっている。
秋の空は白み始め、遠くで渡り鳥が鳴いている声が聞こえる。
部屋のブランドから薄っすらと指す朝もやの光りが差し込んだ部屋で、
としあきは頬に薄っすらと無精ひげを蓄えながら、5週目のビデオを見始めていた。
頬は痩せ、目の下にはクマを湛えているが、その目に宿る光は清々としている。
今、ビデオは丁度、実蒼石との戦いを映し出している時だった。
そのとしあきの目が光る。
手に取ったリモコンで、ビデオを止める。
「こいつだ… この実装石だ」
止めたビデオに静止していた実装石の姿を見つめて、としあきはそう呟いた。
まるで長年捜し求めてきた名品に巡り合ったような蒐集家のような口調で、としあきはそう呟いた。
「はは、こいつだ… 見つけたぞ。とうとう見つけたぞ」
実装コロッセウムにそぐわない実装石。その数は14匹。
何度も何度も繰り返して見たビデオには、必ずその中で中心的に立ち回っている実装石がいた。
巧みに実装石を操り、それはまるで集団で奏でるオペラの指揮者のような存在に見えた。
「こいつか…」
としあきが見つけ出した実装石。
それは赤い首輪をしたそしてワッペンを胸元につけた実装石。
「ナンバー… J-0666」
識別ナンバー「J-0666」。
その実装石はモニターの中で静止し、何かを叫びつけるように口を縦に大きく開けていた。
それはまるで、モニターの見つめるとしあきを逆に睨みつけているようにも見て取れた。
その実装石。ミミである。
(続く)