『実装士9』
この日も実装フィールドは大歓声に包まれていた。
今日の「デス・ゲーム」は仮想公園バトル。
公園に見立てた遊具が直径25メートルの円形フィールドに点在している中、
公園の覇権を掛けて、あらゆる実装シリーズが乱れ入るバトル・ロワイヤルの様相を呈している。
円形状のフィールドに投入されたのは「北・玄武」からは、実装紅10匹。
「東の青龍」からは、実装雛20匹。
「西の白虎」からは、獣装石1匹。
そして「南の朱雀」からは、実装石「50匹」である。
最初に犠牲になるのは、観衆の予想通り、数の多い実装石たちであった。
「デギャァァーー!?」
「デズァ!? デズデェーーズ!!」
理由も聞かせず、いきなり放り込まれた擬似公園。
周囲の木製の壁の上からは、にやけた人間の視線と耳をつんざくばかりの大声援。
口を呆けて、周囲をただ見やっていると、視界に入ってくる天敵、紅・雛、そして獣。
「ダワッ!!」
「デ…ッ!? ………デスァ!?」
近くの実装石の1匹が、目にも止まらぬ黄色い鞭に顔の半分が切断されている。
視界が斜めにずれていき、次第に暗闇に覆われて行き、その実装石は事切れた。
「ナノォ〜!!」
「ナノォ!! ナノォ!! ナノォ!!」
その実装紅の犠牲になった実装石に群がる無数の実装雛。
その顔の断面から垂れる脳漿ごと、彼女らはうまそうにむさぼり喰らう。
「デスァッ!! デスァ!!」
「デェェェーーン!! デェェェーーン!!」
「デェック!! デェック!! アッ!! アッア〜〜〜ッ!!」
初めて、自らの置かれた境遇を理解したのか所狭しと逃げ惑う実装石たち。
遊具の間を駆け巡り、逃げおおせたと思えば、その先に待ち受ける実装紅。
後ろで逃げ送れた実装石の1匹が、実装雛に拉致されて茂みに引き摺り込まれている。
茂みが飛び散る血潮と、その実装石の悲鳴。
ただ犠牲になる実装石たちは、どこに逃げていいのかわからず、止まらぬ涙を拭いながら、
ガチガチと鳴る歯茎を押えながら、闇雲に逃げ惑うしかない。
そして、この直径25mの空間の中、自由に躍動する筋肉を解放している1匹の影。
遊具と遊具の間を、猿(ましら)のように飛び交い、己の爪と牙が、
柔らかい肉を引き裂く快感を味わっている。
獣装石である。
歓声が一段と大きくなる。
それは袋小路に数匹の実装石を追い詰めた実装紅が、
残虐の限りをつくしているのにかけられた物ではなく、
服を全て脱がされデスンデスンと泣き逃げる実装石を捕えた実装雛たちに
向けられた物でもなく、すべり台の上で、左右の爪に実装石の生首を刺しながら、
天に向かって咆哮する獣装石に向かって投げかけられた物でもない。
実装コロッセウムの観客席から歓声が飛ぶ。
「ジャングルジムを見ろ!!」
「ダンボールだ!! ダンボールで補強し始めたぞ!!」
「奴らだ!! 実装士だぁ!!」
その歓声は、波行く敵を掻い潜り、正面への大退却というべき戦法で、
一丸の「蛆ちゃん」となった一部の実装石たちが、実装フィールドの奥の奥。
ジャングルジムへ入城を果たした時に発せられた大歓声だったのだ。
擬似公園には、公園にあるであろう備品らも装備されたいた。
砂場には園児が乗り捨てられたであろう三輪車。スコップ。バケツに如雨露。
脇のゴミ捨て場を模した場所には、ポリバケツや粗大ゴミ。
そして野良実装にとっての必需品「ダンボール」まで装備されている。
「デスッ!! デスデェース!!」
赤い首輪をした実装石が、ジャングルジムの頂上にまで上り、何か大声で指示を繰り返している。
その号令に従ってか、入城を果たした実装石たちが、近くのゴミ捨て場から決死の突入隊として、
ダンボールを何枚も調達に動く。
調達し終えたダンボールは、直に解体され横長に伸ばされ、接着剤としての糞を何箇所に塗られ、
ジャングルジムの外壁に当てられる。
「アリサッ!! 遊軍を援護ッ!!」
ジャングルジムの頂上にいた実装石が、ダンボールを調達に向う数匹の実装石たちを見やり、そう叫ぶ。
見れば、ナノォ〜ナノォ〜と口から涎を垂らしながらその数匹の実装石へ向う実装雛の姿がある。
「デスッ!! デスデェースッ!!」
アリサと呼ばれた実装石がジャングルジムの頂上へ登り、頭巾を外し、その頭巾に自らの糞を
詰めたかと思うと、その頭巾を両手で頭上の上で回し始める。
それは『スリング』という武具の応用を施した投糞法であった。
スリングは中石器時代に考案された狩猟用の武具であり、頭上で遠心力を加えた石などを
獲物に当てる狩猟の攻撃法である。二の足で立ち、両の手を類人猿と同様、
自由に使用できる実装石であれば、実現可能な攻撃法であると言える。
しかし、それを正確にかつ動く獲物に対し射抜き得れるのは、この実装石の中でも
正確な器用さを持ちえる狙撃手アリサ以外に成し得る者はいない。
「デェ〜… デッ!!」
「ナノォ〜!! ナ…チベッ!!」
アリサが頭巾から放たれた糞が、うなりを上げて、実装雛の頭部を射止めた。
軟度の高い糞故、一撃による殺傷力こそはないが、充分に遠心力による加速をつけられた糞を
頭部などに叩き付けれた実装シリーズは、少なくとも戦闘不能に近いダメージを被ることになる。
「デェ〜… デッ!!」
「ナノッ!? ナノッ!?」
「デェ〜… デッ!!」
「ダワッ!? ダワワッ!?」
その糞がジャングルジムの頂上から、実装雛や実装紅に対して、重力も加えたうねりを加えて
正確に襲い掛かるのだ。
「デェ〜!! デェ〜!! 取って来たデスッ!! 取って来たデスッ!!」
肩で息をしながらダンボールの調達に成功したミランダたち数匹が、ジャングルジムの中に入り込む。
その手渡されたダンボールは、十重二十重(とえはたえ)にジャングルジムの外壁へと補強されていく。
「パトリシアッ!! 搦手の応援に廻るデスッ!! 投糞、山程持って来いデスゥ!!」
「ダ〜ダワッ!! ダ〜ダワッ!!」
見れば、ジャングルジムの近くの繁みに回りこんだ実装紅が、自慢の黄色いツインーテルを鞭のように
補強されたダンボールに向かって攻撃を繰り広げている。
ダンボールの硬度ぐらいでは、実装紅の魔のツインテールに5分も持つまい。
現にダンボールの表面は抉れ(えぐれ)、その開いた穴から、デッ!? デッ!?と叫ぶ赤緑の両目が
見え隠れしている。
「デスッ!! デスデェースッ!!」
ジャングルジムの三段目辺りの格子から、赤い首輪の実装石から号令を受けた
パトリシアと呼ばれた実装石を始め数匹が顔を出す。
そして、そこから垂直に地を射るように、実装紅目掛けて糞を投げつける。
「デスァ!! デスァ!!」
「デギャァ!! デギャースッ!!」
「ダワッ!?」
頭上から振る雨のような糞の礫にこれは堪らぬと、
実装紅が側面のダンボールへの攻撃を止めて、後方へと下がる。
「急ぐデスッ!! ダンボールで補強を急ぐデスッ!!」
デスゲーム開始わずか5分余りで、このジャングルジムに入った実装石たちは、
堅固な要塞をこのジャングルジムに構築した。
この堅固な牢壁を越え、中の実装石たちを捕食するより、まだ公園周辺で逃げ惑う実装石たちに
狙いを定めた方が得策と映ったのか、実装雛たちはまだ茂みの中から膨らました緑の下着を
露わにする実装石たちに狙いをつけたようだ。
実装紅たちもそれにならって、残りの実装石たちを狩りに入る。
しかし、残りの実装石たちが狩り尽くされるのも時間の問題だ。
やがて、その刃の向き先は、このジャングルジムに向けられることだろう。
その間、デッ!! デッ!!と緑と赤の瞳を白黒させながら、ダンボールの隙間から周囲の戦況を
赤い首輪の実装石は喰い入るように見つめるのだった。
「(生き残るデスッ!! 生き残るデスッ!!)」
「(ご主人様ッ!! ご主人様ッ!! ミミは生き残るデスッ!!)」
赤い首輪をした実装石。ミミである。
この実装フィールドは直径25mの円形状のバトルフィールドである。
周囲は堅固な木の塀で囲まれており、その上の2階席から5階席までは、
その実装フィールドを上から臨むことができるように客席が設置されている。
この実装フィールドに詰めた客層は、狂気と嗜虐心に駆られた熱狂的な虐待派揃いである。
銘々、手にアルコールが入ったグラスと射幸心に任せて購入したオッズ表を持ち、
食い入るように眼下の下の血塗れの実装石たちを見ては、頬に卑下な笑みを浮かべている。
その5階席のさらに上の6階席。そのガラス張りの部屋に、その男は居た。
この実装コロッセウムのオーナー「双葉としあき」である。
明らかにとしあきは憔悴していた。
髪はざんばら、頬はこけ、目は窪み、口元には数日前から延び放題の髭が蓄えられている。
数日前、都内某所の腑王を始めとした実装評議会の大御所たちに、今眼下に繰り広げられている
件(くだん)の実装石たちの処遇を決しなければならないのである。
直接、この手で処分するなら話は早い。
自らでもいい。自慢のバールを持ち出し、地下の糞蟲たちのケージに向えば済む話だ。
しかし、話は複雑である。
「いいぞぉ!! 実装士ぃ!!」
「やれー!! 糞蟲たちを嬲り殺せぃ!!」
ガラス張りの部屋越しからも聞える観客たちの声。
その中に、件の実装石たちを「実装士」と呼び、称賛する客層も現れ始めたのだ。
この「実装士」たる糞蟲たちは、糞蟲の身分でありながら、人間様の差し向ける刺客を悉く
差し退け、今日まで生き延びて来たのだ。
それも、単なる刺客ではない。
実蒼石。実装燈。実装さん。実装紅。実装金。実装雛。獣装石。数え上げれば切りがない。
全て実装石、糞蟲どもの天敵ばかりなのだ。
なのに何故だ。何故奴らは生きている。どうしてだ。理解を越えている。
歯軋りしても仕方がない。目の前に繰り広げらているのは事実なのだ。
そして自分は、この実装コロッセウムの運営者。この糞蟲どもの処遇を下さなければならない。
それも、この「実装士」たる糞蟲どもを応援する観客も納得した上での処遇を。
「としあき様。開始15分が経過しました…」
としあきの側に控えているサングラスの男・久隅が、としあきの耳にそう告げる。
「今、砂場で捕食されている実装石の死亡を確認して、実装石の残り…」
久隅が手の中の資料をサングラス越しに覗きながら言う。
「残り14匹となりました…」
その時、観客の声が一層高く場内に轟き響いた。
デスゲーム終了まで、残り15分少々。
このジャングルジム内で持ち堪えれば、ミミたちの勝ちである。
しかし、そうはさせじと実装紅、実装雛が次々とジャングルジムの四方から襲い掛かる。
ダンボールの端々から顔を出して威嚇。
3段目の格子から手を出し、糞を投げつける。
そんな攻防の最中、観客の声が一層高く場内に轟き響く。
公園を模した実装フィールド。
そのすべり台。ブランコ。シーソー。その遊具を渡りながら、
堅固なジャングルジムの頭上から飛び移ろうとする黒い影がある。
獣装石である。
「見ろ!! 獣装石だ!! 獣装石が飛んだぞ!!」
ジャングルジムの近くのすべり台から遠く身を宙に預けた獣装石が四肢の爪を尖らせて、
ジャングルジムの頂上へと降り立った。
『デサアアアアッ!!』
火花が飛び散りそうな勢いで、鋭利な爪をありったけ格子に向けて叩きつける。
「デッ!? デデッ!?」
「デスァ!? デスァ!?」
爪が格子に弾かれる度に、ジャングルジムの塗装が剥げて、宙を舞う。
獣装石は実装石に比べると、体の大きさも一回り大きい。
このジャングルジムの格子に関しては、丁度体が入るか入らないぐらいの大きさである。
しかし、野生に身を置く獣装石にとっては、獲物を狩るには充分な空間がこの格子状の空間にはある。
獣装石は自慢に爪を格子内に入れ、ほじくるようにして獲物を掻き出さんとする。
その隙にダンボールの外壁を、四方から襲うツインテールの鞭。
その後ろで鳴るお腹の音の大合掌。
「下がるデス!! 引きつけるデスッ!!」
その号令は、ジャングルジムの頂上で獣装石に対して、
必死に抵抗しようとする実装石たちに向かい、ジャングルジムの中心で叫ばれた。
「標準ッ!! 右斜め45度ッ!!」
両腕と頭を格子内に入れた獣装石は、その中心で叫ぶ赤い首輪をした実装石と目が合った。
『……デスァッ!! デスァッ!!』
「……パンコンッ!!」
格子状の全ての穴から、天に向かって走る8つの水平の緑の線。
その糞の直撃を間近に受けて、獣装石は思わずジャングルジムからすべり台へと飛び移る。
「アリサッ!! 着地点ッ!!」
その号令が発せられると同時、いや、やや早いぐらいタイミングでうねるような緑の糞が、
獣装石が飛び移るすべり台の着地部分に向って飛んだ。
『デッ!? デデッ!!』
着地する右足に、丁度その緑色の糞が絡みつく。
何とか体制を整えようと、残った左足で蹴り上げ、その隣のブランコに移ろうするが、
続いて、そのブランコの着地点で、残りの右足が間髪入れず投じられた糞によって払われた。
乾いた音と同時に、砂場に頭から墜落する獣装石。
開始より22分21秒―――
「デデッ!! 蛆ちゃんッ!!」
ミミたちは転じて攻勢に出る。ダンボールで補強されたジャングルジムの一画が開き
そこからデデ率いる実装石が、威嚇を繰り返しながら出撃を開始した。
守勢一方と思われていた実装石たちの思わぬ反撃を受けた実装紅や実装雛の包囲網は、
いとも簡単に破られる。
「パトリシアッ!! 託児ッ!!」
「ダワッ!? ダワッ!?」
「ナノッ!? ナノナノォ!?」
包囲網が破れた頭上から、緑の下着を重石にして落ちる託児部隊。
「デスンッ!! 第2陣ッ!! 蛆ちゃんッ!!」
別のダンボールの一画が開き、そこから別動隊が出動する。
実装紅や実装雛は、完全に翻弄されていた。
それを見守る観客たちの歓声も一層大きくなる。
それを全て演出した実装石は、引き続きジャングルジムの上に仁王立ちに立ち、
大声でデスデスと叫んでいる。
赤い首輪をしたその実装石は、必死の形相で、血涙を両目の目尻に滲ませながら、
奥歯をガチガチと鳴らし、迫り来る恐怖を必死に堪えながら、声を枯らして叫んでいる。
「あいつだ… 久隅」
極限にまで膨らんだ緑のパンコンからは、ポタリポタリと尿も絶えず垂れ流されている。
「No. J-0666…」
唇には血が滲んだ歯型の跡が幾重にも青く浮かび上がっている。
「準備は滞りないな… 久隅」
もう既にこの試合は興味がないのか、としあきは実装フィールドに背を向け、
部屋の入り口に控える久隅の方へ視線を向けた。
「………了解しました。準備は滞りなく進めます」
その返事を受けたとしあきは、痩せた頬にあるかないかの微笑を湛えた。
 10/1 ●実装紅 (10) ┓
 10/1 ●実装雛 (20) ┃vs 実装石(50)○  36匹死亡(ケージG) 29:43
 10/1 ●獣装石  (1) ┛
その数日後、それは前触れもなく飼育員の手で行われた。
その日その時間は、いつもの通りのデスゲームの開催の時であった。
ゲージGにいるミミたちは、いつものように震えながら、その時を待っていた。
ケージが設置されているコンクリート剥き出しの殺風景な飼育部屋。
窓もなければ、天井の蛍光灯もつく事は滅多にない。
そのひたすら続く暗闇の空間に差す光。
不気味な音で開く扉の音と共に差す光の中、あの忌まわしい実装フィールドにケージを運び出す
飼育員たちのシルエットが見える。
ミミたちはその姿を認めるたびに、瞳孔を広げて無言のまま失禁をする。
2人の飼育員に押されるケージ。
キュルキュルという錆びた滑車の音が響く廊下を渡る間は、実装石たちはほぼ無言である。
総員、瞳孔の開いた瞳で、小刻みに震え、浅い呼吸を繰り返しながら、悪戯に宙の一点見つめるだけである。
そして、それは前触れもなく飼育員の手で行われた。
「デ…?」
いつもなら、光の漏れる実装フィールドの外壁の前にケージの入り口を置かれるのだが、
今日はその手前でケージが止まった。
見れば既に先約であるケージがそこに止められているではないか。
そのケージは、よく見れば何も入っていない空のケージである。
そして、飼育員は手に取ったPDAのような物で、ケージGの中を透かして見ている。
『居た。こいつだ』
『Noは間違いないな』
『ああ、J-0666. それに特徴の赤い首輪』
『こいつだ』
飼育員が手をケージの中に入れ、狙いの実装石を捕まえようとする。
「デッ!? デデッ!?」
「デスァ!? デスァ!?」
「デス? デスデス?」
最初は何が起こったか理解できぬ実装石たちであったが、そのケージ内で暴れる実装石たちを
弄り(まさぐり)、取り出さんとしている実装石がミミであるとわかると、実装石たちは
この飼育員たちの真意を知った。
いつか来ると思っていた。
まさかとは思ったが、このような実力行使に来るとは。
「ママを守るデスッ!!」
「ママを連れ出しちゃ駄目デスッ!!」
「デシャァァァッ!! 糞人間ッ!! 来るなッ!! 来るなデスゥ!!」
『こら。暴れるな』
『こいつら、相当賢いぞ』
一人の飼育員が言う。
『見ろ。俺達の意図を理解しているぞ… こいつらの目は…』
この飼育員たちも、このケージGの生存率の高さは理解している。
双葉としあき以上に、このケージGたちの実装石たちの異様さは肌を持って理解しているつもりだった。
試合のない日は暗闇の中で、光る両目で只管デスデスと呟き、体を動かしたりしている。
糞をひり出しては、それを円状に丸め乾かし、また表面に糞を塗っている姿も見た事がある。
あれはあれで糞の強度を上げているのだろうか。下着に含ませて、フィールド内に持ち込む姿も
何度か確認している。
兎に角、こいつらは奇妙なのだ。
毎日迫り来る死に怯える姿は、他のケージの輩とそう変わりはしない。
しかし、それに対して抗う努力が異常なのである。奇異なのである。
長年、この実装コロッセウムで飼育員で働く者ですら薄ら寒い物を感じるのである。
しかし、今は指令通りにするしかない。
この飼育員たちに課せられた指令。
それは、コードNo. J-0666の個体をケージGから隔離し、デスゲームに参加させることなのだから。
『おい。大人しくしろ』
「シャァァァァァァ!!」
「デシャァァァアッ!!」
『おまえ。こいつを押えておけ』
『糞。噛みやがった、こいつ』
「ジャアアアアアアッ!!」
「ギャァァァァースッ!!」
「デシャァァッ!! シャァァァァッ!!」
抵抗しようが、所詮、実装石と人間の力である。
時間をかけられると、実装石たちに抗う術はなかった。
「ジャァァァッ!! デジャァァァァァーーーッ!!!」
しかし、実装石たちは必死に飼育員の手を追い払おうと抵抗する。
『よし!! 足を掴んだぞ!!』
「ママッ!? ママッ!?」
「デェェェーー!! ママッ!! ママッ!!」
「ママァァァーー!! ママァァァーー!!」
「ジャァァァァーーッ!! ジャァァァァーーッ!!」
何とか必死に飼育員の手からミミを守らんとした実装石たちであったが、
努力も空しくミミは足を引き吊られて、ケージ内から引き摺りだされてしまった。
ミミは最大限に威嚇しながら、ケージの檻であろうが藁だろうが何だろうか、
掴める物は掴んで必死にケージ内に止まろうと必死に抗った。
『なんだ。もう1匹掴んでいるぞ』
『ああ、もういい。1匹ぐらい。早くケージに入れろ』
ミミが辛うじて掴んだ実装石と共に、先約に置いてあった空のケージに入れられる。
「ママッ!? ママッ!?」
「デェェェーー!! ママッ!! ママッ!!」
「ママァァァーー!! ママァァァーー!!」
元のケージGの中で、檻を両手で掴み、顔に檻の格子の型がつかんばかりに顔を食い込ませて
残った実装石たちは叫んでいる。
「デ… デデ…」
ミミは歯をガタガタと鳴らせながら、移された新しいケージ内で再び失禁した。
ギョロリと血涙の滲んだ目を後ろに向けると、いつも見慣れた実装フィールドに続く外壁扉が
まさに目の前にある。
頼みの綱である仲間たちは、後ろの隔離されたケージの中。
その交互を瞳孔の開いた目で見やり、ミミは初めて自らが置かれた危機的な状況を理解した。
「デッ!? デデッ!!」
「ママッ!? ママッ!?」
「デェェェーー!! ママッ!! ママッ!!」
「ママァァァーー!! ママァァァーー!!」
ケージで叫ぶ仲間たちの声も耳に届かず、ミミは震えながらこのケージに一緒に入れられた実装石に声をかけた。
「デ… おまえ… 名前なんて言うデス」
「デブ〜♪ デブ〜♪」
見れば、ミミの足元で車で遊ぶ実装石。
「名前… なんて… 言うデス」
「デブ〜♪」
「デブゥ… おまえ… これから… 私の側を離れるなデス…」
思えば、これがミミとデブゥが取った初めてのコミュニケーションであった。
(ギ…ギギギギ…)
「デッ!?」
「デブ〜♪ デブ〜♪」
ゆっくりと実装フィールドの扉が開く。
ミミは、血涙の滲んだ両目と鳴り止まぬ歯を扉の方へとゆっくりと向ける。
「デッ…!! デッ…!!」
「デブ〜♪」
実装フィールドから漏れた光と歓声が、ミミとデブゥの身を包んだ。
(続く)