仔実装ぱんつ
東京に上京した男に待ち受けていたのは、孤独な暮らしだった。 知り合いもいなければ、恋人もいない。 信じられないほど高い家賃に、狭いアパート。 東京で身を立てようとした情熱は今はなく、ただその日を暮らして行くための日雇い仕事に 精も根も打ち果てる日々を送るだけだった。
もう恥も捨て郷土に帰るか。何度もそう考えた。 しかし男の小さな矜持が、つまらぬ薄っぺらいプライドだけが、それを拒み続けた。 今年こそ。今年こそ。そう思い続けて、既に5年近い年を越していた。 そんな葛藤に揺れながらも、今年も年が暮れていく…
ただ、男は疲れていた。 ただ、都会の孤独に疲れていた。 何でもいい。心の孤独の澱を取り除いてくれれば… あと少しは頑張れるのではないか。あと少しは情熱を傾けられるのではないか。
そんな事を、おぼろげに感じていた時。 男は、仔実装に出合った。
◇
その仔実装は、日雇いの工事現場の脇の道路に倒れていた。 最初は既に事切れているものだと思い、男は仕事場に戻った。 現場の作業を終え、道具を仕舞っている最中、道路脇の仔実装が男の目に再び入った。
(弔ってやるか…)
元来、実装石などに興味も示しなかった男が、気迷いにそう思い仔実装に近づいた時、 倒れている仔実装がピクリと動いたのに気がついた。
「……おい」
「…………」
「生きてるのか?」
「………チ…」
小さく鳴いた仔実装は、虫の息だが、まだ生きていた。 男は何も考えず、倒れている仔実装を手に取ると、無造作に持っていたコンビニ袋に入れて、 そのまま家へと連れて帰った。
◇
暖かい湯気に囲まれた部屋で、仔実装は目を覚ました。
「テェ……?」
見れば体中に白い布がたくさん巻かれていた。 大切な大切な実装服はどこにもない。 そんなことより、体中に走る痛みでそれどころじゃない。
「テェ…!! テェ…!!」
痛みに耐えながら、寝かされていた簡易ベットをずり落ちるように這い、仔実装はその場から 無意識のうちに逃げようとする。その時、仔実装に声がかけられた。
「おい… 無理はするなよ」
「テェッ!?」
声のかけられた方向を、瞳孔の開いた目で見つめ、ただ固まる仔実装。
「よかったな。動けるようになって」
「……ェェェェェェッ!!」
「よしよし、包帯を替えてやる」
「シャァァァァァァァァァッッ!!!」
男が近づき、仔実装に手をかけようとした矢先、仔実装は四つん這いになり、男に向かい威嚇を始めた。
「シャァァァァーーッッ!! ヂィィィィーーッ!!」
思わずかけた手を引っ込める男。 包帯塗れの仔実装は、宙で手を掻きながら器用に後に後ずさり、ただ只管、牙を剥き威嚇を 続けるだけだった。
威嚇を続ける理由。 それは男にもわかっていた。 仔実装の体中の傷。あれは同属、最悪は自分の親から虐待を受けていた証であった。 噛み傷。擦り傷。引掻き傷。あかぎれ。青たん。髪は所々抜かれ、服も破れていた。 そんな仕打ちを受けた仔実装が、見知らぬ場所に連れられ、見知らぬ人間に触れられようとしている。 威嚇をしない方がおかしい。
「シャァァァァーーッッ!!」
「わかった、わかった。金平糖を置いておくからな」
「シャァァァァーーッッ!!」
「気が向いたら喰えよな」
東京で孤独に苛まれていた男と群れから追われた仔実装。 二人の奇妙な生活がここに始まった。
◇
「チュフ〜ン♪ チュフ〜ン♪」
仔実装は、3日で男に懐き始めた。 今、男の手でスプーン越しに与えられているプリンに、仔実装は舌鼓を打ちながら甘い声を繰り返している。
「ははは。うまいか、ぱんつ」
「テチュゥ〜ン♪」
その仔実装は「ぱんつ」と名づけられた。 ぱんつと名づけられたのには理由がある。
「テチュゥ〜ン♪ テチュゥ〜ン♪」
「ははは。うまいぞ、ぱんつ」
ぱんつは小さなお尻を突き出し、そのお尻を左右に振る仕草を繰り返す。 お尻を振る度に、ぱんつのスカートからは、仔実装にしては不恰好な下着が見え隠れするのだ。
俗に言う「かぼちゃパンツ」。 ぱんつの履く下着は、普通の仔実装が履く下着とは異なり、不恰好な大きさのかぼちゃパンツなのだ。
それが天然なのかどうかはわからない。 ただそれが、ぱんつが虐待された一つの理由であることは明らかだった。
同属の目から見れば、それは不快に思うかもしれない。 しかし、男の目から見れば、少し歩けばはみ出す下着。 揺れるスカートから覗く不恰好な下着は、愛らしい愛嬌を振りまく仕草にしか見えない。
「ぱんつ。もう一口いくか」
「テェ!? テチュゥ〜〜♪」
孤独な生活に慣れ切ってしまった男にとって、ぱんつは心を癒してくれる家族のような一員になっていた。
「ほら、ぱんつ。お風呂だぞ」
「テチューン♪ テチューン♪」
「気持ちいいか?」
「チュー♪ チュー♪」
男にとって、ぱんつはとてつもなく可愛かった。 現にぱんつもそれに相応しい愛嬌を男に振舞った。
男も何時までも、ぱんつとこのような生活を送れると思っていたが、現実はそう甘くなかった。
◇
「テェェェェェェン!! テェェェェェェェン!!」
台所でぱんつが泣いている。 手に取った実装フードを、男に何粒も何粒も投げつけている。
「ぱんつ。プリンはないんだ。オヤツは朝食べただろ?」
「テェック… テェック…」
男は、ぱんつに与えた実装フードの皿の前で、困り果てて頭を掻き続けていた。
「テスン… テスン…(チラリ) テェェェェッ…!! テェェェエエーン!!」
「わかったよ。ほら。最後の1個だぞ」
「テェッ!! テチュゥー--!!! テフゥ〜〜ン♪」
男は根負けして冷蔵庫からプリンの容器を取り出す。 ぱんつは実装フードの皿を踏みつけ乗り越え、男の足元に頬を擦り付けて甘い声を出す。 ぱんつのかぼちゃパンツも、ぴょいっ!と顔を出し、ふりふりと右に左に揺れていた。
「あ。こんな時間か」
手間取った食事の後、男は出社の時間に気付き、慌てて着替えを始める。
「ぱんつ。大人しくしてるんだぞ」
「テチュゥ〜ン♪ テチュゥ〜ン♪」
出かける男の足元に、絵本を持ち出し、駆け出するぱんつ。
「ぱんつ。今から俺は仕事なんだよ。帰ってからな」
「テチュゥゥゥーー!! テチュゥゥゥゥーー!!」
玄関先で靴を履く男に向かい、手に持つ絵本を突き出し、読めとせがみ続けるぱんつ。
「ぱんつ。諦めてくれよ」
「テェェッ!! テェェッ!! テェック…!! テェック…!!」
男が頑なに断り続けると、ぱんつは大きな瞳に涙を浮かべて泣き始める。
「テェェェェ…ッ!! テェェェェーン!!」
ぷぅ〜んと鼻のつく匂いが玄関の周りに漂い始めた。
「やばい。遅れちまう。じゃぁな、ぱんつ」
「テチュゥゥーー!! テチュゥゥーー!!」(ブリッ!! ブリリッ!!)
バタンと閉まった玄関扉にしがみ付くように、ブリブリと脱糞を繰り返しながら、 もう既に閉じられた玄関扉を、ぱんつは、ぺしんぺしんと叩き続けた。
「テェェェェェェーーン!! テェェェェェーーン!!」
自慢のかぼちゃパンツに溜まった緑の糞が気持ち悪いのか。 ぱんつは男が帰ってくるまで、玄関前で両足を宙に差出し、ただ泣き続けるのだった。
◇
ぱんつと暮らし始めて2週間。 男はぱんつに対して並々ならぬ愛情を注ぎ続けていた。
ぱんつは可愛い。 いつまでもぱんつと一緒に暮らしたい。 この孤独な東京生活に、一縷の光を差し伸べてくれたのは、他ならぬぱんつの存在だったからだ。
しかし、最近男はぱんつとの生活に疑問を持ち始めていた。 ぱんつの我侭と言える要求が目立ち始めたからだ。
ぱんつと家族として暮らして行きたい。 しかし、その気持ちとはうらはらにぱんつは男の言うことは聞いてくれない。
「ママ〜!! 買ってェ〜!! 買ってェ〜!!」 「とし君。我侭言う子、ママ嫌いよ」 「エエエーーーン!!」 「とし君!! ママ怒るよ!!」
その時、日雇いの職場の横を、泣き喚く幼児を連れて歩く母親の姿が目に入った。
「とし君っ!!」 「エエエーーーン!!」
幼児は泣きながら母親のスカートを掴み、歩いて行く。
あの声に怒気を含めて怒鳴る母親には、愛情がないのだろうか。 いや。あの感情も子に対する愛情の表現の一つだ。 もしかして、可愛がる愛情だけでは駄目なんだろうか。 言う事を聞かない場合は、怒る愛情も必要なのではないだろうか。 そうだ。きっとそうなのだ。
見えなくなった母子を見つめながら、男はぱんつに躾を施す決意をした。
◇
「テェェェェーン!!」
案の定、朝食から実装フードを足で蹴飛ばす投げつける。 いつもなら、30分ぐらいの問答を繰り返した後、折れた男が冷蔵庫に買い置きしている プリンをぱんつに与えるところだ。
しかし、この日の男の対応は違った。
「ぱんつっ!! 食べなさいっ!!」
語気を強めて言う。 わざとぱんつの耳元に口を近づけて大声で言う。
「ぱんつっ!! 我侭言うんじゃない!!」
「テェッ!? テェェェェェ……」
怒られたように感じたぱんつは、確かに戸惑った。 今までこの家で暮らして、男から怒鳴られたことなど一つもなかったからだ。
「ぱんつ!! 食・べ・な・さ・い!!」
「テェェェーーン!! テェェェーーン!!」
ぱんつが中腰を上げて、腰を振りながら泣き始めた。 かぼちゃパンツのぱんつのスカートは、成長過程で外に向って広がった作りになっている。
そのスカートの裾から、チラリチラリと見えるかぼちゃパンツを振りながら、 ぱんつの大声泣きながら、チラリチラリと顔色を伺いながら、泣き声のトーンを調整している。
「泣いても駄目だ! 食べなさい! ぱんつ!」
「テェェェッッ!? テチュゥゥーーー!! テチュゥゥゥーーー!!」
得意の泣き落としも媚も効かない。 ぱんつは訳が分からず、ただ目を白黒させて驚き慄くだけだった。
「ぱんつっ!!!」
「テェ!! テェェェェ……!!」
とうとう根負けしたぱんつが、届かぬ両手を頭に抱え、台所からそそくさと逃げ出し始める。 そして、ぱんつは、台所の隅に駆け寄りその場で縮こまり、ブリ…ブリリッ!!と下着を大きく膨らませ始める。
男の躾が功を奏したのか。
「テェェェェーーン!! テェェェェーーン!!」
否。ぱんつは、己が要求が通らぬ事に対して、ただただ悲しかっただけである。 男もそれが分かるため、頭を掻いて、ただ泣くぱんつを見つめるだけだった。
◇
ただ怒鳴るだけでは駄目なのだ。 この家にはルールがある事を、ぱんつに知らしめないと駄目なのだ。
そして、この家に住むためにはルールを守らなければならず、 そのルールを破った時には、怒られている事を、ぱんつが理解しないといけないのだ。
そのためには、ルールを守った時。 その時には褒めてやり、破った時に怒る。 それの繰り返しで、ぱんつにルールという物を理解せしめる。
休日。男はぱんつにまずルールを学ばせる事から始めた。
「テチュー!! テチュー!!」
ぱんつが本棚から絵本を抜き出し、部屋にいる男に絵本を差し出し始めた。 ぱんつの大好きな絵本を読めと男にせがんでいるのだ。
しかし、この家のルールでは「絵本の日」は、既に昨日終わっている。 昨日、あんなに男の膝の上ではしゃぎ堪能したはずの絵本を、ぱんつは今日も下着を揺らしながら せがんでくる。
「ぱんつ。絵本は昨日読んだだろ」
「テチュー!! テチュー!!」
男の話も聞かず、ぱんつは鼻をピスピスさせながら、頬を赤らめて、ひたすら男の顔色を伺っている。
「ぱんつ。駄目だ。次の絵本の日まで我慢しなさい!」
飼い実装として、ぱんつとこれから永く暮らして行くならば、ぱんつはルールの中で、 我慢するということを学ばなければならないのだ。
「テチュゥゥ〜〜ン!! テチュゥゥ〜〜ン!!」
声が次第に潤いを帯び、甘えた声に変わっていく。
「駄目!! 我慢しなさい!!」
「チュゥゥゥゥ〜〜!! チュゥゥゥゥ〜〜〜!!」
「絵本の日は終わったの!ぱんつ!我慢しろ!!」
大声で怒鳴る。わざとぱんつの耳元で大声で怒鳴る。
「テェェェェ……ッッ!! テェェェエエーーン!!」
ぼろぼろと大粒の涙を零しながら、ぱんつが泣き始める。
「テェック!! テェック!! テチュゥゥゥ〜〜ン♪」
腰振りダンス、下着をチラリチラリと見せながら、口元に手を添えて媚び始めるぱんつ。
「媚びても駄目! 戻しなさい!」
「テチュゥゥゥゥ〜〜ン♪」
「戻しなさい!」
「テチュゥゥゥゥ〜〜ン♪」
「戻しなさい!」
「テェェッ!? テェェェエーン!!」
思い通りにいかないもどかしさ。 なぜ怒られるのか。意地悪されているぐらいしか思っていないぱんつは、ダンダンと地団駄を踏み、 その場で悔し涙で打ち拉げる。
「デヂヂー!! デヂヂー!!」
だんだんと畳を打ちながら、チラリチラリと男の顔色を伺うが、男は一徹して無視。
「テスン… テスン…」
次第に泣きつかれたのか、ぱんつは涙を拭い、落ちていた絵本を拾い、元ある本棚に絵本を戻しに歩く。
「テスン… テスン… テェ?」
丁度絵本を戻したぱんつの頭に、男の手が添えられていた。
「偉いぞ。ぱんつ。よく我慢したな」
「…………テェ」
「ルールを守ると褒められるんだ」
「………テチュ〜」
「だけどな。破ると怒られるんだ」
「テチュゥ〜ン」
「わかるな。それがルールだ」
「テチュゥゥゥーー!! テチュゥゥゥーー!!」
にこやかに笑う男に向けて、目を腫らしたぱんつは、再び本棚から絵本を抜き出し、 テチュゥゥゥーー!!と、赤ら顔で再び絵本を差し出していた。
(続く)