『お葬式』
「デスゥ〜?」
トテトテとまだ覚束ない足取りで、リビングから実装石が駆けてきた。
「デスゥ〜ン♪ デスゥ〜ン♪」
ご主人様の足にまとわりつくように、この成体実装石は上目遣いでチラリチラリとご主人様の顔を
慈しむような瞳で見つめては微笑む。
「デスゥ?」
右手を口元に添え、軽く首を傾ける。
そんな彼女に、ご主人様は一粒の金平糖を与えた。
「デス? デデッ!? デスゥ〜♪ デスゥ〜♪」
両手に金平糖を持ち、頬を桜色に染めながら彼女は、不恰好なステップを踏みながら、
小躍りをする。
「デスゥ〜♪ デスゥ〜♪ デスゥッ!! デデッ!!」(こてん)
実装石はステップを踏めるような体系には出来上がっていない。
重心の悪い重い頭がつんのめり、彼女は派手に床で転んでしまった。
手にした金平糖も、ぽてんぽてんと転がり、食器棚の下へと転がってしまった。
「デ! デスゥ?」
?な顔で食器棚に近づき、必死に大きな頭を床に近づけ、金平糖を探す彼女。
しかし、幾ら頑張ろうが金平糖は見つからず、彼女はとうとう泣き出してしまう。
「デェ… デェエエエ… デェエエエエエエン!!」
折角、貰った金平糖なのに!
折角、貰った金平糖なのに!
しかし、ご主人様はやさしく彼女の頭巾を撫でてやり、新しい金平糖を与えた。
「デェック… デェック… デデッ!!」
見つからなかったはずの金平糖が、何故か手の中に再びある!
彼女は、不思議な顔で、何度も何度も手の中の金平糖とご主人様の顔を交互に
デッ! デッ!と繰り返しながら見て驚いている。
「デッス〜ン♪ デッス〜ン♪」
ご主人様の指は、まるで魔法の指。
何でも出てくる、魔法の指。
撫でてくれると、とても暖かい、魔法の指。
ご主人様。次は何を出してくれるの?何を出してくれるの?
そんなご主人様が、突然病気で死んだ。
葬儀の日、冷たくなった遺体を前に、彼女はデスゥ?デスゥ?と不思議な顔を隠しえなかった。
人見知りをしない彼女は、見知らぬご主人様の親戚に向かって、デスゥと鳴く。
ご主人様に駆け寄り、ぺしんぺしんとご主人様の体を叩く。
生前可愛がっていた彼女だけが、ご主人様の死を理解できていない。
そんな風景に、参加した親戚たちは、ご主人様の早すぎる死を悲しみ、彼女のしたいままにさせていた。
暖かいはずのご主人様の魔法の指。
触って見ると、石のように硬く、そして冷たかった。
「デスゥ? デスゥ?」
顔にかけられた白い布を取り、その度に不思議そうに親戚の人間たちにデスゥ?と鳴く彼女。
そんな葬儀も数日で終わり、出棺の日も近づいて来た。
黒い喪服に身を包んだ彼女。
最近の冠婚業界では色んな衣装もレンタルしてくれる。
生前一番可愛がった彼女だからこそ。
そんな気配りをする親戚がいるのも、生前のご主人様の愛護ぶりが伺える一面だった。
タクシーで霊柩車を併走し、火葬場へと向う。
喪服姿の彼女は手の中の金平糖を口に含みながら、窓から見える風景にデププデププとご満悦だった。
火葬場につき、お経をあげる僧の前で、デスゥ?デスゥ?と何が起こっているかわからない彼女。
最後のお別れです。
そう言った葬儀屋の職員が棺おけの扉を空け、ご主人様の顔を告別者と対面させる。
一人一人短い別れを涙とともに告げ、そして彼女の番となった。
「デスゥ〜」
ぺしんぺしんと白い棺おけを叩いて、眠るご主人様を起こそうとする彼女。
もう起きないんだよ。そう告げてやると、彼女は初めて事の真意を悟った。
「デ……」
「では、出棺します」
「デ……」
「ぅ……ぅ…」
「デス…」
「さようなら。としあきさん」
「デギャァァァアアアア!!!!!」
彼女の甲高い叫び声。その場に居合わせた親戚一同が驚いた。
「アアアア!!! アッアッ〜〜!!」
泣く。叫ぶ。暴れる。噛み付く。
取り押さえようとする親戚も驚くほどの力で、彼女は叫んだ。
「デギャァァ! デギャァァ!! アア!! アナ…タ! アナタァ!!!」
親戚一同が息を呑む。
「ギャァァ!! アナタァアア!! シナナイデェエエ!! シナナイデェエエエ!!」
人語を喋る喪服を着た絶叫する実装石。
悲鳴が悲鳴を呼び、パニックがパニックを呼ぶ。
彼女を手にしていた親戚の女性は思わず彼女を放り投げてしまう。
「アナタァァァ!! アナタァァァ!!!」
職員が驚き火葬炉の入れかけた棺をそのままに腰を抜かしてしまう。
彼女は棺に覆いかぶさり、そして人語で大きく叫んだ。
「アナタァァァ!! アイシテマスゥゥ!! アイシテマスゥゥ!!」
腰を抜かした職員は、意を決し、彼女ごと棺を火葬炉の中へと押し込めた。
そして、震える手で着火し、彼女の叫び声で我に戻る。
「デギャァアアアアア!!! デギャァアアアアアアアアア!!」
青ざめる伊藤潤二顔の親戚と職員たち。
その生きながらにして火で焼かれる彼女の悲鳴は、火が消えるまで続いていたと言う。
おはり