『餓糞蟲伝』
 
剥き出しのコンクリート。
鉄骨で立てられた殺風景な空間。
小さな工場の跡地であろうその空間に、似つかわしくない物が、この空間の中心にあった。
リング。
正方形のリングにロープが3本四方に張られていた。
ボクシングのそれではない。
プロレスリングのそれだ。
そして、汗の臭い。
強烈な汗の臭いが、この空間に充満していた。
そのリングの四方では、屈強な男たちが、黙々と汗を流している。
ヒンズースクワット。
縄跳び。
プッシュアップ。
自らに課したノルマを、黙々とこなす男たち。
男たちの足元には、汗による水溜りが出来ている。
剥き出しのコンクリートが濡れている。
リングの上では、屈強な男が、関節を取り合う地味な組み合いをしていた。
そんな空間に1匹の実装石が現れた。
「ッ!」
「・・・っ!」
黙々とトレーニングをこなしていた屈強な男たちが、入り口を見る。
実装石が何のようだ?
男たちの目がすべて、入り口に立つ実装石に集まった。
「おい。糞蟲。何のようだ?」
サングラスをかけた男が実装石に向って言う。
この男たちのトレーナーの役割を果たしている男だった。
『この中で、一番強い奴は誰デスゥ?』
実装石は言った。
『プロレスは八百長と聞いたデスゥ。プロレスはショーと聞いたデスゥ。』
「ほぉ…」
サングラスの男のこめかみが鳴った。
『どれくらいの物か確かめようと思って来たデス』
実装石は、リングの周りの屈強な男たちを見やり
『デプププ。やっぱり噂どおり、プロレスはやらせデスゥ。』
と笑った。
 ざわっ・・・
その実装石の発言で、この空間の質が変わった。
『この中で、一番強い奴は誰デスゥ』
実装石は再び言った。
「風間… リングに上がれ」
「ウスッ…」
黙々とトレーニングしていた暗い相貌の男がリングに上がる。
それを見た実装石が、デプププと笑い、ポケットから紙のような物を出した。
誓約書。
汚い字でそう書かれていた。
『怪我をしても文句言わないデスゥ。それはそちらも同じデスゥ。』
サングラスの男は、その紙を見やり、風間に向って言う。
「風間。遠慮するな」
「…ウス」
「遠慮するな」その言葉には、次の意味が込められている。
例えば、道場破りに来る。返り討ちに会わせるが、その道場破りは吹聴するのだ。
俺は○○道場と引き分けた。あいつらは大したことはない。と。
だから「遠慮するな」という言葉には、次の意味が込められている。
腕を折れ。顔を潰せ。そんな吹聴すらできない位、痛めつけろ、と。
実装石は、テコテコとリングに向って歩く。
サードロープに手をかけようと、背伸びをする。
届かない。
ぺっこ。ぺっこ。
しきりに飛び跳ねるが届かない。
辛うじて届いたリングに手をかけ、片足をあげて、必死にリングに上がろうとしている。
『デェェェ… デェ… デェェ………』
ゆうに5分。
それくらいの時間をかけて、ようやくリングに上がる。
「はじめっ!」
トレーナーの声で、戦いが始まった。
『デプププ。無様な構えデスゥ』
風間は、まず相手の出方を見るために、両足を軽く開き、重心を低くした。
レスリングの構えだ。
風間が、まず胴タックルに出る。
軽く目でフェイントし、目を切ると同時に、足に向ってタックルをする。
『ッ! デギャァァァァァ!!』
風間のタックルで、実装石はリング上の反対へ吹っ飛んだ。
そのまま、マウントポジション。
『デギャァァァ!! 卑怯デスゥ!!』
右。左。
容赦なく実装石の顔に、パンチを入れる。
『デッサァァァ!! 痛いデスゥ!! やめてデスゥ!!』
実装石は思わず両手で顔を庇う。
そのタイミングを外さず、風間は実装石の右手を取った。
腕拉ぎ逆十字。
ミリともピシとも聞き取れる音をして、実装石の腕は真逆に90度曲がった。
『ギャァァァァァ!!! 腕が痛いデスゥ!! お前は鬼畜デスゥ!! 私が一体何したデスゥ!!』
風間は蹲る実装石のバックを取り、そのままチョークスリーパーの体制に入った。
『ゥ… デゥゥゥ… ぐ… ぐるじぃ… や… やめ… やめて下さいデズゥ…』
30秒。
実装石は、パンツの中に、ぐっちょりと糞を排泄しながら、舌をでろんと出して落ちた。
「おい。外に放りだしておけ」
気絶した実装石は、そのまま路上に捨てられ、野良犬の餌となった。
(終わり)