『敵わぬ恋』
「この仔がアリサちゃんね」
「デッ!? デッ!?」
俺が初めて彼女を連れて来た時のことだ。
「私、実装石って始めてなの。すご〜い。本当にオッドアイなんだ」
「デデッ!? デスァ!? デスァ!?」
俺の飼い実装であるアリサが、いきなりの来訪者である彼女のとし子の姿を睨みながら、
もはや威嚇に近い声で鳴き始めている。
「ねぇねぇ。アリサちゃん、なんて言ってるの?」
「シャァアアアアッッ!! シャァアアアアアッッ!!」
「ははは。とし子に会えて喜んでるんだよ」
無論、嘘である。
俺がアリサを飼い始めて、だいぶ経つが、どうもアリサが俺に恋慕を抱いているのは気付いていた。
このアリサ。どうやら、最近は俺の妻気取りで、デスゥ〜ン♪ デスゥ〜ン♪と俺の周りをついて離れない。
たまにテレビでブライダル関係のウェンディングドレスのCMが流れると、
「デデッ!! デェ……」
と、テレビに釘付けになり動かなくなる。
そして、CMが終わると、デスゥ〜ン♪ デデスゥ〜ン♪と、スカートの両端を両手で摘み、
クルリクルリと回転する。
そして、ベットのシーツを取り出し、頭からそれを被って、
「デッデッデデェ〜ン♪ デッデッデデェ〜ン♪」
と、結婚式ごっこなどを始めるのだ。
そんなアリサ。今、初めて見る人間の雌を目の当たりにし、目に血管と涙を浮かべて、何か何だかわからぬ表情。
「デッ!? デデッ!? デスァ!? デスァアアア!!!」
俺ととし子の顔を交互に睨みながら、黄色い犬歯を露わにして、唾を飛ばすアリサ。
俺はそんなアリサを無視して、とし子と半年後の結婚式について、色々と相談をし始めた。
「デ!! デスァ!! デデ!? デスァ!! デスァ!!」
俺達が広げるウェディングドレスのパンフレットを覗き込み、ギョロリ!ギョロリ!と目玉を忙しなく
パンフレットや俺達の顔に向ける。
「ああ、そうだ。言い忘れていた。俺達な、結婚するんだ」
「デデッ!?」
「まぁ、結婚してからも飼ってやるから。ありがたく思うんだな」
「デェエエ!? デェエエエ…」
「ねぇねぇ、としあき。このドレス可愛いぃ〜〜」
「ん?どれどれ?」
「デェエエエエエン!! デェエエエエエエン!!」
アリサはガンガンと、床に手を打ち据える。
あまりにショックなのか、下着を履いたまま、その場でお漏らしまで始める。
「ちょ、ちょっと、としあき。アリサちゃん、なんか泣いてるわよ」
「いいんだ。いつもの事だよ」
俺はアリサにわざと見せ付けるように、とし子の肩を抱く。
「デェック… デェック… デデッ!!」
アリサの喰入るような視線は、肩を抱く手を睨みつけている。
「シャァアアア!! プルッシャァアアアア!!!」
ぽふんぽふんと、アリサはとし子を叩き始める。
何だ!この雌は!この男の妻はこの私だ!
そう言わんばかりに、アリサはとし子を睨みつけて、殴る手を休めない。
「ど、どうしたの、アリサちゃん!」
「ははは。じゃれてるんだよ」
そんなアリサを他所に、俺はとし子をその場に押し倒した。
「デデッ!? デズァ!? デズァ!?」
俺はとし子の口を塞ぎ、アリサに見せ付けるように、その場でとし子との同衾を始める。
「デデッ!! デェエエエエン!! デェエエエエエン!!」
アリサにはショックが強かったらしい。
アリサは泣きじゃくりながら、隣の部屋へと駆けていった。
人間と実装石。
人間と親しく暮らして行く内に、自らが実装石であるという認識を忘れる実装石は多い。
アリサにはショック療法だったが、俺に恋慕を抱いても仕方がない現実を見せ付けるためには、
こういった場面を見せ付けるしかないのだ。
すまんな… アリサ。
俺は心の中でアリサに詫びながら、とし子の体を愛撫していった。
「デェック… デェック…」
憔悴し切ったアリサは隣部屋で、部屋の隅で丸くなり、肩を震わせて泣き崩れていた。
「デスン… デスン…」
そしてアリサは、『アリサのお家』と書かれたダンボールの中に逃げるように駆け込み、
その中からケロピーのポーチを取り出す。
「デシャァアアア!!! デシャァアアアア!!!」(ビリッ!! ビリリッ!!!)
ポーチの中から、宝物のはずの俺の写真を取り出して、ビリビリに破り捨てる。
「デェエエエエンッ!! デェエエエエエンッ!!」
そして、下着を膨らませながら、天井を仰いで泣き続ける。
俺は、隣部屋から聞こえるアリサの声を耳にしながら、とし子の肉に溺れていった。
どれくらいの時間が経っただろうか。
俺はとし子との営みを終え、煙草を吸って一息ついてから、アリサの様子を見に隣部屋へと向った。
「おい、アリサ。まだ泣いているのか」
返事がない。
「アリサ。開けるぞ」
隣部屋には、アリサは居なかった。
『アリサの部屋』と書かれたダンボールハウスの中にも、アリサの姿はない。
ふと足元を見ると、チラシの裏にクレヨンで書かれたミミズのような文字。
そして、その横にはアリサが脱いだであろう頭巾が置かれているだけだった。
「……あいつ」
夕食後、押入れでアリサは見つかった。

おはり。