『妹』
クルミに妹ができた。 クルミは仔実装時代から、子供のない夫婦に大事に育てられていた実装石。
既に成体実装石になっているが、夫婦への甘えっぷりは仔実装時代以上のものだった。 そんなクルミを愛らしく、夫婦は際限なく可愛がり、愛情を注いだ。
そんなクルミに妹ができた。 妹と言っても、実装石ではない。 飼い主である夫婦に、待望の赤ちゃんが生まれたのだ。
「デスゥ〜♪ 妹チャン。私がお姉さんデスゥ〜ン♪」
リンガルの表示を見て、嬉々と笑う夫婦。 聡明なクルミは、すんなりとこの新しい家族を家族として認めてくれたようだ。
「デスゥ〜♪ 可愛いデスゥ〜♪」
キャキャと笑う赤ん坊も、クルミを姉と認めているのだろうか。 クルミが赤ん坊に話しかける度に、赤ん坊も笑顔をクルミに返した。
「さ。桜ちゃん。ミルクの時間よ」
桜と名づけられた赤子は、母親の腕に納まり、必死に乳房を求めて吸い付く。
「デ……」
それを見上げるクルミ。
「……ママッ!! 私も抱っこデスッ!! 私も抱っこデスッ!!」
短い足でぴょんぴょんと跳ね、母親に仕切りに抱擁を求めるクルミ。
「クルミちゃんはお姉ちゃんでしょ。我慢しなさい」
「デッ!!」
母親のそんな対応は初めてであった。妹チャンが生まれるまでは、クルミの要求は全て聞き入れていた。 しかし、自分は姉だ。姉は妹チャンのために、我慢しなければならない。
「見て。あなた。この子、えくぼが出てるわよ」
「お。どれどれ〜。はは、本当だなぁ!」
キャキャキャと沸く若夫婦。
「デッ!! 見たいデスゥ!! 私にも見せて欲しいデスゥ!!」
足元で背伸びをして、若夫婦に強請るクルミ。しかし、そんなクルミが視界に入らないのか、若夫婦は桜にぞっこんだった。
そんな日々が続く。 妹チャンが泣くと母親が飛んでくる。 母親はクルミを無視し、妹チャンばかりを構っている。
そんな状況が、クルミにとっては面白くない。 試しにクルミも、大声で泣いてみた。
「デェエエエエン!! デェエエエエエン!! お腹痛いデスゥゥゥ!!」
無論、仮病だ。
「デェエエエエン!! ママァ!! ママァ!!(チラリ)」
「ほぉら。桜ちゃん。オムツを替えましょうね〜」
「デェエエエエン!! 私も漏らしたデスゥ!!」
仔実装時代から、粗相をしたことのないクルミは、ブリブリと下着を膨らまし、母親にアピールする。
「桜ちゃ〜ん♪ 綺麗、綺麗にしましょうね!!」
「ママァ!!! ママァ!!(チラリ)」
「〜〜〜♪」
「デェ… デェェェェ……ッ!! デギャァアアア!!! デギャァアアアアスッ!!!」
完全に無視をされたクルミのプライドはズタズタだ。 下着に手を入れ、その糞を母親目掛けて投げつける。 その糞が的をはずれ、なんと桜の顔にかかってしまった。
実装石の粘液質な糞は、幼児レベルの気道を塞ぐには、充分なものだった。 咳き込む桜。悲鳴を上げる母親。続くクルミの投糞。
気がつくと、クルミは父親に力一杯、頬を叩かれていた。
「デッ? デデッ?」
赤く腫れた頬を押さえて、産まれて初めて受ける痛みに、驚きを隠せない表情だった。 父親は実装叩きを持ち出し、引き続き、クルミの背中目掛けて、折檻をくわえる。
「デギャァ!? デスッ!! デスッ!! デェッ!! デギャァァッ!!」
パンコンしていた下着が、また一段階加えて大きくなる。
「デスゥッ!? デッ!? ッア!! デェ!! デェエエエエンッ!!!」
母親は気道を塞がった糞を取り除き、急ぎ救急車へ涙ながらに電話をする。 父親は正気を失ったように「糞蟲!! 糞蟲!!」と連呼し、実装叩きを握りなおしては、さらに打撃を加えて行く。
「デェック!! デェック!! デェエエエエエンッ!! デェエエエエエエンッ!!」
(ぶりっ!! ぶりりりっ!! じょぉっ!! じょぉおおおおっ!!)
さらに膨らむ下着。漏れる尿溜まりのため、色が変わって行くカーペット。 その鼻につく匂いがさらに、父親の理性に火をつける。
「デェッ!! デェエエエッ…!!」
蛆のように這いながら、部屋の隅に逃げて、必死に壁を掻いて、登ろうとするクルミ。 その後から執拗に続く実装叩き。
「デェエエエッン!! デェエエエエッン!!」
クルミはとうとう土下座をし始め、額を床に擦りつけ、ごめんなさいデスゥ!! ごめんなさいデズゥ!!と 喉が枯れ続けるまで、必死に謝り続けた。
はぁーはぁーと息のあがった父親は、実装叩きを床に投げつけ、駆けつけた救急班の元へ桜の様子を見に、駆けて行った。
誰もいなくなった子ども部屋に、一人残されたクルミは、デスン… デスン…と一晩中泣き続けた。
結局、桜は入院することになった。気道に少し糞が残っているらしく、それが自然に取れるまで、付きっ切りで看病をしないといけないからだ。
若夫婦も泊り込みで、病院につめた。 既に若夫婦の頭の中には、家に残した実装石の事など頭にない。
「私捨てられたデスゥ!! 捨てられたデスゥ!!」
一方、一匹家に残れたクルミは、誰もいない部屋を幽鬼のように彷徨い続ける。 時折、癇癪のように暴れ出し、戸棚の食器を落として割ったり、本棚の本をビリビリに破り、鬱憤をぶつけたりする。
「デェエエエン!! ママァ!! パパァ!! ドゴデズゥ〜〜ッ!!」
糞も小便も、もうそこら中でし放題。 腹が減れば、冷蔵庫を開けっ放しで漁り、デェックデェックと泣きながら咀嚼する。
「デェ… 悪いのは、妹チャンデズゥ。クルミは… デェック!! 悪ぐない… デェック!! デズゥ!!」
そんな状況の家に、桜も無事退院し、数字後、若夫婦が戻って来た。
目を泣き腫らし、リビングで丸くなっていたクルミの耳が、玄関の音に気付く。
「デッ!! ママッ!! 戻ってきてくれたデスゥ!!」
玄関に入り、若夫婦は変わり果てた荒廃した我が家に、小さな悲鳴を上げる。 そこに、デスゥゥ〜♪ デスゥゥ〜♪ と泣き腫らした顔のクルミが飛んで迎えに来た。
「ママッ!! ママッ!! 捨てちゃ嫌デスゥ!! クルミは、クルミは、ママとずっと一緒デスゥ〜!!」
そして、感極まり、デェエエエエン!! デェエエエエン!!と泣きじゃくり始めた。
クルミは結局、そのまま移動用のケージに入れられ、その中で鼻唄を歌いながら、与えられた実装フードを口にしていた。
そして、父親はケージを持ち出し、車にクルミを積む。
「デデ? デスゥゥゥ♪ デスゥゥゥ♪」
初めて乗る車。車の中でケージから出されたクルミは、背伸びして窓にしがみつき、小さなお尻を振って、窓の風景に酔いしれた。
車は郊外の離れた山奥へと到着する。 父親は黙って、クルミを車から降ろし、煙草に火をつけた。
「デデッ!? デスゥ〜ン♪ デッスゥ〜ン♪」
クルミはマンションで買われた箱入り飼い実装石。 目の前に広がる自然は、生まれて初めての経験であった。 頬を赤くして興奮し、トテトテと歩いて、目の前に咲く花を手にし、デスゥ〜?と顔を傾ける。
(ブロロロロロロッ……)
父親は煙草を消し、車に乗り、アクセルを吹かして、家路についた。
「デスゥ?」
クルミは、ゆっくりと山道を降りて行く車を見ながら、不思議顔で首を傾げるしかなかった。
「………」
視線を咲く花に戻しつつ、再び、小さくなっていく車に目を戻す。
「デ……」
捨てられたと気がついたのは、車が見えなくなって、10分近く経った頃だった。
「デェエエエエン!! デェエエエエエン!!」
とっぷりと更けた夜の獣道を、泣きじゃくりながら掻き分けるクルミの姿は、 数時間後には、鬱蒼と茂る繁みに隠れて見えなくなった。
おはり。