『迷子』
「デェエエエッ!! ニンゲェ〜ンッ!! 何処デスゥ〜〜??」
両目が緑の実装石が、大声で泣き喚きながら、繁華街を彷徨っていた。
「デェックッ!! デェックッ!! マルチはここデスゥ〜〜!!」
緑の実装服の胸の部分には、「マルチ」と書かれたワッペンがつけられている。 肩から下げたポーチ。綺麗な実装頭巾に実装服。どう見ても迷子の飼い実装だ。
「デェエエエン!! デェエエエエン!!」
天を仰ぎ、口を開けて、咆えるように泣き叫ぶ。
「デッデロッ!! デッデロッ!! デェック!! デェック!!」
両目から緑色の血涙を流す姿を見ても、この飼い実装は妊娠している事が窺い知れる。
「デェ〜〜!! ニンゲンッ!! ニンゲンッ!! マルチッ!! ここっ!! ここデスゥゥゥゥ〜〜!!」
人通りの多い繁華街。 この人通りの中、飼い主と逸れてしまった飼い実装にとって、自力で飼い主を見つけることは、ほぼ不可能に思えた。
「デスン… デスン…」
泣き疲れたのか、赤く腫れた緑の両目を擦りながら、呆然と繁華街を行き交う人々の顔を、首を上げて見上げる。
「デスン… ニンゲン… ニンゲン…」
実装石にしてみれば、早過ぎる人の波を見分けるため、眼を真ん丸にしながら、ギョロリギョロリと動かす。
道行く人の顔をみるに、マルチが探しているニンゲンはどこにもいない。
「デェ… デェエエエ…」
もう会えないのではないか。2度と、あのニンゲンには会えないのではないか。
「デェエエエーーン!!! デェエエエーーン!!!」
そんな不安がよぎると、再びマルチは自然と泣き叫んでいた。
「ニンゲェーーンッ!!! ニンゲェーーンッッ!!」
どれくらい繁華街を彷徨い歩いただろうか。
「デェック… デェック… ニンゲン… ニンゲン…」
ニンゲンを探すことに疲れ、泣くことに疲れたマルチは、自然とお腹をさすり、唄を歌っていた。
「デッデロゲェ〜 デッデロゲェ〜」
腫れた両目で、ふと見上げると、人の波が吸い込まれ、また吐き出される場所が目に入る。
「デ… もしかしたら、ニンゲンに会えるかもしれないデスゥ」
マルチが見たのは「駅」であった。 何度も飼い主であるニンゲンにケージに入れられ乗った事がある。
実装石のマルチでも、これは高速に移動する手段であるというのは理解していた。
「デェック… デェック… おまえ達。ニンゲンに会いに行くデス」
マルチで自分を鼓舞するように、お腹の中にいる我が仔たちに向い、そう言い放つ。
この繁華街に来たのも、電車に乗ってだ。ならば、帰りも電車に乗れば、あの暖かい毛布のある ニンゲンの家に帰れるはずだ。
「デスン… デスン… ニンゲンの家に帰るデスゥ〜」
改札口を通る。実装石の背丈なら問題はない。
「デェック… ニンゲン… 何処デスゥ〜」
キョロキョロと首を左右に振りながら、電車のホームを探す。 その時、目の前に下りの電車が到着する。
それはニンゲンの家とは、まったく逆の方向であるが、マルチにはそれがわからない。
「デ…」
(プシュ〜)
マルチは道かれるように、開いた電車の扉に乗り込んだ。
「これで帰れるデスゥ〜…」
デスンデスンと涙を拭いながら、優先座席に登るように座り、少し安堵の息を漏らす。
その安堵が行けなかった。
「デ… デデッ!!」
マルチは体の異変を感じていた。 激しい動悸に荒い呼吸。下着が羊水で濡れ始め、両目は仄かに赤色に変わるのを感じる。
「デッ!! ニンゲンッ!! ニンゲンッ!! 何処デスッ!! マルチッ!! 生まれるデスゥ!!」
マルチは歯を食い縛りながら耐える。
「デェ… デェ…」
この電車が止まれば、ニンゲンに会える。 そう信じて疑わず、マルチはひたすらニンゲンに会える事だけを考え、破水寸前の総排泄孔に力を込める。
どれくらいの時間が経っただろうか。
下りの快速電車は、何時の間にか終点に到着した。 マルチはゼェ…ゼェ…と荒い息をしながら、人の流れに沿って、電車から這うように降り立った。
「ニンゲン… ニンゲン… マルチはここデスゥ〜〜」
マルチはふらふらになりながらも、歯を食いしばって歩いた。 生まれた仔は、ニンゲンに取り上げて貰うのだ。
我侭ばかりの自分を文句言わず拾い育ててくれたニンゲン。 思えば、自分はニンゲンを嫌っていたのではない。 ただ恥ずかしかったから。色々な我侭を言ってきたのだろう。
生まれた仔たちには、こう教えよう。 この人こそ、私達のご主人様なんだ、と。
マルチは生まれてくる仔の笑顔とご主人様の笑顔を思い浮かべ、震える足に力を込め、一歩一歩、進んで行く。
「ニンゲン… もうすぐデス… ニンゲンッ!! ニンゲンッッ!!」
第2ターミナルから税関に入り、モスクワ行きJAL923便に乗り込んだマルチは、 頬を赤らめながら、デププと愉悦の笑みを零していた。
おはり。