「実装石タンゴ」
俺は実装石を飼っている。名はタンゴ。
何でタンゴという名をつけたのかは後で説明しよう。
「ご主人様ァ〜。今日もお勉強するデスゥ〜♪」
「あ、ああ。そうだな」
「まずはご主人様の苦手な英単語から行くデスゥ」
「ああ、頼むよ。タンゴ」
「【accept】」
「あくせぷと」
「Goodデス。例文はこうデス」
【Do you think the shop over there will accept traveler's checks?】
「え〜と。あそこの店はT/Cを受けてくれると思いますか…、か?」
「Correctデス。ところでT/Cって何デス?」
「ああ、T/Cってのはなぁ…」
何を隠そう、俺は現在3浪中の浪人生。もう4度目の不合格も確実視されている。
そんな俺に鶏冠に来た両親は、俺の下宿にある1匹の実装石を送って来た。
それがこのタンゴだ。
実はアメリカ出身のタンゴは、英語に長けていた。
そりゃぁ実装石は人間の言葉を解するのだ。日本に生息する実装石は日本語を解し、
米国に住まう実装石は英語を解するのは自然な流れである。
リンガルを通せば、米国出身の実装石は、無論英語で話し掛けてくる。
このタンゴは英語に加えて日本語も解する、なんとバイリンガルな実装石なのである。
こうして、英単語を俺に得意気に教えてくれるから、奴の名前は「タンゴ」になった。
「え〜と。T/Cってのはなぁ…」
俺はT/Cの意味を説明してやるとタンゴはピス〜ピス〜と鼻息荒く興味深々である。
タンゴと俺はこのように英語を教わる代わりに、人間世界の常識をタンゴに教えてやる
ギブアンドテイクをしているのだ。
「ちなみにcheckには【小切手】の他に【勘定】とかの意味があるデス。レストランで
支払いする時は、【Check please.】デス」
「ああ、サンキューな。これで海外に行っても餓えることはなさそうだよ」
一番、海外に行く可能性のない俺が、タンゴに恭しく礼をする。
「acceptは、【<クレジットカード・手形など>受け入れる】という意味があるデス。
ちなみに反対語は、【dishonor】、【不名誉・屈辱・恥辱、名誉を汚す、恥辱を与える】
という意味に他に、【不渡り、不渡りにする】という意味があるデス」
「よし。タンゴ、おまえをdishonorしてやろう」
そう言って、俺は実装叩きを取り出す。
「そんなぁ〜。ご主人様、いじわるデスゥ〜♪」
(ちゃんちゃん)
「まだacceptについて、続けるデス」
剥げ頭で裸の状態で、体中に青痣をこしらえたタンゴは、涙を堪えながら、
まだ健気にも続ける。
「acceptの1番目の意味は、【(贈り物・申し出・責任などを)(進んで)受け入れる】
という意味デス。類似語に【receive】があるデス。ご主人様、違いがわかるデス?」
「え?receiveも「受け入れる」って意味だろ」
「どういう時に使い分けるデス?」
「え?使い分けるも何も同じ意味だろ」
「デッ!!」
タンゴは糞をひり出し、俺の顔に投げつける。
「………………」
「おお違いデス、この女衒。receiveは、【(送付・提供されたもの)を受け取る】という意味デス」
「だからわからんと言っているだろ」
俺は、糞を顔につけ視界を閉ざされたまま、タンゴにそう言う。
「receive は与えられたもの・提供されたものを受け取るの意で,
【受け取る人が同意・承諾しているかは無関係】デス。
accept は【喜んでまたはありがたい気持ちをもって受け入れる】という意味デス」
「じゃぁ、俺がこう金平糖をおまえにやると…」
「私はacceptするデスゥ〜♪」
そう言って、タンゴは美味しそうに金平糖を口に含んで、顔を赤らめ始めた。
「公園で、野良実装に金平糖をばら撒くと…」
「あいつら不遜な輩は、ただreceiveするだけデスゥ〜♪」
俺は顔についた糞を手で拭いながら、なるほどなと思い、一人感心した。
今までの予備校では、ただacceptもreceiveも機械的に「受け取る」と覚えていただだけだが、
こういった違いがあるとは驚きである。
「まだまだ行くデス。次はacceptの派生語デス」
「なんだ、その派生語ってのは」
「まぁ、実装石で例えるなら仔実装、蛆実装、実蒼石、実装燈、色々あるデス」
俺は頭を捻りながら釈然もしないまでも、タンゴの続く言葉に耳を傾けていた。
「acceptが「(他)動詞」デス。形容詞は【acceptable】、先ほど説明した
【〈提案・贈り物など〉受諾できる】という意味から転じて、
【満足な,けっこうな,喜ばれる】というニュアンスになるデス」
「ふむ」
「名詞は【acceptability】、意味は【受託できること、満足なこと】という意味デス。
テストには出ることはないデスが、一応派生語は知識として、目を通しておくデス」
「何故だ?テストに出なければ、覚えなくていいじゃないか」
「だからご主人様は、ピンサロでも抜く前に射ってしまうデス… 嘆かわしいことデス」
続けてタンゴは言う。
「いいデス。1つの簡単な単語を覚えるついでに、それに連なる名詞・形容詞・副詞、
そして反対語や類似語、それらを全部目を通すべきデス」
「ち… 面倒臭ぇなぁ」
「糞人間の脳っていうのは、機械的に記憶しても、すぐに短期記憶から忘却されるデス。
海馬に蓄積された記憶が長期記憶になるためには、印象深いエピソードや情景と
リンクさせて覚えるのが一番デス」
「ふむ」
「例えば、このacceptability。この単語を何もないところから1から覚えるよりも
、さっきのacceptを覚えたイメージとリンクさせて、一緒に覚えた方が、頭に残るわけデス」
俺は少し釈然もしないが、こちとら何も文句は言えない浪人の身。
この両親から派遣されたタンゴの言うことを聞くしかない身である。
「では、続けるデス。もう1つ名詞があるデス。
【acceptance】、意味は【受理・容認】という意味で、こっちはまだ一般的に使われるデス」
「え〜と。acceptに付随して、名詞がacceptanceとacceptabilityで、形容詞がacceptable…」
俺が指を折りながら、先ほどの習った単語を復習しようとすると、タンゴはあきれ顔で
何か社会不適合者を見るかのような哀れ目で、俺を見つめる。
「ご主人様は、接尾語ってのを、3歳児スクールで学ばなかったデスゥ?」
いや、普通3歳児スクールでは学ばんだろう。
「基本的な動詞には、決まった接尾語を付け加えて、名詞化したり形容詞化したりするデス。
そのパターンさえ覚えてしまえば、1つの基本動詞さえ覚えれば、ボキャブラリは一気に
5倍も6倍にもなるデス」
そう言って、タンゴは自分のひった糞を指につけて、フローリングに文字を書き始めた。
「『able』という接尾語を『accept』につけると、acceptable、
これで「許容できる、満足な」という形容詞に変化するデス」
「おお〜」
「『able』は、【〜できるという意味する形容詞化】なので、そういった意味に変化するデス」
 accept ⇒ acceptable
「『ity』は、【性質を意味する名詞化】、『acceptable』からacceptabilityに名詞化されて
「受託できること、満足なこと」に変化するデス」
 accept ⇒ acceptable ⇒ acceptability
「『ance』は、【状態を意味する名詞化、行動を意味する名詞化】、acceptanceとなって、
「受理・容認」という意味になるデス」
 accept ⇒ acceptable ⇒ acceptability
     ⇒ acceptance
「おお、すげぇ。じゃぁこの3つの接尾語を覚えればいいんだな」
「チッチッチッ…」
タンゴはキザっぽく、ない指を立てて、舌打ちしながら、俺の言葉を否定する。
「接尾語は約70種類あるデス」
「ゲッ!! そんなにあるのかよ」
「全種類に変化することはないデスが、代表的な物を徐々に覚えて行けばいいデス」
「まぁ、acceptに関しての変化は、こんな所デス」
そう言って、タンゴは指に糞を付け足して、フローリングに続きを書き出した。
 accept ⇒ acceptable ⇒ acceptability
     ⇒ acceptance
     ⇒ accepted    ※接尾語『ed』【受動化させて形容詞化する】
     ⇒ acceptation  ※接尾語『ion』【動詞を名詞化する】
「【accepted】は、【一般に受け入れられた、容認された】という意味デス。例文で言うと
an accepted opinion 
「一般世論」という意味デス。ご主人様、一般世論って何デス」
「ああ。実装石は糞蟲だ。そんな廻りの意見という総称だ」
「…………アホにそんな事言われたくないデス。で、この【acceptation】は
【(一般に認められた語の)意味,語義】という抽象的な意味合いデス」
そう言って、タンゴは自慢気に床のフローリングの糞文字を指さして言った。
「これだけ覚えるデス。アホなご主人様には、こうやってイメージ化させて、
この記号に意味を持たせて、イメージ化させて、長期記憶に落とし込むしかないデス」
「おい。タンゴ」
「何デス?」
「アホアホと何度も連呼しやがって。少しは飼われているという事を自覚させてやるっ!!」
「デェェェェッ!!!」
…………
………
……
…
「ほら。俺の折檻を大人しくreceiveするんだな!!」
「acceptするデスッ!! 反省しているデスッ!! acceptするデスゥゥ〜〜ッ!!」
俺は天井から逆さに吊られたタンゴを実装叩きで、ブリブリよろしく折檻を繰り返して、
その日を遊んだ。
俺こと「双葉としあき」22歳 3浪の浪人生。
果たして、俺は見事、大学受験を合格することができるのだろうか。
【本日、覚えた英単語】
accept
receive
check
dishonor
acceptable
acceptability
acceptance
accepted
an accepted opinion
acceptation
受験日まで、あと178日…