注)このスクは、英単語の知識をスクを読みながら取り入れようという試験的な試みです。
英語学習に興味のない方には、退屈な内容かもしれない事、ご了承ください。
『実装石タンゴ3』
俺の名前は双葉としあき。
ただ今、浪人生活真っ只中。
既に2度の試験に失敗し、3浪生という持ちたくない肩書きを持っちまっている。
実家では肩身が狭いため、やれ勉強に集中したいやら、やれ実家はうるさくて気が散るやら、
そんな理由をつけて、隣町の予備校近くの下宿に逃げたのはいい物の、
実家から俺の監視役兼教育係というのが送られてきた。
「ご主人様ァ〜。公園は気持ちがいいデスゥ〜ン♪」
勉強の息抜きの公園の散歩まで着いて来るこの生もの。
「では、今日はこの公園で英語の勉強をするデスゥ〜〜♪」
こいつが現在、俺の家で居候している実装石。
名前はタンゴ。
3浪生である俺に英語の家庭教師として、実家から送られてきた実装石である。
実装石が英語?なんて訝しなかれ。アメリカ育ちの帰国子女であるこいつは、
生意気にもバイリンガルな実装石なのだ。
「今日の英単語は、【admire】デスッ!!」
「え〜と、何だったかな… 【敬う、尊敬する】って意味か」
「Correctデス。類似語として、【respect】があるデス。ご主人様は違いがわかるデスゥ?」
「え?respectも同じ意味だろ。違いなんてあるのか」
「デッ!!」
公園の小道をリードで引かれたタンゴがその場で立ち止まる。
タンゴはしばし震えたかと思うと、その場で失禁を始めた。
「…………本気で言っているデスゥ?」
「うん。違いなんてあるのか?」
タンゴは兎口を縦にクワッ!!と開け、瞳孔の開いた瞳で俺の顔をまじまじと見つめ続けた。
「嘆かわしいことデスゥ… もう4浪は確実デスゥ」
受験生に対する禁句を平然と発するタンゴ。
タンゴは両目に涙を湛えながら、哀れむような表情で公園の一画を指差した。
「あれを見るデス」
「ん……」
そこには、野良実装の親子が歩いていた。
秋に入ろうとする季節。野良実装の親子は少しでも冬篭りに向け、食べれる物を手に入れようと
周囲を忙しなく探りながら歩いている。
「あれを見たら、admireとrespectの違いがわかるのか」
「しっ!! 黙って見ているデスッ!!」
俺達は少し茂みに入り、その親子を観察することにした。
『おまえ達、逸れないようにママの後ろにしっかりついて来るデス』
『テチュゥ〜♪』 『テチィィィ〜♪』 『テチィ?』
見れば、まだあどけない仔実装が3匹。覚束ない足取りで、まだ見慣れない公園の中を
興味津々で廻りを見ながら、必至に母親の後をついて行っている。
『今日はゴミの日デスゥン♪ きっと食べ物が見つかるデスゥ』
その時だ。
『デッ!! ゲロデスッ!! ゲロデスゥ!!』
親実装が叫び出す。
『チィ〜? ゲロテチィ?』 『ゲロって何テチィ?』 『テチィ〜?』
親実装が偶然目にしたもの。それは公園のベンチの横に光る黄金の塊であった。
『ゲロは天の贈り物デスゥ!! おまえ達ッ!! 他の奴らに見つからないうちに早く行くデスゥ!!』
親実装が、その短い足で駆ける。置いてきぼりされぬよう、
仔実装たちも悲鳴に近い声を上げながら、その親実装の後について行く。
『ゲロデスッ!! 紛れもないゲロデスゥ!!』
親実装は、昨夜、どこかの酔っ払いが吐いたであろう吐瀉物を前にし、
急ぎそれを自らの前掛けに乗せ、かき集めようする。
『コーンもあるデスッ!! 麺もあるデシャァ!!! ついてるデスッ!! 今日は実装Dayデスゥッ!!!』
興奮を抑え切れぬ親実装。ようやく追いついた仔実装たちは、何故母親がそれほどまでに
興奮しているのか理解できない。
『ママッ!! ママッ!! ゲロって何テチィ!?』 『ゲロテチ? コレ ゲロテチィ?』 『テチィ〜?』
『ゲロは甘露デスゥ!! ほら、食べてみるデスゥ!!』
親実装が指でゲロを掬い、それを仔実装たちの口に含ませてやる。
すると先ほどまで疑心暗鬼だった仔実装たちの顔が、ぱっと朱が差したように
頬が赤く紅潮し始めた。
『ゲロッ!! 凄いテチィッ!! 凄いテチィッ!!』
『テチャァァアァァッ!! 甘いテチィ!! 美味しいテチィ!!』
『チャ!? ゲロッ!? ゲロッ!?』
『さ、おまえ達も集めるデスゥ!! 家に帰ってゆっくり食べるデスゥ!!』
『凄いテチィ!! 流石はママテチィィィ!!!』
「あれが、admireデスッ!!」
「………………」
間の悪い学芸会の寸劇を見せ付けられたような感覚に囚われながらも、俺は茂みの中から、
その一部始終を眺めていた。
『ゲロ最高テチィィィッ!! ママッ!! 凄いテチィィィ!!!』
「……あれが、admireなのか」
俺が口の周りを黄色いペースト状の物で汚しながら絶叫している仔実装を指さして、タンゴにそう言う。
「よく使うrespectは【冷静に良いところ、立派なところを評価する】というニュアンスデス。
 日本語訳では同じ意味のadmireは、あのように…」
タンゴが再び、野良仔実装を指差して言う。
『ゲロッ!! ゲロッ!! ママッ!! ゲロッ!!』
「admireは【心臓が口から飛び出しちゃうくらい感動的に尊敬する】というニュアンスがあるデス」
「……………」
「つまりrespectより強い心からの愛情を抱いていることを暗示するニュアンスがあるデス」
いや、それは分かったのだが、それを理解するために、
こんな不快な物を見なければならないのかと思うと、少し気が滅入るのだが。
俺があきれて、もうタンゴ帰ろうぜ、と言いながら茂みの中から姿を出すと、
その野良実装が俺の姿に気がついたようだった。
『デッ!?』
「あ、わるかったな。ゆっくり食事をしてくれ」
そう軽く手を振り、野良実装と目が合った俺は、即その場を退散しようとした、その矢先だった。
『デシャァァァァァッ!! デシャァァァァーーッ!!』
その親実装が、吐瀉物の前に立ちはだかり、四つんばいの格好で、腰を高らかに上げ、
俺に威嚇を始めたではないか。
『ジャァァァァァッ!! デジャァァァァッ!!』
「……いや、取らないって」
『ニンゲンッ!! このゲロは私たちの物デスッ!!』
『ママッ!! 凄いテチィ!!』
「admireデス」
『デジャァァァァッ!!』
「いや、だから取らないって」
『ママァ!! 糞ニンゲンをやっつけるテチィッ!!』
「admireデス」
その仔実装たちの声に感化したのか、親実装がゲロまみれの手で、俺のジーンズに対して、
ぽふんぽふんと攻撃を仕掛け始めた。
『このッ!! ゲロはッ!! 私達のッ!! 物デスッ!!』
『凄いテチィーッ!!』
「admireデス」
『糞ニンゲンッ!! さっさとッ!! くたばるデスゥ!!』
『ママッ!! 強いテチィ!!』
「admireデス」
『ママは世界一テチィィィッ!!』
「admireデス」
『デシャァァァァッ!! デスデェーーースッ!!』
「……………」
吐瀉物の飛沫が俺の顔まで飛び続ける。
俺は洗いざしのジーパンが吐瀉物だらけになるのを憂鬱な目で見ながら、暗澹たる気持ちになった。
おそらく、俺は「admire」という単語を一生忘れないだろう。
その代償を深く心に刻みつけながら、未だ黄色い犬歯を剥き出しにしながら、
俺のジーンズを掴む野良実装を見て、深い溜息をつくのだった。
「admireデス」
俺こと「双葉としあき」22歳 3浪の浪人生。
現在、3度目の正直を目指して、日々学業を推進中です。
果たして、俺は見事、大学受験を合格することができるのだろうか。
【本日、覚えた英単語】
admire
respect
◇受験日まで、あと176日