『テチ』7
■登場人物
男 :テチの飼い主。
テチ :母実装を交通事故で失った仔実装。旧名カトリーヌ。
エリサベス:ピンクの実装服を着たテチの母親。車に轢かれて死亡。
人形 :テチの母実装の形見であるピンク実装服を着込んだ人形。
中年女 :姓は綾小路。テチの元飼い主。
ポリアンナ:テチの継母。流産で仔を失った飼い実装。
■前回までのあらすじ
街中に響いたブレーキ音。1匹の飼い実装石が交通事故で命を失う。
その飼い実装は、ピンクの実装服の1匹の仔を残した。その名は『テチ』。
天涯孤独のテチは、男に拾われ、新しい飼い実装の生活を始める。
母実装の形見の服を着込んだ人形を与えられたテチは、男の元で飼い実装
としての道を歩み始めたが、元飼い主に引き取られ、ポリアンナという
成体実装石と、新たな飼い実装として幸せ一杯の暮らしを始める。
そんなある日、中年女はテチとポリアンナを連れて、男の家を訪れる。
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男の家は、久しぶりに賑やかだった。
チュァァァァァ!!! チュァァァァァ!!!
かつて知ったる家の中をテチは懐かしそうに、首を左右に振りながら徘徊していた。
デスゥ!? デスゥゥゥゥーー!!!
そのテチを追ってポリアンナも、必死の形相で見知らぬ部屋の中を徘徊している。
慣れぬ家のためか、廊下で繋がる台所と客間の間をぐるぐると何週も回ったりして
悲鳴に近い鳴き声を上げながら、首を忙しく左右に振り、一向に見つからぬテチを探している。
そんな実装親子の姿を見つめる暖かい視線が2つ。
男と中年女は、男の家のリビングで向かい合った形で、それぞれソファーに腰掛けている。
二人の間の机の上からは、薫る淹れたての珈琲の匂い。
その隣の皿に盛られた珈琲の匂いに映える英国製の高級洋菓子は、中年女のお礼の品だった。
大丸で一箱5000円は降らぬ高級洋菓子は、男が滅多に口にできる物でもない。
男は、お礼に来た中年女をリビングに招きいれ、優しい目で男の部屋を闊歩する実装石を
見つめていた。そして、テチと行動を共にする見慣れぬピンク色の実装服を着込んだ
成体実装石の経緯を、中年女から聞いているところだった。
「そんなんですか。テチに継母を」(チュァァァァァ!!! チュァァァァァ!!!)
「そうざます。名前はポリアンナちゃんざます」(デッ!? デデッ!?)
会話の合間も、実装石たちの嬌声は忙しなく続いている。
「ポリアンナちゃんは、子供を一度流産しているざます」(チュワ〜ン!! テチチィー!!)
中年女は珈琲を口に運びながら、ティーカップについた口紅をそのままに、ポリアンナの
素性を語り始めた。
「……………」(デスゥ? デスゥ?)
男は無言で珈琲を啜る。
丁度、リビングにポリアンナがやってくる。
声だけがするテチの姿が見えないためか、両目一杯に涙を溜めて、不安な様子を隠しきれない。
「ポリアンナちゃんは、カトリーヌちゃんを本当の子供のように思ってるざます。
本当にお似合いの親子ざます」(チュワッ!! チュワッ!!)
「……………」(デギャァ!! デギャァァ!!)
ポリアンナは、ぼろぼろと大粒の珠の涙を床に落としながら、必死にカーペットの裾を捲ったり
冷蔵庫と食器棚の隙間を覗き込んだりして、必死にテチを探し続けている。
「(テチの継母か…)」(デェェェン!! デェェェン!!)
そして、本棚の本をばらまいたり、ティッシュペーパーの箱を覗き込み、デスァ!! デスァ!!と叫び
ティッシュの中身を撒き散らしたりしている。
チュアァァ!! チュァァァ!!
テチの声は廊下の向こう側の洗面所から聞こえてくる。
デッ!? デデッ!?
テチの嬌声に反応し、リビングで首を忙しなく左右に振るポリアンナ。
どうやら、声だけがするテチが見つからない事が、相当精神的に応えているらしい。
その行動を見る限り、心の底から仔の身を案じる母親そのものだった。
男は小さな溜息をついて、無意識の内に笑っていた。
どうやら、俺がいなくてもテチは愛に囲まれて暮らしているらしい。
そう思うと、この見慣れぬ成体実装石も愛らしく見えてくる。
「あらあら、ポリアンナちゃん。散らかして、申し訳ないざます」
「いや、いいんですよ。おい。テチは向こうだ。洗面所から声がするぞ」
男が洗面所の方向を指差すと、ポリアンナは男の意図に気付いたのか、台所から廊下に飛び出した。
デスッ!! デスゥゥゥゥゥ〜〜〜〜!!!
しかし、洗面所とは逆の玄関の方へ叫んで走ってしまう。
一方、テチは久しぶりの男の家を満喫していた。
チュワッ!! チュワッ!!
久しぶりに見る男の家の中。玄関。廊下。リビング。客間。台所。
どれ一つとっても、懐かしい。
クン…クンクンクン!! チュァァァ!! チュァァァァッ!!!
そこは、テチのトイレが置いてあった洗面所だ。
手で床を掻くような仕草を、赤ら顔で何回も繰り返すテチ。
チュァァァ!! チュァァァァッ!!! クン…クンクンクン!!
そして、おもむろに洗面所の床にしゃがみ込み、力一杯力み出す。
(プルッ… プルプルプッ…) テ…?
身が半分出た処で、テチの視界に懐かしい光景がまた映る。
チュァ!? チャァァァァッーーーー!!
そこは、テチが毎日食事を取っていた台所の隅。
洗面所から台所に向って、嬌声を上げて駆け寄るテチ。
その場に着くと、綿埃が溜まった床を、赤ら顔で舌でこするように舐め続ける。
チュァ!! チュァ!! チュ… チャァ…?
そのテチを上から優しい目で見つめる人間の姿があった。
「テチ… ひさしぶりだな」
男であった。
男とテチは、別れて既に2週間以上は経っている。
成長の早い仔実装である。男の目から見ても、テチは一回りも二回りも
大きく成長しているように見えた。
「俺のこと、覚えているか?テチ」
テチュゥ?
テチは、上から覗き込む男を見て、?な顔で口元に手を添えて首を傾げた。
見ぬ間に、大きく成長したテチ。
長年離れた子供の成長を楽しみにした親の心境がわかるようである。
「ん? …ははは。なんだよ、おまえ。紙オムツなんてして」
見ればテチのピンクのスカートからは、不恰好な膨らんだ紙オムツがはみ出ているのが見える。
それは、粗相を繰り返す仔実装用の紙オムツであった。
テチュゥ〜?
テチは、語りかける男に向って、再度鳴いた。
「テチュ〜って、なんだか赤ちゃんみたいだな。おまえ」
テチュ〜!! テチュテチュ〜〜♪
何だかわからないが、会話が成立していた。
テチは頬を赤らめて、両手を男に向って振るような仕草を繰り返す。
「あら珍しいざます。カトリーヌちゃんが人見知りしないざます」
男の後ろから、中年女が語りかけて来た。
中年女の話では、テチを再び引き取ってから、医者や愛護派の知り合いなど
会う人会う人に、必ず威嚇を繰り返していて困っている。
自分以外の人間で、威嚇をしないのは始めてだ、とのことであった。
「カトリーヌちゃん。お兄さんの事を覚えているざます?」
テチュゥ〜♪ テチュゥ〜♪
「ははは。覚えてくれているのか。おまえ?」
テチュゥ〜♪ テチュテチュゥ〜♪
テチは、男に向って、何度も何度も両手を振り続けていた。
◇
『実装ダンスで De☆Suun♪』
作詞:バナナ
作曲:バナナ
『 実装ダンスで、デス〜ン♪ デス〜ン♪
仔実装ダンスで、テチュ〜ン♪ テチュ〜ン♪
蛆ちゃんダンスで、レフ〜ン♪ レフ〜ン♪
Ji☆Sou♪ Ji☆Sou♪
De☆Suun♪ De☆Suun♪
De♪De♪De♪Suun〜♪♪♪ 』
リビングのテレビでは、JHKの『実装ダンス』が放映されていた。
テ・チュ〜ン♪ テ・チュ〜ン♪
テチはテレビに齧りつく様に食い入り、不恰好な紙オムツをはみ出しながら、
短い手足を駆使して、必死にブラウン管の中の仔実装の動きを模倣しようと必死だった。
デ・ス〜ン♪ デ・ス〜ン♪
その横では、テチにようやく巡り会えたポリアンナが、ピンクのスカートを両手で
捲り捲りして、妖しいしなを作って、テチとの競演を楽しんでいる。
テチャァァッ!! チププーーッ!! チププーーッ!!
ポリアンナの妖しい動きを見て、嬌声をあげるテチ。
デププー!! デププー!!
我が仔の笑顔を見れるこの幸せを噛み締めているのだろう。
ポリアンナの動きにも、一層熱が入る。
そんな親子を他所に、男は中年女と話し合っていた。
「ううっ… そうだったざます。エリサベスちゃんは、死んでもカトリーヌちゃんを
守ってくれていたざます」
中年女は、実装石の等身大の人形を抱いてた。
その人形は、既に黒く変色した血の跡を残すピンクのカシミア製の実装服を着込んでいた。
それは、テチの母親エリサベスが着ていた実装服であった。
服から見て取れるのは、血の跡だけではない。肩口やスカートの裾、頭巾もそうだ。
事故の時の衝撃を物語っているのだろう。解れた糸や硬いアスファルトに引き摺られた痕など
痛々しい傷跡が散見される。
男は中年女に、テチが夜鳴きを続けた時に、この実装人形を与えた経緯を語った。
夜になっても泣き止まず、母の温もりを求めて彷徨い歩く日々。
その寂しさを救ったのは、紛れもなく、テチの母親自身であったことを。
時節、中年女の鼻を啜る音が、実装ダンスのコミカルな音楽の合間に聞こえてくる。
「もう、俺には必要のないものです。できれば、テチに返そうと思ってます」
「……これは、あなたが持っていた方がいいと思うざます」
中年女は、男の申し出を否定した。
「今のカトリーヌちゃんには、ポリアンナちゃんがいるざます。
これは、あなたに大事にして欲しいざます。きっと、カトリーヌちゃんも
そう思っているざます」
中年女はそう言い、ハンケチで鼻を噛んだ。
男は、そう言う中年女の言葉を受け止めながら、実装ダンスに悦に入ったテチを見やる。
その横には、鼻水を流して踊り狂うテチの継母ポリアンナが居た。
チュァ!! チュァァ!!
今のテチの表情。その幸せそうな笑み。
確かにこの人形は、もう既にテチには必要のない物なのかもしれない。
そう思うと、今まで散々悩んでいた蟠り(わだかまり)も、すっかり消え去ってしまった。
「わかりました。じゃぁ、この服と人形は預からして貰います」
「それがいいざます。カトリーヌちゃん。この家にもママがいるざます。
週末の散歩の帰りには、ここに寄って、お兄さんとこのママに会うざます」
中年女は、実装人形を抱いて、テチの前に置いてやる。
「覚えているざます? エリサベスちゃんざます。あなたのママざます」
チュァ!?
ポリアンナが捲るスカートにぶら下っていたテチは、その実装人形を見るや、
思わず手を離してしまい、リビングの床に尻餅をついてしまう。
そして、そのままピタリと固まったように、目を大きく見開かせて、実装人形を凝視している。
テェェッ!? テェェッ!?
不思議そうな顔で、しきりに実装人形とポリアンナを交互に見て、小さな声で鳴くテチ。
デェ!? デェェ!?
ポリアンナも、いきなり目の前に現れた己の背と変わらぬピンクの実装服を着た人形を目にし、
瞳孔が開かんばかりに、目を真ん丸とさせて硬直していた。
テチィ… テチィィィ…
テチの手は震え、足が竦んでいた。
今にも泣き出しそうな声でテチは、ゆっくりとその人形に近づく。
その人形を見た時に湧き出した郷愁感にも似た感情に我慢できず、テチの声は知らず知らずの内に、
もう限界に達していた。
チュワッ!! チュワワッッ!!!
駆け出し、そして、愛を込めて鳴いた。
テチィィィィィィィィィィ!!!!
テチは、実装人形のピンクのスカートめがけて駆け、そしてそのスカートの中に潜った。
チュアァァァァァァ!!! テチテチィィィィィィィーーーッ!!!
「ははは。覚えてたんだな、テチ」
男の予想では、既に親を得たテチは、この人形に対して、あまり関心を示さないと思っていた。
しかし、この喜びよう。
それを見ると、この人形は、やはりテチの元にあるべきだと思う程であった。
チュアァァァァ!!! テチュテチュ〜!!
くぐもった声でスカートの中で暴れるテチ。下着の中にピンポン玉を見つけたのだろうか。
チュアァ!! チュアァ!!
と、頬を赤らめて、両手一杯にピンポン玉を持ち出して、スカートの中から顔を出す。
「ははは。さっそく見つけたか、この…」
シャ…
その時、聞きなれぬ音がした。
シャァァァァァァ…
その聞きなれぬ音が、男の言葉を制した。
見れば、実装ダンスを踊っていたはずのポリアンナの動きが止まっていた。
テチが甘える実装人形を目の前に、ポリアンナの表情が凍り付いている。
そして、しきりに自分が着ている実装服の色と人形を見比べて、デッ!?デッ!?と叫んでいる。
そして、再び目を真ん丸と大きくさせて、唇の片側が捲りあげたと思うと、
黄色い犬歯が露になるまで頬を大きく吊り上げ、低い威嚇音を口元から発した。
シャァァァァァァァァァーーーーッッ!!!
ポリアンナの威嚇音など耳に入らぬテチは、ピンポン玉をそのままに、再び人形の
スカートの中に顔を埋め、テチュ〜♪テチュ〜♪と、まるでポリアンナにその愛くるしい様を
見せ付けるように甘え続けていた。
そして、完全にスカートの中に身を隠し、もごもごと人形の胸元まで移動する。
人形が着込んだピンクの実装服の胸元が、テチの体躯分膨らんだかと思うと、
もぞもぞと動いていたテチの動きが止むと同時に、チュパ…チュパ…という吸引音が、
卑しく卑猥にリビングの中に響き始めた。
無論、それは小さく威嚇を続けるポリアンナの鼓膜に届くには十分な音量であった。
デッシャァァァァァッ〜〜〜〜!!!!!!
威嚇は叫び声となり、大音量の鳴き声が、リビングに響き渡った。
その叫び声と共に、ポリアンナはリビングの床を蹴り、そして跳んでいた。
野生の感覚を失って久しい飼い実装が、野生の本性の片鱗を取り戻した瞬間であった。
それは、中年女や男にとっても目にも止まらぬ素早い野生の動きであった。
デギュオアァァァ!! デスゥッ!! デスゥ!!
凄まじい跳力を見せたポリアンナは、その実装人形の襲い掛かっていたのだ。
デジャァァァ!! ングングゥ〜!!
まずポリアンナの犬歯が、実装人形の首元にめり込んだ。
位置的に言えば、頚動脈の位置だ。
ポリアンナは首を左右に捻るように、人形の首を噛み千切らんとす。
テェ!? チュワァァァァァァァッッ!!!!!
人形の実装服の中に潜り込んでいたテチは身動きの取れない。
その衝撃に巻き込まれ、テチは紙オムツを大きくさせる。
ングゥ〜!! ングゥ〜!!
実装人形の首がありえない方向に曲がる。
実際の実装石であれば、頚動脈を絶たれて、即死に近いだろう。
デスァ!! デスァ!! デスデースァ!!
人形の布地を噛み切ったポリアンナは、続いて実装人形の胸倉を掴み上げ、
自らの額を何度も実装人形の顔に叩き込む。
テェ!? チュワァァァァァァァッッ!!!!!
テチは何とかスカートの隙間から抜け出し、何が起こったのかわからぬ顔をして、
その惨事の場を見上げた。
チュァ!? チュア!? テチィ!? テチィィィ!?
目の前で繰り広げられる2匹のピンクの実装服の格闘。
ポリアンナは、実装人形に馬乗りになるような形で、出鱈目に両手を振り上げ
何度も何度も、実装人形の殴りつけていた。
テチにとっては、トラウマになり兼ねない程の出来事と言ってよい。
チュアアアアアアアアアアッッッーーーーーーーーーーーーーー!!!!!
「や、止めるざます! ポリアンナちゃん」
「テ、テチ。落ち着け!!」
ポリアンナの野生の動きに翻弄されていた男と中年女がようやく我に戻り、
急ぎ、その場を制しようとする。
チュアアアアアアアアアアッッッ!!!!! チュアアッ!! チュアアアッ!!
テチは、ポリアンナのスカートを引張ったり、実装人形の首の破れた綿を掴んで
テチュァァァ!? テチュァァァ!?と、一生懸命詰め込もうと躍起だ。
デスゥ!! デスゥ!! デギャァァァ!!! デギャァァァァ!!!
中年女に押さえつけられる事により、ますますヒートアップするポリアンナ。
その叫び声が呼び水となり、一層、狂気発狂するテチ。
チュアアアアアアアアアアッッッーーーーーーーーーーーーーー!!!!!
そして、感極まり喉を垂直に上げ、力一杯の声を上げ、母親を求めて鳴いた。
テチィィィィィィィィィィィィィィィーーーーーー!!!!
「ポリアンナちゃん!! 大人しくするざます!!」
「テチ!! しっかりしろ!! 落ち着け!!」
テチィィィィィィィィィィィィィィィーーーーーー!!!!
チィィィィーーー!!!
ィィィ……
ィ…
…
「本当にお騒がせしたざます」
玄関先で頭を下げる中年女。
あれから何とか事態を収拾させることに1時間。
何とかポリアンナと実装人形を引き離し、泣き叫ぶテチをあやし続けたのだった。
デフー!! デフー!!
興奮したポリアンナは、男が持っていた移動用ケージに入れられ、まだ暴れていた。
移動用ケージの窓の隙間から、出るはずもない手を捻じ込んで、見えぬリビングの奥に向って
必死に威嚇を続けている。
テスー… テスー…
一方テチは、あの後かなりの時間泣き続けた為、今は疲れきって中年女の手の中で、
眠りについていた。
「では、また寄らせて頂くざます。御免遊ばせ」
中年女はそう言って、テチとポリアンナを連れて、男の家を後にした。
「はぁ。まるで台風一過だな」
テチらを見送った後、男はリビングに戻って、そう言った。
そして、床に転がった首が変な方向に向いた実装人形を手にとって、服についた埃を払った。
「災難だったな、おまえ」
首の部分が破け、綿が飛び出している実装人形。
『………………』
「そんな目で見るなよ」
『………………』
「ま、捨てるわけにはいかんよな」
こんな事件が起きてしまったが、テチの喜びようを思い出すと、捨てるにも偲びなく思われ、
結局、実装人形は男の家に、そのまま残されることになった。
◇
あの事件以降、ポリアンナはテチを過保護に育てることになった。
今までもそうであったが、より一層、テチを愛情を注ぎ育てるようになった。
中年女の目からすれば、大して何も変わったように見えなかったが、
当事者であるテチには、ポリアンナの過剰なる愛情を満身で受ける日々を過ごした。
ポリアンナの行動は、謂わば、独占欲から来る愛情と言えた。
あの事件で見せたテチの人形への浮気にも似た行動は、ポリアンナの母としての
母性を刺激させるには十分な事件であったと言える。
母親の愛に飢えていたテチにとって、それは砂漠に撒く水のような物である。
デスゥ〜♪ デスゥ〜♪
テチュ〜♪ テチュ〜♪
風呂上りに、丹念にテチの髪を櫛で梳いてやるポリアンナ。
鏡に映る自分と母の姿に満足し、テチは赤ん坊のような鳴き方でポリアンナに甘える。
その愛を満身に受けたテチは、次第にポリアンナに「依存」して行くようになった。
さすがに、中年女もその変化に気がついた始めた。
テチの母への「依存」という行為が、より形として目に見え始め、はっきりと分かる
ようになって来たからだ。
テチァァッ!! テチァァッ!!
テチが半狂乱となり、廊下を駆け回っている。
先程まで昼寝をしていたテチだが、目覚めると近くにポリアンナの姿がいなかった。
ただそれだけで、テチは自らの命の危険があるような悲鳴を上げる。
目覚めと同時に開口一番、テァァァァァッッ!!! と甲高い悲鳴をあげたかと思うと、
かけてあったハンドタオルを押しのけ、一目散に廊下に出て、母の姿を求めて絶叫を上げた。
テチィィィィィィィィィィーーー!!!! テチィィィィィィィィィィーーー!!!!
ポリアンナに一身に愛を注がれて育てられているテチ。
過剰なまでの依存関係は、テチに精神的な不安定さも齎せていた。
テチの下着からは、糞が漏れて、廊下に点々と緑の染みを作っている。
デデッ!?
リビングで昼メロを見ていたポリアンナが、その甲高い叫び声に気付いたようだ。
リビングから、トテトテと体を運び、廊下を駆けるテチに向って嬌声をあげる。
デッス〜ン♪
普通の賢い親ならば、糞を垂れた事に対して、躾なりを行うタイミングであるはずである。
しかし、ポリアンナは頬を紅潮させて、テチに向って甘えたような声を出すだけだった。
テチァッ!! テチィィィィィィィィィィーーー!!!!
廊下に現れたそのポリアンナの姿にテチも気付いたようだ。
その悲痛なまでの叫び声は、一瞬にして、安堵の叫び声にトーンが変わった。
そして、テチはポリアンナの胸に駆け込み、頭を擦り付けるようにして泣きじゃくる。
チュァァァァーーー!!! テェェェン!! テェェェン!!
テチの年齢を考えると、そろそろ適度な親離れを躾けるタイミングである。
デスゥ〜ン♪ デスゥ〜ン♪
しかし、テチを独占したいポリアンナは、テチを手放す事を許さない。
テチも、生き抜く本能のまま、依存対象であるポリアンナに縋りつく。
デプッ!! デププッ!!
泣きじゃくり、胸に顔を擦りつけ甘えるテチを見つめるポリアンナは、満更ではなさそうだ。
そしてポリアンナは、テチを背に抱いて、子守唄を歌いながらテチをあやし始めた。
ボエ〜♪ ボエ〜♪
テッスン… テッスン… テチュ〜ン♪
テチの機嫌も直ったようだ。
リビングを覗くと、中年女がソファーに寛ぎながら、テレビに見入っていた。
デプ!! デプププ!!
チプッ!! チプププッ!!
中年女に侮蔑とも取れる笑みを残し、ポリアンナ達は唄を歌いながら、家族愛を謳歌している。
幸せの形。
それは、それぞれの価値観、特に当事者たちの価値観に因る処が大きい。
周囲から見て、それが歪であろうが、不快と感じさせようが、当の本人たちが
幸せと思えるのであれば、それが彼女らの『幸せの形』なのだろう。
テチとポリアンナは『幸せの形』を探し当てたのだが、飼い主である中年女にとって、
それが幸せかどうかは、当人たちの知らぬ処のことであった。
中年女は悩んでいた。
あの男の家での事件以降、1週間。
ポリアンナのテチへの独占欲は、ますます強くなって行き、
テチのポリアンナに対する依存は、ますます強くなっていた。
「カトリーヌちゃん。ご飯ざます。高級なお肉ざます」
中年女がテチのために用意した食事。
テチは、ここ3日間、一切食事を取っていない。
中年女はテチを掴んで、無理やりご飯を食べさせようとする。
何とか食べて貰おうと、今日は松坂牛の霜降りを用意した。
チュアァァァ!! チュアァァァ!!
しかしテチはその肉を嫌がり、中年女の手を振り解き、ポリアンナのスカートに向って、
一目散に駆ける。
テチはスカートを捲り上げ、急いでその中に入った。
そこがテチの餌場だった。
「カトリーヌちゃん!! またざます!! やめるざます!!」
用意した松坂牛は、ポリアンナが手掴みにして、口に運んでいた。
デズゥ〜 (クチャッ… クチャッ…) デズゥ〜 (クチャッ… クチャッ…)
滴る肉汁を、涎掛けや実装服に撒き散らしながら、赤ら顔で肉を咀嚼するポリアンナ。
気品溢れる元飼い実装の顔はなく、気の触れた狂気の色を漂わせている濁った瞳がそこにあった。
その肉を嚥下するポリアンナのスカートの中では、テチがポリアンナの下着やたるんだ腹肉に
手を掛けて、テチの餌場に向って昇って行く。
テチュ〜ン♪ テプ… テプププ♪
不気味な服のうねりが、ポリアンナの胸当たりに到達すると、松坂牛を手にしていた
ポリアンナの声が艶やかな声色に変わっていく。
デッ!! デデッ!!
(チュパ…)
デェェェェ!!!
(チュパ… チュパ…)
デェェェスッ!! デスデースッ!!
ポリアンナは手にした肉をポロリと落とし、短い両手を頭に当てて、身を捩りながら
仰向けに倒れる。
あの事件は、ポリアンナにとって、大きなショックであった。
我が仔であるテチが、他人の女の乳を求めて、悦に入っていたのだ。
そのショックを払拭すべく、ポリアンナがテチを独占するために、テチに対して
同じ行為に至るのは至極、自然の流れだった。
そして、その行為が、よりテチとポリアンナの絆を深める形となった。
それは、ポリアンナの乳房であった。
流産したとは言え、一度は仔を成したポリアンナの胸は、授乳をするに足る資格を持った
乳房であったのである。
正確に言えば、乳が出るのである。
実の仔に吸われる事がなかったポリアンナ乳房は、日々、極限までに張り詰めており
僅かな刺激でさえ母乳が吹き出る状態だったのだ。
テチの出会う前は、ポリアンナは、風呂場で毎日、自らを慰める日々が続いていた。
乳房が刺激された時に発する背徳的な快感は、仔を失った現実を知らしめるようで、
ただでさえ心を病んだポリアンナの心を、より一層苛んで来たのだ。
その乳房に、テチがむしゃぶりついていた。
その乳が出る乳房に、テチがむしゃぶりついていた。
デッ!! デッ!! デズゥゥゥゥゥゥ〜〜!!
狂わんばかりの絶叫で、ポリアンナは母の喜びを噛み締める。
「カトリーヌちゃん。おっぱいは卒業ざます。お肉をちゃんと食べるざます」
この3日間、テチが食事を取らない理由がこれだ。
ポリアンナの乳房からは悪戯に乳が出るがために、テチは食事の全てを、ポリアンナの母乳で
代用する事ができたのだ。
テチュ〜 テチュ〜 (チュパ… チュパ…)
デェェェ!! デェェェェッ!!!
「カトリーヌちゃんっ!! お肉を食べるざますっ!!」
中年女が幾ら制しようが、テチは吸引を続ける。
中年女が力技でテチを制しようと、仰向けに寝転がるポリアンナの実装服を首元まで
たくし上げた。
ポリアンナの腋毛と胸毛を掴み、三日月状で白目を向いたテチが露になる。
乳房に口を塞がれているため、鼻水を飛ばしながら、鼻で荒い息をムシュームシューと繰り返していた。
そして、くぐもった声で、デチュ〜 デチュ〜と口をすぼめて、吸引を繰り返している。
「カトリーヌちゃん!!」
テチとしては、純粋に母の愛を求めているに過ぎない。
しかし、それは中年女から見れば、明らかに間違った愛の求め方に映った。
テチは既に生まれて1ヶ月は経とうしている仔実装である。
授乳時期はとうに終わり、離乳食どころか、成体実装石が食する同じ固形物を取るべき
年齢に既に達している。
飼い実装とは言え、自然の摂理に従って育つべきな事は自明の理である。
中年女がテチを掴んで、乳房から無理やりテチを奪い取る。
チャア!? テチャァァァッッ!! デヂヂィー!!
口と鼻から白濁した乳を撒き散らしながら、掴んだ中年女の顔を見て、鬼の形相で
威嚇を繰り返すテチ。
デェェ!? デェェェスッ!! デシャァァァァ!!!
乳を与えていたポリアンナも中年女に向い、鬼の形相で威嚇を繰り返す。
「わ… わかったざます…」
2匹の形相に恐れを成したのか、中年女はテチをポリアンナの元に戻す。
中年女の手にビンタを食らわすように、ポリアンナは手の中のテチを奪い返した。
デププ… デプププ
取り返したテチをうっとりと見つめるポリアンナ。
チプ… チプププ
負けじとポリアンナをうっとりと見つめるテチ。
中年女が泣きながら部屋を出た後、テチはゆうに10分近く吸引を続けた。
授乳を終えたテチは、腹を満たし満足そうにポリアンナの腹の上で伸びをする。
ケプッ…
仰向けで寝転ぶポリアンナの腹の上にチョコンと座りながらゲップをするテチ。
腹が満ちたのか、トロンとした目を擦りながら、もぞもぞとポリアンナの股間に向った。
テチの昼寝の時間だった。
テチは、ポリアンナの下着の間に手を入れて空間を作り、そこに頭を突っ込んだ。
そして、その先の繁みの中に身を忍ばせる。
先程の授乳の興奮で、べっとりと愛液で濡れたその空間は、濃い密林の匂いがする。
テチは鼻を大きく広げて、その濃厚な匂いを確かめながら眠りにつくのだ。
既に仔実装の大きさを超えたテチは、無論ポリアンナの下着の中に納まる大きさではない。
上半身だけポリアンナの下着の中に身を偲ばせ、緑に染まった不恰好な紙オムツを露にし、
テチは身をかがめ、手足を折りたたみ、胎児の姿で眠りにつく。
テスー… テスー…
テチの寝息を聞きながら、ポリアンナは仰向けのまま、うっとりと頬を上気させる。
そして、足をM字開脚のまま、下着の上から割れ目をなぞるように、優しくテチを撫でた。
あんな売女の豚雌には負けられない。
見ろ。私の仔は、こんなに私に懐いてくれている!
そして、ポリアンナは唄った。幸せの唄を。
ボエ〜♪ ボエ〜♪ デッデロゲ〜ゥ♪ デッデロゲ〜ゥ♪
デプッ!! デッデロゲ〜ゥ♪ デッデロゲ〜ゥ♪ デピャピャピャッ!!
テスー テスー チプ… チプププッ!!
周囲から幾ら奇異な目で見られても、当事者たちが感じる幸せがそこにある。
これが彼女らの『幸せの形』であった。
◇
その週末。
男は仕事で家を空けざるを得なかった。
その週末は、中年女が再びテチを家に連れて来る予定になっていたのだが、
急遽仕事が入ってしまい、残念ながらこの日は、テチに会えることができなかった。
その事を仕事先から、中年女に電話で伝えると、中年女は残念そうな声で、
相談したいことがあるので、また電話をすると言って、電話を切った。
やけに声のトーンが低かった事もあり、何の件かと訝しがりながらも、仕事が片付いたのが、
その日の夜10時を超えていた。
今は、その帰宅途中である。
男は車を運転し、暗がりの道路を飛ばしながら、家路についてた。
ヘッドライトが照らす単調なアスファルトの車線を見ながら、男はテチと会えなかった事を
悔やんでいた。
明日は代休を貰えるから、もしかすれば公園に行けば、テチに会えるかもしれない。
そんなことを考えながら、アクセルを快調に踏み続けると、ある物が男の視界に入った。
「え…?」
それは一瞬だった。
アスファルトを照らすヘッドライトが、一瞬、道路を横切る何かを照らし出したのだ。
それは直に道路脇の繁みに隠れてしまい、車はあっと言う間に、その場所を通り過ぎてしまった。
車中に流れるPOP曲と車のエンジン音が、しばし男の思考を停止させていたが、直に我に返り、
車をUターンさせて、先程の現場に戻った。
車を止めて、周りを見回す。
そこは繁華街から離れた、見晴らしのいい道路である。
数軒の民家以外は、田圃や畑が続く地域である。
しかし、如何せん夜。しかも街燈も何もないこの周りで、先程の何かを探す術は何もなかった。
「まさかな…」
男は頭を掻いて、先程の「何か」が見間違いであると自分に言い聞かせた。
会えない、会えないと思うと、逆にそういった幻想を見てしまう事がよくあるという。
仕事で疲れていたのも影響しているかもしれない。
男は気を取り直し車に戻り、そして来た道を引き返し家路についた。
その去る間際のバックミラーが捉えた姿に、男は気がつかなかった。
車が立ち去る。
その車が立ち去ると同時に、繁みから飛び出した姿があった。
街燈もない暗い道路を渡ろうとする、ピンクの実装服を着込んだ実装石親子の姿があった。
(続く)