冬の実装石


ある冬の日。
男はダンボールの中に捨てられた実装親子に出会った。
ダンボールは男の家の前に捨てられていた。
男が覗き込むと、それに気付いてか親らしき成体実装石が
シャァァァァと男に向って威嚇をした。
仔実装は4匹。
冷たいダンボールの上で固まって眠っていた。
それを庇うように、必死に兎唇から湯気と涎を垂らして威嚇する。
見れば親の顔は、寒さのための皸(あかぎれ)が酷く
威嚇しながらも、寒さのためガチガチと震えていた。
服はどろどろ。目は「めやに」。
お世辞にも、飼い実装が捨てられたという状況ではなかった。
仔実装たちも、寒さのため姉妹で集まり、ガチガチと震えて寝ている。
男は、冷たい目で威嚇を続ける親を見て、会社に向った。
威嚇の声は、男が見えなくなるまで続いていた。
男の仕事はピークを迎えていた。
季節は年の瀬。年を越すために、無理に仕事を片付けるのが
この職場の恒例行事に近かった。
男は、特にこの仕事を気に入っていたわけではないが、
この繁忙感は嫌いではなかった。
12時。
ぎりぎりの終電に駆け込み、仕事を終えた男。
世間では納会とかと言って、ささやかな宴などを開くものだが
男は寂しく、このまま年の瀬を迎えようとしている。
明日からは長期の冬季休暇である。
男はささやかながらの自らの宴をするべく
コンビニで、鍋の材料とアルコールを買っては、家路へ戻った。
家の前のダンボールを見て、男は思い出した。
今朝の出来事。
家の前に差し掛かるまで、綺麗に忘れていた事だ。
あの威嚇を続けていた親子はどうなったのだろうか。
空からは、ちらりちらりと雪も舞っている。
あの緑の布一枚で、この寒空では凍死も免れないだろう。
男は、カレンダーを思い出しては、明日も保健所はやっているかを考える。
ダンボールの中を覗きこんでみた。
 テチィ…(ガチガチガチガチ)
暗闇の中、赤と緑に光る8つの目が、覗き込んだ男に向って向けられている。
小刻みに上下に光る目の口元からは、絶えず白い息が出ては消えている。
男は、しばし考えたあげく、無視を決め込んで家に戻った。
土鍋を出す。
あらかじめ買っておいた白菜やらをぶつ切りにして、コンビニで購入した
鍋の汁で煮る。肉は地鶏のいいところを、数日前から、味醂につけて仕込んでいる。
材料をぶち込んで煮るだけであるシンプルな料理方法は、独身の男には便利である。
コタツの中に足を崩して、鍋を突付きながら、ビールを口にした。
テレビをつけては、年の瀬のつまらないテレビ番組などを見た。
 …チィ
その鳴き声に気がついたのは、大方の鍋を片付けた頃だった。
アルコールも頭に回り、うつうつと、このコタツの中で眠りに落ちようとした頃だ。
男はその鳴き声を無視しようとしたが、尿意に我慢できず部屋を出た。
排尿を終え、ふと玄関先から聞こえる先程の鳴き声に気がついた。
男は玄関先に立っては、引き戸の鍵を開けて、外を覗こうとした。
鍵に手をかけると、引き戸がきしむ。
そのきしんだ音に反応してか、外にいるその生き物が激しく鳴いた。
 テチャァァァァ!!
 テチィィイィ!!
 テェェェェン!!
 テチァ!! テチァァァ!!!
男は思わず戸を開けるのを戸惑った。
引き戸のガラス向こうには、時節車のライトから映る生き物のシルエットを
映していたからだ。
向こうも男の姿に気がついたのか、引き戸にすがるように両手をガラス戸に
ぺしんぺしんと打ち立てる。
かじかむ手はおそらく痛みも感じていないのだろう。
力限り打ち付ける音は、さらに激しくなった。
男は、これは堪らぬと引き戸を開けた。
 テチァ!!
前につんのめる生き物。
それは、先程ダンボールで凍えていた実装石の子供だった。
男は無言で、玄関先で震える仔実装たちを見つめた。
合計4匹。
玄関の暗い白色灯で、その姿は辛うじて見てとれた。
皸(あかぎれ)で、ずたずたの顔。
薄っぺらい緑の布地のスカートを、寒風の中ひらひらとさせ
両足を器用にこすり合わせては、ガチガチと歯の音をさせている。
鼻から出る青ハナが固まり、口をほぼ塞いでいる個体もいた。
一様に震えあがり、涙を湛えた両目で、震える手を口元に沿え
 テ…ティィ…♪
と、媚びている。
男は空を見上げた。
明日は天気予報は、寒冷前線がやってくるとあった。
それは気まぐれだった。
アルコールが入っていたせいかもしれない。
明日から長期休みに入る開放感もあったのかもしれない。
男は無言でその仔実装たちの頭巾を掴むと、1匹ずつ玄関の中に入れた。
そして、扉を閉めて、鍵をかけた。
男は仔実装たちに話しかけるもなく、そのまま廊下を渡り居間へと向った。
驚いたのは仔実装たちであった。
風のない、屋根のある空間。
ここが家という物と理解はできていなかった。
ただ風がないという事だけでもありがたかった。
姉妹同士で寄り添っても、空から無情に降り注ぐ冷たい粒や風が
その体温を直に奪ってしまう。
ここでは、星の代わりに見えるのは、大きな白い白色灯だった。
仔実装たちは、夜なのに明るく光るそれを見て、テチィ?と首を傾げていた。
男はそんな仔実装たちを無視して、再びコタツに入った。
コタツの上の蜜柑を剥いては、口に入れる。
座布団を枕にして横になり、リモコン片手にチャンネルを変える。
時節、居間から聞こえている音に、仔実装たちは耳を傾ける。
居間から漂ういい匂い。甘い匂い。暖かい暖気。
仔実装たちは、輝く居間の灯りを、うっとりと見つめていた。
気がつけば、どろどろの靴のまま、玄関を必死に登り、居間の扉の前まで
やって来てしまっていた。
居間の扉が少し開いていた。
そこから、部屋の中を覗く仔実装たち。
居間では、先程の男がコタツの中に足を入れてテレビを見ている。
コタツの上には、鍋の残りや、甘い匂いのする蜜柑の食べ差し。
何よりも、肌を刺すような寒さが、この空間にはなかった。
外気と同じ温度に冷え切った仔実装にとっては、この部屋の暖気が
母の腕のぬくもりのように感じられ、無意識にテチィー!テチィー!と叫びながら
この部屋に入り込んでしまっていた。
驚いたのは男の方だった。
がばっと寝返りをうつようにして、居間の扉を見た。
先程玄関に招き入れた仔実装たちが、どろどろの服装で
居間に上がりこんでいたからだ。
男は怒らなかった。
気まぐれとは言え、玄関に招き入れたのは男である。
これぐらいの事は、十分に予想出来たはずである。
アルコールが入った頭を掻きながら、男はゆっくりと起き上がった。
 テテァ!!
男と目が合った仔実装たちが、侵入したその足を止めた。
公園で見た光景を思い出す。
人間に捉えられ、服を奪われ、髪を引張られる同属の姿。
その時、仔実装たちは、鮮明に人間の恐ろしさを知った。
 チャァァァァァ!!!
居間の中を文字通り四散する仔実装たち。
しかし、それは仔実装の足。
4匹は、あっと言う間に男につかまれ、冷たい外気の居間の外へと連れ出された。
男の手の中で、必死に抵抗する4匹。
片手に2匹ずつ。必死に暴れるがそれは虚しい抵抗だった。
男は仔実装を洗面所へと連れて来た。
男は仔実装を洗面所の洗面台の中に放り込んだ。
 テァ!!
 テチァァァァァ!!
 テチッテッチィィィ!
 テッチー!テチテチー!
仔実装たちは、洗面台の中で暴れていた。
しかし半球となっているこの空間では、ここを脱出しようとしても
すぐに後ろに倒れてしまう。
走っても、半球の中をぐるぐると回るまわるだけで、すぐに目が回って
しまうだけだった。
男は、洗面台に備え付けられているシャワーをとって、
それを仔実装たちに向けて放った。
 デヂュアアアアアア!!!!
 ヂャアアアアアア!!
それは最初、冷水だった。
その冷水をかけられた仔実装は、絶叫した。
口を最大限に開き、両目を見開き、肺の中の空気がなくなるまで叫んだ。
シャワーの温度は、徐々に上がっていった。
男は、うまくシャワーの温度を調節して、適温にして、仔実装にかけ続けた。
 テェ!?
最初、冷水だったそれは、徐々に暖かくなってくる事に気づき、不思議な鳴き声を出す仔実装たち。
 テチー?
 テチャアアア!?
 テチィ♪
 テチュテチュ
暖かいそれは、夏の日の噴水のようだった。
冬の外気に染まった彼女らの体温は、暖かさを取り戻した。
服を着たまま、上から降り注ぐシャワーに向って、上を向く仔実装。
目をあけると、シャワーが目の入り、思わず目を瞑る。
痛みを発する皸(あかぎれ)も、シャワーの温水に潤い、痛みがひく。
口をあけたままにすると、口の中に潤いある温水が、彼女らの冷え切った
胃の中までも暖めた。
 テチュ〜ン♪
シャワーは、仔実装たちの目やにや固まった鼻水も綺麗に流し取ってくれた。
すっかりシャワーにメロメロになった仔実装の中には、そのまま寝てしまう物もあった。
男はシャワーをそのままに、居間に戻っては煙草を取りに行った。
煙草に火をつけ、次に仔実装たちの頭巾、服、靴、下着を脱がし始めた。
 テェ!?
 テチァ!!
男の手が仔実装たちの服を脱がす。
仔実装たちは、それを防ごうと必死に、叫びながら、剥がれていく服を手にかけ抗った。
 テチァ!! デチチー!! 
1匹目の仔実装の頭巾をとる。
 デチャアアア!!! テェェン!テェエエン!
両手で目をあてて、泣き喚く仔実装。
その姿を見て、凍え震える残りの姉妹たち。
男の手は続いて、服を脱がしにかかる。
 テチァ!! デヂュアアアアアア!!!!
男は服を剥ぐようにして強引に仔実装の手から奪い去り、続いて緑色の下着も剥ぎ取った。
 テェェン!テェエエン!
男は4匹の服と下着を剥ぎ取った。
 テッスン…テッスン…
 テェエエエエエン!
 テェェン!テェエエン!
シャワーの中で、嘆く仔実装たち。
男は、仔実装たちの服を洗濯機に入れると、洗剤を2杯入れて、洗濯機を回す。
男は煙草の灰を捨てるために、居間に一旦戻ると、次は風呂場のシャンプーを取り出した。
泣き喚く仔実装の頭に、べったりとシャンプーを落とした。
冷たい液体がいきなり頭に降り注がれ、狂気するように泣き喚く仔実装。
 ヂュアア!
 デヂュアアアアアア!!!!
男は乱暴だが、仔実装の髪の毛を丁寧に洗った。
仔実装たちは、髪の毛を守るために、必死に泣き喚いて抵抗した。
しかし、力の前には抗いようもなく、仔実装たちの髪は、次第に綺麗になった。
男はその泡で、仔実装の体も洗い、シャワーで泡を洗い流した。
仔実装たちは、最初は抵抗していたが、泡が体を洗う感覚を気に入ったようで
最後には、男のなすがままに、口を半開きにして、目をうっとりとさせていた。
シャワーを止めて、男はバスタオルで仔実装たちを包み、居間に戻った。
男は暖かい暖気溢れる居間で、鍋の残りをつついては、新聞紙の上に置いて
仔実装たちに与えた。
仔実装たちは、よほどお腹を空かせていたのか、食いつくように鍋の残りを喰らった。
男は興味なさそうに、その様を見ては、再びコタツに入り、テレビの続きを見た。
男は、そのまま大きな欠伸をしたかと思うと、そのまま寝入ってしまった。
男が目覚めたのは玄関の大きな音だった。
 スッー!! デスッー!!
ガラス戸を叩く音と鳴き声が聞こえた。
男が何事かと、起きようとすると、コタツの中で何かを踏んだ。
 テチー…
コタツをあけて覗くと、眠気声で鳴く裸の仔実装たちが、コタツの中で
丸くなって寝ていた。
 スッー!! デスッー!!
声がますます大きくなる。
仔実装たちも、何事かと目が覚めて、コタツの中から顔を出す。
暖房が切れた部屋の中、ぶるぶると肌を震わせている。
男は、昨夜洗った洗濯乾燥機の中から、4匹分の服の下着を取り出しては
仔実装たちに与えた。
洗い終わった透き通るような緑の服を見て、仔実装たちは頬を赤らめた。
男は仔実装たちをそのままに、ガシガシと音がする玄関の方へ向った。
玄関をあけると、両目から血涙を流して、ガチガチと歯を鳴らしながら
白い息を繰り返す物体が、デスーデスデスー!!と叫んでいた。
どうやら、昨日威嚇を続けていた親実装らしい。
手にはコンビニの袋が引きずられていた。
この親実装は一晩かけて、仔実装たちのために餌を取り続けていた。
コンビニ袋には、卵の殻や生ごみなどが満載されていた。
男の後ろから、服を着た仔実装たちが玄関からやってきた。
 テェ!? テチィ♪
 テチュテチュ!!
母親で出会った喜びなのだろう。
仔実装たちは、玄関から飛び出し、母親の胸に飛び込んだ。
母実装と仔実装は、男の家の玄関で、しばし固まるように抱き合った。
男はその姿を、無関心な表情で見つめては、頭を掻いて玄関を閉めた。
男は、今日から仕事はしばらくなかった。
部屋に戻って、布団で本格的に眠るつもりだった。
その通り、男は部屋に戻って、昼過ぎまで再び眠った。
 スッー!! デスッー!!
ガンガンと叩く玄関の音で目が覚めた。
男は何事かと、階段を下りては玄関に向った。
玄関を開けると、先程の実装石親子が座っていた。
 テチー!
 テチュ〜ン!
昨日家に泊めた仔実装たちは、テチテチと開いた玄関から男の家に入ろうとしていた。
その仔実装たちを止めようともせず、親実装はデスゥ♪と男に媚びた。
目やにのついた両目。
青鼻が固まった鼻。
歯並びの悪い口から覗く汚い生ごみ臭がする口。
顔のいたるところに、寒さによる皸(あかぎれ)からは、緑と赤の膿と血が流れている。
 デスゥ♪ デス〜ン♪
口元に皸だらけの手を添えて、デスデスと媚びる親実装石。
男の足元では、4匹の仔実装が男の足を掴んでは、テチテチと体を摺り寄せていた。
何が起こったんだろうか。
男はまったく今の状況が理解できなかった。
男は靴を履いて外に出た。
仔実装たちも男についてくる。
親実装は、相変わらず醜いしなを作っては、男に媚びている。
家の前のダンボールを見る。
それを手にとり、数軒先まで歩いた。
仔実装も親実装もデス〜♪テチー♪とついてくる。
男は、頃よい角にダンボールを置いては、仔実装抱き上げて、
ダンボールの中に入れてやる。
抱かれた事にテチテチー♪と喜ぶ仔実装たち。
最後に親実装を両手で抱いてやる。
 デ… デスゥ…
この親実装にとって、人間に抱かれるということは初めての体験だった。
人間とは忌み嫌うもの。
そう彼女の母親からも教わってきたのだ。
脇の下に添えた手から感じる人間の体温。
その体温は、火のように暖かいものに親実装には感じられた。
 デッスン… デッスン…
母親実装は泣いていた。
時節、人間の手が、胸の乳房にも触れる。
その度、乳房は火のように尖り、敏感になった。
 デェ… デェェェェ…
荒くなる呼吸を押さえ、親実装は人間の顔を潤む瞳で見つめた。
そして、母親実装もダンボールの中に入れられた。
男は、頭を掻きながら、来た道を戻った。
 デス?
 テチィ? テチュ? テェ? チー!
男が去る姿を実装親子は、呆けた顔で見つめ続けていた。
男が見えなくなったとき、初めて置かれた状況を理解した。
 デシャァァァァァァ!!!
 テチッテッチィィィ!
 デチチー!チィー!
 テッチー!テチテチー!
 チー?
(続く)