『冬の実装石』2
男はその日、朝から機嫌が悪かった。
部屋の奥では、ガラス屋の主人がいそいそとガラスを交換している。
男が仁王立ちにしている玄関の石畳の上では、1匹の薄汚い成体実装石が正座をしていた。
仕事納めの最後の日、男の家の前に捨てられていたダンボールの中に居た実装石だった。
男は折角の休日の1日を台無しにした実装石に冷酷な視線を向けている。
ガラス屋の主人が男に明細書を渡して、料金の精算を求めた。
男は財布から1万円札を出してガラス屋の主人に渡した。
ガラス屋の主人は、玄関を通って帰ろうとする。
 デスッ!! デスデスッ!!
親実装は、ガラス屋の主人の足に縋り、必死に助けを求めるような声を出した。
その姿を見ては、なんとも言えない表情を浮かべて、男に助けを求めるガラス屋の主人。
男はなんとも言えない表情を浮かべて、薄ら笑いをするしかない。
そんな雰囲気も察せず、母親実装は、デスデスとなんとも言えない表情を続けては
助けを請うていた。
事の経緯はこうだ。
あの後。ダンボールに置き去りにされた実装親子は、再び男の家に詰め寄り
大声で叫び、男を呼んだ。
しかし、一向に玄関が開かれることはなかった。
実装石は裏庭に回って、入れそうな場所を必死に探して回った。
あった。ここなら入れるに違いない。
庭にある手ごろな石を持ち上げては、親実装はガラス戸を打ち破った。
音に気がつき、客間に下りた男に向って、親実装は男に会えた喜びで
頬を赤らめ、裏声を使っては男に向って媚びた。
蝿叩きを持った男の前で、両頬を腫らした親実装は、デッスンデッスンと泣きながら
冷たい石畳の玄関の上で、正座で座っていた。
こんなはずではなかったと悔いる親実装。
侵入したときに捕らえられたは親実装だけだった。
仔実装たちは、庭に四散して逃げ出していた。
男は、不思議な趣で実装石を見つめていた。
男は何故、この実装石がこの家に固執するのかわからなかった。
少しの間、子供を預かっていただけだ。
別に男はこの実装石をどうこうする気はなかった。
男は玄関をあけて、実装石の頭巾を掴むと、実装石を放り出した。
 デッ! デギャァァ!!
少し恐い目に合わせれば、きっと逃げるに違いない。
男はそう思って、蝿叩きを使って蹲る実装石の背中を打ち据えた。
 デッ!
 デギャッ!
 デギャァァース!!
2度、3度。加減を加えて打ち据えてやると、その叫び声に呼応してか
男の庭から仔実装たちが、わらわらと集まり始めた。
皆一様に、両目から涙を流して、両手をバタつかせながら、
テチチー!! と叫びながら親の周りをぐるぐると回っている。
 テェェン!テェエエン!
 テェエエエエエン!
 テッスン…テッスン…
 テェェ……
男はその目で見つめられては、叩く興もそがれてしまった。
小指で耳垢をほじっては、覚めた目でデェェェェ…と蹲り唸る親実装を見て
玄関に向って、家に入ってしまった。
3日経過した。
世間一般では、里帰りのシーズンとなった。
天涯孤独の男には、親も居なければ、兄弟もいなかった。
いつものように、この家で年を越し、新しい年を迎えていた。
男は家の掃除をするために、買出しに出かけた。
玄関を開けると、庭からデスデスー!!という声がした。
男は興味のない目で、その実装石を見た。
 デスゥ♪ デスゥー! デスデスゥー!
この実装石親子は、何時の間に男の家の庭に住み込んでいた。
数軒先に捨てられていたダンボールは、いつの間にか撤去されていた。
何が嬉しいのか、青い鼻提灯を膨らませ、不気味な踊りをしては、男の気を必死に引いていた。
時節、上げる足から緑色に染まった下着が見えては、固まった糞が落ちている。
そんなことは気にせず、親実装はデスデス♪と媚に余念がない。
遅れて仔実装たちが集まり、その周りでテチテチ♪と同じように踊っている。
男は仔実装たちの下着を見て、すでに真緑に染まっているのを見て残念に思った。
4日前に洗濯をして綺麗にしてあげたのだが、あっという間に汚くなっている。
見れば、一時綺麗になった仔実装の顔の皸(あかぎれ)も、赤く血が膿んでいた。
男は白い息を吐きながら、どんよりとした空模様を見た。
男は気まぐれに踊る親実装の頭に手を置いてみた。
 デ! デスゥ?
親実装は頬を赤らめて、手を口に添え、男の顔を見た。
暖かい男の手の体温を頭に感じながら、親実装はうっとりと目を瞑った。
男は親実装の頭の上に置いた手を離して、手のひらをしばし見ては
手のひらを自らの服で拭いた。そして頭を掻いては、家を出て買い物に出た。
親実装は、男が居なくなっても、目を瞑ったままその幸せに浸っていた。
1時間もしないうちに男が戻って来た。
手にはホームセンターで購入した箒や塵取、洗剤やタワシだった。
男は、この家の年末掃除をするつもりだった。
この家は、死んだ両親が男に与えた唯一の財産だった。
少し痛んだ木造の家だが、独身の男が暮らすには何の問題はなかった。
男は1年間溜まった汚れを落とすために、掃除を始めた。
庭に出て、竹箒を取る。
枯葉などを掃いては、一箇所に集めた。
親実装や仔実装は、男が庭に出ることが珍しいため、男の周りを踊るように回ったりした。
時節、竹箒が当たり、仔実装が枯葉と一緒に掃かれてしまった。
 テチァ!! テェエエエエエン!
竹箒の尖った竹が、仔実装の体を傷つけて、赤い血を滲ましていた。
 テェェン!テェエエン!
男は別に罪悪感もなく、冷たい目で仔実装を見つめていた。
親実装がその仔実装にかけより、頭を撫でたりしてあやしていた。
男はポケットから煙草を取り出し、煙を吹かしたりして、その姿を見ていた。
 デス! デスデスデスーッ!!
怒りのためか、親実装が男に向って凄むように鳴き始めた。
男は無言で、片手を親実装の頭の上に置いてやると、親実装はピタリと鳴き止み
ぽわわんと、皸の顔が一層赤くなった。
男は再び黙々と掃除を再開した。
1匹の仔実装は庭の端で、テスンテスンと泣いて体操座りをして眺めていた。
親実装と残りの3匹は、再び、男の周りを回ったりして、変な踊りを再開した。
1匹の仔実装が、男が竹箒を掃く仕草をまねした。
すると残りの親実装と仔実装も、そのまねをした。
男が掃除する周りで、実装親子はデスデス♪とはしゃぎながら、男との時間を楽しんだ。
枯葉が集まると、男はそこにライターを近づけた。
 デ?
 テチィ?
不思議な匂いを発する枯葉を、親実装は、デスゥ?という不思議な顔で見つめていた。
煙が出始め、チロチロと赤い火が出始めた焚き火を見て、デスゥゥ!!と驚きの声を上げていた。
男は手ごろな枝を持って、焚き火の枯葉をかき回した。
親実装も、その姿を真似て、手ごろな枝を持って、焚き火をかき回した。
暖かい焚き火に親実装は驚きを隠せず、デスゥ?デスゥ?と焚き火と男の顔を
交互に見ては、不思議な鳴き声を繰り返してた。
先程、竹箒で掃かれた仔実装も加わって、暖かい焚き火の周りでは仔実装たちも
くるくると回って踊っていた。
男はしばらくすると、火はそのままに一旦家の中に戻った。
男が居なくなった庭で、実装親子は両手を焚き火にかざすように暖を取っていた。
チロチロと光る火を見つめて、頬を赤らめてうっとりとする親実装。
余りの暖かさに、うっとりした親実装は、焚き火にもっと近づいた。
 デスゥ?
緑のスカートの一部に火が燃え移った。
そのチロチロと光る火が、湿った緑の服に燃え移る。
 デスゥ? デスゥデスゥ!
最初は暖かい火が移って喜んでいた親実装だが、次第に肌を焼く火が、親実装に痛みを与えた。
 デデッ! デスデスゥ!! デギャァ!! デギャァース!!
もんどりうつ親実装。
火は次第に大きくなり、親実装を焼いていく。
親実装は堪らず、子供たちに助けを求めるべく、子供達に向って走った。
 テチァ!!
 テチァァァァァ!!
 デチャアアア!!!
火達磨の母から逃れるべく、必死に泣き叫び、庭を逃げる仔実装たち。
その親実装を救ったのは、バケツの水だった。
男が騒がしい庭に気付き、近くにあった水を親実装にぶちかけた。
親実装の服や髪は無残に焼かれたが、一命はとりとめた。
 デェェェェ… デェェェェ…
冷たい水が滴る体を震わせながら、親実装はガチガチと身を震わせていた。
男は残りの水をほぼ終わった焚き火にかけて、火の始末をした。
両目から涙を流して、縮れた前髪を両手で掴みながらデェェェェ!!と叫ぶ親実装を
そのままに、男は家に戻った。
残された親実装と仔実装は、寒空の中、凍えるようにして鳴いていた。

雪が降った。
この地域では珍しいことではない。
積もることも例年であれば、よくあることだ。
朝、玄関を開けると足元に30センチ近く新雪が積もっていた。
男は、つっかけをつま先立ちにして、新聞受けの新聞を取って、
急いでまた家に戻る。
 デスー…
庭から声が聞こえた。
男は庭先を見ると、庭の針葉樹の繁みの中で、頭に雪を載せて
ガタガタと震えている親実装石の姿があった。
子供を4匹必死に抱いて、ガタガタと震えながら、男を羨ましそうに見つめている。
親実装の体を纏う服の半分は焼かれ、所々赤黒い火傷の肌が膿んでいた。
濡れた彼女の服は、バリバリに凍っていた。
その衣装を身に纏い、青白い唇から黄色い歯をむき出しにして、にかぁと媚びている。
夜中の間、何度もそこと玄関を往復したのだろうか、仔実装と親実装の足跡による
道が、繁みと玄関の間に出来上がっていた。
男はしばし考えたが、新聞のテレビ欄にすぐ目を移してしまい、扉の中に入った。
昼過ぎまでには、家の中の掃除もほぼ終えた。
テレビをつけると、今夜、例年にない寒冷前線が訪れるニュースが耳に入った。
相当、吹雪くということだった。
男は、庭を望む縁先に出た。
ガラス張りの向こうで、男の姿を見た親実装が、デスデス〜♪と、
雪の中を器用にこちらに向ってきた。
30cmの新雪は柔らかく、歩くたびに足を取られて顔からもんどり倒れる親実装。
仔実装は、雪の深さのためか、まったく進むことができない。
仔実装たちは、雪を短い両手で掻き分けようとするのだが、あっと言う間に
手がかじかみ赤くなる。
男は、庭の実装石を冷たい目で見ながら、雨戸を出してそれを閉める。
すべての雨戸が閉められたときに、ようやく親実装は、縁側に辿り着いた。
 デ?
見上げても、透明なガラス戸はなく、木製の扉が閉められているだけだった。
 デスゥ?
親実装は、首をかしげて、軽く鳴いて見る。
一向に変化のない縁側の扉に、もどかしく何度も叫ぶように鳴いた。
夜。
昼間閉めた雨戸はガタガタと震えていた。
雪の上に風も出てきた。天気予報どおりに、この地域は一晩吹雪いていた。
男は溜め込んだ食料と灯油で、このまま家に篭って年を越すつもりだった。
簡単な出来合いの御節料理と、餅なども買い込んだ。
好きな地酒も2升ほど買っているので、大晦日から三が日にかけても、酒が尽きることはない。
煩わしい年賀の挨拶や年賀状とも無縁なこの男は、ひたすら怠惰に寝正月を決め込むつもりだった。
男が小用を足しに便所に向った帰り、庭から微かに何かが鳴く声が聞こえた。
しかし、無視して居間に戻り、溜め込んだ文庫本などに目を通して、横になった。
庭では、実装石親子が庭の針葉樹の繁みの中で、必死に抱き合っていた。
実装石親子の周りは既に雪で覆われており、仔実装たちの姿は完全に雪の中に消えていた。
必死に親が仔実装を抱きしめて、雪から守ってあげていたが、その隙間から入る雪が
仔実装たちの体温を無慈悲にも奪っていく。
ガチガチと手の中で歯を鳴らし、涙を流しながら、パクパクと口を開け閉めしている。
もう声すらも出ない仔実装たち。
その仔実装を必死に抱く親実装の頭巾が、辛うじて埋もれた雪の中から見えるだけだった。
親実装は、はぁ〜はぁ〜と必死に、臭い息を胸元で震える仔実装たちに送っては
暖気を取らせようと必死だった。
親実装の頭巾には、たっぷりと白い雪が載っていた。
目の瞼や髪にも白い物が一杯付着していた。
鼻を啜っても、シャーベット状になった鼻は口元で凍ってしまっていた。
服や頭巾は凍りつき、赤黒い皸のあとも、化粧を施したように、覆われた雪で白くなっていた。
時節、ブルブルっと震える。
雪の中、動くこともできず排便や排尿もそのままでするしかなかった。
冷えるため、排尿の感覚も短くなる。
排尿を繰り返すたびに、親実装から体温は奪われていった。
腕の中の仔実装たちも、テチィィ…と無情に体温を奪われる排尿を繰り返す。
その尿はべっとりと親実装の焼き残った服に付着し、濡れたそれらは、たちまち凍った。
時折、家の中で物音がするたびに、親実装は首だけを家の方向へむけ、デスゥゥ〜と力弱く鳴いた。
しかし、家からの反応は、何もなかった。
親実装は腕の中で凍える仔たちを見つめ、デッスンデッスンと鳴き始めた。
暖かい涙に、仔実装たちはテチーテチー!と手を広げる。
その姿を見るたびに、また涙が止まらなくなる親実装。
そのとき、家の玄関の扉が開いた。
男は文庫本を読んでいる最中に煙草が切れていることに気がついた。
買いだめしたリストに煙草は含まれて居なかった。
近所のコンビニまでは数百メートルはある。
雪の中、億劫であるが、煙草なしで三が日を過ごすことを想像すると
その重い腰を上げざるを得なかった。
防寒着を着こんで、長靴を履き、玄関の扉を開けた。
あけた扉から、風と雪が舞い込んできた。
急いで外に出て、扉を閉めて、道路に出ようとした時、庭先から風の音に混ざって
微かにデスーという鳴き声が聞こえた。
男は庭の方に目をやると、暗闇の中、潤む赤と緑の光る瞳と目が合った。
男は無視して、コンビニへと向った。
コンビニでの買い物を終え、家に戻ろうとしたとき、玄関の前にガタガタと震える
物体があった。
親実装石であった。
この雪の中、仔実装は完全に体温を奪われ、何匹かは親実装の足元で手足を縮めて
蹲り震えていた。
何匹かは親実装の手の中にあり、必死に親の手を掴んでは震えていた。
親実装もガタガタと震える姿で、白い息を何度も吐きながら、手を口元に沿え
デズゥ♪ デズゥデズゥ♪と必死に媚びていた。
男は玄関前を占拠しているこの物体をどうするべきかと思案に暮れた。
男はコンビニ袋の中のカートン買いした煙草の一つの包みを破き、玄関の前を占拠
している実装親子と対峙している合間に、1本の煙草に火をつけた。
親実装は、必死に媚びた。
抱いている仔実装たちを雪の上に降ろし、完全に血の気を失った紫色に変色した手を
口元に沿え、ガタガタ震える足で1歩1歩、男に近づいては、デデ…デズゥ♪と首を傾げる。
首を傾げると、頭巾の上に乗っていた雪が、ぱらぱらと足元の雪に落ちた。
親実装は、その紫色の手で焼け焦げたスカートをめくって、緑色の凍りついた下着を
おろし始めた。
足元に下ろした下着を掴んでは、男に向って差し出した。
男は何が何だかわからないまま、その下着を受け取った。
そして、親実装はその場に腰を下ろし、両手で足元を開くと、醜い緑色の股を
男に向って全開した。
男はここぞとばかり、親実装の脇を抜け、玄関の鍵を開けて家の中に戻った。
 デズゥ… デズゥ〜ン… デ?
股間を紫の手で弄ろうとした矢先、目の前に男がいないことに気がついた親実装は
デッ!と間抜けな鳴き声をしたと同時に、後ろの玄関が閉まる音を聞いていた。
冬の冷たい風が、緑のスカートの下のむき出しの総排泄口に舞い込む。
 デ… デズゥ…
玄関の明かりが消え、男が居間に行く足音が小さくなっていく。
親実装の足元では、テチィ…と小刻みに震える仔実装たちが、絶望にひきつく親実装の顔を見つめていた。
(続く)