サクラの実装石
 

 

 『サクラの実装石』1
 
男とその仔実装と出会ったのは、男の家の庭だった。
その仔実装は、まだ蕾のサクラの樹の下に座っていた。
仔実装は親とはぐれた仔実装で、お腹を空かせて迷い込んだのが男の家の庭だった。
仔実装は、男と目が合うと「テチ…」と力弱く媚びた。
男は仔実装を家に入れ、餌を与えた。
コンビニで買った弁当の残り。
「喰うかな・・こいつ」
仔実装は、よっぽどお腹を空かせていたのか、弁当の残りをがっつくように食べる。
「テチテチテチ!!!」
「これも喰うか」
男はコンビニの袋から、プリンを取り出した。
「テチ?」
仔実装は、プリンの容器を見て首をかしげる。
「そうか。これじゃぁわからないよな」
男はプリンの蓋をあけて、スプーンで1口分すくっては、弁当の蓋の容器に載せる。
甘いプリンの匂いにつられて、仔実装は鼻をひくひくさせるようにして、プリンの方へ歩み寄る。
「テチーーーーッ!!!テチーー!テチーー!」
よっぽどプリンを気に入ったのか仔実装は、夢中にプリンにむしゃぶりついた。
「かわいいなぁ・・」
男は仔実装を見て、そう思う。
「これ、なんて生き物なんだろう」
そう。男は実装石という生き物に関して、何の知識もなかったのだ。
男は居間の戸棚に眠っていた百科事典を持ち出しては、
プリンに食いついている仔実装の姿を見て、該当の生き物を調べていく。
目に留まった頁の項目は「実装」シリーズ。
「実装・・燈じゃないな・・・・これだ。実装石」
百科事典には、赤い目と緑の目をした緑色の服を着た生き物が、ゴミを漁っている写真が掲載されている。
 実装石:実装目実装科。日本全国に広く分布し、公園などの自然がある所に好んで住む。
 知能が高く、ダンボールや道具などを使って生活をする。雑食性。
こんな生き物もいたのかと訝る男。
仔実装は腹が満ちたのか、その場で寝込んでしまっている。
「しかし・・・かわいいなぁ」
男は思い立つと同時に本屋へと向かっていた。
ペットのコーナーの書籍の中で、該当の本が見つかり、レジへと向かう。
その本のタイトルは「実装石の飼い方」

「実装石の飼い方」 (『実と装』編集部 編集)  ¥980
  第1章.実装石を飼う
  第2章.実装石の躾
  第3章.実装石の教育
  第4章.実装石の殖やし方
  第5章.実装石の種類
  第6章.虐待派と愛護派
  第7章.他の実装シリーズについて
  第8章.病気かと思ったら
男は、本を読みながら、実装石がどんな生き物かを学んだ。
 ・人間の言葉を解する賢い生き物。
 ・生命力が強く、繁殖力が旺盛であるが、外敵も多く成体になる個体は極めて少ない。
 ・野生で生きる実装石は、生きるためにあらゆる知恵を振り絞り
  人間社会と交わりを持つ事を選び、里に降りて来た歴史。
 ・ペットとして飼うためには、人間社会のルールを厳しく躾として教える必要がある。
 ・雑食性で好んで甘い物−特に金平糖−を好んで食する。
本を読み漁るに連れて、男は実装石の魅力に取り付かれていた。
「テチュ〜…テチュ〜…」
仔実装は、ティッシュペーパーの上蓋をカッターで切り取った即席のベットで寝息を立てて寝ている。
このかわいい寝相を見て、男は、この仔実装を育てようと心に決めていた。
第1章.実装石を飼う
 ▼実装石を飼うためには、仔実装から飼う事が基本です。
  実装石は、賢い生き物ですが、自我が強く、同属や他の種族を蔑む
  傾向があります。それは、飼い主に対しても同じです。
  元飼い実装や躾が行き届いた成体に関しては、飼うことも可能ですが
  俗に言う「糞蟲」である成体は、飼う事は非常に困難です。
  初心者の方は、ペットショップで「躾済み」の個体を購入することを
  お勧めします。躾済みの個体は、生活に欠かせない食事や排便などの
  ルールを既に学んでいることが多いため、躾もスムーズに行えます。
  仮に躾が施されていない仔実装を飼うことになった場合は、2章で
  紹介されている躾を施すことが必要です。
  多くの実装石は、「糞蟲」と呼ばれる種ですが、然るべき躾を施せば
  どんな実装石でも、簡単な手伝いまでするようになります。
「躾が大事・・・と言うことか」
テチィ♪テチィ♪と仔実装は、男のそばでペットボトルの蓋で遊んでいる。
躾が大事なことは男も理解していた。
既にこの仔実装は、排便を簡易ベットの中でしていた。
それも、彼女がつけていたパンツの中でである。
本の中には、野生の実装石は、下着をおろさないで排便をすると
下着が汚れてしまう事を親実装から教わる、と書いてある。
その行為をしないという事は、彼女はその躾を受けないまま
親実装とはぐれ、男の庭に迷い込んだということだろうか。
「おまえ、母さんはどうしたんだ」
「テチィ?」
「母さんだよ、お・か・あ・さ・ん」
「テチュ〜ン♪」
仔実装は遊んでくれていると勘違いし、テチューテチューと喜んで両手を挙げている。
「う〜ん・・・」
男は頁をめくる。
第2章.実装石の躾
 ▼実装石は賢い種です。
  人間の子供と違い、言語体系は生まれながらに理解をしています。
  これは厳しい自然環境で生き残るために備わった実装石の能力と言われています。
  躾を行うには、コミュニケーションを通して、何が良くて、何が駄目なのか
  諭しながら行うことが肝要です。
  躾を行うためには、まず以下の道具を用意しましょう。
  ○実装リンガル:コミュニケーションを取るためには必要な道具です。
          最近は、躾用リンガルなども販売れているようですが
          用途にあったリンガル選びは、よくペットショップの店員と
          相談を行ったうえでご購入ください。
  ○金平糖   :仔実装は、甘い物が大好きです。
          躾がうまくいった時、お手伝いなどが成功した時など
          惜しみなく与えてください。
  ○針、蝿叩き :躾には鞭も必要です。リンガルで諭すだけで理解する賢い種も
          いますが、大部分の種は、リンガルで諭しただけでは、ルールを
          学ぶ事はできません。そういった場合は、痛みを与えることが
          有効です。蛆、親指、仔実装には針、成体には蝿叩きなどの
          道具を使います。
          躾を繰り返して行く内に、実装石達は、飼い主が躾用の道具を
          取り出しただけで、先ほどの行為を「やってはいけない事」と
          理解するようになります。
男は、ペットショップで「実装リンガル」「実装用フード」「実装用金平糖」を購入した。
ペットショップの店員からは、仔実装のうちに人間の食べ物でなく
実装フードに慣らせておく事が大事と教えてくれた。
仔実装の頃から、人間が食する濃い味付けの食事を与えると、成体になると実装フード
などの餌を受け付けなくなるという。
男が帰ると、仔実装は「テチッテッチィィィ!」と鳴いている。
「そうだ、実装リンガル」
男は、買ってきた実装リンガルを封からあける。
男の周りでは、相変わらず仔実装が「テチチー!チィー!」と騒いでいる。
電池を入れて、男は実装リンガルをONにする。
少し興奮しながら、リンガルの液晶を覗き込んだ。
『ニンゲンッ! お腹が減ったテチ! この可愛いワタチに早く食事を用意するテチ!!』
「・・・・・・」
もっと可愛らしく食事を要求していると思っていた男は、少し肩を落とす。
しかし、仔実装が言う事だ。男は気を取り直して、ペットショップで購入した
実装フードを開けて、それを数粒皿に盛り、仔実装の前に置く。
仔実装は、鼻をクンクンさせながら、両手で実装フードを掴んだ。
『何デチか、コレは…』
口にして、子実装はそれを吐き出した。
『パスパスしてマズイテチュ! 昨日食べたあの柔らかいのを持ってくるテチ-!』
そういって、仔実装は、両手で実装フードを男の顔に投げつけて来る。
「ごめんな。今、プリンはないんだよ」
『プリンを持ってくるテチ! 持ってくるテチ!』
その場で仰向けになり、両手両足をバタつかせる仔実装。
男が途方に暮れていると、チラと顔色を伺った後、さらに「テッチー!テチテチー!」と騒ぎ立てる。
そのうち、洗ったばかりのパンツの上から排便をし始め、抗議を始めた。
「こういう時に躾をするのかなぁ」
男は、「実装石の飼い方」の頁をめくる。
第2章.実装石の躾
 ▼躾をしよう。
  躾をする時は、タイミングが大事です。
  タイミングを逸した場合、実装石は、何故痛い目に合うのか理解できません。
  タイミングを逸した躾を受けた実装石は、理不尽に受ける痛みに対して
  怒りを覚え、逆に飼い主を怨む傾向になります。
  躾をする場合は、次の手順を間違えないようにして下さい。
  @ルールを理解させる。
   体罰を与える前に、必ず実装リンガルで、実装石が行った行為に対して
   やってはいけない事を理解させてやって下さい。
   いきなり体罰を与えた場合は、冒頭で書いた通り、理不尽な体罰に対して
   飼い主にますます怒りを感じる事になります。
  A体罰を与える
   多くの実装石は、@で諭した内容を理解しません。
   そういうタイミングで、躾を行いましょう。
   実装石は、回復力が高い種であるため、腕をちぎるなど行為も可能ですが
   最初は、針で手足をつつく程度の躾で大丈夫です。
   躾けたにも関わらず、同じ過ちを繰り返すようであれば、痛みを強める事
   が必要ですが、賢い種であれば、数回の躾でルールを理解して行きます。
男は針の代わりに爪楊枝を取り出して、躾に取り掛かった。
「ご飯はコレ。昨日のアレは特別なんだ。コレを食べなさい」
『イヤデチー! プリンを持ってこいテチー!』
「言うことを聞きなさいっ!」
男は少し強めの口調でリンガル経由で話しかけ、子実装の右手を掴んで
そこに爪楊枝を突き立てる。
「テェ!? デチャア!」
初めて感じる痛み。昨日やさしかった人間が自分に痛みを与えることが理解できない仔実装。
「食べなさい」
仔実装は、その始めて体感する痛みに恐怖し、涎と涙を流し、歯をむき出しにして
カチカチカチカチと歯を鳴らしながら、糞を漏らしている。
男は、もう1度「食べなさい。でないと、もうご飯は抜きだよ」
と言って、今度は左手を掴み、同様に爪楊枝を突き立てた。
「テェェン!テェエエン!」
仔実装は、何故痛い事をされるのか理解できず、泣き叫ぶばかり。
実装リンガルのは、「痛いテチュー!痛いテチュー!」と繰り出されて表示されるのみ。
「食べるまでそこで反省していなさい」
そう言って、男は心を鬼にしながら、そこを立ち去った。
残された仔実装は、実装フードを血まみれの両手で抱えて
「テェエエエエエン!テェエエエエエン!」
と泣きじゃくっていた。
30分後、テチュンテチュンと泣きながらも、空腹に耐え切れず実装フードを
平らげた仔実装を見て、男は近寄る。
男の姿を確認するや否や、仔実装は先ほどの痛みを思い出し、恐怖でその場から逃げ始めた。
「デ デチチー!!」
簡易ベットの隅へ逃げ込み、ガチガチと震えながら尿を漏らしていた。
第2章.実装石の躾
 ▼躾をしよう。
  B褒める。
   躾の後、うまくルールを守った時は、惜しみなく褒めてあげましょう。
   ルールを守った事が正しいことを理解すれば、躾は完成です。
「よく頑張って食べたね。よくやったよ」
男は震える仔実装の頭を指でなでてあげる。
『テチ? 痛いことはしないテチか?』
何か知らないけど、やさしいニンゲンにもどったテチ。やったテチ。
早くあの甘いプリンを持ってくるテチ。
浅はかな仔実装は、その考えを口に出した途端、次に左足に痛みが走る。
「デヂュアアアアアア!!!!」
仔実装は、何となく人間が、何に対して怒っているのを理解した。
どうやら、プリンという食べ物を要求したのが、人間を怒らせている理由らしい。
痛いの嫌だ。ここでの生活は、人間を怒らせてはいけない。
「テチ!テチテチテチテチテチテチテチテチテチ…」
実装リンガルには「ごめんなさいテチ、ごめんなさいテチ」と繰り返されていた。
「おやつは1日1回。いいね」
「テェエエエエエン!テェエエエエエン!」
男は、泣き喚く仔実装を抱き上げて、パチンコ球を両手に渡してあげた。
「テ?」
「ほら、遊んでやるよ。ほら転がしてごらん」
「テチュテチュ」
男は愛娘を躾けるように、賢い実装石に育ってくれるように、愛を注いでいった。
男は、この仔実装に『サクラ』という名前を与えた。
サクラは、賢い個体ではなかった。いわゆる『糞蟲』の部類であった。
男は何度も躾けるが、サクラは何度もルールを破った。
「トイレは洗面所の砂場ですること。ここでしちゃ駄目だよ」
『イヤデチュ-! 早くパンツを綺麗にするテチュ! ニンゲン!』
縫い針を取り出しては、仔実装に見せ付ける。
縫い針を見た途端、仔実装は歯をガタガタ鳴らし始める。
「トイレは砂場で」
『ハ…ハイテチュ』
サクラはパンツを押えながら、糞が地面にこぼれないように洗面所に向かう。
これだけでも、うまく躾けられた方であるが、ペットとして暮らすにはまだまだである。
「ニンゲンじゃない。ご主人様だ」
『ご主人様・・それがニンゲンの名前テチュか』
駄目だ。理解していない。
ご主人様という概念を理解させるためには、どうすればいいのだろうか。
ある時期を過ぎると、縫い針ぐらいでは、躾がうまくいかなくなった。
サクラも縫い針は怖いが、数分もすれば痛みも取れる。その時我慢すればいい。
そう思う始めたのだ。
男もサクラがそう思っている事を感じ始めたので、再び「実装石の飼い方」を熟読した。
第2章.実装石の躾
 ▼躾の段階
  前項のAで説明したとおり、痛みを強めることが必要な段階があります。
  注意することは、この行為は、虐待とは異なります。
  実装石の生活に支障を来さない程度の痛みを選んで与えるようにして下さい。
  レベル1)針、爪楊枝
       躾の初期に使いましょう。手や足、臀部など、回復が早い場所を選んで
       挿します。効果がない場合は、目などを突くことも有効です。
  レベル2)デコピン、蝿叩き
       針に比べて、実装石に与えるインパクトが強いため、躾には有効です。
       仔実装に実施するときは、力を弱めて実施するようにしてください。
       成体に関しては、蝿叩きで頬や臀部などを叩くことが有効です。
       レベル1)の針よりも、長く痛みが続くため、躾としては有効な手段です。
  レベル3)お灸、
       火を使うことは、躾には厳禁です。実装石は、火に対する回復力が弱く
       傷口などを焼かれると、その部分の細胞は死滅するため、回復ができなく
       なります。そのため、火を使った躾は長くタブーとされていました。
       しかし、火を極力使わないお灸などは、長く熱さが続くため、レベル1
       〜2)の比べて、躾の体罰としては、非常に有効な手段です。
       注意すべきは、百草(もぐさ)などを使わず、火が直接触れないタイプ
       の貼るタイプのお灸を使うようにしましょう。
  レベル4)手足の破損
       実装石の回復力は、冒頭でも述べましたが、手足をひねる骨折などは
       一晩、引きちぎった場合でも、栄養を与えれば2〜3日で回復します。
       これは、躾の部類では、最上級の痛みの部類になります。
       よほどの覚えの悪い実装石以外には、決して実施しないでください。
       偽石にかかるストレスの強さもさることながら、飼い主自身に与える
       ショックも非常に強いからです。
    注意)実装石の髪や服を奪う行為は、躾でなく虐待に部類されますので
       決して、行わないようにしてください。
食事は1日3回。おやつは1日1回。
しかし、サクラは、時間以外に餌を要求する。
「餌は、あの針が7と12と2回目の7の時だけ。わかった?」
時計を指差して、男は言う。
しかし、仔実装は食欲旺盛だ。
しかし、家で飼うならば、人間のルールに従わないといけない。
男はサクラが時間以外に餌を要求する時には、心では泣きながらデコピンを放った。
パシンッ!!
「テチァ!! テェエエエエエン!」
「泣くな」
「テェェン!テェエエン!」
2回目のデコピン。パシンッ!!
「デヂュアアアアアア!!!!」
「うるさい」
3回目のデコピン。パシンッ!!
「テェエ……テェェ……」
「そう。この家では、時間以外ではご飯はなし。あと大きな声で泣くのも禁止」
「テェエ……(コクン)」
デコピンは、針よりも強烈で、サクラはデコピンを恐れた。
しかし、サクラは男を恐れる以上に、男の優しさも感じていた。
この人間は痛い事をするときは怖いけど、それ以外はやさしい。
そう。まるでママみたいだ。
ママの言うことを聞いていれば、痛い事はない。
そうだ。ママに痛い事はされたくない!
ある日、サクラは、与えられた実装フードを食べ散らかす。
男はそれに気付いて、デコピンの構えをする。
「テチュー」
デコピンの構えに気付いたサクラは、体を震わせながら小さく泣いた。
男はいつもの通り、デコピンを放とうとするが、実装リンガルの表示を見て
その手を止めてしまう。
『ママ…ごめんなさいテチュ ママ…ごめんなさいテチュ… ママァ…』
何度も、何度も「ご主人様」と覚えさせても「ニンゲン」と呼んでいたサクラだったが
ある境に、男のことを「ママ」と呼ぶようになったのだ。
「実装石の飼い方」には、「ご主人様」と呼ばすようにと書いている。
しかし、男は「ご主人様」と形だけ呼ばせることに抵抗があった。
「ご主人様」という意味を理解し、呼んでくれるのならいいのだが、
形だけ「ご主人様」と呼ばせるのは、果たしてサクラにとっていい事なのだろうか。
しかし、「ママ」と自発的に呼んでくれたにサクラに、男は感動を覚えた。
形だけ「ご主人様」と呼ばれるに比べて、何倍も嬉しい。男は本当に嬉しかった。
男はデコピンを軽くだけ行い、「ご飯は散らかさない」と注意した後
その日は、いつも以上に一緒に遊んでやった。