サクラの実装石

 

 

 

 

『サクラの実装石11』
■登場人物
 男  :仔実装のサクラを拾い育てる。サクラ親子の飼い主。
 サクラ:男に拾われた実装石。厳しく躾けられ、一人前の飼い実装となる。
 スモモ:サクラの長女。
 イチゴ:サクラの次女。
 メロン:サクラの三女。サクラの折檻で死亡。
 バナナ:サクラの四女。
■前回までのあらすじ
 「実装石の飼い方」
 書店で手に入れたその本で、初めて実装石の飼育に挑戦する男。そして、その
 仔実装の「サクラ」。男はサクラに適切な躾を施し、サクラは仔まで産む。
 サクラは、厳しい躾の末、三女「メロン」を殺してしまう。サクラは再び妊娠
 をするが、サクラは躾をすることを恐れてしまう。サクラ親子は、禁忌を犯し
 た仔実装のために、躾の一環として公園の野良生活へと身を落とす。その生活
 の中、仔実装たちにはご主人様への思いが募っていく。サクラのお腹の仔も、
 順調に成長し、サクラの公園生活も終わりを迎えようとしていた矢先、公園内
 で変事が起こる。
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−14−
ジェノサイド。大量殺戮。正当化された暴力。
公園の中には、暴徒と化した住民達が実装石たちを蹂躙していた。
日頃から鬱憤が堪っていたのか、住民達は歓喜の叫びをあげながら
実装石たちを屠っていく。加えて、黙々と駆除を続けるプロの誇りを忘れぬの駆除班たち。
「ほ、本部っ!応答願います!住民達が大挙して公園へ乱入! 至急応援をっ・・うわっ!」
「アヤッ!サクラッ!こっちに来なさい」
「うえーんっ うえーんっ こぴとさーんっ こぴとさーんっ」
暴徒の歓声。轟く銃声。泣き叫ぶ実装石の悲鳴。
公園の中は阿鼻叫喚の地獄と化していた。
「ヒャッホッーーーーー!!! 実装石を殺せェェェェー!!!」
『デェェェッ!! デギャァァァァ!!! デギャァァァァ!!』
ベンチの下、ゴミ箱の中、様々なところで隠れ震えていた実装石たちは、
荒れ狂う暴徒に狩りだされ、悲鳴をあげながら、短い手足で必死に逃げまとう。
『ディェェ!! ディェ!? デエェェェ!!??』
大の大人4人の囲まれて、首を必死に左右に振る実装石。
必死に逃げ道を探そうと、左右の目が、ぎょろぎょろと忙しなく動く。
「へへっ… この公園でこいつら見る度に、鬱陶しかったんだよな」
「おまえもか。へへ。見ろよ、この憐れな媚姿」
暴徒たちに囲まれた野良実装石は、目を白黒されながら、必死に媚回った。
『ディェェェ! デェ♪ デェ〜ン♪ ディェェェェ♪』
両手でスカートをたくし上げ、緑の下着をアピールして、必死に媚びる。
しかし、狂気に走った暴徒には、それが虐殺へのエッセンスとなる。
「クククク… 死ねっ!糞蟲っ! 死ねっ! 糞蟲っ!」
「死ねぇ! 死ねぇ! 死んで詫びろっ! 実装石ッッッ!!」
その媚も虚しく、4本のバールが間断なく野良実装の脳天を穿つ。
『デギャアアアァァァァッーーーー!!!』
公園内の実装石は、混乱の極みにいた。
公園のゴミ箱の中に頭だけを突っ込み、緑の下着を露にしながら、
必死に震えていた実装石は、この騒ぎの中、意を決して逃走を図る。
『逃げるデズゥゥゥ!!! ニンゲンがおごっだデズゥゥゥ!!』
顔を涙と鼻水と涎でぐじゃぐじゃに濡らしながら、叫ぶ野良実装。
恐怖のため、自分でも驚くほどのパンコン。
糞満載の下着で、必死に走るが、アンバランスな下半身でスピードが出るはずもない。
しかも、どこへ逃げる当てもなく、半径2mぐらいの円を描いて、ぐるぐると回っている。
「おらぁ!」
暴徒の一人が、その野良実装に気がつき、思いっきり蹴り上げた。
『デッ! デギャァァァ!! デギャァァァァ…! デギャァァァァ…』
放物線を描き、ドチャという音と共に、公園の芝生の上に円状の緑の飛沫を描かいては潰れる。
しかし、暴徒はそれにも飽き足らず、その野良実装の上に馬乗りになる。
虫の息の野良実装はデェェェ!!と舌を出しながら、下着にピンクの内臓をひり出している。
馬乗りになった男は、近くにあった石を掴んでは、
「ヒヒヒヒッ!! ヒヒヒヒヒヒッ!!」
と甲高い喜悦の声を上げながら、野良実装石の顔が平面になるまで、殴り続けている。
暴徒たちは、正気を失っていた。
人間に危害を加えた実装石を危険視しての駆除とは、また一線を画している。
目の焦点が合っていないのだ。日頃から押さえ付けられてきた衝動を、一気にここで
開放している感じの行動にも見える。暴徒たちは、繁みを掻き分け、ゴミ箱を逆さにし、
草の根分けてでも実装石を探し出しては、その場で虐殺の限りを尽くしていた。
そして、その正気を失った暴徒とは正反対の一団。
(だぁぁぁぁん!) (だだぁぁぁん!!)
実装石が媚びようが泣き叫ぼうが、暴徒が公園内を蹂躙しようが、目の前を横切ろうが、
冷静にかつ無表情で、駆除をし続ける一団。
駆除班だ。
駆除班は銃を構えては、与えられた任務である駆除を遂行すべく、実装石を見つけ次第、
所構わず散弾銃をぶちかます。
(だぁぁぁぁん!)
『オロロ〜ン! オロロ〜ン!!』
必死に泣き叫び、既に躯と化した仔実装を腕に抱いては、天に向って泣き叫ぶ実装石。
その親実装の頭が爆ぜる。
(だぁぁぁぁん!)
その犠牲となった野良実装。
至近距離で放たれた鉛の玉は、逃げ惑う野良実装の下半身を吹き飛ばした。
『デデッ!! 肛門がないんデスゥ!!  もうあのゴダチに食事を運んでやれないデズゥ!!』
食糞実装石だった。
これで、あの7匹の野良仔実装たちは、2度とこのママの暖かい食事を口にすることができない。
『ママー!! 何処テチィーー!!』
『ママーー!! ティェェェン!! ティェェェン!!』
『早く帰って来てテチィィィ!! 恐いテチィ! 恐いテチィ!』
母親の惨事も露知らず、離れた繁みの中で、ひたすら泣き叫ぶその7匹の仔実装。
暴徒の奇声や駆除班の銃声で不安を駆り立てられ、ひたすら繁みの巣の中で、母親の帰りを持つ。
1匹の仔実装が母を求めて、テスンテスンと巣の入り口へと歩みを進める。
その仔実装の顔を覆う大きな影。
『テァ? マ、ママテチィ?』
黒く長い銃口が、その仔実装の額に触れた。
それが何かわからないが、ガタガタと歯を鳴らし血涙を流しながら、
その銃口を構える冷徹な目を持つ人間の顔を見た。
『テェ… テチュ♪(だぁぁぁぁん!!)
媚びる時間も与えられずに、仔実装の顔が四散した。
ぺたんと尻餅をする顔のない姉妹の後姿を見て、残りの仔実装たちは
歯をガタガタと鳴らし始めては、一斉にパンコンする。
『『『テチャアアアッーーー!!』』』
繁みの奥へ一斉に四散する仔実装たち。
その背中に、もう1発の散弾銃の鉛が穿った。

『べ、便所に逃げるデスゥ! あそこなら安全デスゥ!』
『待ってママー!』
この地獄の中、西のトイレに向って必死に走る実装石の親子。
人間の駆除班の目を盗んでは、繁みから繁みへ。
必死の隠密で辿り着いた西のトイレ。
あの鍵つきのトイレの個室。
あの中なら、きっと人間からも逃れられるに違いない。
『デデェ!!』
しかし、辿り着いたトイレの様相を見て、実装石親子は思わず叫び声を上げてしまう。
入り口。
そこに屯している実装石の数。数。なんという数か。
数十匹近くの実装石が、トイレの扉をだんだんと叩いて叫んでいる。
『出るデスッ! 早くしないと来るデスッ! 来てしまうデスッ!』
トイレの扉を叩く台詞としては、至極妥当な台詞であった。
トイレの中では、赤目をした成体実装石が3体。そしてその家族を入れれば
10体近くの実装石が、所狭しと占拠している。
トイレの鍵など、実装石がかけれる高さではない。
必死に仔実装、出産にはまだ時間のある赤目の実装石が、扉を押えて固定しているのだ。
『デェ… うまっ… 生まれるデスゥ… デェェ… デェェ…』
和式の便所の金隠しを両手でしっかりと掴み、赤の両目から涙を流して
新しい生命の誕生を待つ母親。
『おまえたち! 生まれるデスッ! この世は素敵な世界デスッ! 謳歌するデスッ! 生をッ!』
(どんっ! どんっ! どんっ!)
『あけるデスゥ〜!!! く、来るデスッ!! き、来てしまうデスッ!!』
「いたぞぉぉ!! あそこに糞虫が一杯いるぞぉぉぉ!!」
遠くから声がした。
『デデェ!! 来たデスゥ!!!』
「ウワハッハッハッ!! ヒャッホーーー!」
その奇声を上げた暴徒の成りは、明らかに他の暴徒とは一線を画していた。
青白いまでの病的な顔。目元に隈を湛えた炯々とした目。痩せこけた頬に、にやついた
笑みがこびり付いている。
この暴徒、駆除班から散弾銃を奪ったのだ。
左手には散弾銃。右手には、バールのような物。
頭には鉢巻。その鉢巻に千枚通しが3本ほど刺さっている。
極めつけは軍服。まるで「都井睦雄」のいでたちの彼は、「津山30人殺し」よろしく
実装石を屠っては殺し、屠っては殺し、公園のトイレに近づいていく。
『来たデスゥゥゥゥ!!』(だん!だん!)
『開げるデスゥ! 開げるデスゥ!』(どん!どん!)
「ウワハッハッハッ!! 糞蟲ぃ… 覚悟しろぉ!!」
睦雄は、散弾銃をトイレの入り口に屯する実装石に向けて放った。
『デギャァァァ!!』
『ダギャァァァ!!』
鉛の弾を喰らっては、次々に地面に倒れ、苦しみもがく実装石たち。
その姿を見ては、睦雄は青白い顔に浮かぶ赤い唇で笑みを浮かべて呟く。
「おばやん… 勘弁してつかぁさぃ…」
睦雄は、遠い目をしながら、虐殺の快感に浸っていた。
「睦雄は神様になりましたけんのぉ…」
トイレの個室に乱入する睦雄に、出産中の実装石の悲鳴が向けられた。
−15−
公園の中央は、暴徒によって蹂躙されていたが、
森の中は、公園内で轟く悲鳴に比べて、幾分平静であると言えた。
いや。そうではない。
それは、森に入った駆除班や暴徒の数が、公園の中央内と比べて少ないというだけだ。
この森の広場の一角。
ここでは、実装フォンを巡る死闘が実装石同士で繰り広げられていた。
『デギャァァァ!! よこせデス!』
『助かるのは、この美しい私一人で十分デスゥ!!』
実装フォンを手にした野良実装が、他の野良実装たちの標的となる。
その死闘で手にした他の野良実装が、また他の野良実装たちの標的となる。
サクラも必死にその死闘に身重の体で加わった。
実装フォンは、男とサクラをつなぐ唯一の通信手段であるからだ。
いや、そこまでの考えは、今のサクラの頭に回っていない。
大事なママ。そのママから貰った大切な宝物なのだ。
こんな理不尽な仕打ちで奪われるべきものではないのだ。
だから、サクラは憤怒の形相で、その争いに身を投じた。
そして、運は回ってきた。
奪い合いの末、転げ落ちた実装フォンが、サクラの足元へと転がる。
サクラは、両目を見開き、それを手にしては、耳元に当てて野良実装たちに向って叫んだ。
『う、動くなデス!』
『デ!』
『デデッ!』
野良実装達の動きが止まった。
『マ、ママを呼ぶデス! ママが来たら、お前らなんてぺちゃんこデス!』
2,3の野良実装が、そのサクラの脅しに震え始めた。
その野良実装たちは見ているのだ。サクラが公園にやってきた当日。
彼女自身が、その実装フォンを通して、ニンゲンを操る様を。
今、公園の外で暴れ回るニンゲンを操り、自分たちを標的にかけられては、
それはたまらない。
『お、落ち着くデス!』
形勢は逆転したように思えたその時、
 デスゥゥゥゥゥ〜♪
実装フォンが鳴った。
 ママだ! 今度こそママだ!
サクラが目を潤ませながら、実装フォンの通話ボタンを押そうとした時、後ろの繁みから
「そこか… 糞蟲…」
と言う声がした。
 デスゥゥゥゥゥ〜♪
サクラは、背筋に氷が這うような感覚がした。
咄嗟に、手に持つ実装フォンを、対峙する野良実装たちに投げつける。
「そこかぁぁぁぁ!! 俺の息子を殺した実装石はぁぁぁ!!」
繁みから片手に携帯電話を持ち、もう一方の手でバールのような物を振りかざし、
叫びながら実装石を襲うニンゲン。
この惨劇を生み出した事件の被害者である父親の男だった。
『デデッ!!』
『デスアッ!!』
父親の男のバールのような物の一凪で、数匹の実装石が宙に舞う。
その様にパンコンしながら、懸命に抗う実装石が居た。
手にした実装フォンを耳に当て、人間を操ろうと試みる実装石だ。
『デスッ! 言う事を聞くデスッ! おまえは私の奴隷デスゥ!』
実装フォンを耳にして、その父親に必死に命令を続ける。
父親の男は、実装フォンを手にする野良実装を見ては、表情を変えた。
『と、止まるデス!』
必死に、実装フォンに語りかける野良実装石。
父親の男は、無表情にその実装石に近づく。
『命令デスゥ! 今なら赦してやらないこともないデスゥ!』
父親の男は、無表情にその実装石に近づく。
『止まれというのが聞こえないデスか!! つんぼデス! 耳おかしいデスゥ!!』
父親の男は、無表情にその実装石に近づく。
『と、止まってくださいデス。お、お願いデスゥ』
父親の男は、無表情にその実装石に近づく。
『デ、デスゥ?』
震える野良実装は、最後には媚びていた。
潤む目で父親の男を見上げる野良実装に対し、父親の男の無情な攻撃が襲う。
『デギャァァァァァ!!!!』
サクラはその光景を見ながら、下着をコンモリさせながら、ガタガタと震えている。
そんなサクラに、再度、運が回ってきた。
再び、実装フォンがサクラの足元に転がったのだ。
落ちた拍子で、着信ボタンが押されたのか、実装フォンの音は鳴り止んでいる。
サクラは震える手で実装フォンを手にしては、気絶するバナナを脇に抱えて
急いでその場を後にした。
−16−
サクラは、とぼとぼと森の中を歩いている。
公園の方から、大きな悲鳴と銃声が絶え間なく聞こえてくる。
森の中の四方から、ガサガサと音がする。
サクラは、慎重に繁みの掻き分ける音とは反対へ反対へと動いた。
その甲斐あってか、暴徒や駆除班たちの追撃を避け、危機を逃れることができた。
しかし、それは根本的な解決には至ってはいない。
ただ悪戯に、最後の時を先延ばししているだけであることに、サクラは気がついていない。
雨は絶え間なく森の木々の合間から落ちてくる。
日もだんだん落ちてきているようだった。
寒い。お腹も減った。
サクラの濡れた服は、無慈悲にもサクラの体温を奪っていく。
サクラはとうとう疲れて、その場に崩れるように座り込んでしまう。
 疲れたデス…
何も考えれなかった。
今日1日だけで、色々なことが沢山起きた。
疲れ切ったサクラの小さな脳では、それらを整理して考えることすら億劫だった。
ガタガタとバナナがサクラの膝の上で震えていた。
雨は容赦なくバナナにも降り注いでいる。
『デス。バナナ。ここに入っているデス』
サクラは、背に預けている樹の洞の中に、バナナを入れてやった。
濡れたサクラの服に包むよりも、雨を避けさせてやりたかったからだ。
サクラは膝をかかえて、空を見る。
自然に涙が流れてきた。
思い出すのは、生き別れになってしまった子供達のことばかり。
 スモモ… どこにいるデス?
 イチゴ… ニンゲンに痛いことされてないデス?
 スモモ… いたら返事するデス
 イチゴ… ママはここにいるデス ママはここにいるデス
 ママ…  助けて欲しいデス 助けて欲しいデス
『デスン… デスン…』
サクラの頬に涙が伝った。雨か涙かわかならいが、おそらく涙だろう。
『そうデス。もう1度、ママを呼んでみるデス』
そう言えば、今日の騒ぎの中、サクラから男に向って、直接電話をかけたことはない。
さっきは、ママの声が変だったが、こちらからかければ繋がるかもしれない。
サクラは淡い期待をかけながら、ポケットの実装フォンを取り出し、男に向って電話をかけた。
「トルゥゥゥゥゥゥ♪」
実装フォンの耳元でコール音が鳴る。
「トルゥゥゥゥゥゥ♪」
サクラはドキドキしながら、男の声を待った。
「トルゥゥゥゥゥゥ♪」
心臓が、はちきれそうだ。男の声を想像しただけで、涙が出た。
「トルゥゥゥゥゥゥ♪」
デスン… デスン… 無情にも流れるコール音。そして…
「ゥゥゥ… (カチャ)」
『デェェスゥゥゥ!!!』
コール音が鳴り止むと同時に、サクラは大声で叫んでいた。
『ッ! ママッ! ママッ! 私デスッ! サクラデスッ!』
しかし、実装フォンから流れたのは無情な返答だった。

「この電話は電波の入っていない所にあるため、かかりません」
『デデッ!』
無情にも流れるメッセージ。
そのメッセージにサクラは、唇を噛み締めながら、震えていた。
『…………………』
サクラの手が、わなわなと震えながら、実装フォンを握り締める。
いつの間にか、サクラの両目は涙で溢れていた。
唇を噛みしめる。震える手。溢れ流れる涙。そして、サクラは言った。
『女が出たデス…』
擦れた声で言う。
『ママの電話に女が出たデス…』
「御用のある方は、ピーという発信の後に…」
『おまえ… 何者デスゥ…』
「…30秒以内にメッセージを入れてください」
『グスッ…命令するなデスゥ… おまえ… ママの何なんデスゥ…』
サクラは、ピーという発信音の後に、電話口に出た見ず知らずの女に対して、
彼女が考えられ得る悪態を叫び回った。
 デサァァァァ!! 命令される筋合いはないデス!
 デスゥゥゥゥゥ!! おまえは誰デスッ!
 ママをどこにやったデス! 女ッ! ママを出すデスッ!
サクラは考え付く悪態を、実装フォン越しに命令する不遜な女に向って放った。
(ツーツーツーツー)
悪態に恐れをなし、一方的に電話を切られたと判断したサクラは、
実装フォンを濡れた地面に叩きつけて、デスゥゥゥゥ!!デスゥゥゥゥ!!と悔しくなって泣いた。
地面に叩きつけれた実装フォンは、無残にも二つに割れて壊れてしまった。
『ママァ… どこに行ったデスゥ… ママァ…』
目に一杯涙を溜めて、泣いた。
30分近くは、雨の中で泣いただろう。
呆然と落ちる雨をずぶ濡れで見つめているサクラの耳が、ある音を捉えた。
(ぴちゃ… ぴちゃ… ぴちゃ…)
濡れた地面の上を歩く音。
1つや2つではない。
5つ、いや10近い足音だった。
しかし、呆然としているサクラに取って、その音には興味が惹かれなかった。
いや、実際どうでもよかったのだ。
(ぴちゃ… ぴちゃ… ぴちゃ)
その多くの足音が、サクラの目の前で止まった。
その場に座っていたサクラは上を見上げた。
先程の被害者の父親の襲撃から、辛くも逃れたのだろう。
そこには、さきほど実装フォンを奪い合っていた野良実装たちが
冷酷な目でサクラを見下ろしていた。
−17−
市民が暴徒と化し、公園に乱入してから3時間後。
日が落ちようとしていた公園に、ようやく静寂が訪れようとしている。
公園のあちこちには、公園に生息する実装石の死体が散乱していた。
公園内には、バールのような物で、頭を叩き割られた実装石や、
無残にも四肢を生きながらに、引きちぎられた仔実装などの姿も目立った。
結果、駆除目的で処理された実装石の数よりも、暴徒による虐殺に近い死体の数の方が
多かったのかもしれない。
日が落ち始め、雨脚が強くなってきた頃、公園内に突入した暴徒も
警官の抑止の効果もあってか沈静化してきている。
暴行容疑や公共物破壊などの罪で、何人かが逮捕されるまでに至っていた。
視界の利かない夜の上、冷たい雨。
今回の事件において、当初の目的である被害者の遺体の回収および
行方不明だった幼児の保護も終え、加えて公園に生息する大半の実装石を
駆除し終えたと本部は判断している。
本部は駆除班に、引き続き公園を封鎖の上、少数の人数だけを残した上で
森や公園には実装コロリを散布し、一時引き上げる事を命じた。
明日の朝から、残りの実装石の駆除を再開する命令も付け加えて。
駆除班の撤退と共に、暴徒の乱入騒ぎなどで負傷した住民たちの中には、
傷の度合いから、救急車に乗せられて運ばれる者まであった。
サクラの飼い主である男も、その中に含まれていた。
頭部の傷が深く、何針も縫わねばならぬ程の傷だった。
公園で崩れ落ちるように倒れた後、男は気を失い、意識不明のまま公園を後にした。
日が落ちる1時間前の事だ。
夜の帳が降りた公園には、無情にも小さな冷たい雨が降り注いでいる。
人の姿は、公園入り口で警備をする警官と駆除班の男が数人のみ。
公園が封鎖されてから、実に12時間ぶりの訪れた静寂だった。
実装石たちはどうなったのだろうか。
駆除班に駆除された実装石は、ほぼ麻袋に詰められ、公園を後にしている。
公園の隅には、駆除途中の麻袋が2,3放置されていた。
中にも、既に冷たくなっている同属の姿がある。
その蹂躙ともいえる駆除の中、生き残った実装石たちが居た。
森の中、雨の中、目を凝らせば、赤と緑の光る目。
それが繁みの中、トイレの陰。ベンチの横。
数えれば、まだ数十匹ぐらいの実装石の姿が確認できる。
だが、公園内に生息する8割以上の実装石が駆除されたと言っていい。
公園内に点在していたダンボールハウスも、同属が詰まった麻袋と一緒に
トラックに撤収されている。
家を失った実装石たちは、雨の中、森に集まるしかなかった。
晴天の霹靂とも言うべき、人間の駆除。募る不安に、公園に残った実装石たちは
自然に一箇所に集まり、身を寄せ合っては、凍え、震え、ひたすら恐怖に耐えた。
時節叫ぶ同属の声。
『デギャァァァァァ!!!』
口から泡を吐き、のた打ち回る実装石。
余りの空腹に耐えかねて、駆除班が散布した実装コロリを口にしたためだった。
見た目は金平糖。
甘さも金平糖のそれ。
だが、それを一旦口にすると、体に苦痛が走り出し、絶叫の下絶命する劇薬であった。
『デェ… デデッ!』
『デェ…』
苦しむ同属を見ては、手に持つ同じ実装コロリを放り投げて、震える実装石。
公園が封鎖され半日経つが、皆一様に空腹感を抱えていた。
公園が封鎖されることにより、潤滑に供給されていたゴミ箱の餌はもちろんのこと
近くのコンビニにさえ行く経路すら断たれている。
駆除された同属の死体を喰らおうにも、腐敗による匂いを防ぐために、駆除班たちは
丁寧に同属の死体を回収している。
自然に生えた草木や実などを手に入れては、口に入れ飢えを凌ぐしかない。
だが、そんなことが何時までも続くはずもない。
『ママァ… お腹減ったテチ…』
『我慢するデス。』
飢えを訴える仔実装。
『これを食べるデス』
親実装が仔実装に与えたのは、茸の一種だろう。
それを噛み砕き、母親の唾液満載にして、仔実装に口移しで与えようとする。
『ハイデス。ん〜〜〜』
『イヤテチ ママのお口 臭いテチ』
飢えを訴えるのだが、イヤイヤをして一向に食事を取ろうともしない。
それを無理やり、仔実装の口の中へと押し込む。
『ンムグ… ぺッ! マズイテチ… 臭いテチ…』
仔実装は、母の口から与えれた不快な塊を、吐き出す。
悪びれた素振りもなく、吐き出したそれを無視し、服の袖で、口を拭う仔実装。
そして、母親の方向を見て、また言う。
『ママァ… お腹減ったテチ…』
母親も飢えの極限に居た。
自らの食事も断ち、それを自らの娘に与えた。
しかし、それすらも拒絶する我が娘。その顔。その仕草。
そのすべてが憎たらしく見える。母親に媚びる口に添えた手。かしげる首。全てだ。
『ママも…お腹減ったデス』
『そんなの関係ないテチ お腹減ったテチ』
『…………私もお腹減ったデス』
『テチーッ! ワタチの方がお腹減ってるテチ!チッー!』
『…………うまそうデス…』
『テチ? ッ!… テギャ!』(ごぶり)
(くっちゃ… くっちゃ…)
飢えを満たすために、手の中に抱いた仔実装を喰らい始める親実装。
『うまいデス… 舌が痺れる甘さデス… (くっちゃ… くっちゃ…)』
咀嚼音。脳漿を啜る音。上気する頬。荒い鼻息で、夢中で貪る様を見つめる他の実装石たち。
『(ゴクッ…)』
生唾を飲み込む音。
『おまえ、旨そうなのを喰ってるデスゥ〜 少し、わけて欲しいデスゥ』
『(くっちゃ、くっちゃ)〜〜ングングッ! ブハッ! 嫌デスゥ〜! 』
『よこすデス! この糞蟲ッ!』
『デッ! か、返すデスッ! 私のご飯を返すデスッ!』
もう「仔」とすら表現されなくなった仔実装。
取っ組み合いの喧嘩の最中、弾き飛ばされた「ご飯」は、漁夫の利を得た
他の野良実装の腹の中へと収まった。
そんな小競り合いが、森のあちこちで起こっている。
そんな中、森の一画。
十匹近くの成体実装石が囲う円状の集まりがあった。
その中央に、ボロボロの姿になっている実装石が居た。
サクラである。
殴られた頬。2倍近く腫れた頬。
脱がされた服。一糸纏わぬ体。ボロボロの髪。糞塗れの体。それは同属によるリンチだった。
十匹ぐらいの成体実装石に囲まれたサクラに、怒りの矛先が向けられていた。
その実装石たちが見つめる先にある物。
壊れた実装フォン。
真っ二つに割れた実装フォンが、サクラの足元に転がっている。
『…………デズゥ… デスン……デスン』
サクラが蹲る脇には、サクラの服だろうか。
原型を止めていない無残にも破られた緑色の布地が散乱している。
そして、悲惨なまでに腫れあがっていた顔。
体中にも痛々しいまでに青痣が、無数にも点在している。
『デデ……デズゥ… デズゥ…』
サクラは零れる涙をそのままに、必死に泣きながら、地面に転がる真っ二つに割れた実装フォンを、
折れた右手と左手で掴んでは、必死に修復を試みている。
『・・壊したデスッ! 貴様のせいデスッ!』
『直すデス! 直して、ニンゲンを呼ぶデス!』
壊れてしまった実装フォンを前に、絶望に打ちひしがれる野良実装石たちの
その行き様のない怒りが、サクラ自身に向けられるのは、時間の問題だったといえよう。
狂気に魅せられた野良実装石たちは、サクラに馬乗りになり、殴り続けた。
そして今、泣き叫ぶサクラに実装フォンの修復を命じているのである。
サクラは震える両手で、真っ二つに割れた実装フォンの破損部同士を合わせ、繋いだりしては、
その状態のまま、耳元と口元に実装フォンを宛がい、涙声で必死に訴える。
『ママァ… ぎでぐだぁい… お願いデズゥ… ワダジ… ごろざれるデズゥ…』
サクラの手から、ポロリと実装フォンの片方が落ちる。
『デスサァァァ!! 直ってないデスゥ!!』
その怒声に臆したサクラは、頭を地面にぶつけて土下座をし、
再び、壊れた実装フォンを両手で合わせては、必死に「ママ… ママ…」と
叫んでは助けを求める。
しかし、一向に男は現れなかった。
既に男は、救急車で運ばれ、公園を後にしている。
その事をサクラは知る由もない。ただ男のことを、ママのことを信じて
必死に助けを求め続けるしか、サクラに残された選択肢はなかった。
『ママ… いだいデズゥ… いだいのは嫌デズゥ… 早くぎでほじいデズゥ…』
森の木々が雨の粒に弾かれ、不気味な音を立てている。
風が凪ぎ、時節木々が揺れる音が、その雨音に混ざる。
その寂寥感溢れる音は、まだ来ぬ人間の姿を待つ野良実装石たちの悲壮感を
より一層際立たせるものであった。
そして、不気味な静寂が流れると同時に、再び始まるリンチ。
次第に、実装フォンなどより、リンチ自体が野良実装石の目的に摩り替わっていた。
人類が明日滅ぶと知らされると、人の95%は略奪やレイプ、親殺しや仔殺し。
欲望のままに行動を起こすと言われている。
今、ここにいるこの公園に残されたわずかな実装石たちは、まさしくその状況に
堕とされた実装石たちだったといえよう。
夜が明けると共に、再びあの恐ろしい人間たちがやってくる。
それは、実装石が持つ危機察知能力と言うべき、彼らの本能が叫んでいる。
必ず訪れる恐怖と絶望。
それを待つ時間さえ、彼らにとっては恐怖だった。
その恐怖を忘却するべく、彼らは欲望のまま赴く。
目の前で命を請う同属。
無様な裸で泣き叫ぶ姿を見ると、優越感や嗜虐感などで、野良実装石の脳一杯に
一時的にアドレナリンが分泌される。
もっと、この憐れな同属に悲鳴を。
もっと、この優れている私に優越感を。
本能のままに赴く先が、酸鼻かつ凄惨な同属による同属への集団暴行であった。
殴る。蹴る。サクラは叫ぶ。
『デスァァァァァァ!! デスァァァァァァ!!』
サクラは1度に体中に受ける衝撃に悲鳴を上げる。
痛い、というより、熱い。脳がこのありえない事態に対し、痛みを受ける事を拒否している。
引張る。叩く。サクラは泣く。
『デデェェェェェ! デェエエエン!!』
遅れて伝達される痛み。
その痛みを認知する暇すら与えられぬ次の痛み。
サクラは緑の両目を、限界まで大きく見開かせる。
血まみれの歯茎から覗く欠けた前歯を剥き出しにして、痛みに対して悲鳴を上げる。
そして、理不尽なこの状況に置かれた自分を嘆き悲しむ。
弄る。嬲る。サクラは謝る。
『デッスン… デッスン…  デス! デスデスッ!』
次に来るのは、理不尽な痛みに対する怒り。
その本能のまま、怒りをむき出しに四肢を使って必死に暴れる。
しかし、無慈悲な力の前に屈服せざるを得ない状況を知るに至ると、自然に涙が溢れる。
朦朧とした意識の中、サクラの本能が、必死に生への活路を見出そうとする。
サクラは、この痛みから逃れるために、無慈悲な力の前に、必死に赦しを請うた。
甚振る。嘲笑う。サクラは媚びる。
『デス? デスデスー! デスゥ〜ン♪ デッスゥ〜♪ デスデスゥ〜♪』
一瞬、リンチの攻撃が止んだ。
チラリと見上げた野良実装石たちの顔が、愉悦の表情に浸っている。
成功だ。謝ったからだ! 痛いことが止んだ!
リンチが再開しないよう、必死にサクラは叩き込める。
舐めた。
野良実装石の足の裏を。
靴を履いている者は、靴の裏を。
丁寧に。丹念に。ついている泥や糞を舌で舐め取っては嚥下する。
嚥下するたびに、チラリと上目遣いでご機嫌を取る。
デスゥ〜♪ 次にサクラは、淫乱な娼婦ですら出さないであろう媚の笑みを浮かべ
自らの股座を全開に開き、デスゥ〜ン♪デスゥ〜ン♪と腰を上下し、媚び回った。
妊娠しているサクラが取るべき行動でないのは明らかだ。
しかし、この壮絶なリンチの状況。誰がサクラを責めることができようか。
死ぬか生きるかの瀬戸際に立たされた混乱の境地にいる小さな存在。
彼女は必死に生の継続を望んでいる。
どんな手段を取ろうが。
どんな卑しい行動を取ろうが。だ。
殴る。蹴る。サクラは泣き叫ぶ。
『デスゥ? デス…… デスァ!! デスデスッ!! デギュオアァァァ!!』
しかし、その一連の行動は、結果一層リンチに拍車を駆けるに至った。
最高の嗜虐心に満たされたアドレナリン満載の野良実装石たちは、彼女らの総排泄口を
ぐっちょりと濡らせ、潮を何回も糞塗れの下着の中で噴かせていた。
『デギュオアァァァ!! デェェェン! デェ…デギャァァァァ!!!』
泣き叫ぶ暇さえも与えれなかった。
無数の手足がサクラの四肢を縛り、頬を殴り、髪を引張り、腿を齧り、臀部を穿った。
そのリンチは延々と続いた。
殴ることに疲れた野良実装は休み、また別の野良実装がサクラを殴る。
蹴ることに疲れた野良実装は休み、また別の野良実装がサクラを蹴る。
弄ることに疲れた野良実装は休み、また別の野良実装がサクラを弄る。
数時間近くは、経過しただろうか。
サクラがいくら土下座して謝ろうが、リンチは容赦なく続いた。
そのリンチの中、一匹の実装石が気付く。
『そう言えば こいつ、妊娠してるデス』
そして、次に1匹の野良実装石が突拍子のない事を言った。
『生まれたての仔実装はウマイと聞いたデス…』
産まれたての仔実装を喰う。
背徳的な響きのそれは、より一層、彼らの鼓膜に魅惑的に響いた。
『食べるデス』
『喰らうデス』
『喰うデス』
確実に迎える絶望の日の前日。
絶望的な状況下において、実装フォンは壊れ、救出の選択肢がなくなった今
野良実装たちはその悲観的な思考を忘却させるために、目先の快楽へと思考が向いている。
わらわらと、サクラの肛門に顔を近づける野良実装たち。
『ジュル… そういや昼から何も食べてないデス』
『早く産むデス!』
顔を紅潮させ、サクラの恥丘を凝視し、興奮し始める野良実装石たち。
『産めデス』
1匹の野良実装が、サクラの髪の毛を掴み上げる。
『デデッ!』
緑色に腫らした目を大きく見開き、後ろ髪の痛みのために両手を後ろ頭に添えるサクラ。
『デギャッ… デギャ…』
下唇を噛んで、必死に耐える。
『早く産めデス!』
両手は押えられ、無理やり股を開かされる。
そんな仰向け状態のサクラの腹の上に、野良実装が1匹飛び乗った。
『デギャッ!! デガガガガガッ!!』
サクラは余りの苦痛のため、叫ぶ。
『産めデス! 淫乱! 早く生めデス!』
腹の上で、足蹴を加える野良実装。さらに一撃が加わる。
それを受けるたびに、深緑のサクラの両目が、徐々に朱色に染まっていく。
『デプ… デプププ』
『楽しみデス… 産まれたての仔実装なんて始めて喰うデス♪』
『デピャピャピャピャ!! 楽しみデスゥ♪ 楽しみデスゥ♪』
両手を叩きながら、奇声を上げる者。
サクラの恥汁が滲む肛門に舌を当てて、ねぶり続ける者。
サクラの頬を伝う血涙を舌で拭い、耳元でデピャピャピャと嘲笑う者。
サクラの腹の上では、野良実装が創作ダンスを踊っては楽しんでいた。
そのダンスのリズムに乗って、足を何度も何度も腹に叩きつける。
それに合わせて、周囲から飛び交う喝采と拍手。
気がつけば、森のありとあらゆる実装石が、サクラの周りに集まっていた。
『デ♪ デ♪ デ♪ デス〜♪』
サクラの腹の上で、踊り狂う実装石。
その踊りが、この絶望的な野良実装石たちの状況下において、楽園の1シーンで
あるかのように魅力的に映る。
 デスー!! デススーー!!
 ピュー♪ ピュー♪ ピュピュー♪
不器用な手で、口笛を吹く器用な実装石もいる。
叫ぶ実装石。同じように周囲で踊り始める実装石。
腹の上の踊りは、よりヒートアップを迎える。
踊り狂う実装石は、スカートをヒラヒラさせながら、濃艶な踊りを続ける。
 デスゥ〜ン♪(チラリ)
 デフ〜ン♪(フリフリ)デスゥ〜ン♪(ヒラヒラ)
 デッ デッ デッ! (ぬぎ、ぬぎ) デッ デッ デッ! 
一枚、一枚脱いでいく実装石。
 デッ デッ デッ! デスゥ〜 デスゥ〜 (パカリ)
 デッ デッ デッ! デピュゥ! デピュゥ! デスッ! デスッ!
この実装石のデッデッデッというリズムに沿って、ここに居合わせた全ての実装石が
足踏みをする。
 デッ デッ デッ デッ デッ!
 デッ デッ デッ デッ デッ!
 デッ デッ デッ デッ デッ!
サバトだ。まさしくサバトだ。
このサバトの生贄は、足元で苦しんでいる実装石。サクラだった。
(デッ デッ デッ デッ デッ!)
喉を垂直に空に向け、犬の遠吠えのような叫び声を繰り返す実装石。
(デッ デッ デッ デッ デッ!)
リズムに外れた踊りで、下着から糞を地面に落としながら、踊り狂う実装石たち。
(デッ デッ デッ デッ デッ!)
 デピャピャピャ!! デスーデスデスー!! デスァ! デスァ!
(デッ デッ デッ デッ デッ!)
 デデデデッ!! デスデスゥ!! デスデスゥ!! デデデ・デスゥー!!
(デッ デッ デッ デッ デッ!)
 デッスゥ〜♪ デー デデェー!! デッスゥ〜ン デギュオアァァァ……
(デッ デッ デッ デッ デッ デッ!)
 
 …ス …ッ!! 〜ス!! --ッ!! …
 ッ…
 …
同属の叫び声や騒音は、サクラの耳には届いていなかった。
聞こえるのは、お腹から伝わる新たな生命の脈動。
お腹の子供達の胎動の動きである。
サクラの両目はすでに赤色!
むずむずと肛門がうずく。お腹の仔が苦しんでいる!
絶望的な状況の中、サクラは必死に心の中で、男を求めて叫んだ。
 ママッ! 助けてデスッ! ママッ! 助けてデスッ!
目を瞑れば、暗闇の中に浮かぶ男の笑顔。
優しいママ。大切な家族。笑い声が絶えない暖かい家。
走馬灯のように、ママとの記憶が蘇っては消え、蘇っては消える。
  ・・・・・・・・・・・・
  ママ これ何テチ? (冷蔵庫。それは物を冷やす箱)
  ママ これは何テチ? (うーんとなぁ・・)
  ママ ボール取って来たテチ!(よしよし。サクラは偉いなぁ)
  ママ アワアワテチ!気持ちいいテチ!(こらこら、目を瞑りなさい)
  ママ 一緒に寝るテチ! 一緒に寝るテチ!(駄目。一人で寝なさい)
  ティエエエン! ティエエエン! (お灸するよ! サクラ)
  片付けるなんて、嫌テチ! もっとママと遊ぶテチ!(我侭言わないの)
  テチィィィィィ!!! デヂヂーーッ!!(片付けなさい)
  ・・・・・・・・・・・・
  いただきますデス(はい。いただきます)
  洗濯終わったデス。あのぉ・・あのぉ・・(あ、そうか。今日は玩具の日だったな)
  ママ、私も子供が欲しいデス。
  (この樹はな、サクラって言うんだ)
  (おまえと同じ名前だ)
  (この樹を使って、子供を作ろうか、サクラ)
  (受粉しなさい)
  
  デッス! ママ。私はママに負けないママになるデス!
  ・・・・・・・・・・・・
 ママ… ママ… 大好きデス…! 愛しているデス…! 
 ごめんなさいデス… 折角、子供を作ることを許してくれたのに…
 デッスン… デッスン… 食べられているデス
 私の子供、いま食べてるデス
 食べられて…
『ドデギュオガギャァァァァァァ〜〜〜〜ッッ!!!!!!!』
両目から赤い血涙を流し、サクラは怒号にも似た悲鳴を絞り出した。
気がつけば、頬を紅潮させた見知らぬ実装石が、サクラの目の前で大きく口を開け
粘膜の乾かぬ蛆実装を口に放り込んでいるところだ。
その蛆実装の粘膜は、サクラの総排泄口から糸を引いていた。
そう。サクラは、1匹目の仔実装を生み終えていた。
『デギャァ!! やめろデスッ! やめるデスッ! やめてデスッ! デシャァァァァッ!!』
その蛆状態の蛆実装は、今見知らぬ野良実装の手の中で、体をくねらせている。
「レフ? レフフフ??」
『デプププ。旨そうデスゥ。コリコリしてうまいそうデスゥ♪』
「レピァァァァァァァ!!」
生れ落ちたサクラの実装石は、見知らぬ野良実装石に下半身を噛み砕かれ、
痛みのため悲鳴をあげながら、ひたすら母を求め続けている。
『レピァァ!! ママ? ママァ? ドコレフッ? ドコレフッ!? レピァァァァァァッ!!』
『ママはここデスッ! ママはここデスッ! デェェ!! やめるデス! デギャァァァ!』
サクラは、真っ赤な両目で叫んだ。
『だ、だれか。あの仔の粘膜を取ってあげてデス。お願いデス! お願いデス!』
あまりの出来事に、思考がずれてしまっているサクラ。
『レピァァ!! レピァァァァァァ!! レヒァレヒゥ!! レヒ!レヒペ…』
『んぐんぐ…(ごくん)デスゥ♪ 産まれたては旨いデスゥ〜♪』
『デエエエエェ!! デズウウゥゥゥゥゥ!!!』
両足をバタつかせ、喉を垂直にして空に向って咆えるサクラ。
「テレッテー♪」
「テレッテーー♪」
足をバタつかせると、その勢いで2匹目、3匹目のサクラの実装石たちが生まれる。
生の喜びを表現する鳴き声と共に、サクラの股間から蛆実装たちが、羊水と共にこぼれ落ちる。
『レフ? ママレフ?』
零れ落ちたサクラの実装石たちは、それを争って掴む野良実装たちを母親と勘違いし、
母親にこの世に生を受けた喜びをそれぞれ語り合っていた。
『おまえ達! 逃げるデス! 逃げるデス! デギャァァァ!!! デギャァァァ!!!』
叫ぶ赤目のサクラ。
その叫びを無視し、産まれたてのサクラの実装石を奪い合う野良実装石たち。
『デプププ よこすデス! よこすデス!』
『次は私デスゥ〜♪ デピャピャピャ!』
野良実装石の間で、サクラの実装石の取り合いが始まった。
唯でさえ、ひ弱な蛆実装である。成体実装石が力づくで奪い合う中に晒される彼女らは、
一様に悲鳴をあげるしか術はない。
『レフッ! レヒァレヒゥ!! ママァ!! 何するレフ!  何するレフ!』
『レェ〜ン…レェ〜ン… ママァ!! 痛いレフゥ〜! ママァ!! やめてレフゥ〜!!』
『よこすデスッ!』
『レッ!! レピャァ……』
上半身と下半身に2分され、絶命するサクラの実装石。
『あ〜ん。うまいデスゥ♪ コリコリしてうまいデスゥ♪』
それを口に放り込んでは、鼻から鼻水を流して、上気した頬で咀嚼を続ける野良実装。
もう1匹も、儚い悲鳴を残して、野良実装の胃の中に納まった。
その間、既に4匹目からは、糞と紛れて、肛門からぼたぼたと流れ落ちている。
『おまえ達だけでズルイデスゥ!』
サクラの腹の上で踊っていた実装石や、手足を抑えていた実装石も、その争奪戦に加わる。
サクラは、歯をガタガタを鳴らせ、デズゥ!!デズゥ!!と震えながら、
虚空の一点のみを見つめて、声を震わせているだけであった。
サクラは、仔を求め、本能的に股間に手をやり、掴んだそれを目に前に持ってくる。
糞だ。
血と羊水の混ざった糞だった。
サクラはその糞に向って、目を潤ませる。
『かわいい仔デスゥ……』
その糞に向って、まるで仔をあやすように、優しく声をかけ始めた。
『よしよし… ママが粘膜を取って… やるデスゥ…』
『暴れては… 駄目デス… 元気な仔デス… かわいいデス… かわいいデス…』
瞳孔の開いたサクラは、手に掴んだ糞を舌でペロペロと舐めながら、口元に笑みを浮かべ、
口元を糞塗れにしながら、デスデスと笑っていた。
『また産まれたデス! 今度は丸々と太っているデス!!』
5匹目の蛆実装が肛門より顔を出す。
それを奪い合い、無理やり肛門から引き出す。
サクラは、痛みのためデェ…と軽く呻いただけで、再び手の平の糞との会話を続けていた。
『おまえに… 名前を… つけてやるデス…』
『おまえの名前は、『メロン』…デスゥ』
『これは、おまえのお姉ちゃんの名前デスゥ…』
サクラは笑顔を湛えて、糞に口付けをする。
 
 可愛い仔デス。可愛い仔デス。デスー! デスデスー!
 あ、ママデス。見てくださいデス。私の子供デス!
 次は、殺さないように躾けるデス! メロン。ご主人様に挨拶デスー!
サクラの頬は、サクラ色に染まっていた。
『次は双子デスッ! 親指の双子デスッ!』
(ばりっ! くっちゃっ!)
(くっちゃっ! くっちゃ!)
(むしゃむしゃっ! デフッ!)
サバトに興じていた実装石たちは、サクラの実装石たちを貪り喰った。
夜が明ける迄、確実に迎える死の日に向けて、全力で精一杯、目の前の快楽を貪った。
『おまえたちだけズルイデス! 次は私に食べさせるデス!』
外野でギャラリーを続けていた実装石たちも、その宴に加わった。
サクラの総排泄口に、直接口を宛がう。
そして、思いっきり吸った。
腸内の中に詰まった糞と共に子宮内のサクラの実装石が、直接野良実装石の口に吸い込まれた。
このサクラの実装石は、産声を上げることすらできなかった。
『レッ!?』
野良実装の口内の暗闇の中、上から無情にも降りてくる咀嚼する歯が、彼女を襲った。
このサクラの実装石の人生は、母親の子宮から出たコンマ数秒で終わった。
『旨いデスゥ〜♪ ウンコがワサビみたいで、まろやかデスゥ〜♪』
『デギャァァ!! おまえだけ独り占めズルイデスゥ!』
『吐き出せデス! 吐き出せデス!』
数匹の野良実装が、咀嚼するその口を無理やりこじ開けさせる。
その開いた口に、何匹もの野良実装が、咀嚼途中の糞塗れのそれを吸おうとする。
濃厚な舌をまぐわせたディープキッス。
唾液の交換と共に、口の中の咀嚼途中のサクラの実装石が吸い取られる。
『んっんっんっ… はぁはぁ… うまいデスゥ♪』
頬を赤らめる野良実装。
一方、口の中のそれを強奪された野良実装は、折角のご馳走を強奪され、悔しがる。
その怒りの矛先は、無論サクラに向けられた。
『もっと産めデスッ! この淫乱! もっと産めデスッ!』
それ以外の野良実装たちも、サクラの周りに詰め寄る。
しかし、サクラの腹は小さくしぼんでいた。合計8匹。
サクラの出産は終わっていた。
瞳孔全開でデズゥデズゥと小さく呟くサクラの右目は、緑色に戻っていた。
『花デスッ! 花を持ってくるデスッ! 妊娠させるデスッ!』
−18−
サバトに興じた後、残った野良実装石たちは、僅かな睡眠を取った。
しかし、高ぶった精神状態では、深い眠りは得られなかった。
夜明けに近い鳥の囀りですら目が覚めた。
目が覚めると同時に、自らが置かれた状況を認識しては、力弱く鳴いた。
『デェ…』
数えて30匹前後しかない。
親の庇護のない仔実装は、他の成体実装石の餌食にならないように
必死に物陰で震えて、声を潜めている。
公園の前のトラックが通るだけで、森の中の実装石たちは、その音に恐怖し
大声で怖がり騒いだ。
憔悴している体。目が覚めると腹が空腹を訴えてくる。
空腹の余り、森に散布された実装コロリを食べた同属が悲鳴を上げる。
その悲鳴が、昨日の恐怖を否応なく思い出させるのだ。
『デスッ!デススッ!!』
ガチガチガチガチ。手を頭にやり、頭巾の上から頭を掻き毟る実装石。
デギャ!!デギャ!!と小声で叫びながら、下着をコンモリさせて行く。
『デギャ… デギャァ…』
腰を降ろし、膝を抱える手が小刻みに震えている。
瞳孔は半ば、半開きになり、日が徐々に昇るに連れて、その悲鳴は次第に大きくなる。
穴を掘り始めて、そこに仔を埋め、仔を隠そうとする者。
繁みの葉を千切っては、懸命に頭に載せて、擬態を試みる者。
(ちゅんちゅん)
雀が木々の枝に羽ばたき降りる音ですら、悲鳴を上げる実装石。
『デスァ!! デスァ!!』
恐怖のためか、下着から手にした糞をその雀目掛けて投げる。
その糞が放物線を描き、他の実装石の頭に当たる。
(ぺちょ)
『デッ! デギャアアアアアアアアア〜〜〜〜〜ッ!!!』
まるで散弾銃で撃たれたの如く、悲鳴を上げる野良実装石。
抱かれていた仔実装は、テチャァァ!!と悲鳴を上げて地面に転がる。
その悲鳴が、この野良実装石の集団心理の恐怖のバロメータをMAXまで
引き上げる結果となった。
森を飛び出す者。
公園内を東西南北、悲鳴を上げながら、叫び回る者。
大木の幹に向って、それを両手で抱き、ガンガンと何回も頭をぶつける者。
池に飛び込み、そのまま浮かんでこない者。
恐怖は恐怖を呼び、同属同士での取っ組み合いも始まる。
力無き仔実装は、成体実装石の下敷きになっては、儚く悲鳴を上げる。
『デギャァァァァァ!!!』
『テチャァァァァァ!!!!』
『デェェェェン!! デェェェェン!!』
その騒ぎで、森の木々の鳥たちが驚き騒ぎ出し、一斉に飛び出し始める。
公園近くの住宅の飼い犬なども、同時に咆え始める。
連鎖的の続く、犬の遠吠え。
それはまるで、東京空襲の折の非常なサイレン塔の音にも似て、
公園内の野良実装を恐怖と混乱に陥れる最後の追い討ちとなった。
『デッ!!』
『デギャァァァァ!!!』
『ギャオゥーーースッ!! ギャオゥーーースッ!!』
『プルッシャァァァァーーッ!!』
野良実装、最後の日の幕開けである。
−19−
その森の向こう。
昨日、サバトを興じた宴の後に、1匹の実装石が倒れていた。
その実装石の手足や顔は、無残までの痣や傷で覆われていた。
ある者が一瞥すれば、それは実装石の死体であると見紛う程の様だ。
サクラであった。
昨夜のサバトの夜、後半からその目的は、サクラの産まれたての仔に向けられていた。
その晩餐の後、執拗に妊娠を迫る野良実装石も居た。
だが、野良実装が強制妊娠などの術を知っているわけもなく、リンチ後、
仔を生み終えたサクラ自身には興が削がれた感じであったのだろう。
サクラはそのまま放置され、リンチに飽いた野良実装達は眠りについたのだ。
サクラは同属達の悲鳴と、森の木々が揺れる鳥の鳴き声に目を覚ました。
そして、虚ろな視線で、森の木々の間から覗くまだ薄暗い空を見ていた。
無意識のうちに、左手で、自分の腹を擦った。
昨日までは、張ち切れんばかりの腹部は、ぶよぶよの皮で弛んでいた。
 私のお腹… ぺしゃんこデスゥ?
 子供…? そうデス… 私の子供ぉ… 何処に行ったデスゥ?
サクラはぺしゃんこになった自分のお腹を虚ろな目で見つめた後、
顔をゆっくり、右へ、左へ向けては、子供を捜した。
自らの股間辺りに、散らばる血と糞と泥と羊水。
『デッ…! デデ…ッ!!』
サクラは、わなわな震えながら、混濁した昨晩の記憶を手繰る。
 確かに、子供産んだデスゥ。抱いた子供は暖かかったデスゥ。
 粘膜舐めたデスゥ。ママも喜んでたデスゥ。
 そうデス。名前、名前つけたデス! メロンってつけたデス!
 喜んでいたデス! とても、喜んでいたデス!
サクラは思い出したように、右手を見やる。
その右手の手のひらには、昨晩は暖かかった糞が握られていた。
既に冷え固まった緑の塊。
そして、思い知った。
昨晩の事を。
『……デス』
『…………』
『………プ』
『…デププ』
『デププッ!』
サクラの喉から聞こえるそれは、狂気に近い響きが含まれていた。
『デプププッ! こんなの夢デスゥ♪ こんな事あるわけないデスゥ♪』
サクラは、仰向けのまま、まるで誰かに向って喋るかのように続ける。
『そうデス♪ 夢ッ! ぜんぶ夢デスッ! デピャッ!! ピャピャッ!』
サクラの目は虚ろで、瞳孔も開きかけていた。
半開きの口からは、唾液がだらんと垂れ始めている。
サクラの股座からは、暖かい小便が洩れている。
『デピャッ! デピャピャッ! デピャピャピャッ!』
夢であるはずはない。
それはサクラ自身がわかっている事だった。
実装石は精神的に耐えられない重圧を加えられると、自らを脳内楽園へ逃避させ
精神の安定を図ろうとする。
それが出来ない個体は、偽石と呼ばれる実装石の生命を司る器官がストレスのため
崩壊すると言われている。
サクラは、自らを妄想の中へと置き、精神の崩壊を防がんとした。
 デチュー!! デチュチュチュ〜〜〜!! あ、ママデチュゥ〜〜♪
 金平糖〜♪ ステェーーキィ〜♪ アワアワッ オ・フ・ロッ!!
サクラは妄想の中では、仔実装だった。
ピンクのフリフリのドレスに青いリボン。
飼い主である男に抱かれ、その周りには金平糖やステーキなどが回っている。
サクラは顔を赤らめ、男の唇に、自らの唇を重ねた。
耳までが赤くなっているのがわかる。
 ママ… ママ… 嬉しいテチュ… ママと結婚できるなんて素敵デスゥン♪
次に現れたのは、黒髪の実装石だった。
男と自分との間の仔実装だ。名はなんとしようか。
にしても、可愛い。なんて、可愛いんだ。
 この仔、ママとの子供デスゥ♪ 目元なんて、ママにそっくりデスゥ〜♪
『デピャッ! デピャピャッ! デピャピャピャッ!』
腐った魚の目をしたサクラは、デピャピャピャと下品な高笑いを続け、
自らの左手で、自らの総排泄口を弄っていた。
どす黒い総排泄口は、残った羊水と尿と次々と溢れる愛液で、べとべとになっている。
手についてそれを、サクラは貪るように舐める。
 また生まれたデスゥ。また生まれたデスゥ。
 ママとの愛の結晶デスゥ。名前は、そうデス。
 スモモ。イチゴ。メロン。そして、バナナにするデスゥ♪
『デピャッ! デピャピャ…… デ…… デェ……… デエエエェ!!』
自らの妄想の先に現れた男との間の子供。
それが、現実の失った子供たちの記憶と重なり、否応なしにサクラを現実に引き戻した。
一瞬の体の高ぶりと脳内のイメージが、全て架空の物と気付いてしまう。
『……ェェ! デェェェ!! ディエエエエエェェェェンッッ!!!』
全ての希望を失ったサクラは、まさに今、崩壊せんとしていた。
『デェ…』
泣きたくても、もう涙も枯れていた。
お腹の中の子供達も、もう何処にもいない。
ママもスモモもイチゴもバナナも傍らにいない。
もう終わりたい。もう終わりにしたい。
こんな辛い思いをするのなら、もう終わりにしたい。
サクラは暫く動くのをやめ、静かに時を待った。
体が痺れてきた。頭の奥。その奥が痺れる感じがする。
痛い。とてつもなく痛かった。
耳の鼓膜の奥。そこから、ピキッ…という音が聞こえたように思う。
痺れが、手足から胴に広がってきたように思う。
息が苦しい。体中の全ての機能が止まろうとしているのだ。
苦しい!苦しい!
でも、動かない。手足が動かない。叫ぼうとも、声もでない。
涙も出ないのだ。
ただ、耳の奥の音。何かが割れような音がリアルに聞こえるのだ。
そして、サクラは思った。
            私、死ぬデス。

−20−
「……」
 私、死ぬデス。
 死んでしまうデス。
「……」
 スモモ… イチゴ… バナナ…
 みんな元気で生きるデス… ママがいなくても強く生きるデス…
「……ッ」
 
 スモモ、妹たちをよろしく頼むデス…
 イチゴ、ツンデレは流行らないデス… 素直になるデス…
 バナナ、ウンコばかりしては駄目デス…
 デズゥ… もう1度… もう1度だけ、抱きしめたかったデスゥ…
「…ッ …ッ」
 
 ママ… 愛してるデス。
 私、ママに会えて幸せだったデス
 私はきっと、世界一幸せな実装石デス
 ありがとうデス… ママ… サヨナラデス
「…ッ! …ッ!」
 でも、恐いデスゥ…
 死ぬの恐いデス。 恐いデス!
 痛い…デス 苦しい…デス
 もっと生きたいデス! もっと生きたいデス!
「〜ッ!! 〜ッ!!」
 さっきから…何デス?
 騒がしいデス…
 右手のてのひら…? 何か動いているデス?
サクラは朦朧とする意識の中、無意識に瞼を開いた。
今のサクラにとって、瞼を動かすことすら、重労働だった。
見れば、手のひらの糞の1部が、もぞもぞと動いている。
必死にもがこうとしている何かが。
サクラは見た。
糞から必死に顔を出そうともがく動くそれを。
『デ……デ……デスゥ…』
枯れたはずの涙だった。
出るはずのない声だった。
動くはずのない右手が動き、ゆっくりとその糞を顔元に寄せる。
痺れていたはずの手足には血が通い、蒼白に近かった唇には赤い物も帯び始めた。
枯れたはずの涙は、それこそ無尽蔵に溢れ出る。
『…デスン……デスンデスン』
サクラの右手の中で、糞塗れになっている小さな物体は、手足をバタつかせながら
固まった糞から必死に頭を抜こうと、もがいている。
通常仔実装たちは、母親の羊水に満たされた子宮の中で成長していく。
無論、無呼吸で成長していくため必要な酸素などは、その羊水から摂取していく。
羊水から出され大気に触れた後、この世に生を受けた喜びを表す産声と共に
初めて肺による活動を始めるのだ。
手のひらの彼女は、糞と共に輩出され、その過程を経ていなかった。
その仔実装は、外気に触れず、まるで羊水の中に包まれていたような状態で
数時間ちかく仮死状態に居たのだ。
サクラは血まみれの口から痺れる舌を出しては、やさしく糞を舐めとってあげた。
2度、3度舐め取ってやると、糞から頭が抜けた。
その拍子に草むらに転げ落ち、その小さな実装石は、産声よりも痛みによる悲鳴を
先にあげる。
「レチィィィィーーー!!! レチレチーーー!!!」
サクラは震える体に鞭を打ち、体を起こしては、その小さな小さな実装石を覆うように
体を傾けた。そして、言った。
『こんにちわ…デス。私の実装石…』
「レ…レチャ!?」
草むらで泣き続けていた親指実装は泣きやみ、自分を覗き込む顔の腫れた実装石を見上げる。
「レ… レチィ?」
糞の中から生まれた親指実装石は、不思議な顔をしている。
右手を口元にあて、首をかしげて、自分を覗く大きな涙目の実装石を見上げた。
涙ぐむそのボロボロの実装石の顔をみて、親指実装は、その優しい瞳の持ち主が母であることを悟った。
(続く)