サクラの実装石

 

 

 

 『サクラの実装石7』
■登場人物
 男  :仔実装のサクラを拾い育てる。サクラ親子の飼い主。
 サクラ:男に拾われた実装石。厳しく躾けられ、一人前の飼い実装となる。
 スモモ:サクラの長女。
 イチゴ:サクラの次女。
 メロン:サクラの三女。サクラの折檻で死亡。
 バナナ:サクラの四女。
■前回までのあらすじ
 「実装石の飼い方」
 書店で手に入れたその本で、初めて実装石の飼育に挑戦する男。そして、その
 仔実装の「サクラ」。男はサクラに適切な躾を施し、サクラは仔まで産む。
 サクラは、厳しい躾の末、三女「メロン」を殺してしまう。サクラは再び妊娠
 をするが、サクラは躾をすることを恐れてしまう。躾が止まったために、
 増長する他の仔実装達。仔実装達は、男に糞を投げつけ飼い実装としての禁忌
 を犯してしまう。身重のサクラは、仔実装達の躾を行うため、男の庇護のある
 生活との差を実感させるために、仔実装達と共に自ら公園の野良生活に身を落
 とした。公園では、仔実装達は糞を喰らい、サクラは尿を浴びていた。
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男は昨晩はよく寝付けなかった。
サクラ達を公園へ送り出し、家に戻ったのが夜の0時を回っていた。
男は、普段は酒を飲まない。
その日、戸棚に仕舞っているウィスキーを舐めながら、男が就寝したのが深夜の2時だった。
翌朝、目が覚める。
頭が痛い。
飲みなれぬ酒などを呑んだからだ。
寝室を出て、階下へ降りる。
いつもなら、机の上にサクラが配膳を終え、そこに仔実装達といっしょに座りながら、
男の目覚めを待っているはずだった。
だが、その姿もない。
男は朝食の準備をする。
いつもなら、サクラ達とくだらない話をしながら、朝食のメニューを2品、3品
作っているところだ。
しかし、その気力も失せている。
男はパンを焼いたものと、インスタント珈琲を入れたものだけを食卓に置き、
改めて、サクラが座っていたいつもの場所に目をやる。
何も盛られていない空白の皿。
静かな朝の食卓。
サクラのいない朝。
サクラと過ごしたこの3ヶ月が、男にとってどんなに大事だったのかを思い知った朝である。
男は携帯を取る。
サクラからの受信がないかを確かめるためだ。
昨日の夜半からにかけて、男の携帯への受信はなかった。
それもそうだ。
まだ、サクラが公園の生活を始めて1日も経ってはいない。
サクラは強い子である。
自分から言い出した躾。
それを放棄することはあるまい。
だが、しかし・・・
男は考える。
餌は取れるだろうか。
子供達は泣いたりしていないだろうか。
ダンボールハウスは寒くはないだろうか。
糞を漏らしたりしてはないだろうか。
オヤツを欲しがっては、泣いてはいまいか。
玩具で遊びたがっては、泣いてはいまいか。
嗚呼・・
考えれば考えるほど、男は居たたまれなくなった。
すぐにでも、公園に飛び出したくなる。
男は気晴らしにTVを見ても落ち着かず、雑誌を見ても落ち着かず、
煙草を一箱、空にするぐらいに吸い倒した挙句、男は、夜を待たずに
携帯電話を取り上げ、サクラに連絡を入れた。
昼を少し過ぎた頃だった。
その少し前。
公園には、餌を求めて彷徨うアンモニア集団があった。
中年の男に排尿をかけられた野良実装石の集団である。
その中にサクラの姿もあった。
実は、この日は野良実装にとって幸運な日になるはずだった。
この日は、公園の近くに住む愛護派の人間が、こぞって公園に詰めていたのだ。
普通であれば野良実装達は、その愛護派の人間達から、相当量の餌を得る事ができたはずだ。
しかし、その愛護派たちが驚いたのが、このアンモニア集団の出現である。
『デス〜♪ 私にもステーキをよこすデス〜♪』(ぷぅ〜ん)
『この可愛らしい私のために、わざわざ来てくれたデス〜ン♪』(ぷぅ〜ん)
尿を顔から垂らしながら、口元に手を当てて媚びるアンモニア集団。
その様を見せられては、流石の愛護派もたじろかざるを得ない。
『デ?なんで、逃げるデスか! まだ何も貰っていないデス!』
『デスッ!デスッ! 待ちやがれデス!』
『餌が欲しいのデス! 家にはお腹を空かせた子供達がっ・・』
サクラもアンモニア集団の一員として、必死に媚びた。
しかし、その集団の姿、匂いが愛護派の人間すら遠ざけてしまっている。
アンモニア集団は、公園のありとあらゆる人間に餌を媚びまわった。
飼い実装を連れて、公園を訪れている気だるい午後のマダム(46歳♀)
「なっ!何ザマスかっ!この臭い集団はっ!行くザマスよっ!エメラルドちゃんっ!」
「デフー」
『デ、デスッ! 可愛い私を置いて、何処へ行くのデスッ!』
会う人間、会う人間、すべて顔をしかめて避けて行く。
 おかしいデス。いつもなら、私の魅力にメロメロのはずデス・・・
 おい。餌を置いていくデス! 何故逃げるデスか! デギャー!!!
 ママー! お腹空いたテチー! 空いたテチー!
サクラも、餌を媚びるために必死に、人間に向って叫んだ。
昨日から何も食べてないこと。子供がお腹を空かせているいること。
この公園で食べ物を取ることができないこと。
しかし、その叫びもアンモニア臭の前には無情にも無視され
公園内の中央には、途方に暮れた野良実装の一団だけが残された。
『き、貴様らのせいデスッ! 臭い匂いをプンプンさせて来るからデスッ!』
他所のベンチで、愛護派から順調に餌を貰っていた実装石が言う。
『何、自分の醜さを棚に上げて言ってるデスッ!』
野良実装の間で、醜い争いが生じた。仔実装も含め総勢30匹はいるだろうか。
 
「デスデスッ!」「デギャー!!!」「デェスァ!」「デスデスッ!」
思い思いの糞蟲ぶりを発揮し、汚い罵りあいが始まった。
『貴様の醜さのせいで、餌を貰い損ねたデスッ!頭かち割って反省しろデスッ!』
『おまえは自分の糞でも喰ってろデスッ! デシャァァァァァァ!!!』
『臭い面近づけるなデスッ! 悪臭デスッ! 悪臭デスッ! キムコッ!キムコは何処デスゥゥ!』
罵倒から始まったそれは、次第にエスカレートし取っ組み合いの喧嘩に発展していく。
その罵倒の中、サクラはどうしてよいか、オロオロと周りを見回している。
その時だ。
 デスゥゥゥゥゥ〜♪ デスゥゥゥゥゥ〜♪
少し高い音の電子音。
「デ?」
「デデッ!?」
乱闘を続けていた野良実装達の手が止まる。
高い周波数の電子音の出所を、実装石たちは「デッ?デッ?」と首を左右に振りながら探している。
 デスゥゥゥゥゥ〜♪ デスゥゥゥゥゥ〜♪
その音の出所は、サクラの実装フォンだ。
サクラは顔を赤らめながら、両足を内股にし、少し前かがみになる。
下着に挟んだ実装が、バイブレーション機能により、小刻みに震えているからだ。
音の出所がサクラだと気付くと、野良実装達が、一斉にサクラの方を向いた。
「デェ?」
「デデ?」
小便で濡れた髪の毛が、額にこびり付いている野良実装の赤い目と緑の目。
糞の滓(かす)を溜めた黄色い歯が並ぶ口で、デフーデフーと臭い息を吐きながら、
?な顔で見つめる野良実装の赤い目と緑の目。
その他多くの赤い目と緑の目。
 デスゥゥゥゥゥ〜♪ デスゥゥゥゥゥ〜♪
サクラは「デ…♪」と頬を赤らめながら、下着の中からバイブレーションするそれを抜き取った。
サクラは不器用な手を使いながら、折りたたみ式の実装フォンを広げる。
この実装フォンは、緑のフォルムで仔実装の姿をデフォルメしており、上の部分には、
仔実装の耳らしき物がついており、左右には手のような物もついている。
サクラは、ボタンを押し、実装フォンを耳に当てた。
「サクラか?」
それは、男からの、ママからの電話だった。
『デスデス〜! ママッ!』
サクラは、耳元から聞こえる男の声に、思わず大きな声を上げてしまった。
サクラの実装フォンを覗き込んでいた野良実装が、その声に驚き「デェッ!」という
声を上げてのけぞってしまう。
「サクラ。今、どこにいる。仔実装達は無事か?」
『デスデス〜。子供達は無事デス。でも…餌が取れなくて困っているデス…』
やはりな。男は思った。
男は今、男の家の居間からサクラに電話を入れている。
飼い実装であるサクラが、果たして公園の中で育ち盛りの仔実装達のために、
十分な餌を取る事が果たしてできるのだろうか、と心配で電話を入れてみたが、その通りだった。
サクラの憔悴する声を聞いた男の決断は早かった。
「サクラ。そこで待ってろ。今、餌を持っていってやる。いいな。俺がつくまで待っていろよ」
『マ、ママッ! 来るデスかっ?』
「ああ。待ってろよ。すぐに行くからな」
『デス〜。ママッ!待ってるデスゥ〜!!』
そう言って、男はコンビニの袋に入るだけの実装フードを詰め、家を飛び出した。
 来る・・・。ママが来るデス・・・。嬉しいデス。嬉しいデス!
仔実装達の餌すら取ることができない自分の不甲斐なさに、落胆しているサクラが
やはり最後に頼ったのは、ママであった。
サクラは、男が餌を持ってくるというよりも、一晩ですらママに会えなかった寂しさが
こんなに辛いものなのかと、男の声を聞いて、改めて実感したのだ。
サクラは実装フォンでの会話が終わった後、サクラは気づく。
周りの野良実装の赤と緑の視線。
「デー?」「デェェェ…?」「デデェー?」
すべての野良実装の視線が、サクラの方向に向けられていた。
 今、一体、こいつは何をしていたんデスか?
 何か、独り言をほざいていたデス。
 ママって叫んでいたデス。あの変な玩具がアイツのママデス?
 おかしな奴デス。頭わいてるデス。
野良実装達にとっては、無論「実装フォン」など知る由もない。
野良実装達から見れば、何かブツブツと独り言を呟いている変な奴。
そういった感じに見られたに違いない。
『ママー あのオバチャンの独り言 変テチー』
1匹の野良仔実装が、素直な感想を母親に対して口にする。
そのストレートな感想が、他の野良実装たちの心象を見事に言い当てていた。
『デプッ…』
一匹の野良実装が笑う。
『変な奴デスゥ… デププゥ…』
笑いは伝染する。
2匹目、3匹目が、先程の滑稽なサクラの行動を、デププと笑い始めた。
『デプゥ!デプププゥ! 変な奴デスゥ! コイツ! 基地外デスゥ〜!?』
『デププププッ! ママ? その変てこな玩具が、貴様のママデスゥ?』
どうも、野良実装たちは、実装フォンに対して「ママ」と叫んだサクラの姿が滑稽に映ったらしい。
笑いは乾いた草原に広がる野火のように、野良実装の集団に一気に広がった。
 デピャピャピャピャピャッ!!
 デプゥ! デプププゥ! 
 テプププ、プギャアアッ!! プギャアアッ!!
野良実装の一匹は、自分の子供を片手で持ち上げ、耳に当て「デスゥ!デスゥ!」
とサクラの姿を真似ては、揶揄している。
『(声色を変えて)「デスデス〜! ママッ!」「デスデス〜! ママッ!」』
『そっくりデスッ! プギャァァァァァ!!! そっくりデスッ!』
『デピャピャピャピャ!! 頭がおかしいデスゥ〜! アルツハイマーデスゥ!』
「デ・・・デエェェェェ!!」
サクラはたじろく。
実装石は、本能的に他者を侮蔑する性質を持つ。
侮蔑することにより、他者より自身が優れている事を誇示する行動である。
逆に侮蔑されることは、自身が他者よりも劣っている事を示されている事であり
それは、実装石にとって、感情的、否、本能的に耐えられないことである。
しかし、サクラは周囲でサバトに興じる狂信者のような、野良実装のニタつく笑いに震えながら耐えた。
かみ締める唇。
緑の両目には涙。
震える足を叱咤しながら、男の、ママの顔を思い浮かべて耐えた。
『デスゥゥゥゥゥ〜♪ デスゥゥゥゥゥ〜♪』
実装フォンの呼び出し音を声色を変えて声帯模写する野良実装。
『デプププ。おまえのママは知障デスゥ!
  何デスか?その間抜けな鳴き声は? デスゥゥゥゥゥ〜♪ デスゥゥゥゥゥ〜♪』
サクラの顔と実装フォンに、交互に顔を近づけながら囁く野良実装石。
『助けてェ〜! ママァ〜! お友達がイジメルデスゥ〜〜♪』
直立姿勢を強要させた自分の仔実装を、実装フォンのように耳と口元に当てては、
サクラの真似事をする野良実装石。
『テチュゥゥゥゥゥ〜♪ テチュゥゥゥゥゥ〜♪』
直立姿勢を強要された仔実装石は、親が尻をつねると同時に、教えられた通りに鳴く。
まるで、小学生の教室で繰り広げるようなイジメの風景。
サクラは、その場で実装フォンを握り締めながら、緑の両目に溢れんばかりの涙を湛えながら、
必死に唇をかみ締めて耐えていた。
その時だ。
 デスゥゥゥゥゥ〜♪ デスゥゥゥゥゥ〜♪
タイミング悪く、実装フォンが鳴ってしまった。
しかも、サクラは今の置かれた現状が悲しくて哀しくて、実装フォンを取るなり
『ママァ〜〜!!!』
と叫んでしまう。
無論、その様を見ては、壷にハマり、転げるように嘲笑を繰り返す野良実装石。
「デプッ! デプププッ!!」
「テプププーーーッ!!! テプププーーーッ!!!」
「プギャッ! プギャッ! プギャーーーーーーッッ!!」
「テキャァァ!! テププーーー!!!」
野良実装石達の理不尽な侮蔑と嘲笑。
それはサクラ自身だけでなく、サクラのママにも向けられている。
今まで、必死に本能に抗いながらも、必死に耐えてきた涙。
しかし、実装フォンの向こう側に聞こえるママの声を聞くと
サクラはとうとう堰を切った風に泣き出してしまった。
『ママァ〜〜! ママァ〜〜! ディェェン! ディェェン!
 何処にいるデスッ!! 何処にいるデスッ!! ディェェン! ディェェン!』
「・・・ッ!!」
男は公園の入り口にまで来ていた。
先程、サクラに電話を入れて、全力で走り抜いた家から公園への道のり。
そして、公園の入り口で、再度サクラに連絡を入れた時に、実装フォンから
聞こえたのがサクラの叫び声だった。
「サクラッ! 今どこだ?どこにいる?」
公園の中に入り、全力で走りながら、男は問いかける。
『デェエエエエン! ママァッ! ママァッ! デェエエエエン!』
男は泣きじゃくるサクラを実装フォン越しに説得して場所を聞き出し、
公園の中央へとやってきた。
男の姿を捉えたサクラは、両手を仔実装時代のように、上下にバタつかせ、
アンバランスな体を左右に揺らしながら、全力で野良実装の群れの間を抜け
男の胸の中に駆け込み飛び込んでいく。
男は、アンモニア臭を漂わせるサクラを平然と胸で受け止めた。
男の胸の中で頭を擦り付けるサクラを、嫌な顔一つせず頭をやさしく撫でてやる。
「デェ!」
「デデデデェ…!!」
その有り得ない光景に、驚き戸惑う野良実装石たち。
「デス〜デス〜♪」
サクラは男の姿を見て安心したのか、男の両足の間を、8の数字を描くように
くるくると「デッス♪デッス♪」と甘えて回る。
時節止まっては、男の足に頭をすりすり。
そして、また「デッス♪デッス♪」と8の字に回る。
「デェ!」
「デデデデェ…!!」
野良実装石たちは、何か起こっているのか理解できない。
先ほどまで馬鹿にしていた相手が、いきなりやって来た人間といちゃついている。
相手を詰り(なじり)蔑む(さげすむ)事により、相手よりも有利に立っていたはずなのに
この状況を見せつけられる事は、先ほどまでの立場が逆転している事を認識せざるを得ない状況である。
そう。野良実装石たちにとっては、上から下に落とされたような状況なのだ。
先ほどまで高揚していた気持ちが、一気に現実に落とされたような感覚。
鼻につくアンモニア臭。十分に貰う事ができなかった餌。それから来る慢性的な空腹感。
そして、目の前に繰り広げられる自分より劣る知障の同属を、あたかも娘のように
あやすニンゲンの男。
何故だ。何故なんだ。
薄っぺらい板を母親呼ばわりする奇行を繰り返す白痴を、ちやほやと持てはやす!
その姿は、まるで飼い実装石のようではないか!
一通り甘え倒した挙句、肩で息をするサクラを男は抱き上げ、近くのベンチへと座った。
ベンチの周りでは、怨嗟(えんさ)の炎を瞳に灯した野良実装石がデスーデスーと喚き散らしている。
『私の方が、飼い実装石として相応しいデスッ!!』
『ニンゲンッ! 何を見ているデス! この可愛い私が眼に入らないデス!?』 
『知障の癖に図々しいデスッ!そこは本来、可愛い私こそが座るべき場所デスッ!』
しかし、舞い上がったサクラは、その野良実装石たちの怒号が聞こえない。
鼻から荒い息を吐き、男の膝の上で地面に届かない両足を交互にぶらりぶらりとしては
頬を紅潮させた顔で、男の顔を見上げている。
デスデスと喚くだけでは、埒が開かないことを学習した野良実装石たちは、
次は男をメロメロにする作戦に撃って出る。
『デプププ。これでニンゲンはメロメロデス♪』
『私の魅力に興味を示さない不能は、この世に存在しないデスゥ〜♪』
右手を口元に添え、デスゥ♪と媚びる。
スカートをめくり、緑の下着をチラリ。
腰を前後左右に激しく振りつけ、怪しい踊りを始める実装石。
「サクラ、吃驚したぞ。あんな声で鳴くから」
「デスデス〜デ〜ス!」
「あ・・・」
男は急いで来たために、肝心のリンガルを持って来るのを忘れた事に気付く。
「サクラ。リンガルを忘れてしまったんだ」
「デス?」
「わかるか」
「デ?」
「リ・ン・ガ・ル」
「デ・ス・デ・ス」
完全に無視されている野良実装石たち。
「デデッ!」「デエェェ!」「デスッ!デスッ!」
愛護派には通用していた得意の媚が通用しないことに、酷く自尊心を傷つけられる野良実装石。
ならば、こうだ。と言わんがばかり、過激な媚に打って出る。
オナニーを始める者。
両手で胸を揉みくだし、頬を紅潮させ、無い爪を噛む者。
大胆な者は、緑のパンツを膝まで下ろして、スカートを全開に開く。
こちらでは、後ろ向きで両足を開き、尻を高く上げては、尻の割れ目を両手で掴み
総排泄口を男の目の前で、全開にさせている。
しかし、男の視界には野良実装たちが入っていない。
『デギャァァァァ!! どうして振り向かないんデスかぁ!』
『この可愛い私の観音様をどうして拝まないんデスかッ!ブギャァァァァ!!!』
切れる野良実装石と2人の世界に入っている男とサクラ。
「そうだ!」
男は電話を取り出し、目の前にいるサクラに電話をかける。
実装フォンにはリンガル機能もついている。
実装リンガルを忘れたとしても、これを使えば会話は成り立つはずだ。
「サクラ。わかるか?」
『デス! 言葉が通じるデス!』
実装フォン越しで、男と会話を始めるサクラを、野良実装たちは不思議そうな顔で見ている。
「サクラ。ほら」
男は、膝に抱いたサクラに、鞄の中からコンビニ袋を取り出す。
それは、男が家に出る時に、抱えるようにして持ってきた実装フードだ。
「お腹減ってるんだろ。食べなさい」
「デデッ!」「デスゥア!」「デスデスッ!」
媚を続けていた野良実装石たちの動きが、一斉に止まった。
それは、野良実装たちの本能に訴える物。
良心的な愛護派から、1週間に1度、少量だけ貰うことができる幻の一品。
実装フード。
それも、袋一杯に溢れんばかりに詰め込まれている。
『デジャァァァ! ニンゲンッ! それをよこすデスッ! それをよこすデスッ!』
『ママーッ! アレ 食べたいテチー! 食べたいテチー!』
『黙るデスッ! アレはママの物デスッ! さぁニンゲン、遠慮なく渡すデス!』
野良実装石は、口から涎を溢れるほど零している。
実装フードを食べるところを想像しているのだろうか。
ゆっくりと、口を咀嚼するような振りをして、手をゆっくりと宙で掻きながら、
頬を紅潮させその想像の味を楽しんでいる。
そんな野良実装石をよそに、男は続ける。
「ほら。毛布も持ってきた」
男はバックパックの中から、サクラたちが使っていた愛用の毛布を取り出す。
「デェスァ!」「デスデスッ!」「デスデース!」
近所のスーパーの実践販売の前の主婦のような顔をする野良実装石。
「ほら。あいつ等の玩具」
それはバナナ達がお気に入りだった車の玩具。
「テチュア!!」「テチッテッチィィィ!」「デチチー!チィー!」
夢にまで見た玩具が目の前に。
輝く目をして、涙を流しながら、母親のスカートを引っ張る仔実装たち。
「ほら。金平糖も持ってきた。プリンもあるぞ」
次々と鞄の中から取り出す男。
「デジャァァァ!!」「デチャアアア!!!」「デギュオアァァァ!!」「テチァァァァァ!!」
男の鞄から溢れる夢のアイテムの数々に、興奮する野良実装石たち。
しあわせ回路全開で、すべて自分のために与えれると勘違いしデプププと頬を赤らめる。
『玩具ッ!! 玩具ッ!!』
夢の車の玩具を目の前に、その場で仰向けになって親に玩具を要求する仔実装。
その野良実装の喧騒の中、サクラは、目の前に出された品々と男の顔を交互に見ては、
実装フォン越しに男に言う。
『ママ…、これは貰えないデス』
「・・・!」
『これを貰ったら、元の生活と変わらないことになるデス』
男は激しく後悔をしていた。
わかっていた。わかっていたはずだ。
サクラなら。サクラなら、絶対にこうするはずだと。
サクラ自身もお腹を空かせているはずだ。
それも身重の体。必要以上の栄養を欲する体。
そう。彼女の実装フードを持つ手は震えているではないか。
わかっていながらも、こういった行動しか出きぬ男も不器用であれば、
こういった回答もできないサクラも、不器用な実装石であった。
男はしばし自らを叱責し、そして考えた挙句サクラに言う。
「わかった。サクラ。だったら餌を取りに行こう」
「デ?」
「俺も手伝う。餌と言っても、こんなに野良実装がいるんだ。どこかに食べれる物もあるさ」
男は毛布や玩具、金平糖に実装フードを鞄の中に入れるとサクラを抱いて立ち上がった。
鞄の中に消えていくアイテムを見ては、野良実装たちは一層に騒ぎ立てる。
「ほら。こいつらも、こんなに元気だ。ってことは、食べれる物があるってことだろ」
男がベンチを離れようとする。
「デジャァァァ!!」「デチャアアア!!!」「デギュオアァァァ!!」「テチァァァァァ!!」
夢をアイテムを持った人間をそのまま、実装石たちが放っておくわけはない。
男の前に立っては、ありとあらゆる媚や奇行を繰り返しては、男の気を引く。
『そんな知障よりも、私の方が可愛いデスッ! どうしてもって言うなら
 その知障の代わりに、飼われてやってもいいデスゥ?』
『馬鹿なニンゲンデス! デプププ。 その鞄の中身を置いていくのを忘れているデスゥ。』
『テチュー!! 玩具ッ! 金平糖ッ! テチュー!! テェエエエエエン!』
しかし、人間の歩幅に追いつくはずもない実装石たちは、徐々に男との距離が開いてしまい、
焦り始めてくる。
そのうち、野良実装石の一匹が気がついた。
サクラが持っている実装フォン。
あれだ。あれに違いない。
あれを使って、ニンゲンをあたかも僕(しもべ)のように扱っているのだ。
『あれデス! あのへんな玩具を使って、ニンゲンを操っているんデスッ!』
「デデッ!」
「デスゥエ!?」
一匹の叫びに反応する野良実装たち。
そう言われるとそう言う気がしてくる。
たしかに、あいつが持っている玩具に対して何かを叫んでから、人間がやってきた。
そうデスか。デプププ。そういったカラクリデスか。
『デププププ。これで私も飼い実装デスゥ〜♪ 毎日ステーキ三昧デスゥ〜♪』
1匹の野良実装が、自分の仔実装をおもむろに掴むと、それを耳元に当てた。
『デスゥゥゥゥゥ♪ デスゥゥゥゥゥゥ♪ ママ? ママいるデスか?』
「デデッ!」
負けじと、こちらでも同じ事を始める。
仔実装の服と肉を掴んで、持ち上げているため、仔実装は悲鳴を高くあげる。
仔実装のいない野良実装は、カマボコの板やスリッパを使っては、
『デスゥゥゥゥゥ♪ 金平糖持ってくるデス! デプププププ』
と叫びまわっている。
奇妙な行動を繰り返す野良実装石たちは、サクラ達が公園から出ても、日が暮れるまで、
それを繰り返していた。
そのうち人間が来るはずだ。
この美しい私を飼い実装として迎えるために、袋一杯の実装フードを抱えて。
『テププププ! 玩具テチッ! 玩具テチッ!』
『金平糖レフ! 金平糖レフ!』
『デププププ あと寿司も追加デス。糞ニンゲン』
『テチィィィィィィィィィィィ…』
『デスゥゥゥゥゥ!ママ? なんで来ないデスか! デギャァァァァァァ!!』
野良実装が奇声を公園内で発している頃、公園の隅。
男が置いたダンボールハウスの前では、サクラの仔実装たちが脅威にさらされていた。
『金平糖はまだデスか…』
安全な家のはずのダンボールハウス。
必死に野良実装のリンチの手を逃れて、帰って来たはずの安心な家。
そこに現れたのは、サクラ以外の見知らぬ成体の野良実装石であった。
(ガチガチガチガチガチッ!!) 頭蓋骨の頭まで響くほど、スモモ達の歯は鳴っていた。
(ガクガクガクガクガクッ!!) 立っていられない程、膝はガクガクと震える。
(ブルブルブルブルブルッ!!) 体は小刻みに震え、柔肌には無数の鳥肌が粟立っている。
「テテテテ… テチュ♪」
「「テチュ♪」」
お決まりの媚。
この公園は、温室の中で、蝶よ花よと育てられた飼い実装には、あまりにも過酷過ぎた。
『金平糖はまだデスか?』
そう。スモモ達は、あまりにも世間を知らな過ぎた。
「テチテチー♪」
「「テチュ〜ン♪」」
男の庇護の生活がどれほど慈悲深きものであり、母の愛がどれほど深い物かを知るには、
あまりにも幼すぎた。
『金平糖… デ、デエェェェ…』
倍に腫れた顔で媚びる裸仔実装石。
顔には緑の血や糞がこびりつき、髪はざんばら。所々抜け落ちている。
血まみれの歯茎を剥き出しにして、媚びるその様は、明らかに不快な行為に映る。
「テチュ〜ン♪」
「テチュテチュー♪」
「テチュ♪テチュ♪テチュ〜ン♪」
もうスモモたちに残された選択肢は、無様な媚を続けるだけであった。
しかし、その媚が無駄な行為と悟り、その媚が悲鳴に変わるまでに時間は、そう要さなかった。
『止めるデス』
ここで、その薄汚い媚を止める選択肢は、スモモ達にはあった。
しかし、目の前の恐怖の対象であるそれの微妙な表情の機微などを読み取るなど
この仔実装たちには難しすぎる処世である。
『その薄汚い笑いを止めるデス』
「テ?」
媚がまったく通用しないと気づいた時には、既に遅い。
先約実装石は、媚びるスモモたちの髪を掴むと、ダンボールハウスの中へ引き込んだ。
「テチャァ!!」
「テギャァァァ!!!」
「テチーテチー! ティギャァァァ!!!」
スモモ達の悲鳴が鳴り響く。
仔実装たちが、ダンボールハウスの中に引き込まれた後、その悲鳴は一層高く鳴り響いた。
その先約実装石は、元飼い実装である。
この街に住む名士の娘が気まぐれで飼い始めた実装石。
躾らしい躾を施されず、娘が可愛がりたい時にのみ可愛がれ、屋敷の中では
傍若無人に振る舞い、育てられ来た。
仔実装の頃は、毎日のように娘に甘え、豪華な食事、服をねだり、糞の世話などを、
屋敷の使用人に処理させてきた。
文字通り、お姫様のように育てられてきた実装石であった。
毎日のように可愛がられてきた日々。
しかし、その生活が崩壊する日は遠くなかった。
仔を産み母となる実装石。
喜び。新しい命。母となった実装石は、仔を慈しむ(いつくしむ)。
母性としての本能は、どんな傲慢な実装石に備わっていた。
飼い主である娘も、新しい家族の誕生を喜び、彼女の子供達を迎えた。
崩壊の日の前日、実装石は気づいた。
飼い主の愛。その愛の向け先に。
飼い主は、実装石の子供たちを溺愛していた。
仔実装たちの名前を呼んでは、抱き上げ、口づけを行い、甘い金平糖を与える。
「あれ・・・私の金平糖は?」
ふと気づく。
暫くの間、あの甘い金平糖を与えられていない事に。
仔を産む前には、毎日のように飼い主である娘から、与えられていた金平糖。
しかし、仔を産み、育て、慈しむ日々の間、その金平糖は、仔実装のみに与えられている。
「ねぇねぇ。私の金平糖は?」
そう飼い主である娘に訴える。
しかし、仔実装がテチュ♪と媚びるだけで、飼い主の娘は仔実装たちに付きっ切りだ。
崩壊の日の前夜。
実装石は気付いたのだ。
金平糖を、今までどおりに貰う方法を。
実装石は、泣き叫び、生き延びるために必死に母に媚びる子供達の血と肉を味わいながら、
明日は飼い主から金平糖を貰える事を確信しながら、眠りについた。
子供達の悲鳴の声が耳に心地よかった。
そして、次の日からはよく覚えていなかった。
気がつけば、広い庭。屋敷の庭よりも広い庭。見たことのない風景。
いつも自分を世話していた人間の使用人が連れて来た場所が、この公園だった。
殺すのに忍びないと言った飼い主の最後の慈悲がそれだった。
通常、飼い実装石が野良の生活に身を落とせば、数日で命を落とすことになる。
それほど、公園の生活は厳しいからだ。
まず餌を取ることができない。
ここで、まず6割の飼い実装石は命を落とす。
残りの3割は、同属の迫害や、人間に免疫のないために虐待派などに関ることで命を落とす。
わずか1割以下。
それが、飼い実装が、野良生活で生き残る確率である。
この飼い実装が幸いしたのは、実の子供達の味を知ったことにある。
捨てられた当日から、この実装石は選んで、仔喰いを始めた。
野良実装は通常、仔実装を巣に残して餌を取りに出かける。
巣の場所の当たりをつければ、親の留守を狙って、巣を襲う。
巣では、テチーテチーと鳴きながら、親の帰りを待つ仔実装たち。
親以外の成体を目の前にした仔実装達は、悲鳴を上げて狭い巣の中を逃げまとう。
それを、片っ端から捕まえては、喰った。
旨い。
なんと子供は旨いのか。
私の子供も、いい声で鳴いて媚びた。醜い媚だ。
今、入った巣の仔実装たちも、私を見るなり、大声で母親の助けを求め、
助けがないと悟ると、媚び始める。震える手を口元にそえ、テチィ?と涙ぐんだ目で私を見る。
そこを頭から喰らいつく。
まったく、簡単だ。
この先約実装石は、そうやってこの公園で生き延びてきた。
しかし、彼女にも忘れられない味があった。
あの甘い味だ。
金平糖。
様々な色があったように思う。
赤。血の色だ。
緑。糞の色だ。
白。パンツの色。
黄。小便の色。
思えば、思うほど、それを恋焦がれる。
そして、彼女はその味に、この野良生活で初めて、めぐり合った。
「すまんな。これで頼むよ」
昨夜はこのダンボールで寝ていたら、見たことのない下僕がやってきては
その懐かしい味を運んできた。
 夢中でしゃぶりついた。
 口の中に広がる甘味。舌が痺れる程の味。
 味と共に、脳内には昔の飼い主の顔が浮かんだ。
 少し媚びてやれば、毎日オヤツをくれた飼い主の娘の顔。
 醜い飼い主であったが、毎日オヤツを与えてくれる所だけは褒めてやってよい。
 嗚呼、懐かしい。
 あの下僕は、何をしているだろうか。
 
 そう思っていると、口の中の金平糖はすべて溶けていた。
 食べ終わったのだ。
 
 気がつくと、先程の下僕が私を上から覗いている。
 そうか。これが新しい私の下僕なのだ。
先約実装石は、そう理解した。
「すまんな、もう無いんだ」
新しい下僕はそう言う。なんと使えない下僕か。
先約実装石は、抗議の声を上げようとしたが、ここは堪えた。
前の飼い主も、時間はバラバラであったが、毎日金平糖を与えてくれた。
今日は、先程食べた金平糖で許してやろう。
だが、明日は長靴一杯の金平糖を持ってこさせてやる。
 わかったデス。明日もここで待ってやるデス。
そして、次の日の昼。先約実装石は、再び空のダンボールハウスに潜り込んだ。
そして、彼女は上機嫌だった。
 今日も下僕がやってくるデス。やってくるデス。
 デプププププ。ここは、まったくお菓子の家デス。
 金平糖だけじゃないデス。
 寝ているだけで、食べ物までやってくるデス。
 あの下僕もなかなかやるデス。
 ポリッ、コリッ、ポリッ、コリ…
 
 うまいデス。
 仔実装は、甘くてうまいデス。
そう言って先約実装石は、寝転びながら、仔実装の足や手と思われる肉をコリコリと齧っている。
 ぶぅぅぅ〜
時折、屁をひりだしては、ケツを掻いたりしては、仔実装の肉をついばむ。
「チィ……テチィ……」
手足のない達磨状態の仔実装が、か細く鳴いた。
仔実装の肉は、腐ってしまうと、その甘みが極端に落ちる。
それは、先約実装石の経験からわかっていた。
だから、殺さぬよう手足から、生きたまま齧る。
齧るときは、足からだ。
それは、仔実装が逃げ出さぬようにするためでもある。
「テ…デチャアアア!!!」
先約実装石の手の中で叫ぶ達磨仔実装が、最後の力を振り絞って鳴く。
『デプププ。昨日捕まえたこの仔実装は、いい声で鳴くデス』
先約仔実装の後ろ側。
ダンボールハウスの奥に、スモモ達はいた。
スモモ達は逃げ出さぬように、先約実装石に、ある細工をされている。
スモモらの後ろ髪。
先約実装石は、その不器用な手で、仔実装の銘々の後ろ髪同士を、
丸結びで結びつけていた。
スモモが前に逃げようとすると、結び付けられているイチゴとバナナが引っ張られる。
イチゴも前に逃げようとするので、残り2匹を引っ張る。
バナナも同様だ。
「テチッテッチィィィ!」
「テッチー!テチテチー! テェェン!テェエエン!」
「デチチー!! テェエエエエエン!」
恐怖の余り、本能で逃げようとする仔実装たち。
しかし、体は一向に前に進まない。
それどころか、逃げようとする度に走る痛み。
それは、後ろ髪が引っ張られているために走る痛みだった。
『デプププ。今晩の食事はこいつらで決まりデス』
後ろでデジャァァァ!!と叫ぶスモモ達をみては、デプププと笑う。
そして、先約実装石は手の中の達磨に向って言った。
『おまえ。助かりたいデスか?』
「チチチチ… テ…チュ♪」
無様な媚。デプププ。
先約実装石は、そこ媚びる仔実装を頭から齧る。
ぼりっぽりっと咀嚼をしては、口の中に広がる甘露の味に舌鼓を打った。
3方向で引っ張り合いをしているバナナの向きが、丁度、その達磨仔実装の最後の惨劇を
目の当たりにする位置に居た。
「テチャアアア!? デヂュアアアア!!!!」
同属が命を落とす様を見せ付けられ、叫び声を上げるバナナ。
癇癪を起こしたように、出鱈目に前に出ては、後ろ髪を引っ張られ、尻餅をうつ。
「テチ!テチテチテチテチテチテチテチテチテチ…」
その様を見る先約実装石。
手の中の達磨をすべて食べ終え、手についた血と糞を舐め取っては、少し腹は落ち着いたようだ。
 
『ゲプッ…少し、喉が渇いたデス』
ゲップをする先約実装石は、スモモたちが逃げれないのを確かめると
ダンボールハウスを後にし、公園の中央の噴水に向って歩いていった。
「デチャアアア!!! デチャアアア!!!」
先程の同属の死に、まだ気が高ぶっているバナナ。
その度に、発作のように暴れる。
「デチチー!!」
「デチャア!」
そのつど、髪の痛みを訴える姉たち。
恐怖と理不尽な髪の痛み。何故か自由にならないもどかしさ。
それは、仔実装の単純な思考を混乱に陥れる十分な要素だった。
「デヂュアアアアアア!!!!」
「ヂュアア! テェエエエエエン!」
「ウポッ!! ウポポッ!!」
その時だ。
髪を結び付けていたそれが外れた。
暴れていたバナナは、勢い良く前につんのめり、ダンボールハウスの壁に顔面からぶつかる。
それは、スモモの髪。
先程の野良仔実装のリンチの際、実の妹のバナナにより引きちぎられた短い後ろ髪が幸いした。
スモモの後ろ髪が短いため、3匹の後ろ髪が結び付けられたその結び目をすり抜けたのだ。
スモモの髪の毛がすり抜けたため、その結び目は緩くなり、仔実装たちの力でも、それを外すことができた。
『デチチー!! 逃げるテチィ! 逃げるテチィ!!』
自由な体になったスモモ達は、ダンボールハウスから急いで逃げる。
逃げる。
何処へ?
自問するが、仔実装たちに答えなどは見つかるはずもない。
野良実装たちのリンチから、逃げ切った末のたどり着いた安全な家。
その安全だったはずの家には、同属たちの手足が四散していたのだ。
「テチッテッチィィィ!」
「デヂュアアアアアア!!!!」
「テチィィィィィィィィィィィ…」
裸のまま、公園内を突っ走るスモモ達。
死亡フラグを撒き散らしながら、スモモ達は公園内を、母を求めて駆け抜けた。

男はサクラの餌の収集を手伝っている。
野良実装石などは、公園のゴミ箱やコンビニの周辺のゴミを漁って生計を立てている。
それでも足りない場合は、公園の野草や池の中に小魚などを採取する。
公園の愛護派から貰える餌は、この公園に生息する野良実装石の数に比べると微々たる量なのだ。
男にとってもゴミから餌を漁る行為など、生まれて初めての体験だった。
思ったよりも大変な重労働である。
ゴミ箱の中には、腐臭を漂わせる食物もある。
蛆が湧き、子蠅がたかっている食物。思わず吐きそうになる場面もあった。
『これはまだ食べれそうデス…』
そう言って、腐った林檎の芯を拾っては、ポケットに詰め込むサクラ。
その姿を見るだけで、男の目頭が熱くなる。
男はサクラのために、せめてもと栄養価の高い物をと、体中泥だらけになりながら餌を集めた。
2人、力を合わせれば、作業も早い。
なんとか1日分ぐらいの食料は手に入れることができた。
無論、男がゴミ箱を開けたり、サクラが登れないところに手を貸したりと
男の力に寄るところは多かったが、今回の過程の中で、どこに何があるかなどを
サクラは理解する。
サクラも汗だくで、体中から様々な異臭を漂わせていた。
男も同じだ。汗だくで、服が泥と染みで薄汚れている。
その有様を二人で見合い、そして笑い合った。
サクラは思う。
やさしいママ。
ずっと、このママと一緒に暮らしたい。
勿論、スモモ、イチゴ、バナナも一緒だ。
そして、このお腹の中にいる新しい家族も。
いち早く、このやさしいママの素晴らしさを、子供達に理解させたかった。
だから、少しだけでも厳しい生活を体験させるのだ。
そして、思い出して欲しいのだ。
サクラのママの素晴らしさ。ありがたさ。そして、やさしさを。
(ポツッ……ポツッ……ポツッ……)
その日の天気予報は、晴れのち曇。
所により、にわか雨があるという予報。
西に傾いた太陽を隠すように雲が覆ったかと思うと、当りは急に薄暗くなる。
そして、冷たい雨が一筋二筋と、サクラとその公園に刺さるように振り出した。
「サクラ。もうダンボールハウスに戻った方がいい」
男も傘などは持っていなかった。
手で顔を覆うようにして、サクラに言う。
「デスッ!デスデスッ!」
リンガルはないが、サクラにも男の言い分はわかったようだ。
「っ!そうだ、サクラ。これを持って行け」
男は走り出そうとするサクラを呼び止めて、手のひらに3粒の金平糖を渡した。
「頃合を見て、子供達に渡してやってくれ、な。いいだろ」
「…………デェェ、デッスン」
「お、おい。泣くなよ」
男はサクラを宥め(なだめ)、サクラは男と別れる。
サクラは、雨の公園を駆けた。
右手には、餌がたくさん入ったコンビニ袋。左手には先ほど貰った金平糖。
雨の中、時節、振り向いては、男が立っているのを確認し、また駆ける。
しばらく駆けては、また振り返る。
男はサクラが見えなくなるまで、雨の中、にこやかに笑って立ち続けていた。
餌を待ち遠しく、お腹を空かして待っているであろう仔実装の姿を思い浮かべ
サクラは雨の公園の中を走る。
雨脚は、ますます強くなって来た。
ダンボールハウスの密封度は高いため、豪雨と言えども、そう簡単に雨を通すことはない。
だから、ダンボールハウスの中にいる限り、この豪雨でも安心である。
見えた。家だ。
サクラは上がる息をそのままに、一気にダンボールハウスに向かって走った。
『デスッ! お前達! 大人しく待っていたデスかっ〜! ご飯を持って来たデス〜♪』
 そうデス。
 大人しく待っていれば、ご飯の後にこの金平糖の1個をあげてやってもいいデス。
 残りの2粒は、ポケットにしまっておくデス。
 一番喜ぶのは、きっとバナナデス。
 スモモな仲良く分けろと、妹たちに言いつけるデス。
 でも、自分の取り分よりも多く、いつも妹たちに分けてあげているデス。
 あとで、妹たちが見てないところで、ギュっと抱きしめてやるデス。
 とりあえず、ご飯デス♪ 家族で楽しくご飯デス〜♪
サクラは、勢いよく、ダンボールハウスの扉を開けた。
『お前達ッ! 今帰ったデスッ! ご飯デスッ! ご飯にするデ…』
(くっちゃっ・・くっちゃっ・・)
足を大きく開き、下着を全開にしながら、ダンボールハウスの壁に凭れ(もたれ)掛け、
手の中の達磨仔実装を食い荒らしている先約実装石。
ダンボールハウスの床には、仔実装の血や肉片、そして糞が四散している。
サクラがダンボールハウスに入った時に、それに気がついた先約実装石は、開口一番
『デッ! 金平糖デスかッ!』
と叫んだ。
サクラは、この光景を見て、卒倒しそうになった。
目の前が真っ暗になる。
気が動転するが、必死になって、頭の中を整理する。
 私の家デス。
 子供達が待っているハズデス。
 外に出ないように言い聞かせたデス。
 でも、変な奴がいるデス。
 スモモは何処デス?
 何か喰ってるデス。
 血とかウンコとか、床や壁にべったりデス。
 イチゴは何処デス?
 何か喰ってるデス。
 変な奴がデスデス騒いで煩いデス。
 でも、何か喰ってるデス。
 バナナは何処デス?
 何か喰ってるデス。
 子供達は何処デス?
 何か喰ってるデ…
先約実装石が、手にしている物。
手足を食われた仔実装が「テチィ…」と儚く鳴いていた。
それが、サクラの緑の両目に映る。
「………デデェ」
先約実装石は、サクラが持つ金平糖に気がつく。
『デプププ。金平糖デス。手に持ってるそれを早く渡すデスゥ〜♪』
先約実装石が、手に持っていた達磨仔実装を床に投げ捨て、
サクラが手の持つ金平糖を奪い、それを口の中に放り込んだ。
(ビシャッ!!)
床に投げつけれた達磨仔実装は、脳漿を床に飛び散らせて、頭の中を露にする。
『これデス。この味デス。新しい下僕もなかなかやるデスゥ…』
 ェェェェ〜〜〜〜〜〜〜〜〜ッッッ!!!!
声無き声で叫ぶサクラ。
 スモモォ!イチゴォ!バナナァ!
 何処デスゥ! 何処デスゥ!
 ご飯デスゥ! ご飯デスゥ!
 出てくるデス! 出てくるデス!
 デ…デ…デェェェェェ…デギァァァァァァァ!!
 ェェェェ〜〜〜〜〜〜〜〜〜ッッッ!!!!
 ェェェェ〜〜〜〜〜〜〜〜〜ッッッ!!!!
 ェェェェ〜〜〜〜〜〜〜〜〜ッッッ!!!!
 ェェェェ〜〜〜〜〜〜〜〜〜ッッッ!!!!
ぺしんぺしん。
身重の体で叩いた。
先約実装石を、ぺしんぺしんと叩いた。
緑の両目から、溢れる涙を流し、声無き悲鳴を、口をパクパクさせながら叩いた。
先約実装石は、口の中の味の余韻を邪魔する目の前のサクラを見やる。
仔食いを続けた実装石に、身重のサクラのひ弱な力が通用するハズもない。
 何デス?
 鬱陶しい奴デス。
 金平糖をもっと持ってくるデス!
 長靴一杯、持ってくるデス!
腹に一撃。
「デスァァァァァァ!!」
リアルな痛みで、我に戻り、ようやく悲鳴を上げるサクラ。
無意識のうちに腹だけはと、くの字で蹲る(うずくまる)。
先約実装石は、蹲るサクラに蹴りを浴びせる。
 デスッ!デスッ! 役立たずデスッ!
 女ッ! ステーキを持ってくるデスッ!
 フリルのついた服はまだデスかぁぁぁぁ!!
 使えない人間デスッ! デシャァァァァァァ!!!
金平糖の味でか、記憶が混濁している先約実装石。
昔の記憶が蘇り、傍若無人な振舞を当たり前のように繰り返す。
蹲るサクラに馬乗りになり、殴る、蹴る、叩く、髪を引っ張る。
「デェスァ!! デェスァ!! デェスァ!!」(ばしっ! べしっ! ばこっ!)
「デギャー!! デギャー!! デギャー!!」(ぶりっ… ぶりっ… ぶりりぃ)
サクラのスカートから覗く白い下着が、徐々に緑色に染まっていく。
「デギァァァァァァァ!!(ぶりりりぃ!!)」
サクラのパンツはこんもりしていた。
パンコン。仔実装以来のパンコン。実に47日ぶりのパンコンだった。
手足をバタつかせるサクラ。
その拍子で、サクラのポケットから、残りの金平糖が転げ落ちる。
「デ?」
肩でデスーデスーと息をしながら、殴り続けていた先約実装石は、
サクラのポケットから、転げる金平糖に気付くや否や、それに飛びつき、むしゃぶり始めた。
自由になったサクラは、辛うじて身を起こす。
逃げなければ!
本能的にそう思うサクラ。
身を起こすと同時に手に触れたもの。
手に触れた冷たいそれが、サクラを現実へと引き戻した。
もう物を言わぬ仔実装の死体。
顔が潰れて、判別できぬ仔実装の死体。
このダンボールハウスで待っているはずの『サクラの実装石』
サクラは、手にしたその肉片を、震える不器用な両手で救い上げては、
それを頬擦りするように頬にあて、そして叫んだ。
『スモモォ!! イチゴォ!! バナナァ!!』
『デエェェェェン!!! デエェェェェン!!!』
『ママァ! ママァ! オロロ〜ン! オロロ〜ン!』
……
ぁぁぁぁ……
ざぁぁぁぁぁぁぁぁ……
雨は完全に、豪雨となり、公園一体に激しく降り続いていた。
雨は容赦なく、サクラの肌を撃った。
その雨の中を、幽鬼のように彷徨うサクラ。
左手に掴むコンビニを袋を、地面に引きずりながら彷徨う。
あれから、どこをどう移動したかも覚えていない。
先約実装石が、金平糖を食べ終わるまでに、ダンボールハウスから逃げ出した
ぐらいしか記憶になかった。
ざぁぁぁぁぁぁぁぁ……
サクラの服は、雨水を吸い、まるで拘束具のようにサクラの動きを束縛している。
引きずるコンビニ袋には、泥が大量に入り、持っているだけで億劫だ。
そんなものは捨ててしまえ。
サクラは思う。
もういないのだ。
ママと一緒に集めたこの餌を、与えるべき仔実装たちは、もういないのだ。
捨ててしまえ。
ざぁぁぁぁぁぁぁぁ……
サクラは上を見上げた。
緑の両目に一杯溜めた涙は、雨と一緒に地面に流れる。
もういい。
休もう。
このまま目を閉じて
…
…!
そして、ゆっくりと倒れよう。
…ッ!!
チー…!
豪雨の音のため、擦れて聞こえない小さな鳴き声。
テチー…!
テテチー!!
サクラは幻聴を聞くかのように、視界の悪い公園のそこを凝視していた。
ウポッ!! ウポッ!!
テチィィィィ!!! テチィィィィ!!! 
デチイィィィィ!!! デチイィィィィ!!! 
???
雨の中、裸で駆けてくる仔実装たち。
そして、それは踊るように、サクラの周りをぐるぐると回る。
幻?
サクラはそう思った。
 ウポッ!ウポッ!ウポッ!
 デチチー! デチィー!
 デチィィィ!!! デデチィィィィィ!!!
服も身につけず、腫れた顔で、紫色の唇をしながら、
大声でサクラの周りを踊るようにして、両手をバタつかせて、回っている。
スカートにしがみ付く。
顔を埋める。
叫ぶ。泣く。喚き散らす
『デ… デデェ…』
それは、『サクラの実装石』たち。
『おまえ達…生きていたデスか…』
それは、変わり果てた姿であった。
服も身につけず、腫れた顔。どれだけ泣いたのだろうか。腫れ上がった両目。
手や足や体には、無数の打撲。裂傷。腫れた無数の傷。
冷え切った雨に打たれた裸の仔実装たちは小刻みに震え、紫色の唇からテチテチーと
か細い声を繰り返している。
先約実装石から逃れたスモモたちは、この裸の姿のまま、
必死にこの公園の中で母親であるサクラを探し続けていたのだ。
雨が降り出しても、走ることをやめず、公園の西から東へ。北から南へ。
テチーテチーと、死亡フラグを立たせながら、必死に母親の姿を探し続けていたのだ。
その疲労感たるや筆舌に尽くせぬ物であったのだろう。
サクラの腕に抱かれるや否や、仔実装たちは目を閉じて、その体をすべて
母親であるサクラに委ねて、気を失ってしまっていた。
ざぁぁぁぁぁぁぁぁ……
サクラは、子供達を抱えて、雨の中で佇み、そして震えていた。
そのサクラ親子に近づく、傘が一輪。
その傘の持ち主は、傘をサクラ親子に差しては、上からサクラ親子を見つめている。
サクラの飼い主である男だった。
男は、雨が降り出したために、サクラと分かれた後に、コンビニで傘を調達しては、
一旦サクラの住むダンボールの近くまで立ち寄ろうとした。
コンビニから傘を差して、公園の中央に向う頃には、雨は本降りになっていた。
サクラは大丈夫かと、早足で急ごうとした矢先に、男は見た。
幽鬼のように公園を横切るサクラの姿を。
そして、数秒もしないうちに、裸の仔実装たちが、公園の茂みから飛び出し
そのサクラの周りを回り始めては、サクラにしがみ付く。
スモモ達だ。
スモモ達は、服も身に着けず、変わり果てた姿で、テチテチと鳴きながら、
サクラの庇護を求めていた。
めりぃ…
音が鳴った。
何の音だ。男は思う。
気がつけば、男の手の拳は、これ以上ない強さで握られている。
その拳の音。
怒り。
飼い主としての自分の不甲斐なさに対する怒り。
何をやっているんだ。俺は。
もういい。
終わろう。サクラ。
いいんだ。そんなに震えなくても。
仔実装たちに馬鹿にされても、俺は全然構いやしない。
いや。むしろ、おまえの子供達は賢い。
トレイもご飯の時間も守るじゃないか。
一緒に暮らしていくには、何の弊害はない。
もう、こんな馬鹿馬鹿しいことはやめだ。
さぁ。もう帰ろう。
帰ろう。サクラ。
ざぁぁぁぁぁぁぁぁ……
雨が、男が持つ傘を容赦なく叩き付けている。
男は、ゆっくりとサクラ親子に手を差し伸べ、公園生活が終わりである事を告げようとした。
しかし、サクラはその手に応えようせず、気絶する仔実装達を抱えてその傘の花から
雨の中へ身を投じた。
「サク・・・」
男は、サクラに声をかけようとしたが、サクラの緑の両目がそれを遮った。
サクラは、緑の両目で男を見つめ、仔実装を抱えて、公園の奥へと向う。
そう。サクラの躾は、まだ続いているのだ。
男は、サクラが公園の奥に消えるまで見つめていた。
そして、サクラが完全に男の視界から消えた後に、男は傘を投げ捨て、
持っていた鞄を濡れた地面に叩きつける。
 何言ってるんだ、おまえ!
 まだ、頑張ろうって言うのか!
 そんなに体を震わせているのに。
 そんなに両目を腫らして泣いているのに。
 まだ、頑張ろうって言うのか!
 何言ってるんだ、おまえ!
ざぁぁぁぁぁぁぁぁ……
ぁぁぁぁ……
……
雨の中、男はずぶ濡れになりながら、公園の奥を見つめ続けていた。
(続く)