サクラの実装石

 

 

 

 

『サクラの実装石8』
■登場人物
 男  :仔実装のサクラを拾い育てる。サクラ親子の飼い主。
 サクラ:男に拾われた実装石。厳しく躾けられ、一人前の飼い実装となる。
 スモモ:サクラの長女。
 イチゴ:サクラの次女。
 メロン:サクラの三女。サクラの折檻で死亡。
 バナナ:サクラの四女。
■前回までのあらすじ
 「実装石の飼い方」
 書店で手に入れたその本で、初めて実装石の飼育に挑戦する男。そして、その
 仔実装の「サクラ」。男はサクラに適切な躾を施し、サクラは仔まで産む。
 サクラは、厳しい躾の末、三女「メロン」を殺してしまう。サクラは再び妊娠
 をするが、サクラは躾をすることを恐れてしまう。躾が止まったために、
 増長する他の仔実装達。仔実装達は、男に糞を投げつけ飼い実装としての禁忌
 を犯してしまう。身重のサクラは、仔実装達の躾を行うため、男の庇護のある
 生活との差を実感させるために、仔実装達と共に自ら公園の野良生活に身を落
 とした。サクラ親子の厳しい野良生活は続く。
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この公園は、都市計画の一環で、住宅地の外れに建設された。
広さにして、200坪近くかあろうか。
公園と言えども、遊具の類はない。
建設物といえば、公園の西に位置するトイレぐらいなものだ。
障害物を極力排したこの設計は、訪れる人に開放的な空間を提供した。
中央には、噴水と時計台。
それを囲む芝生と等間隔に置かれたベンチ。
休日には、近くの住宅街に住む親子連れなどが、芝生の上で弁当を広げる姿もある。
その広場を囲うように、颯爽と茂る木々や繁みが、心地よい新緑の匂いを鼻腔に運ぶ。
公園の奥には、小さいながらも森や池などもあり、小さな魚や鯉なども生息している。
この公園は、野良実装にとって、生活の場であり、オアシスであった。
朝になれば、野良実装たちは塒(ねぐら)から起き出し、デスーデスーと活動を始める。
子供ために朝食を集める始める。
公園の中に点在するゴミ箱を漁る者。
朝の散歩を楽しむ初老の夫婦に、餌をねだる者。
野草や小魚などを採取する者。
いつもの朝の公園の風景だった。
その中に、1匹の実装石の姿がある。
服は、野良実装にしては、清潔感が溢れていた。
その実装石は、まだ同属が手をつけていないゴミ箱を見つけると、
手際よく、弁当の残りなど漁っては、コンビニの袋に詰めている。
その実装石の両目は緑色。この実装石は、妊娠をしていた。
餌が詰まったコンビニ袋を担いでは、身重の体で走って巣に戻る。
サクラである。
この公園の生活に戸惑っていたサクラであるが、逞しく生き抜いていた。
サクラがコンビニ袋を抱いて、走る先。
公園の奥にある森。そのさらに奥。鬱蒼と茂る繁みの中を分けて入る。
その草が揺れる音に反応して、そのさらに奥から甲高い声が聞こえた。
「テチァ!!」
「デチチー!!」
「デチャアアア!!! デチャアアア!!!」
繁みの奥から、威嚇にも似た叫び声が木霊する。
サクラは、その奥に向って、やさしく声をかけた。
『デス! 私デス。安心するデス!』
「テェ!?」
「テッチー!テチテチー!」
「テェェ… テェェン!テェエエン!」
サクラの仔実装たちであった。
仔実装たちの威嚇とも悲鳴とも取れた声が、安堵の鳴き声や泣き声へと変化する。
繁みの奥から、草木を分け、モゾモゾと動く影があった。
『ママァ!! 帰って来たテチィ!! 帰って来たテチィ!!』
『ママァーーッ!! ママァーーッ!!』
『テェェン!テェエエン! テッスン…テッスン…』
繁みの奥から、草で切ったのか、体中に無数の擦り傷をつけた裸姿の仔実装たちが現れては、
手足をバタつかせながら、サクラのスカートに飛び込んでくる。
『よしよし。今帰ったデス。寂しくなかったデス?』
『テェェン!テェエエン! もう何処かに行っちゃ駄目テチィ!!!』
『残されるのはイヤテチィーーッ!!! テェエエエエエン!テェエエエエエン!』
『ここは怖いテチィ!! 怖いテチィ!!!』
仔実装たちは、開口一番、残された不安を母親に訴える。
ここは、鬱蒼と茂った繁みの奥の奥。
昼間でも、薄暗い木漏れ日。ざわつく頭上の木々の葉。
繁みの草の丈は、仔実装の背丈よりも、遥か上まで茂っており、
視界の利かないこの場所は、仔実装達の不安をより一層駆り立てるのだ。
これでも、元気になった方である。
この場所に辿り着いた豪雨の夜。
裸のまま長時間、雨に打たれた仔実装の体は、まるで氷のように冷え切っていた。
サクラは自らの服を脱ぎ、それに仔実装を包んでは、裸のまま夜通し抱き続けた。
その甲斐があってか、母親の体温で生気を取り戻した仔実装たちは、サクラの顔を見て
テチュー♪と安堵の息を漏らした。
その後、サクラと男が集めた泥だらけの餌を喰った。
公園に放たれてから約40時間。
初めて口にした食事らしい食事だった。


それから、サクラ親子は、この藪の中で生活を始めたのだ。
しかし、その生活も順調とは言えないものだった。
サクラは、仔実装たちの餌を取るために、巣を離れる。
しかし、それを仔実装たちが拒否するのだ。
「デチチー!チィー!」
「テェェン!テェエエン!」
「テチッテッチィィィ! テチッテッチィィィ!」
仔実装たちは、サクラが出て行かないように、スカートを全力で引っ張る。
 行かないでテチ! 置いてかないでテチ!
 アイツらが来るテチ!  アイツらが来るテチ!
 怖いテチ! 怖いテチ! ずっと一緒にいるテチ! ずっと一緒にいるテチ!
それもそうだ。
初日、母親から離れたために会った災難の数々。
野良仔実装。先約実装石。不味い糞。受けた暴行の数々。奪われた服。目の前で食われた同胞の儚い鳴き声。
完全に臆していた。この生活に。
男の家で、何不自由なく暮らしていた生活から、一転して落とされたこの生活に。
仔実装たちは、涙を流しながら、首を左右に振り、全力でサクラのスカートを引っ張る。
そして、最後には、こう言い出すのだ。
『お家帰るノォーーーッ!!! お家帰るノォーーーーッ!!!』
サクラは途方に暮れるのだ。

サクラは、毎日食事を運んでくる。
 腐ったタクワン。カビたご飯。使いかけの醤油の袋。
どれも、これも、男の家で与えられた実装フードの比ではない。
不味い。
不味いどころか、喰うと腹を壊す物まであった。
『嫌ァーーーーッ!!! フードォォォォォォ!!! フードがいいのォーーー!!!』
バナナが暴れながら、サクラが取って来た餌を放りなげる。
サクラが汗だくになり、必死になって取って来た餌。
サクラも聖母ではない。理不尽な行動を取られると頭にも来る。
こういう時は、躾だ。そう思い、手を握り締めては、バナナの前に立つ。
握り締めた手が止まった。
殴れない。殴れないのだ。
聞こえてくるのは、躾の末、殺してしまった娘の叫び声。
この生活の中、仔実装たちの我侭を聞くたびに、何度躾ようとしたか。
その度に、脳裏には、娘の、メロンの姿が浮かぶ。
泣き叫ぶ仔実装たちの声を聞くと聞こえるのだ。
3つの泣き声に重なって、4つ目の泣き声が。メロンの叫ぶ声が。
『もう嫌テチィ!!! こんな生活ゥーーーーッ!!!! テェェン!テェエエン!』
『テェェン!テェエエン! お家がいいノォーーーッ!! ココは嫌テチィーーーーッ!!!』
『ママッ!! 甘いモノが食べたいテチィーーー!!! 食べたいテチィ!!!』
『デヂュアアアアアア!!!! ウンコォォォォ!!! トイレエエエ!!! ココォォォーーー!!!』
『デ…デェェェ…』
サクラは、短い両手で耳を押さえながら、その幻聴に耐えた。
夜。
夜の帳が下りると、実装石たちは眠りにつく。
昼以上に、不気味な様相を醸し出す繁みに対し、仔実装たちは不安な声を上げる。
『さぁ、おまえ達。寝るデスよ』
そう言って、サクラは仔実装達を抱き寄せる。
野良生活の夜は早い。
男の家で暮らしてきた頃では、TVを見たり、玩具で遊んだり、まだ楽しくしている時間だ。
『ママ… 玩具遊ぶゥ…』
遊び足りない仔実装たちが訴えてくる。
『デス。もう寝るデス。暗いデス。何も見えないデス』
「テチュ…」
『ママが子守唄を歌うデス。ボエ〜♪ ボエ〜♪』
周りが暗くなると、することもない。
仔実装たちは、サクラの美声にうっとりしながら、眠りにつく。
「(テチュテチュー)………(テチュテチュー)……」
寝息を立てて眠る仔実装たち。
しかし、この野良生活での恐怖の記憶は、安穏である夜でも仔実装たちを襲った。
『テチャァァァァァ!!! 足ィィィーーーー!!! 私の足ィィィーー!! 食べちゃダメェェェェーーッ!! 』
『デ! 何事デスゥ?』
「デヂュアアアアアア!!!! デヂュアアアアアア!!!!」
イチゴだ。
悪夢でも見たのだろうか。その場で、ブリブリと水のような糞を漏らしながら、
両目から涙を流して、自分の足を抑えている。
その叫び声で、目が覚めたのだろう。
『テチャアアア!? アイツらが来たテチッ!! デヂュアアアアアア!!!!』
飛び起きるスモモ。
『起きるテチィィ!! バナナァ!!! 喰われるッ!! 喰われるテチィッッ!!!!』
『ウッ!? ウポッ!!!』
寝起きが災いしたが、狂気錯乱している仔実装たち。
『お、落ち着くデス! おまえ達! すべて夢デス! 大丈夫デス!』
スモモたちの悲鳴に驚いたのだろうか。
近くの欅の木に止まって寝ていたムクドリが驚いて、木々を揺らして飛び出した。
その木々の揺れの音に、さらに過剰反応する仔実装たち。
『デヂュアアアアアア!!!! 来たテチ!! 来たテチ!! アイツらが来たテチィィィィ!!!!』
『ッ!! 喰われるテチ! 喰われるテチ! テチ!テチテチテチチテチテチテチ…』
『ウンコォー!! マズイノォォォ--!! ウンコォー!! マズイノォォォ--!! イヤァァァァァッ!!!!』
『夢デス!! 悪い夢デス!! ママデスッ!! ママは此処にいるデスッ!』
しかし、仔実装たちの寝ぼけにも似た暴走は止まらない。
『デチャアアア!!! ごめんさいテチ! 言う事聞くテチ! ごめんなさいテチ!』
その場で土下座をして、額から血が出るまで、地面に額をこすりつけるバナナ。
『言うこと聞くテチ! 痛いのはイヤテチィッッ!!!! デヂュアアアアアア!!!!』
そう叫んで、バナナはスモモに馬乗りになり、殴り続ける。
『や、止めるデス! おまえ達! 夢デス! 全部、夢デスゥ!!!』
「テェ!?」
「テェエ……テェェ……?」
「テチュー…テチュ?」
サクラの抑止のおかげで、仔実装たちも落ち着いたようだ。
『悪い夢デス。もう忘れるデスゥ』
サクラはスモモを抱き上げて、慰める。
『ママァ… 怖いテチィ…』
『寒いテチィ・・・』
そう言えば、スモモたちは裸のまま。
5月とはいえ、夜になると気温は下がる。
悪夢を見たために、寝汗を大量に掻いたのか、スモモたちは、ブルブルと震え上がっている。
裸のままの仔実装たちを、サクラは服の中に入れてあげた。
サクラの肌と服の間で、大喜びで奇声をあげながら、もぞもぞするスモモ達。
『デス…♪』
サクラは、自分の服のお腹辺りで、もぞもぞする子供達を服の上から撫でてやる。
サクラは、スモモたちが、またお腹の中に戻ったような錯覚を覚えて、頬を赤らめた。
母親の素肌に触れた仔実装たちは、安心して寝息を立てている。
 ボエ〜♪ ボエエ〜♪
月夜のシルエットを描きながら、サクラは子守唄を歌う。
公園の夜は更けていった。




そんな生活が続いた。
しかし、仔実装たちの生活も、既に極限に近づいていた。
餌も満足に食べる事ができない。慢性的な空腹感。
餌と言っても、腐った生ゴミや蟲の死骸。
金平糖も食べる事も適わない。
余りにもの空腹感に耐え切れず、食事の時間は餓鬼のように
その餌にがっつくが、空腹感を上回る不味さに、テェェェン! テェェェン!と泣き始め、餌を投げる。
硬い地面。冷たい外気。毎夜、魘される悪夢。
公園のそばの道路を、夜間走る大型トラックの音がする度に、驚き目が覚め、
テェェェン! テェェェン!と夜鳴きを繰り返す。
茂みの中でひたすら息を潜める生活は、仔実装たちの精神を蝕んでいく。
公園の喧騒に怯え、風の音にすら恐怖し、テッスン…テッスン…と泣きながら、ひたすら母の帰りを待つ一日。
血と汗と垢と糞がたまったその肌は、異様な異臭を醸し出し、虫に喰われては、そこを掻き毟る。
暖かいアワアワの風呂を夢みては、痒い体をさらに、むさぼり掻く。
美味しいフードもなければ金平糖もない。
暖かいお風呂もなければ毛布もない。
楽しい玩具もなければ、何もない。
1歩この繁みの外に出て、公園内に戻れば、あの恐ろしい恐怖の記憶がよみがえる。
同属のリンチ、そして成体の仔喰いの的に晒されるのだ。
そんな絶望と不満の生活の中。
その日、サクラの帰りが遅かった。
餌の調達に時間がかかってしまったらしい。
迫り来る不安。もしかして、このまま帰って来ないかもしれない。
どうしよう。どうしよう。そんな気持ちが、必然的に仔実装たちを駆り立てる。
気がつけば、繁みを掻き分け、公園内の舗道近くまで来てしまう。
そして、仔実装たちは、繁みの隙間から見てしまった。
『ご主人タマー。今日のオヤツは何テチ?』
「ウフフ。今日はリリィの大好きなプリンよ」
『テキャキャキャッ!! やったテチ! プリンテチ! プリンテチ!』
それは、スモモらと年も変わらぬ、飼い仔実装の姿。
優しそうな人間に抱かれた彼女は、頬をサクラ色に染め、幸せを満喫しているような表情で、
愛らしい視線を飼い主に向けている。
その飼い仔実装のいでたち。
皐月の新緑の風に靡くサラサラな髪。
その輝く髪と交互にゆれる青色のリボン。
綺麗なレースで編みこんだフリルのついたピンクのドレス。そう。まるで桜の色だ。
「じゃぁ帰って、まずアワアワのお風呂に入ろうね。リリィ♪」
『テチュー♪ ご主人タマ、大好きテチー♪』
「テェェ……」
儚く泣いた。
ざんばらの薄汚れた髪の毛。
泥か糞ともわからぬ汚物まみれの裸姿の仔実装たちは、
人間の女と飼い仔実装の姿が去る姿が見えなくなっても、いつまでもその方向を見つめていた。

『もう嫌テチ… こんな生活…』
その日の夜、スモモはサクラに言った。
『ご飯も不味いテチ… 金平糖もないテチ… お風呂もないテチ…』
スモモは目に涙を浮かべ続ける。
『アワアワもないテチ… 毛布もないテチ… 玩具もないテチ… もう嫌テチィ!! こんな生活ッ!!!』
『仕方がないデス。ここでは、これが普通デス』
その夜の餌を並べながら、サクラは言う。
しかし、仔実装たちは肉体的にも精神的にも極限に近づいていた。
そんな状況の中、仔実装たちが取り得る選択肢は、限られている。
それは、サクラに対し、ひたすらに泣き叫び、媚び、そして訴えるしかないのである。
『お家帰るゥ!! お家帰るゥ!!』
バナナが、その場で仰向けになって暴れる。
『もう帰れないデス!私たちは捨てられたデス!』
サクラが暴れるバナナに対して、怒鳴りつける。
『さ。くだらない事を言ってないで、食べるデス。今日はご馳走デス』
食卓には、ミミズや梅干の種などが並べられている。
『テチィ… また不味いミミズテチ…』
『嫌ァ!! フードがいいノォ!! フードがいいノォ!!』
『我侭言ってはいけないデス!』
まったく、言うことの聞かないイチゴとバナナ。
躾で言えば、今が絶妙のタイミングだ。
我侭を言う仔にはお灸を据えないと、ここでは生きていけない!
サクラは、拳を握り締め、そして右手を振りかぶる。
仔実装たちは、その姿勢に恐れをなしてか一層反発を繰り返す。
「デチチー!! デチチー!!」(ウンコォォォォー………)
『デェ…!』
その手が止まった。
聞こえる。聞こえるのだ。
手を振りかぶるとき。躾をしようと、心を奮い立たせるとき。
メロンの姿が。メロンの叫び声が、サクラを思いとどませるのだ。
サクラは、軽くぺしんと叩くことしかできず、
仔実装たちに言い聞かせるようにして怒鳴りつける。
『食べるデス!』
『デギャァァァァァ!!! 嫌テチィーーーーーーーーーッ!!!!』
両目から涙を流し、訴えるイチゴ。
『食べるデスッ!』
『デチチー!! フードじゃなきゃ嫌ァーーーーーーッ!!!』
仰向けで地団駄を踏むバナナ。
『どうして言うこと聞いてくれないデス! ママは必死に頑張っているデス!』
サクラは、緑の両目に涙を溜めて、必死に仔実装たちに向って叫んだ。
『お家ィ!! 帰るゥ!! お家ィ!! 帰るゥ!! 』
スカートを引っ張り、繁みの外へ連れ出そうと必死なバナナ。
『金平糖ォ!! 金平糖ォ!!』
『テェエエエエエン! プリンッ! テェエエエエエン! プリンッ!』
駄々をこねるスモモとイチゴ。
『ないものはないデスっ!』
『だから帰るノォ!! お家帰るノォ!!』
『捨てられたのデスッ! もう帰れないデスッ!』
『ヂャアアアアアア!! テェェン!テェエエン!』
『泣いても無駄デスッ! 何も変わらないデスッ!』
『テェエエエエエン!テェエエエエエン! ママなんか死んじゃえテチィ!!』
『ママが死んだら困るデスッ! おまえ達は餓死するだけデスッ!』
仔実装たちは、ここでの生活の鬱憤をすべて晴らすように叫び続けた。
涙し、声を震わせ、糞を漏らし、叫んだ。
『ママなんか… ママなんか… 死んじゃえテチィ!!!!』
バナナが、地面に落ちた糞を拾い上げ、なんと、それをサクラに向って投げた。
『デ… デェェェ…!!』
(ぺしんっ)
その糞は、サクラの頬にぶつかる。
『デェェェ!!』
サクラは、頬についた糞を拭っては、それを見つめる。
哀しかった。苦しかった。惨めだった。
一人で必死に頑張ってきた自分が、まるでピエロを演じているように思える。
『デェェェ… デスン… デスン…』
「テェェン!テェエエン!」「テェエエエエエン!」「デチチー!! デチチー!!」
『デエェェェェン!!! デエェェェェン!!!』
修羅場だった。
サクラにとっても、この生活を今後続けられるかどうかの正念場だった。
しかし、思うように躾ができない。もどかしい。悔しかった。哀しかった。
 もう嫌デス。 もう駄目デス。
 この仔たちは、言うことを聞いてくれないデス。
 デスン デスン 私はどうしたらいいデス?
 デスン デスン 私はママ失格デス!!
『テェェン!テェエエン!こんな生活もう嫌テチ!! 死んだ方がマシテチィ!!!!!』
そして、スモモがそう叫んだ。
デスンデスンと泣いていたサクラ。
しかし、そのスモモの一言を聞いては、サクラはピタリと泣きやむ。
『今、何て言ったデスか…?』
サクラは静かに言った。
『今、何て言ったデスか…?』
サクラは静かに言った。
『死ぬなんて…』
サクラの両目には、止め処もなく涙を溢れては落ちる。
『死ぬなんて…』
ワナワナと震える唇。
『死ぬなんて… 口が裂けても言ってはいけないデスッ!』
 バシィィィンッ!!!
 打った。スモモの頬を。
『死ぬなんてッ!!…死ぬなんてッ!! 口が裂けても言ってはいけないデスッ!』
 ボコォッ!! バギッ!! ドガァッ!! ベシィ!!
堰を切ったように、サクラは仔実装たちを打つ。
緑の両目から涙を流し、歯を食いしばって、仔実装たちを打った。
『おまえ達は、死んではいけないデスッ!』(ボコォッ!!)
『おまえ達は、メロンの分まで、幸せになるデスッ!』(バギッ!! )
『だから、おまえ達は、死んではいけないデスッ!』(ドガァッ!! )
 折檻の間、サクラには、メロンの叫び声は聞こえなかった。
 サクラの脳裏には、生まれたばかりのメロンの姿。
 聞こえるのは、メロンの可愛らしい声。
 そして、お腹に感じる確かな感覚。
 
 どくん。
 お腹の中の仔実装が動いた。
 熱い。熱い感覚だった。
サクラは、お腹を押さえつつ、涙を流して、仔実装たちを打ち続ける。
この公園生活を始めてから、受けた初めての躾。
その母親からの痛みは、スモモたちが生まれてきてから、延々と繰り返されてきた
飼い実装としての教育を、必然的に呼び戻すものだった。
『デチャアアア!!! ごめんなさいテチ!! ごめんなさいテチ!! 許して欲しいテチ!!』
『ママァ!! 許してテチ! もう我侭言わないテチ!』
『ヂャアアアアアア!! ウポッ!! ウポポッ!!!』
長い長い呪縛だったように思う。
自らの子を殺めたこの手は、二度と子を躾けられないと思っていた。
その汚れた手に楔を打ったのもその子であり、解き放ったのもその子だった。
長い呪縛は溶け、サクラは、この厳しい生活の末、ようやく躾を取り戻したのだ。

躾を取り戻したサクラは、時には厳しく、時には優しく、愛を育み家庭を守った。
『食べるデス』
少しでも餌を食べないフリをすると、サクラは仔実装たちの髪を掴む。
サクラは、泣き喚く仔実装の顔に、自分の顔を近づけて言う。
『生きるということは食べるということデス』
「デヂュアアアアアア!!!! テェェン!テェエエン!」
『喰えデス。バナナ』
『テチャーーーーッ!! 食べるテチィ!! 食べるテチィ!! テェェン!テェエエン!』
バナナは地面を降ろされ、涙を流して、ゴキブリの足を齧る。
「デチチー!! デチチー!!」
『ふぅ… 子供達の我侭にはこまったものデス』
躾のおかげか、仔実装たちも、よくこの野良生活に順応し、我慢することを覚え始めた。
サクラの取って来た餌を我慢して食べる。
サクラが出かける時も、泣かずに耐える。
そして、サクラが戻ってくるまで、この繁みの中で、ひたすらサクラの帰りを待つのだ。
公園での生活は過ぎていく。
また1日、また1日。サクラと仔実装は、共に苦しみを分かち合い、楽しみを分かち合う。
ある日サクラは、子供達の服を調達してきた。
服は、夜も冷えるので必要だが、裸であること自体、同属からの迫害の的にされやすい。
見た目としては、スモモ達の前髪や後ろ髪など、1部束になって抜けてはいるが、まだ仔実装。
成長につれ、残った髪の毛が伸びるにつれて、禿は隠せるはずだ。
だから、服さえあれば大丈夫だ。
噴水にも連れて行ける。ここに来て、まだ1度もお風呂に入れていない。
奥の池にもつれて行ってやろう。おそらく魚を見るのは初めてのはずだ。
『ママァ! 帰って来たテチィ!!』
バナナがいち早く、サクラの帰宅に気付き、歓声を上げる。
『おまえ達! 服を持ってきたデス! さぁ早く着替えるデス!』
「服」と聞いて、仔実装達の頬が紅潮する。
初日に野良仔実装たちに、目の前でビリビリに破かれてしまった服。
見得を尊重する実装石たちにとって、命の次に大事なもの。
その「服」を持ってきてくれた。さすがはママだ!
テッチー! テチテチー!と、喜びの声を上げる仔実装たち。
『さぁ、まずはバナナからデス』
サクラはコンビニ袋を手に、裸のバナナの前に座る。
あのコンビニの袋から、どんな服が出てくるのだろうか。
バナナは男の家に居た時に見た雑誌の服などを想像する。
 フリルのついたピンク色のドレス?
 白いワンピースに、リボンのついた青い帽子?
 いや。ウェディングドレスに違いない。そうだ。違いない!
 
頬を紅潮させ、目を潤おわせ、ドキドキワクワク、母を見つめるバナナ。
『はい。万歳するデス』
バナナは、キャッキャッ!と奇声を上げながら、白いドレスを待った。
サクラは、コンビニの袋を手に取ると、それをバナナの頭からかぶせた。
『デス。なかなか似合うデス。次、イチゴ来るデス』
「………?」
バナナは、両手で着せられた服を触ったり、引っ張ったり、ぺちんぺちんと叩いたりして首を傾げる。
『次、スモモデス』
3匹は、コンビニの袋に穴を開けたそれを、服のように着せられた。
スモモは、セブンイレブン。
イチゴは、サンクス。
バナナは、ファミリーマートだ。
『いま流行のファッションデス。あー、かっこいいデス。最高デス。ママも鼻が高いデスゥ♪』
無論、口からの出任せだ。
いつもの緑の服でないことに、仔実装たちは、反発するであろう。
だから、反発がでないうちに、褒めて、褒めて、褒めたおした。
『ほぉら。バナナの服の文字。かっこいいデスゥ♪ しびれるデスゥ♪』
胸の逆さになっている「FamilyMart」の文字を見て、頬を赤らめ照れるバナナ。
スモモとイチゴは、?な顔をして、自分の服を両手で掴んでは見ている。
『イチゴもスモモも、イカスデス。ナウいデス。まったく、ヤングですねおまえ達は〜♪』
頭を掻きながら照れる姉たち。
サクラが執拗に褒めると、その気になってくる仔実装たち。
今までの裸に比べれば、確かに利便性は高い。まず、この草むらの中動き回っても
草などで、肌を切ることはない。
寝転んでも、小さな石の痛みを感じることも少ないのだ。
ごわごわして、通気性が悪く、肌に汗を掻くが、裸よりも幾分もマシなのだ。
良く見れば、胸の文字がおしゃれのような気もしてくる。
イチゴなどは、その気になり、その姿でしなを作って見せる。
そんな姿を見て、スモモとバナナはドキドキを隠せない。
 テチュー♪
仔実装達は、その格好を気に入り、テチュテチュとサクラに甘えた。
服を手に入れてから、仔実装たちは、繁みの中を移動することを覚えた。
今までのような裸のままでは、草の中を移動するだけで、草で体中を切ってしまう。
血の匂いは、色々な虫を呼び寄せてしまう。
でも、この服を着ていれば大丈夫だ。しかも雨が降っても雨をはじく。
なんて機能的なんだ。
ある日、サクラが留守の間、仔実装たちは辛抱できず、小さな冒険へと出かける。
繁みの周りには、大きな木や排水溝など、色々な物があることがわかった。
仔実装たちは、繁みの中を分け入って進むいく。
繁みを分けたその先。そこには、公園の舗道があった。
好奇心旺盛な仔実装たち。
繁みの中から覗く公園の風景に、仔実装たちは興奮していた。
その時だ。
『姉チャッ!! アソコッ!! アソコッ!!』
バナナがイチゴの服を引っ張る。
『何テチ? バナナ』
『アレッ!! アレッ!! ニンゲンッ!! ニンゲンッ!!』
スモモもイチゴも、バナナが叫ぶ方向を見た。
『テ…テ…テチュ〜♪』
『ニンゲンテチ… ニンゲンテチ…』
公園の舗道。こちらに向って歩く人間の姿があった。
その姿を確認し、震える仔実装たち。
『ニンゲンテチュ!! ニンゲンテチューーーーッ!!!』
『ニ、ニンゲェェェーーーーン!!!!!』
『テェェン!テェエエン!ニンゲェェェーーーーン!! ニンゲェェェーーーーン!!』
仔実装たちは、思わず繁みの中から飛び出した。
帰れる。これで帰れる。こんな嫌な生活からも抜け出せるのだ。
玩具。お風呂。暖かい毛布。金平糖。おいしいフード。
頭の中が、ぐるんぐるんと、それらで一杯になり、走る途中でこけた事も気付かず
仔実装達は、大声でテチューテチュー!と叫びながら、人間に駆け寄る。
 迎えに来てくれたテチ! 迎えに来てくれたテチ!
 家に帰れるテチ! 家に帰れるテチ!
 ご飯テチ! 金平糖テチ! 暖かい毛布テチ!!
スモモたちは、目を潤ませて、頬を紅潮し、両手をバタつかせながら走った。
一番足の速いイチゴが先に人間の足元に辿り着く。
見上げる。
人間だ。人間だ。
帰れるんだ。あの家に。
みんなで過ごした、あの暖かい家に。
「テェェ… テェェ… テェエエエエエン!」
思わず感無量で泣き出してしまう。
そうしているうちに、スモモやバナナも追いついて来た。
『帰るテチィ!! ニンゲンッ!! お家に帰るテチィ!!』
『ココは嫌テチィ!! 一緒に帰るテチィ!!』
『嫌ナノ!! ココォ!! 帰るノォ!! 帰るノォ!!』
仔実装たちは叫んだ。
心の底から。この公園での嫌なこと。大変だったこと。ご飯がまずいこと。
頭の中に浮かぶ、ありとあらゆることを、心の底から叫び続けた。
そして、人間のズボンを引っ張り引っ張り、家へ向わせようと必死だった。
戸惑ったのは人間の方だった。
「なんだ?こいつら」
この男、サクラの飼い主でも何でもない。
ただ気晴らしに、公園をぶらついていた近所の男である。
 帰れるテチ! これで帰れるテチ!
 嬉しいテチ… やっと帰れるテチ… テェェン! テェェン!
 ママを呼ぶテチ! ニンゲンが迎えに来たテチ! ママァ! ママァ!
コンビニ袋姿の実装石は、涙を流してテチテチ♪喜んでいた。
スモモ達は、生まれてから、飼い主の男以外の人間に会ったことはない。
この公園で初めて同属と会ったように、仔実装の世界観はあくまでも
サクラと男と姉妹だけで形成されている。
無論、この世に男以外の人間がいるとは、想像だにもしていないことだ。
自分の姿より大きく、自分たちと同じように2本の足で歩く影を、公園の
繁みから見たとき、その姿はすなわち「サクラの飼い主」=男であると
勝手に思い込んでしまっているのだ。
スモモ達は歓喜の声を上げて、コンビニ服を揺らしながら、男の周りを回る。
頭の中は、金平糖、毛布、玩具、実装フード、アワアワのお風呂、と
いろんな夢のアイテムが回っている。
男は頭を掻いて、その場を離れる。
特に実装石に関しては、無関心のようであった。
驚いたのはスモモたちだ。
『テチァッ!! ニンゲンッ!! 待つテチ!!』
『デチャアアア!!! 置いてかないでテチィ!!』
『テェェン!テェエエン! ニンゲェーーンッ!!! テェエエエエエン!』
所詮、人間の歩幅に追いつくはずもない。
30秒もしないうちに、仔実装たちは男を見失う。
『テェェ… ニンゲンッ…』
スモモ達は、途方に暮れながら、男の去る方角を見つめていた。
その夜。
『デスッ! 勝手に巣を出てはいけないと言ったハズデスッ!』
サクラの折檻が待っていた。
スモモもイチゴもバナナも、鼻血が出るまで殴られた。
『テチ… ワタチタチ… やっぱり捨てられたテチ…』
しばらくすると、スモモが辛勝な口調で語り始めた。
昼間に人間に置いてきぼりにされた事が、堪えたらしい。
『テェエエエエエン! お家ィ!! ニンゲェェン!!!』
バナナも、泣き始める。
『テチュ! 泣き止むテチ! ニンゲンがいなくてもママがいるテチ!』
イチゴが、スモモとバナナを元気付ける。
『イチゴ… 立派デス』
サクラは、イチゴを抱き上げて、頬擦りをしてあげて、スモモたちに言った。
『デス。昼間に会った人間は別の人間デス』
サクラは、人間にも多くの人種がいることを語った。
やさしい人間。悪い人間。餌をくれる人間。痛い事をする人間。
だから、闇雲に人間に近づいてはいけない。人間に近づく時は、よく観察をしないといけない。
サクラは、子供達に、人間について、色々な事を教えていった。
その中で、サクラは特に、ご主人様、つまりサクラのママの事を、毎晩寝る前に
物語のように子供達に語った。
『実装フードはご主人様がくれたものデス』
『テチ… ご主人様?』
『そうデス。他の人間とは違うデス。ご主人様デス』
『テチ? ご主人様。テチ?』
『金平糖もご主人様がくれたものデス』
『金平糖ォ… 食べたいテチィ』
『ご主人様の優しさは、天井知らずデス』
『ママァ!! アワアワは? アワアワは?』
『アレもご主人様が与えてくれた物デス。シャワーもご主人様の魔法デス』
『マホウ…凄いテチィ…』
『毛布もご主人様が与えてくれたデス』
『毛布…ママの毛布も暖かいテチ』
『もっとこっちに寄るデス』
『テチュ…テチュ…』
『テチュ…テチュ…ご主人様…』
『デ?イチゴ。頬が赤いデス』
『ッ!! な、なんでもないテチ!! 明日も早いテチ!! もう寝るテチ!!』
『デス?変な子デス』
いくら泣こうが帰れないのだ。
いくら叫ぼうがもう戻れないのだ。
それは、サクラに散々、この生活の中で言いつけられたこと。
私たちは捨てられたのだ。
でも、仔実装たちは忘れる事ができなかった。暖かなあの家の生活を。
サクラと人間が、ニコニコ笑いあう、あの暖かい生活を。
そんなある日、サクラのお腹は、目立つようになってきた。
この公園に来て1週間。あと1週間もすれば、お腹の子供は生まれてくるだろう。
この身重の体は、だんだん生活に支障を来してくる。
餌も、以前のように思うように取れなくなってきている。
敏捷性が劣ってきているのが、サクラにもわかって来ている。
そろそろ、この生活も終わりだろうか。
サクラは、そう思いながら、餌を取りに行く以外は、できるだけ巣で子供達と一緒に
過ごすことにした。
『デェ… また動いたデスゥ』
お腹をさするサクラ。
仔実装たちは、大きなサクラのお腹を見ては、興味津々だ。
『ママァ! お腹一杯テチ! ママは食いしん坊さんテチ』
イチゴが言う。
『違うデス。もうすぐ、あなた達の妹が生まれるデスよ』
「ッ!!」
「テチァ!!」
「テェ!?」
衝撃の事実を知り、驚く仔実装たち。
『妹が生まれるテチ!?』
『そうデス』
『メロンが帰ってくるテチ!?』
『デス。メロンが帰ってくるデス』
『姉チャ 帰ってくるテチ!! 姉チャ 帰ってくるテチ!!』
『バナナ。違うデス。こんどはおまえがお姉さんデス』
『テ? 姉チャ? ワタチ 姉チャ?』
『そうデス』
『ッ!! ワタチッ! 姉チャ!! ワタチッ! 姉チャ!! テッチー! テチテチー!!』
仔実装たちは、生まれてくる家族に興奮しながら、サクラの大きくなったお腹を
触りながら、テチュテチュ甘えていた。
『デ… また中で動いたデスゥ♪ くすぐったいデスゥ♪』
サクラは上機嫌だ。
仔実装達も、サクラの周りで上機嫌だ。
『テチュ♪ ママッ! メロン また動いたテチュ♪』
『デスンッ! そんなに激しく動いたら、奥に当たるデスゥ』
サクラは思っている。
もうこの生活も終わりに近づいている。
新しい家族。それを迎えるときはママも一緒だ。
もう少しだけ。もう少しだけ頑張ったら、ママを呼ぼう。
サクラは、下着の横に挟んでいる実装フォンの位置を確かめる。
もう少し。もう少しだけ頑張ろう。
この子達のため。そして、このお腹の中の子のためにも。
『デッス〜ン♪ 私のお腹、今、女の子デスゥ♪』
サクラのお腹の中では、新しい命が躍動をしていた。

ある日、サクラは身重の体で、何とか餌を取り終え巣に戻る。
朝食であったが、身重の体のため、時間がかかる。
空の太陽が既に真上に来ている頃であった。
お腹を減らせてテチュテチュと待っているであろう。
繁みをわけて、戻って来たにも関わらず、出迎えのない仔実装たちを訝しるサクラ。
見れば、スモモたちは、一生懸命何かを作っている。
『おまえ達。何をしているデスか?』
サクラが覗き込むと、イチゴがそれを後ろに回して、それを隠す。
『な、何もしてないテチ!!』
『あやしいデス。何を隠したデス?』
『な、何も隠してないテチ!!』
『見せるデス』
サクラは強引にイチゴが隠したそれを取り上げた。
『デ…』
それは、色々な花で作られた花の冠であった。
まだ編み掛けのせいか、冠の形には、程遠い。
『ママァ、見てテチ 見てテチ』
スモモとバナナが、同じように冠を見せる。
『ママにあげるテチ』
『ママにあげるテチィー!!』
スモモとバナナの共同作品だろう。
サクラは、花の冠を頭に載せ、頬を赤らめ、涙ぐむ。
『デスン… おまえたち』
『姉チャ、まだできないテチ?』
バナナが冠の作りかけを見て、そう言う。
『バナナ。イチゴも一生懸命作っているデス。そう急かすものでは…』
イチゴがモジモジと隠しながら、作っている冠。
それはサクラの頭に載っている冠と同じ作りだが、どうも違う。
大きすぎるのだ。サクラの頭の2倍ぐらい大きさだろうか。
それは、まるで人間のために作っているような大きさなのだ。
『イチゴ。もしかして、それは…』
『ち、違うテチ! ひ、暇だから作っているだけテチ!!』
『姉チャ? 真っ赤テチ? 風邪テチ? 風邪テチ?』
『違うテチ!! ご主人様のためなんかに作ってないテチ!!』
イチゴは頬を真っ赤にして否定した。
『お、大きく作りすぎただけテチッ!! べ、別に欲しいって言うなら、あげてやってもいいテチッ!!』
テチテチと騒ぐ仔実装たち。
それを見ながら、サクラは頬を赤らめ、鼻息を荒くつく。
サクラは、辛く厳しかったこの野良生活を思い出し振り返る。
この生活を通して、仔実装たちは一回りも二周りも大きくなり成長した。
この子たちは、たぶん大丈夫。いや絶対大丈夫だ。
明日、実装フォンでママに連絡を入れよう。
躾はうまく行ったと伝えれば、ママが迎いに来てくれるはずだ。
仔実装たちは、きっと驚くだろう。
どんな感動的な再開を演出しようか。
サクラは、そう思うと、ウキウキするのだ。
『さぁ、おまえ達。ご飯にするデスゥ』
『テチュー♪』
 イチゴ。ご飯が終わったら、その冠。ママも手伝うデス♪
 おまえ達も手伝うデスよ
 明日までに仕上げれば、きっといい事があるデス♪
 きっと、いい事があるデス♪
封鎖された公園。
四方の公園の出入り口には、ネットが張り巡られ、警官隊がその四方に固めていた。
泣き叫ぶ人間の母親。子の名前を、何度も何度も繰り返しては叫んでいる。
横には、グレーの作業着を着た男たちが、銃らしきものを持ち、命令を待っている。
封鎖された公園の入り口には、警官隊のほか、多くの野次馬などの声で溢れていた。
その喧騒中、一人の警官がパトカーの無線を使い、本部と連絡を取り合っている。
「こちら現場。○○公園に到着し、公園内の住民の退避および
 公園の出入り口の封鎖は完了。
 現在、近辺の住宅街に、外出禁止を勧告しております。
 
 野良実装石の群れは、公園内に生息中。ここからは、目視で
 10体から20体ほど確認できます。
 森の中をあわせると、およそ100体前後の群れかと思われます。
 
 公園の中央には、被害者と思われる赤ん坊の死体。
 その周囲には、数体の実装石が、被害者を捕食している模様。
 
 報告のあった、残り2人の幼児の姿は見えません。
 おそらく、森に連れ去られた可能性があると思われます。
 
 ええ。はい。了解しました。
 禽獣駆除班が到着次第、駆除を開始致します」
 サクラはウキウキしていた。
 大きなお腹の周りには、仔実装たちが頬を寄せて眠っている。
 また動いたデスゥ♪ また動いたデスゥ♪ 
 幸せ一杯のサクラ親子は、夢の中で、男の家のリビングで楽しく遊んでいた。
 男の膝の上にはサクラ。その周りに四匹の仔実装が、走り回っていた。
(続く)