テチ

 

『テチ』1
無情なブレーキ音が街中に響いた。
アスファルトにこびり付いたタイヤの跡。
そのゴムの焼ける匂いの中に、緑の飛沫を飛び散らせた肉塊が転がっている。
その緑の肉塊の持ち主は、1匹の成体実装石だった。
実装石を跳ねてしまった車の持ち主は、焦った表情で車を降りる。
その車の持ち主は、急いで車の前に向かって慌てて駆けた。
緑の飛沫で汚れた自慢の愛車のボンネットが凹んでいないか、必死の形相で調べている。
大きく凹んでいるバンパーを見ては、車の持ち主の顔が泣きそうになった。
立ち上がり、大きく舗道まで跳ねられた実装石を一瞥しては、車の持ち主はその肉塊に近づき、唾を吐きかけた。
嫌な物を見たという顔をして、車の持ち主は車に乗り込んだ。
車はそのまま急発進して、遠く見えなくなってしまった。

男が舗道に転がる肉塊に気がついたのは、車が立ち去った後だった。
アスファルトに残るタイヤ痕。まだ燻る焼けたゴムの匂い。そして、緑の飛沫が飛び散る血痕。
男はその血痕が続く先の実装石の死体を見て、その場が彼女の交通事故の現場だと知った。
その実装石の死体は、舗道まで大きく跳ね上げられており、道行く通行人は顔をしかめて
その死体を避けるようにして通っている。
赤い立派な首輪。
フリルのついたピンク色の市販の実装服に身を包んだその実装石は
どうやら飼い実装石のようである。
男は、辺りを見渡したが、飼い主の姿はどこにもなかった。
どうやら飼い主の元からはぐれ、街中を彷徨った挙句に、事故にあったらしい。
男が通行人も避けるその飼い実装石の死体に近づくにつれ、
その死体の周りで必死に叫んでいる小さな物体が目に入った。
その小さな物体は、必死に泣き叫び、その飼い実装石の死体を揺らしている。
仔実装だった。
同じピンクの洋服を着込んだその仔実装は、どうやらその飼い実装の子供のようだった。
 テチャァァッァ!! テェェェェェン!!
半狂乱になり、目から溢れる大粒の涙をボロボロと零しながら、冷たくなった母実装の
体を揺する仔実装。
 テァッ!! テヂヂーー!!!
行き交う通行人のズボンに縋っては、それを引っ張り、母を助けてくれと訴えんとする。
しかし、通行人は見て見ぬ振りをして、子実装の訴えを無視していく。
 チアァァァァッ!! テェェン!! テエェェェン!!
泣き叫ぶ仔実装。
助けてやりたいと思っても、誰の目が見ても、この母実装が助かろうはずはない。
ピンクの実装頭巾は破れ、その中から緑の脳漿が舗道に零れ落ちている。
無関心な通行人は、仔実装を次々と無視しては通り過ぎていく。
その場で蹲り、手が充血するくらいアスファルトを叩きつける。
仔実装の溢れるその涙はアスファルトを塗らしていった。
そして、思い出したかのように、母実装の死体に縋り、大声で
 テチィィィィィィィィィィィ…!!!!
と叫んでは、「起きて!起きて!」と母実装の頭を必死に揺らす。
しかし、コポリという音と共に、母実装の脳髄が新たにアスファルトに零れるだけであった。
 テッスン…テッスン…
いくら揺すろうとも起きぬ母実装を前に
道行く通行人に何ども母実装を助けるように訴え続ける仔実装。
しかし、最終的に通行人に足蹴にされ、仔実装は転がるように道路に飛ばされてしまった。
仔実装は、テチァァァァァ!!という叫び声と共に、アスファルトを転げ落ち、
母実装が先程轢かれたばかりの道路に、その体を露にした。
飛ばされた仔実装の僅か5cm横を、車のタイヤが滑走した。
 ピチャァァァァァッッ!!!
仔実装は、車が通過した風の勢いに煽られ、紙屑のように舞い、歩道の路肩にぶつかる。
その衝撃に目を白黒させて、ガタガタ震えながら、口をパクパクさせていた。
 テェエ……テェェ……(ガタガタ……)
自慢のピンクの洋服は、所々破れ、糸は解れ(ほつれ)、泥で汚れている。
ピンクの洋服から覗かせる仔実装の顔をプリントされた下着には、緑の糞が
これでもかと蓄積されていた。
緑の糞の線を路肩に引きながら、路肩の段差を懸命に登った仔実装は、
死後硬直が始まった母親の死体に向かって、泣きながら、再び必死に縋りつく。
そして、また再びその死体を揺らしては、デヂヂー!! デヂヂー!!と狂ったように叫び
でろんと舌を出した青くなった母親の顔と、道行く通行人の顔を、交互に見ては
デチャァァァァ!!! デチャァァァァ!!! とひたすら叫んでいた。
男はその仔実装の姿を通りながら見ていた。
男もまた、その飼い実装の死体を避けて通った。
 テッスン… テッスン…
すすり泣く仔実装と目が合った。
薄汚れているが、市販の実装服を身に纏った飼い実装石。
おそらく飼い主も探しているはずだ。第3者が関わる場面ではない。
男はそう思って、回りの通行人と同じく、その場を避けるように立ち去った。
 
 
目的の買い物を終え、男は店を出た。
結構、長居をしてしまったが、探していた物が見つかった多幸感は、
長時間の買い物の疲れを癒すのには十分だった。
店を出た時には、外はすっかり夜になっている。
秋を迎えた今は、日が落ちるのも早い。
日が落ちると、温度も急激に下がってきているのを感じる。
男は上着のポケットに手を入れて、来た道を戻っては家路へと急ぐ。
暗がりの歩道。すっかりと人が居なくなった歩道の街頭の下。
その街頭に照らされたアスファルトには、ぽつりと、あの轢かれた飼い実装の死体がまだあった。
どうやら飼い主は、まだこの飼い実装に巡り合えていないらしい。
ふとあの仔実装はどうなったかと、気になった。
男は街頭の灯りを頼りに、その飼い実装を覗き込んだ。
既に冷たくなった母実装。
でろんと出した舌は、既に血の気の色を失っていた。
仔実装は?
男はそう思うと、母実装の血まみれのピンクのドレスの胸元が、もぞもぞと動いているのに気づく。
 チュパ… チュパ… 
何かを必死に吸引する音が聞こえる。
男はやるせなくなり、母実装の胸元のドレスを手で開いて見た。
アスファルトのように硬く冷たくなった母実装の胸を、必死に両手で掴む仔実装。
泣きはらした窪んだ両目を閉じ、その屹立した黒い乳房を噛み切らんほどに咥えて
黙々と吸引している。
夢は遠い生まれたての頃に想いを馳せているのだろうか。
飼い主が現れない以上、この仔実装は、母実装から離れられず死ぬことになるだろう。
男は、決して愛護派ではなかったが、その仔実装を連れて帰り、育てることに決めた。

男は、その仔実装に『テチ』という名前を与えた。
よほどテチは母親に甘えて育てられたのだろう。
あの現場で、母実装から引き離した時、テチは凄い形相で男に威嚇を加えた。
母実装と離れることに危機感を感じてか、男の手の中で、叫び暴れ始めたのである。
テチは歯を剥き出しに露にして、男に対して威嚇した。
テチの口からは、母親の黒ずんだ乳房に対して引かれた銀色の唾液の糸が
アスファルトに向って垂れていた。
男は、そのまま家にテチを連れて帰ろうとしたが、テチはどうしても抵抗する。
そして、テチは男の手を噛みさえした。
 テチャァァァァァッ!!  テヂヂーー!!!
たまらず男はテチを離してしまう。
テチは器用に男の手から逃れては、母実装の死体に向かって駆けた。
既に硬くなった母実装のスカートの下に潜り込み、その暗がりの中から
赤と緑の目を光らせて、デチャア!!!デチャア!!!と威嚇を繰り返していた。
男が手を伸ばすと、テチは母実装の下着の中に潜り込む。
轢かれたショックで脱糞した満載の下着の中で、テチは糞を両手で掘るようにして
その中に身を隠す。
 デチチー!チィー!
下着の奥で叫ぶテチ。
男は途方に暮れ、その場を立ち去ろうとしたが、死んだ母実装の下着の奥で
母の冷たい糞に塗れながら震えるテチを、どうしても見捨てることはできなかった。
男は近くの店に立ち寄り、手ごろなダンボールを手に入れると、母実装の死体毎
家に持ち帰ることにした。
そうして、ようやくテチは、男の家に辿り着くことができた。

家に連れてこられたテチは、家に上がろうとせず、玄関の脇に置かれた
母実装の死体が入ったダンボールの中で、丸くなって眠った。
初秋とは言え、ある程度時間が経てば、死体も痛んでくる。
一晩、玄関先に置いていただけで、実装石の死肉は、とてつもない腐臭を漂わせるに至った。
「テチ。もうママは死んだんだよ」
男がダンボールの中で威嚇するテチに対して言う。
 テチッテッチィィィ! テッチー!テチテチー!
男に向かって威嚇を繰り返すテチ。
流石に生命力の強い実装石である。
昨晩、わずかな水を与え一晩寝ただけで、泣き叫び憔悴していたテチは
元気を取り戻していた。
元気を取り戻した反面、テチの容貌は凄まじい物になっていた。
自慢のピンクの実装服は、母実装の糞と自らの糞で、ピンクどころか緑色に染まっている。
男の家で暮らすならば、もうこの服は着ることはできない。
男は街の実装ショップで買って来た、中国産の緑の実装服を取り出して、テチに着させようとした。
ピンクの洋服を脱がす時のテチは凄い形相で反抗した。
 テァ!? テチャアアア!?
まるで命でも取られるかのような様相で、必死に両手で剥ぎ取られる洋服を掴むテチ。
力の差も虚しく、ピンクの洋服を剥ぎ取られたテチは、デチャア! デチチー!!と叫んで
ダンボールの壁を両手でぺしんぺしんと叩いた。
本来ならば、男に向って殴りたいのだろう。
しかし、背の丈以上のダンボールの壁が立ち塞がり、テチの思うようにいかない。
足をだんだんとダンボールに床に叩きつけ、仰向けになり、両手を目に添えて
 テェエエエエエン! テェエエエエエン!
と、足をバタつかせながら、泣き叫ぶテチ。
そして、テッスン…テッスン…と泣き疲れると、母親の死体のスカートの中に潜り込み
もぞもぞと胸元まで這って達すると
 チュパ… チュパ…
と、再び吸引を始める。
実の母親とは言え、死者を冒涜するようなその行為に、男は不快感を禁じえなかった。
「テチ! もうママは死んだんだ! 離れなさい!」	
はだけた親実装の胸元に手を入れて、下着姿のテチを引きずり出す。
 テェ!? テェエエエエエン! テェエエエエエン!
母実装の黒ずんだ乳房は、テチが吸引を食い返したためか、既に先端は無くなっていた。
吸引の間にテチが食べてしまったのか。
その乳房からは、乳の代わりに垂れた黄色い膿が、嫌な匂いを漂わせていた。
テチは口からその粘液質な黄色い膿を飛ばしながら、テチを掴む男に向って牙を向いて
威嚇を繰り返した。
 デチャアアア!!! デチチー!!
威嚇を続けていたテチは、両手両足を使って、掴まれたままの宙の四肢で、男に向って攻撃を繰り返す。
その攻撃は、無論虚しく空を切り続け、次第に哀しさがテチの中に募っていく。
 デチチー!! ……チチー! テェ… テェェ…
 テッス… テッスン… テェェ… テェエエン!
 テェエエエエエン! テェエエエエエン! テェエエエエエーーーーン!
テチは泣いていた。掴まれた宙の状態で、いつまでも泣いていた。
ブリブりと、テチの下着がまた大きくなるのがわかる。
仔実装をお尻にプリントした下着は、既にテチの総体積の2倍ぐらいの容量となっている。
下着が糞の重みに耐えかねて、ずるり… ずるり…と、下着がテチの両足を滑る様にずれて行く。
べとり… べとり…と、糞が垂れ、それが血まみれの歯を剥き出しにし
恐怖に歪んだ大絶叫の状態で固まった親実装の口の中に、次々と堪っていく。
その光景を見ては、男は、本当にやるせない気持ちになった。
テチの下着は、重みに耐えかね、でろりと脱げ落ち、親実装の顔に被さった。
男は無言でテチをダンボールの下に置いた。
 テチァ!! テチュ〜ン♪
自由になった喜びでテチは、一目散に親実装のスカートに潜り込んで行く。
 テチュ〜♪ テチュ〜♪
乳房に向って、這い続けるテチ。
手と足を親実装の腹にかけた時、親実装の皮膚の表面が、テチの体重に耐えかねて陥没した。
 テチー?
テチは首をかしげ、はまった手足を器用に抜いては、目的の乳房に向って、しゃぶりついた。
 チュパ… チュパ… テチュ… テチュ…
その光景に軽い眩暈を感じた暗い相貌の顔の男は、まずテチの母親の死体を
保健所に出すことにした。
(続く)