テチ

 

 

『テチ』2
男は母実装を保健所へと持って行き処分をした。
その母実装の死体を持ち出すため、テチをダンボールから引き離すのも一苦労だった。
男がテチを母実装の死体から引き離すためにダンボールに近づくだけで
テチは男に対して壮絶な威嚇を繰り返すからだ。
テチは、男の家にやって来てから、ずっと母実装の死体の袂で暮らしていた。
テチは片時も母実装の死体から離れようとはしない。
暇な時は、母の下着から漏れる糞を団子にしてテチテチと遊び、
疲れると母のピンクの服に抱かれて眠り、お腹が空くと母の乳を求めた。
異臭が一段と強くなり、子蝿がたかり始めた時、男はテチをダンボールから
引き離そうと決意する。
ピンク頭巾とピンク靴のみ、あとは全裸の滑稽な姿のテチは、
母実装の死体の上で丸くなって眠っていた。
「テチ。ママとお別れしような」
男がテチにそう言って、ダンボールを覗き込んだ。
テチは男の姿を見るや、歯を剥き出しにして威嚇を始めた。
男はダンボールに手を入れて、騒ぐテチを掴もうとする。
テチは器用に親実装の体の上を渡り、男の手から逃れんとした。
丁度、親実装の顔辺りで男に捕まるが、テチは親実装の前髪を掴み、離れようとしない。
「テチ。もうお別れなんだ」
男が力を込めると、親実装の前髪が頭皮毎、べりりっと剥がれた。
テチは親実装の前髪を両手で掴みながら、テェェェン!! テェェェン!!と泣いている。
玄関の上に下ろすと、テチは手に持った前髪を手放して、
自分の背丈よりも2倍ぐらい大きなダンボールに向かって駆け出した。
ぺしんぺしんとダンボールの壁を叩くテチ。
これでは、ダンボールを運ぶこともできない。何かテチの気を引くものがないと…。
男は台所からプリンを取り出した。
一口スプーンでプリンを掬って、甘い匂いのするプリンを泣き叫ぶテチの前にちらつかせた。
 テェ?
ダンボールを叩く手もピタリと止まり、テチは泣き止む。
プリンをつーと右へ動かすと、テチの視線も右へ動く。
プリンをつーと左へ動かすと、テチの視線も左へ動く。
テチは口を大きく開け、口から涎を垂らしていた。
次に再びプリンを右へ動かすと、体ごとプリンを追いかけるようにして
トテトテとそのスプーンに載ったプリンを追いかけ始めた。
男はプリンを盛った皿を玄関の床に置き、スプーンのプリンを追いかけるテチを
皿の前に誘導した。
 テチャァ!! テチュ〜ン♪
プリンの前で両手万歳のテチ。
ピンク頭巾と靴だけの滑稽ないでたちのテチは、プリンを前に文字通り小躍りをし、
そのプリンに頭を突っ込みながらプリンに夢中になった。
 いまだ!
男はそろりとテチの母実装の死体が入ったダンボールを手にすると
ゆっくりと立ち上がり、玄関の扉を開いて外へ出た。
扉を閉めるとき、その扉の間からテチの様子を伺う。
テチは玄関の冷たい石畳の上に、総排泄口を露にしながら座り込み
目の前のプリンの山に、テチュ〜ン♪ テチテチィ♪と喜んでむしゃぶりついていた。
 パタン…
扉を閉める。
男は手にしたダンボールの母実装を見た。
既に腐敗が始まろうとしている。でろりと口から垂れた舌。
陥没した両目は既に水気がなく、しわがれて潰れている。
血まみれのピンクの洋服は、すでに赤のそれでなく黒だ。
男の顔にかかる小蝿がこそばゆい。
親を失ったテチが依存しているその物なのだが、こればかりは仕方がない。
男は保健所に車で向い、母実装の死体を処分した。
1時間後。
車を駐車場に入れ、紙袋を持った男が家に入ろうと玄関に近づくと
家の中から凄い叫び声が聞こえてきた。
 テチィィィィィィィィィィィ… テチィィィィィィィィィィィ…
テチだ。
おそらく母実装を探しているのだろう。
その寂しいテチの鳴き声は、男の心に響いた。
テチを拾った責任は自分にある。
テチを飼い実装として育てることが、テチの母の弔いにもなると男は思った。
「テチ。ただいま」
男は、テチに優しくそう言った。
 ぺちゃ…
「おかえり」の代わりに飛んできたのは、テチの糞だった。
 ヂャァーーーーー!!! デチチー!! デチチー!!
皿に乗ったプリンは無残に玄関先まで四散しており、癇癪を起こしたテチの仕業だとわかる。
テチは大粒の涙をボロボロと流して、玄関の一角を指差して男に訴える。
母実装の死体が入ったダンボールが置かれていた場所だ。
テチは、チュワワワワッ!!と叫んでその場所に駆けては、ガンガンと玄関の石畳の上で
地団駄を踏んだり、体全体で転げ回り、仰向けになりだんだんと玄関の石畳を手で叩く。
母の姿がないことを嘆いているらしい。
「テチ。もうママはいないんだ」
男は投げられた糞をポケットティッシュで拭って、テチに言う。
 テエェェェン!テェエエン!
テチは母が傍らにいない事を嘆き、「ママ何処?ママ何処?」と必死に叫んだ。
「さぁ、テチ。お風呂にしよう。お前の体もドロドロだよ」
男が優しく説こうが、指で頭を撫でようが、テチは母親がいた玄関にへばりつき、動こうとしない。
途方の暮れた男は、持っていた紙袋から、ある物を取り出して、テチの体を包んだ。
テチの母親のピンクの実装服。その頭巾の部分だ。
母親の匂いが染み付いた、その頭巾でテチをくるんであげた。
 テェ…? テチュ?
テチは、ぴたりと泣き止んだ。
男は保健所に引き渡す前に、実装服をどうするかと、職員に尋ねられたのだ。
男に目利きはなかったが、実装業界では、今流行の洋服らしく値も非常に張るとのことだった。
テチの母親の形見にもなろうその洋服を、男は持ち帰って来たのだ。
 テチュ… テチュ…
母親の匂いのする頭巾に包まれたテチは、それに顔を埋めるようにして
丸くなって寝てしまった。

「さ、テチ。この服を着なさい」
母親の頭巾で少し落ち着きを取り戻したテチは、玄関先で男に緑の実装服を着せられた。
初秋に入り、いつまでも裸のままでは風邪を引きかねない。
頭巾はピンク色の頭巾のまま。服は中国産の緑の麻の実装服。
下着は5枚980円の木綿の量産品というアンバランスな取り合わせだ。
男は、先ほど脱がせたテチのピンクの洋服と下着を手に取った。
カシミヤで織られたそのピンクの高級服は、手に取っただけで肌触りが確かに違う事がわかる。
下着もシルク。テチの元飼い主が、贅沢な趣向でテチを愛でていた事がよくわかった。
一方、テチに着させたのは、中国産の麻製の実装服。
麻製のゴワゴワの肌触りのそれは、無論テチの嗜好に合うはずはない。
 チュァ!? デヂァァァァァ!!!
テチは男が着させた実装服を脱ぎだして暴れ始める。
麻の肌触りが気に入らないのか、緑の色が気に入らないのか、とにかく暴れる。
テチが着ていたピンクの洋服は糞塗れで、家の中で着させるわけにはいかない。
洗い、ほつろいを直したとしても、この家で暮らすのならば、この家のルールに従う必要がある。
男の収入では、カシミアなどの服を揃えてやる事はできないからだ。
「テチ。着なさい。これがおまえの服だよ」
テチは脱ぎ捨てた麻の服を足蹴にダンダンと踏みつけ、
母親の頭巾に包まり、お尻だけを突き出して、ヂヂーー!! と唸るだけだった。
白い木綿の下着は、既に緑色に染まっていた。
「(ふぅ〜。仕方がないな…)」
何せ母親を失ったショックの後だ。
男はこの場でテチを叱るのを留めた。
テチには、今後ゆっくりとこの家のルールを覚えて貰えばいい。
なにせ、テチとこれから過ごす時間は、たくさんあるのだ。
男は母実装の頭巾を被って唸るテチをそのままに、実装フードと水を入れた皿を
玄関先に置いて、テチをそのままに玄関の電気を消し、寝室へと上がった。

その晩、男は目が覚める。
階下で泣くテチの声が耳についたからだ。
 テチィィィィィィィィィィィ…
静かな夜に響くテチの泣き声。夜鳴きだ。
男は階下に降りなくても、テチの今の姿がよくわかった。
おそらく母親の頭巾に顔を埋め、頭巾を涙でベトベトに濡らしながら
母の姿を求めて泣いているのだろう。
 テチィィィィィィィィィィィ…
飼い実装として、夜鳴きはタブーである。
どんな哀しいことがあっても、家の中で泣いたり叫んだりしてはいけない。
特に夜は、その要求が求められる時間帯である。
男はむくりとベットから起き上がった。
階下に降りた暗がりの中に、ガチガチと震える赤と緑の目があった。
テチだ。
テチは玄関の隅で、母実装の頭巾に包まり、寒さで震えて泣いていた。
つい数日前は、暖かい母親の腕の中で抱かれて、夢を見ていた時間帯なのに。
「テチ。寒いのか」
初秋である。
寒さは冬のそれと比にならぬが、母の温もりが傍らにない仔実装にとって、この寒さは辛い。
テチは冷たい玄関の石畳の上で、母実装の頭巾に包まり、カシミアの頭巾と靴のみの裸の格好で
ガチガチと歯を鳴らしながら、両手で肩を必死に自ら擦っている。
「テチ。これを着なさい」
 テェ…
男はテチの傍らに落ちている中国産の麻の実装服を手渡そうとする。
手をそれに伸ばすと、男の手に柔らかい物が当たった。
糞だ。
テチの糞である。
その実装服を嫌ったテチは、男が部屋に篭っている合間に
この脱ぎ捨てた服にこんもりと自らの糞をひっていたのだ。
そう。まるで男に対して、己の意思を示すかのように。
しかしその行為は、男に対しての侮蔑以外の何者でもない。
「テチ! 何てことをするんだ!!」
つい男は声を荒げて怒鳴ってしまう。
言葉の通じないテチも、男が何に対して怒っているか理解できた。
 デチャア! デチチー!!
テチも負けずに男に向って歯を剥く。
「テチ!着なさい!」
男が寒さで震えるテチに向って実装服を差し出す。
 デチャアアア!!!
断固拒否するテチ。
男は堪り兼ねて、テチにデコピンを喰らわした。
 テァ!!
デコピンを喰らったテチは、振り子のようにもんどり打ち
後頭部を玄関の石畳にぶつけてしまった。
 テェェ…? テェ!?
両手を頭に添えるテチ。後頭部が痺れている。
続いてリアルに痛みが脳に伝達されたテチは、男によって痛みを加えられたことを知る。
 テェェ… テェエエエエエン!
夜鳴きを注意しに来たのに、テチを本気で泣かせてしまった。
本末転倒であるが、今はテチの行為に対して、戒めを施す必要があった。
「着なさい!!」
 テェエエエエエン!
もう1度、デコピンを喰らわす。
次は少し右側面から。テチはその反対側。左側面をもんどり打ち、玄関の石畳の上に強打する。
 デェエエエエエッッ〜〜ン!!!
母実装の頭巾をそのままに、玄関の反対方向に這って逃げるテチ。
男はその方向へぐるりと回り、テチが這う先に、テチの糞塗れの実装服を持ってしゃがむ。
「テチ!! 着なさい!!」
 チャッ!! ヂャアアアアアア!!
テチは逃げた方向に男が現れたので、驚きもんどり打つ。
「着なさい!!」
「着なさい!!」
「着なさい!!」
「テチ!! これを着なさいっ!!」
テチは這って逃げた。
 テチィィィィィィィィィィィ!!!!
喉を垂直に立て、天に咆えながら、テチは這って逃げた。
 テチィィィィィィィィィィィ!!!!
今は亡き母の姿を求め、泣き、請い、テチは鳴いた。
散々這った後、テチは母実装の頭巾に辿り着く。
 テェァ!! テチュ〜ン!!
テチは母の保護を求めようと、その頭巾を頭にかぶり、全てから逃避しようと試みるが
無情にも、男がそのピンクの頭巾を手に取った。
 テャァ!! テチィィィィィィィィィィィ!!!!
テチは両手を天に上げ、ぴょんぴょんと男に向って、手を上げる。
男はテチの頭に、テチの糞塗れの実装服を投げつけた。
「これを着なさい!! テチ!!」
 テチャアアア…
男は母実装のピンクの頭巾を持ったまま、玄関の電気を消し、階上へと上がってしまった。
 テッスン…テッスン…
テチは暗がりの中、母実装の頭巾を求め、冷たい玄関の石畳のうろうろと回る。
 テェ…
暗がりの中、手をまさぐる。
 テェ…
ない。当たり前だ。
テチは、狭い玄関の石畳の中を歩き疲れ、とうとうそこにぺたんと座ってしまう。
そして、大粒の涙をぼろぼろと流し、暗がりの中、玄関の床から漏れる外の寒気に対して
ガチガチと歯を鳴らし始めた。
朝、男が階下に降りると、ピンクの頭巾姿のテチは、糞塗れの実装服を着こんで
玄関の隅でガチガチと震えていた。

テチとの生活が始まった。
男はテチを決して甘やかせず、厳しく躾けることにした。
テチが今まで当たり前と思っていた生活と、ここでの生活レベルは格段に異なる。
カシミア製の洋服に身を包み、高級ステーキなどを食せる生活を、男はテチに与えることはできない。
できないならば、テチにはこの家の生活に合わせて貰う必要があるのだ。
飼い主のエゴだと言われるならばそれまでだが、男は贅沢な生活に幸せがあるとは思っていない。
飼い主と飼い実装石の間に、互いが信じられる暖かい関係を築くことができれば
質素であれ、慎ましい生活であれ、飼い実装石は幸せであると思えるのだ。
テチにはぜひそう感じて貰いたかった。
テチとそういう関係を結びたかった。
だからこそ、男はテチに多くのことは望まなかったが、
最低限度のことは、厳しく、愛を持って躾けて行った。
しかし、テチは言うことを聞かない事が多かった。
「食べなさい!! テチ!!」
 テチィィィィ……
男が皿に盛った実装フードを、玄関に座ったテチに持ってくる。
テチは相変わらず、玄関から家の中に入ろうとしなかった。
母実装が居たダンボールの場所。
今ではピンク色の頭巾が置かれた場所がテチの居場所だった。
玄関には、トイレ。水入れ。
テチが生活するのに必要な物が全て置かれていた。
すでに母実装の頭巾は、透き通るピンク色から、どす黒いピンク色に変わっている。
男は、その頭巾に包まるテチの目の前に、実装フードを置く。
既にこの頃には、テチは男に対して威嚇は行わなくなった。
絶対的な力関係を理解しているからである。
テチの前には、実装フードが皿に盛られていた。
こと食事の好き嫌いに関しては、男の躾は厳しかった。
「テチ。食べなさい」
 テチィ…
テチは実装フードを掴んで、カリリと口で噛む。
味気ない。思わず吐き出しそうになる。
しかし、テチは数日前に、男の目の前でぺっと吐き出した後に痛い事をされたことを思い出す。
男が与えたのは、お徳用実装フード。
生ゴミなどを主食にするほとんどの実装石にしてみれば、夢のような食事だ。
しかしテチは生まれてこの方、こんな不味い物は食べたことがない。
与えられた実装フードは、すべて高級実装フード。
噛めば中から密封されたトロリとした肉汁が零れ落ちるのだ。
育ち盛りの年齢なのに、まったく食がすすまないテチ。
この仔は飢えという物を知らないのだ。
今与えられた環境を幸せだと一片すら思っていないのだ。
「テチ。全部食べないと、オヤツは抜き。いいね」
絶対的な力で適わない男に追い詰められると、テチは必ず鳴いた。
独特の泣き方で鳴いた。
 テチィィィィィィィィィィィ… テチィィィィィィィィィィィ…
テチは実装フードをワナワナと震える両手で握り締めて、天に向って泣いた。
この泣き方だ。
テチが亡き母親を求めて彷徨う時の鳴き声。
 テチィィィィィィィィィィィ… テチィィィィィィィィィィィ…
喉を垂直に上げ、口をすぼめて泣く独特の格好。
目から溢れる涙は、ピンク色の頭巾に吸われ消えていく。
男に厳しく怒られた時。
自らの要求が通らない時。
たまらなく寂しくなった時。
テチは泣くのだ。母を求めて。
 
 
男は悩んでいた。
どうすれば、テチの閉じた心を開かせることができるのだろうか。
やはり母実装の愛を悪戯に一心に受け、無情にもその愛を剥奪された身の上が
テチの心を固く閉ざしている要因の一つなのだろうか。
だったら、自分がその母の代わりをすればいい。
最初はそう思っていたが、現実はそううまくいかない。
完全なる飼い主の、人間側のエゴだ。
男は頭を振り、街中を歩いた。
ふと、ブラインドの向こうに目に入った物がある。
そこは街中の愛護派でも知られる実装ショップだった。
「これだ… これだったらテチも…」
男は実装ショップの中に駆け込み、店員に怒鳴りつけるように言った。
「すみません! これ下さい!」

その日も、テチは玄関の隅で母実装の頭巾に包まって泣いていた。
 テッスン…テッスン…
夢の中では、母実装のやさしい腕に抱かれて眠っているのだろうか。
時節、テチの頬には笑みさえ浮かんでいる。
しかし、その眠りを妨げたのは現実であった。
「テチ。帰ったぞ!」
荒い息をあげて、男が部屋の中へと戻ってくる。
手には大きな紙袋を抱いていた。
テチは眠気眼をこすりながら、男の顔とその大きな荷物を見て、テチィ?と首を傾げた。
「ほら。テチ。見ろ」
男は袋から、それを取り出した。
 テェ… テチァァァァァ!!
「あれ? お、おいテチ!」
テチは男の手にした物を見て、糞をブリブリと音を立てながら、悲鳴をあげて
母実装の頭巾の中に、頭を隠してしまった。
「おい。テチ。あれ?あれれ?」
お尻をますます緑に染め膨らまし、ひたすら震え上がるテチ。
男はわけも分からずテチの反応に途方も暮れて頭を掻いていた。
 テチ! テチテチテチテチ…
「そうだ!待ってろ!テチ」
 テァ?
男は急いで階上へ上がった。
テチは男が階上に上がった音を聞いて、母実装の頭巾から、チラリと「それ」を見た。
居た。
まだ居る。
テチは、また悲鳴を押し殺し、頭巾に顔を埋めた。
(ドタバタ… ドタバタ…)
男が階上から降りてくる音がした。手には紙袋を持っている。
男はそれから「ある物」を取り出し、「それ」に「ある物」を着させた。
「テチ! 見ろ!」
 ……テチィ?
テチは見た。
震える手。
 ……テチィ
声にならない声。
 ……テチィィィ
溢れる涙で前が見えない。
「ちょっと頭巾を借りるぞ……… よし。これで完璧だ」
テチは口をパクパクしている。
男と「それ」を交互に見て、頬を赤らめ、そしてあの泣き方で泣いた。
 テチィィィィィィィィィィィ…
そこにはテチの母実装の姿があった。
先程まで夢で見ていたピンクの実装服に身を包んだ優しい優しい母実装の姿が。
「それ」は、実装ショップで求めた、等身大の成体実装石の人形だった。
緑の実装服に身を包んだそれは、テチに限りない恐怖を植えつけたが、
テチの母実装の形見に身を包んだそれは、まさしくテチの母実装となった。
テチは大声を張り出して、その人形に向って飛びつく。
 テチィィィィィィィィィィィ… テチィィィィィィィィィィィ…
テチはとても嬉しかった。
もう会えないと思っていた母実装に会えたのだから。
母実装とおそろいのピンクの頭巾を被った仔実装は
いつまでもいつまでも、その母の形見を身に包んだ人形に甘え続けた。
(続く)