テチ
『テチ』4
■登場人物 男 :テチの飼い主。 テチ :母実装を交通事故で失った元・飼い仔実装。 母実装:ピンクの実装服を着たテチの母親。車に轢かれて死亡。 人形 :テチの母実装の形見であるピンク実装服を着込んだ人形。
■前回までのあらすじ 街中に響いたブレーキ音。1匹の飼い実装石が交通事故で命を失う。 その飼い実装は、ピンクの実装服の1匹の仔を残した。その名は『テチ』 天涯孤独のテチは、男に拾われ、新しい飼い実装の生活を始める。 しかし親を失ったテチは、新しい生活環境にも馴染めず、心を閉ざす。 失望感が募るテチ。男は、成体実装石の人形を買い求め、それにテチの 母実装の形見であるピンクの実装服を着せて、テチに与える。 幼いテチは、母実装が戻って来たと思い込み、生きる希望を取り戻す。 ==========================================================================
『実装ダンスで、デス〜ン♪ デス〜ン♪ 仔実装ダンスで、テチュ〜ン♪ テチュ〜ン♪』
テレビには、JHK教育の仔実装向けの教育番組が流れていた。
『飼い主と一緒』
愛護派向けの飼い実装の情操教育のための番組である。
テチはこの番組が大好きだった。
『蛆ちゃんダンスで、レフ〜ン♪ レフ〜ン♪』
テレビ画面の中では、芸能石である成体実装石と仔実装石、そして蛆実装石が リズムに乗ってコミカルなダンスを繰り返していた。
テチュ〜ン♪ テチュ〜ン♪
テチはリビングのテレビの前で、巧みに体をくねらせて、その動きを模写している。
頭には、拾われた時に身につけていたピンクのカシミヤ製の実装頭巾。 体を覆う実装服は、緑の実装服と言ったアンバランスなスタイルである。
『Ji☆Sou♪ Ji☆Sou♪』
画面では、成体実装石が、ウインクをしながら、手に腰を当てながら、腰をくねらせている。
テ・チィ! テ・チィ!
テチもそれを真似て、腰をくねらせる。
『De☆Suun♪ De☆Suun♪』
スカートをひらり、ひらりさせた仔実装が、スカートの裾を持ち上げて、 仔実装の顔がプリントがされた下着をチラリチラリと視聴者に見せ付ける。
テチもそれを真似て、スカートを大きくたくし上げて、臍がみえるほどに 全開に下着を露出させて、テ・チュ〜ン♪ テ・チュ〜ン♪と声を荒げて踊っている。
男はソファーに腰を沈め、朝の珈琲の匂いを楽しみながら、新聞紙を広げていた。 最初は物珍しくテチの踊りを見やっていたが、休日は毎日この踊りをするために 今では無関心だ。しかし、この曲と踊りは、この家での朝の風物詩のような物になっている。
踊りもクライマックスだ。
『De♪De♪De♪Suun〜♪♪♪』
ブラウン管の中では、成体実装石が下着をずらし、濡れた総排泄口をパカリパカリと 見せつけている。教育番組とは思えない内容だが、視聴者にはウケはいいらしい。
芸能石である成体実装石は、喰い入るようなスタジオのカメラを意識してか、 今日はいつも以上に、歯型ができんばかりに手を噛み咥え、鼻息が荒かった。
踊りも終わったようだ。
テチも、テチーテチーと肩で息をしている。
『実装ダンス』が終わると、次いでアニメのコーナーが始まる。
『今日は視聴者の皆さんにプレゼント♪ 『飼い主と一緒』内で放映しているアニメ 『魔女っ仔実装☆テチコちゃん』の『テチテチ☆魔法スティック』を20名に プレゼントするわよ!』
テチィィィィィィィィィィィ!!
いきなり叫び出すテチ。
「うわっ。吃驚した。テチ! 何度も大声を出すなって言って…」
テチィィィィィィィィィィィ!! テチィィィィィィィィィィィ!!
テチはソファーに座る男のズボンを掴み、もう片手で必死にテレビの方を指差している。
テチィィィ!! テチィィィィィィィィィィィ!!
テチが大好きな『魔女っ仔実装☆テチコちゃん』のOPが始まった。 どうやら先程流れていた『テチテチ☆魔法スティック』が欲しいと訴えているらしい。
テチャァァァァァァァァ!!! テチャァァァァァァァァ!!!
テチは仰向けになり、四肢をバタつかせながら、男にアピールする。 しかし、男もテチを1人前の飼い実装に育てるために、心を鬼にする。 我侭を聞いてばかりいると、実装石は無尽蔵に要求を続けるのだ。
「駄目だ、テチ。我侭言うんじゃない」
テチャァァァァ〜〜!!! テチャッ!! テェエエエエエン!
「泣いても駄目な物は駄目!」
男はきつく言い聞かせて、新聞に目を戻す。
デチャアアア!!! デチチー!! デチチー!!
テチは、ぺしんぺしんとリビングの絨毯を手で殴りつけて、唸っている。
テェエエエエエン! テェエエエエエン! (チラリ)
男は新聞紙を見ている。
テェエエエエエン! テェエエエエエン! (チラリ)
男は新聞紙を見ている。完全な無視だ。
テチは声を荒げて泣き続けるが、一向に男が無関心なのに気がつくと、グズリながら 魔法少女☆テチコちゃんを見始める。
EDと予告まで見終わるとテチは、テッスン…テッスン…と涙を啜りながら、母実装の人形の元へと歩き、 ピンクのフリルスカートを捲って、中に入った。
男が新聞紙をずらして、テチの様子を伺う。
少し可哀相だったかな…
テチはもぞもぞと母実装の下着を踏み台にして、人形の胸元に向っていた。 重点が低い人形は、テチが胸元に縋りつくと、後ろにポテンと倒れる。 仰向けになった母実装の人形の胸元にテチは口を沿え、それを始めた。
チュパ… チュパ…
テチの吸引が始まった。
テチは、自分の力でどうしようもない時、幼児退行を行った。 始めは、排便などで粗相をした時に、思いっきり怒鳴った時に行った。 これでも、吸引の回数は減った方である。
テチはこれで心の安定を図っていた。 それを無闇に止めることは、テチのストレスに繋がることである。 しかし、この行為は男にとって生理的に受け入れないことであった。
テチは親離れをしなければならない。 何時まで立っても、この人形に依存するのは、テチにとってもよくない事であるからだ。
「やめなさい。テチ」
男は、もぞもぞするピンクの実装服の胸元の膨らみを、指で突付きながら言う。
デヂー…(チュパ… チュパ…)
テチがくぐもった声で鳴く。
「仕方ないなぁ…」
男はポリポリと頭を掻きながら、テレビを見る。
「テチテチ☆魔法スティックねぇ…」
……(チュパ… チュパ…)
もぞもぞと動くテチは、ひたすら吸引をし続けていた。
テチが男の家にやって来て、2週間近くの時が経過した。
この頃になると、テチは親実装の人形から離れても、癇癪を起こさなくなった。 お風呂ですら最初は、実装人形と一緒でなければ駄目だと駄々を捏ねていたテチだが 精神的に安定して来たのか、男と二人きりであれば、多少の遠出も我慢できるようになった。
今ではテチを連れて散歩に連れ出せれるようにもなっている。
無論、家に戻ると一目散に親実装の人形へと駆けて行き、 テチテチと甘える仕草は変わらなかったが、この散歩を例にとっても テチが男に対して、ある一定の信頼感を抱いている証拠であると言えた。
散歩は、男としては、テチの飼い実装としての教育の一環のつもりだった。 それは、テチに、この世間の物を色々と見て欲しいという思いからだった。
最初は、男が抱き上げて、近くの公園を回る程度だったが、 実装用のリードを購入し、今ではテチが歩きたいままに道を選択させるに至っている。
テチは自由に動き回れる喜びと、見るもの触るものに対する興味で、 この散歩が大好きになった。
散歩に出かける時は、親実装の人形のことも忘れ、草の匂いを嗅ぎ、落ちている空き缶を テチィ?と指で突付いたり、動く蛙や虫などを見つけると、男に向ってテチィ!!テチィ!!と指差して 訴えたりしていた。
自分で考え、自分で判断し、それらに触れて、リスクを理解する。 散歩という行為は、飼い実装にとって、外部と触れる唯一の手段であり、 情操教育には、最適の教育であると言えた。
リードに引かれたテチは、ピンクの頭巾・緑の実装服・ピンクの実装靴という格好で アスファルトの上を、トテトテと器用に歩いている。
「テチ。この赤いのがポスト」
テチィ?
「乗ってみるかい?」
チャァ!! テキャッ! テキャッ!
「これは自動販売機。喉渇いたな。ジュースでも飲むか」
テチィ?
テチは仔実装である。 好奇心旺盛なテチは、あれは何?これは何?と、リードを掴む男を逆にリードするように 引張るように歩き回った。
「あ。テチ。そっちは駄目。怖い怖い車が一杯だよ」
テェッ!! テチャァァァァァァ!!!
交通量の激しい道路に繋がる道を曲がろうとしたテチは、 『車』というキーワードを聞いて頭を抱えて、男の元に走る。
テチは、散歩で学んだ中に『車』という危険な物が、道路を走るという事を理解した。 朧気に、幼い記憶の頃に埋め込まれたトラウマとして、本能的に車を忌み嫌った。
従来、実装石は高飛車で、この世に怖い物などないと思う種である。 車ですら、自分の奴隷、自分に跪き避けて通る物、などと勝手に思い込む傾向がある。 テチが、本能的に『車』を恐れることは、逆に良い事であると言えた。 飼い実装が亡くなる原因で、交通事故は相変わらずワースト1位の原因なのだから。
しかし、テチは過剰に『車』を恐れた。いや、恐れすぎた。 この『車』というものが、どうしてもテチは克服できなかった。
男が住むこの住宅街の一角は、道も狭く、車の往来も少ない。 近くに小さな公園もあり、そこまでは、ほぼ車と遭遇せずに歩くことはできる。 1度、散歩途中で狭い道路を通る車と遭遇したテチの反応は凄まじいものだった。
狭い通路の路肩一杯に幅を効かせながら、前方より車が1台訪れる。 どうやら、この住宅街に住む住人の車らしい。
軽いクラクションと共に、車の運転手が運転席で会釈した。
「おっと。テチ。車が通るよ」
この時、男はテチが次のような過剰反応を見せるとは思わなかった。
リードに繋がれたテチは、ピタリと前方の車を目視するや固まってしまっている。
「テチ。端に寄りなさい」
男がリードを引張り、テチを脇に寄せようとする。 しかし、テチは反応しない。
車は人が歩行する遅いスピードで、徐々に男とテチの方向に向って寄って来る。
テェ…
テチの瞳孔は開いていた。 顔は真っ青になり、顔中に変な脂汗がにじみ出ている。 歯の奥は、一人でにガチガチと鳴らし始め、手足も小刻みに震え、鳥肌が立つ。
じょぉぉぉぉぉぉぉ…
失禁。 乾いたアスファルトの上に、濡れた染みが徐々に広がっていく。
「テチ?」
流石に男もテチの反応に気がついた。
「テチ!こっちに来なさい!」
リードが引かれると同時に、テチの頭部が横に引かれた。 テチは、直立不動したまま、コテンとその格好で横に倒れた。
テチはパンコンしたまま、口から泡らしき物を吐き、テェ…テェ…と虚ろな声を上げている。
「テチ!」
男はテチを抱き上げ、道の脇に寄る。 失神していたテチは、男に抱き上げられた拍子で目が覚める。
正気に戻ったテチの目の前には、丁度車がゆっくり、ゆっくりと通過する最中であった。
「おい。テチ! 大丈夫か!」
男がテチを気遣い、テチに声をかける。 しかし、テチはその問いかけに応えるどころか、半狂乱になり、男の手の中で暴れ始めた。
チュァ!! チュァ!! ダァァァァァア!!! ダァァァァァア!!!
テチは暴れる。泣き叫ぶ。咆える。発狂する。 最後には、下着の中に手を入れて、糞を車に向い、投げつけた。 まるで、親の敵が目の前に現れたように、テチは狂い、咆え、涙を流して絶叫した。
テチァァァァァ!! テチァァァァァ!!
「や、止めなさい。テチッ!」
デチャア! デチチー!! デチチー!!
男は何とかテチを落ち着かせて、車の持ち主に頭を下げて、平謝りした。 車の持ち主も実装石を飼っていたらしく、特に大事にはならなかった。 テチはガチガチと震えながら、男の後ろで頭を押さえて丸く蹲っていた。
そんな事があり、男もテチの散歩には考慮をする必要があった。 車と近くで遭遇しそうになると、男はテチを抱き上げる。
テチィ?
「はい。テチ。頭巾をずらすよ」
テチィ!! チー!! チィー!!
テチのピンク色の頭巾をずらして、巧みにテチの視界を隠す。 テチは前が見えないのが嫌らしく、必死で届かぬ手で頭巾を元の位置に戻そうと躍起だ。
テチの視界を奪っている間に、目の前の車が通り過ぎた。
「はい。通り過ぎたよ」
車が十分に視界から消えたのを確認して、テチの頭巾を元に戻した。
テチィ?
視界が戻ったテチは、何が起こったかわからない顔で、テチテチと男に何かを訴えかけていた。
車に関しては、徐々に慣らしていく必要があった。 ショック療法な物で、テチを悪戯に刺激をさせて、 散歩自体を嫌がるようにしては、引き篭りのような飼い実装になる可能性もある。
最初の段階は、散歩の楽しさをテチに理解して欲しいという男の愛情の一環であった。
「よし。テチ。公園にでも行くか」
テチィ!! テチャァァァ!! テチャァァァ!!
『公園』というキーワードを聞き、テチは大はしゃぎする。
公園はテチの大好きな場所である。この住宅街に面する公園は、そう広い公園ではないが、 愛護派が飼い実装を連れ集まる場でもあり、仔実装のテチにとって、社交性を学ばせる場でも 有効なのだ。
テチも、母実装と同じぐらいの背丈の成体実装石や、自分と同じ背丈の仔実装に興味があるらしく、 他の飼い実装に頭を撫でられたりするのが、満更嫌いではないらしい。
また狭いと言ってもこの公園。リビングの何十倍もある公園の芝生は、仔実装のテチにとって、 無限に広がる草原のように感じられ、力一杯駆ける姿は、男から見ても微笑ましい光景である。
男はテチを連れて、公園へと入る。
テチャァァァァ!!!
テチは大喜びで、伸縮式のリードが全開に延びるまで、公園の草原を駆けた。 しかし、リードの限界が来ると、テチは首がぎゅっと絞まる。
テチィィ…
テチはリードの紐をぺしんぺしんと叩いて、不満顔だった。
どうしてこんな紐があるのか、テチには理解できない。 テチは男に向って、リードを掴んで、テチィ!!テチィ!!と訴える。
この近辺は、非常に安全であるといえた。 市の政策で、野良実装の数も少なく、この住宅街には野良猫や野良犬の数も少ない。
この近辺の実装飼い主も、この公園の中ではリードを外して、 実装石の好きにさせる飼い主も少なくない。
男はリードを外して、テチに言う。
「あんまり遠くに行くなよ」
テチュ〜ン♪
テチは男の言葉を理解しているのかしていないのか、兎に角、首が自由になった事を喜び、 両手をバタつかせて、公園の中を駆けて行く。
風に揺れる蒲公英。 テチは、蒲公英を手で突付いて、テチィと口元に手を添えて、首を傾げる。
テッシュン!!
どうやら花粉が鼻に入ったらしい。くしゃみをするテチ。
テチィ?
他に珍しい物を見つけたようだ。 テチは忙しなく公園を右に左に駆けて行く。
男はベンチに座って、その様を見て、缶コーヒーを飲みながら、空を見上げた。
いい天気である。 日差しも強すぎず弱すぎず、初秋の気持ちいい散歩日和と言えた。
テチィ!! テチィ!!
芝生を駆けていたはずのテチが、足元で何か訴えかけている。
「ん?どうした。テチ?」
テチは短い両手でお尻を押えて、男の傍で円を描くように回っていた。
テチィ!! テチィ!!
鼻息は荒く、必死で男に対して訴えかけている。トイレだ。
飼い実装の散歩中での糞の処理のマナーは、犬の散歩の時とそう変わらない。 男は散歩の時は、リードと糞回収用のビニール袋などを携帯している。
男は手に持ったそのビニール袋をテチに渡す。 テチはビニール袋を渡されると、その口を開いて、中を覗きこんだ。
クンカクンカと何故か匂いを嗅ぎ、そのビニールを地面に置くと 下着をずらし、総排泄口をそこに宛がった。
テチュッ!! テチュッ!!
余程我慢していたのか、鼻息が荒い。 排便を終えたテチに、男はポケットティッシュを1枚渡した。
テチはそれを使って器用に排泄口を拭く。 テチは拭き終わったティッシュを、両手で開いて緑のついたティッシュを見る。
テチィ♪ テチィ♪
テチは両手でそれを男に見せるように、鳴いている。 そして、それを自分の鼻元に持って行き、クンカクンカと匂いを嗅ぐと 再び男に向って、そのティッシュを開いて見せて、テチィ♪テチィ♪と鳴いていた。
「テチ… 捨てなさい」
テチィ?
通常は仔実装は、排便した事を自慢に思い、母実装などにそれをアピールする。 男も、排便を自慢するのは仔実装の特質と聞いていた。 これも、その行動の一環であると男は理解している。
すると、俺はテチに認められているのかな。
そう思うと、先程のテチの行動も憎める物でもない。そういう気がしてくるのだ。
排便を終えたテチは、公園の真ん中にいる井戸端会議中の主婦の群れに走った。
井戸端会議の主婦は、銘々リードを持っている。 そのリードの先には、成体実装石やその子供たちが綺麗な洋服を着て着飾っていた。
主婦は銘々の噂話に花を咲かせ、飼い実装石同士も、なにやらデスデスと騒いでいる。
テチはこの成体実装石の群れに近づき、気性の優しい成体実装石に可愛がって貰ったり 同世代の仔実装たちと遊ぶ事が大好きだった。
(おや。カトリーヌちゃんデス) (本当デス。カトリーヌちゃんデス。お母さんは家で元気デス?)
この住宅街に住む飼い実装石は、流石に礼儀正しく、ここのコミュニティでは、 同属喰いや虐めなどは皆無であった。
テチは、会うたびに自分をカトリーヌと呼ぶこの同属たちを不思議に思ったが、なにせ仔実装。 深い意味など考えず、テチィ♪テチィ♪と媚びたり、甘えたりした。
(お母さんはお家デス?) (ママ!! お家!! ママ!! お家!!)
(エリサベスちゃんは、たぶん、ご病気みたいデス。この仔も不憫デス) (さぁ。カトリーヌちゃん。向こうで私の仔たちと遊ぶデス)
(遊ぶ?)
(そうデス。お友達と遊ぶデス)
(遊ぶ!! 友達!! 遊ぶっ!! 遊ぶっ!! テチャァ!! テチャァァ!!)
テチは、この成体実装石の子供たちが遊んでいる一画へと駆ける。 そこには、赤・緑・黄・青と言った色々な実装服を着込んだ仔実装たちが 緑の芝生の上で、転げ回りながら遊んでいた。
(遊ぶ!! 遊ぶ!! 友達ィィィ!! 一緒ォォォ!!)
「あら。この仔、カトリーヌちゃんじゃないの?」
自分の飼い仔実装とじゃれるピンク頭巾の仔実装を見て、一人の主婦が言う。
「ほら。綾小路さん処のカトリーヌちゃんよ。このピンクの頭巾。間違いないわ」 「あら。本当だわ。確か、綾小路さん、大丸で買い物してるはずだわ」
主婦は携帯電話を取り出して、何か電話をしている。
そんな事が起こっていることも露知らず、男はのんびりとベンチで脱力していた。 テチは同世代の仔実装たちと遊びことに躍起になっている。
テチが遊び始めて、30分ぐらいの時間が経っただろうか。 仔実装たちが遊ぶ輪の中で、複数の仔実装たちの泣き声が響き始めた。
テチャァァァ!! テェェェン!! テェェェン!! テッスン…テッスン…
黄色の実装服を着込んだ仔実装と、赤色の実装服を着込んだ仔実装が泣いている。
どうやら、はしゃいでいる内に、本当の喧嘩に発展してらしく、 双方軽い怪我をしてしまったようだ。
(あらあら大変デスゥ) (大丈夫デス? マチルダちゃん)
(ママー!! 痛いテチィ〜!!) (テッスン…テッスン… ママァ)
泣き叫ぶ仔実装たちに、2匹の母親たちが駆け寄ってきた。
(あーよしよしデスゥ) (痛いの痛いの飛んでけデスゥ)
2匹の成体実装石は、それぞれの仔を抱き上げ、頭を撫で、頬に口付けをして、 流れる涙を舐め取って、ギュッと抱きしめている。
(泣く仔は嫌いデスゥ。頑張る仔は大好きデスゥ〜) (仲良しするデスゥ。お友達は大事デスゥ〜)
テェ…
テチは、呆けながら、その光景を見つめていた。
(ほおら、元気元気デスゥ〜♪) (笑うデスゥ♪ 笑ったおまえは世界一デスゥ♪)
テェェェ……
テチの顔は、次第に引きつり始める。
(テチィ♪ ママァ♪ もっとギュッ!! もっとギュッ!! テチィ〜♪) (大好きテチュゥ〜♪ ママッ!! チュゥテチィ! チュウして欲しいテチィ〜♪)
(甘えん坊さんデス。仕方のない仔デスゥ) (チュウはもう卒業デスゥ〜♪ 仕方ないデスゥ〜♪ チュ♪ チュ♪)
すると、他の仔実装たちも自分だけずるいと、母実装たちに甘え出す。
(ママ〜!! ワタチも!! ワタチも!!) (抱っこテチィ!! 抱っこテチィ!!) (テェェェン!! 姉チャばかりずるいテチィィィィ!!)
わんさわんさと母実装たちに集まる仔たち。 中には、実装服の中に入り、乳までねだる仔実装まで居た。
(はいはい。仕方がないデスゥ。順番デスゥ〜♪) (大好きデスゥ♪ おまえたち愛しているデスゥ♪)
テェェェェェェェ…
テチは震えていた。 目の前に広がる親子の愛くるしい風景。 そんな地獄のような風景に、テチは戦慄を覚えた。
このもどかしい気持ち。心の底が疼くような気持ち。 背筋に虫が這うような感覚。目の前で頬を赤らめる仔実装には殺意すら感じた。
しかし、その気持ちが具体的にどういう物かも、仔実装のテチには理解できない。
そして次第に湧き上がる気持ち。寂寥感。孤独感。母への恋慕。嫉妬。 そんな気持ちが混ざり合い、テチは口を天に向け、大きく泣き叫んでいた。
テチィィィィィィィィィィィ!! テチィィィィィィィィィィィ!!
ボロボロと落ちる涙。 食いしばる歯。ワナワナと震える頬からは絶えず大粒の涙が落ちる。 何故か悔しくて悔しくて、テチは、足をだんだんと芝生に向けて地団駄を踏んだ。
テチィィィィィィィィィィィ!! テチィィィィィィィィィィィ!!
(はいはい。次はおまえデスゥ〜♪ レロレロしてあげるデスゥ♪) (乳首に歯を立てては駄目デスゥ〜♪ ママ痛いデスゥ〜♪)
「ん…?」
…ィィィィィィーーーーーーーーッ!!!
公園の轟く仔実装の鳴き声。 その仔実装の鳴き声に、ベンチに座っていた男は気がついた。 テチだ。
あの独特の鳴き方。母親を求めて鳴く時の独特の鳴き方。 テチが何を嘆いているのか、男は理解し、ベンチから立ち上がる。
「テチ!どうした」
井戸端会議の処に駆ける男。 男の姿に気がついたテチは、一心不乱に男に向って駆けた。
テチィィィィィィィィィィィ!! テチィィィィィィィィィィィ!!
「どうしたんだ。一体…」
見れば、2匹の飼い実装は芝生の上に仰向けになり、スカートを首元までたくし上げ、 軽い海老反りを繰り返しながら、両乳房を奪って吸う仔実装達を抱えながら、
デェェ!! デェェェ!!
と、湿った下着を弄って、荒い息で喘いでいた。
一般的な実装石の授乳の光景だ。
そうか。この心暖まるシーンを見せ付けられ、テチは母親を求めて泣き始めたのだ。
テチィィィィィィィィィィィ!!
今だ泣き止まぬテチ。
「わかった。帰ろうな。家に帰って、お母さんに会おうな」
男はテチをあやし慰め、リードをつないで、テチを家に連れ帰ろうとした。
その時だ。
「カトリーヌちゃん! カトリーヌちゃんざます??」
男に。いや、正確には男が手に引くテチに声をかける女性の声が公園に響いた。
見ればギンギラに着飾った派手な服装。 趣味の悪い眼鏡に、一部分を紫色に染めた髪。 指にはそれぞれ大小の指輪を嵌めており、明らかに不恰好だ。
成金の主婦のようなスタイルの中年の女が、悲鳴のような声をあげて テチに向って駆けてきた。
(続く)